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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−

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第4章 I Love You More Today Than Yesterday(2/3)



 ルミナスヴァルキリーの甲板上空で二つの影が交差した。
 幻槍モノケロスをくるくると回し、空飛ぶ箒に股がった白砂 司(しらすな・つかさ)は間合いを取る。対する相手はペガサス『エネフ』に騎乗したフリューネだ。必殺の瞬間を手繰り寄せようと、司のわずかな動きにも注意を払う。
 今日は約束の日。ずっと保留になっていた二人の決闘の日だ。
「……一つ提案がある。負けたほうは一つ、勝ったほうの要求を呑むというのはどうだ?」
「私が負けたら、犯罪者として突き出すつもりかしら?」
 かつてそう思っていた頃もあったな、と司は思った。
 しかし、もうそんなつもりはない。今、彼は強者との戦いを求める戦士としてこの場にいる。
「そんな気はないさ……、単なる勝負よりは、多少興もあるというものだろう」
「ふぅん……、で、キミが勝ったら何を要求するの?」
 司はしばらく考えた。自分から言っておきながら特に要求はないようだ。
「そうだな、父親と食事でもして来い」
「げぇ、なかなか痛いとこ突いてくるわね」
 フリューネ的にはわりかし罰ゲームである。
「それなら私が勝ったら、カシウナの広場でセイニィの物まねでもしてもらうわ」
「ほ……、本気で言ってるのか?」
 頬を冷たい汗が伝う。
「あら、男に二言はないはずよね」
「も、勿論だ……」
 物まねが恥ずかしいとか以前に、広場にいる本物のセイニィに殺されそうである。
「なんなら、二人がかりで来ても構わないわよ」
 フリューネは審判役を務めるサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)を見つめた。
「どーしてもって言うなら手伝ってあげなくもないですけど、二対一なんて卑怯なまね、司君はしないでしょう?」
「当たり前だ」
「だ、そうです。なので審判に徹しますね。公平正大に執り行いますけど、ちょーっと可愛い女の子ひいきしてみたり、ちょーっと胸によくわからないおっきいもの付いてる人いじめてみたりしても気にしないでくださいね」
 冗談っぽく言う彼女に呆れつつ、司は槍を握りしめた。
 互いに槍を使う以上リーチには頼れない。フリューネは『エネフの判断』による移動ができるため、『自分の判断』で動く空飛ぶ箒は瞬発力こそあれ総合的には機動力に劣る。
 それらの点を鑑みた結果、空戦のセオリーである一撃離脱戦法を捨て、司は超近接肉弾戦を挑んだ。
「頂くっ!」
 一気に間合いを詰め、槍の柄でフリューネを薙ぎ払う。
 しかし、小回りの利かない槍での近接戦では、槍の威力も損なわれてしまっている。フリューネは一撃を受けると、エネフから飛び上がり、自らの翼で飛翔した。太陽を背に振り下ろされたハルバードは、司の頭上でピタリと止まる。
 勝負は一瞬で決まった。
「勝負アリですっ! 勝者、フリューネ・ロスヴァイセ!」


 ◇◇◇


「二人とも、お疲れさまっ!」
 甲板に降りてきた二人に、久世 沙幸(くぜ・さゆき)は労いの言葉をかけた。
 甲板にいた他の生徒も拍手をして、両者の健闘をたたえている。
「良い勝負だった。礼を言う、フリューネ」
「こちらこそ」
 固く握手を交わす。
 負けたとは言え、司の心は晴れ晴れとしていた。
 負けた理由も薄々わかっている。かつては誰かを守るための前衛の槍を使っていたが、今は人の力を信頼して援護を行う後衛の槍になっているのだ。誰かと共に戦うための槍は一本では弱い、前回の手合わせの時ほど健闘出来なかったのはその所為だろう。しかし、ひとりではなく誰かと叩けるようになったのは、彼にとって成長なのだ。
 前衛を任せる信頼出来る相棒……サクラコを見つめ、そんな事を思った。
「司君……」
「大丈夫だ、サクラコ。後悔はない……」
「じゃなくて、罰ゲーム。忘れないでくださいね」
「…………」
 楽しそうに笑った彼女に、司の信頼は揺らぎそうになった。
「みんな、お腹減ったでしょ、テーブルに座って。今日はお土産のジャンボギョーザを持ってきたんだよ」
 沙幸はドスンとジャンボショーザを置いた。前に購入したのと同じ店のジャンボギョーザである。大空賊団の襲撃で店主が怪我をしたものの、従業員が増えてよりいっそう繁盛しているとの事だ。
 今日は前回の反省を踏まえ、一個だけでも軽く五人前はあるギョーザを、二個も持ってきた。
「この間はフリューネに食べられちゃったから、多めに買ってきたんだよ」
「あれはユーフォリアさんのお見舞いに買ってきたものですのに、戦乙女は食いしん坊なのですわね」
 沙幸のパートナー、藍玉 美海(あいだま・みうみ)は微笑を浮かべた。
「反省してます……」
 フリューネがペコリと頭を下げると、美海は軽く一キロはあるビニール袋を手渡した。
「あと、こちら……、ヒルデガルドさん達へのお土産用ですわ」
 中身は三つめのジャンボギョーザである。この家だけでカシウナの餃子の消費率を上げようという計画だろうか。
「これがフリューネさんの好物のジャンボギョーザですのね……、初めて頂きましたけど、今の世の中にはこんな巨大な料理が存在するのですね。まだまだ勉強しなくてはならない事がたくさんありそうです」
 ジャンボギョーザを食べながら、ユーフォリアはしみじみ思った。
「どう、ユーフォリアさん。美味しい?」
「ええ、沙幸さん。皮はもちもち、中は肉汁が溢れていて、美味しいですわ。椎茸の歯応えも素晴らしいです」
「えへへ、良かった〜」


 ◇◇◇


 仲良く談笑する様子を、テーブルを囲むアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)はじっと見ていた。
 彼女と面識のない事に気付き、フリューネが話しかけると、アシャンテは静かに口を開いた。
「こうやってきちんと顔をあわせるのは初めてだな……、アシャンテだ、よろしく頼む……」
「そう言えば、アーちゃんって、フリューネさんと会ったことなかったんだっけ?」
 パートナーの御陰 繭螺(みかげ・まゆら)の言葉に彼女は頷いた。
 何度となく戦場を共にしている二人なのだが、運命のイタズラか直接顔を合わせる機会には恵まれなかった。だが、共通の友人はいる、『シャーウッドの森空賊団』を率いるヘイリー達だ。彼女も同空賊団に所属しているのだ。
 その事にフリューネも気付いたらしい。
「あれ……、繭螺とは前に会った事があるわよね? たしか戦艦島だったような……?」
「うん……、あの時は変なとこ見せちゃって、ゴメンね」
「一応、団長からの紹介状だ……、妖しい者ではない……」
 そう言って、アシャンテは紹介状を見せた。
「別に疑っちゃいないわよ。こちらこそよろしくね、アシャンテと繭螺」
「ああ……」
 そして、気まずい沈黙が流れた。
「………………………………」
「………………………………あの」
 耐えきれず、フリューネが口を開いた。
「えっと、アシャンテは雲隠れの谷の戦いにも参加してくれたんだよね?」
「厳しい戦いだった……」
 そして、また気まずい沈黙が流れた。
「ゴメンね、フリューネさん、アーちゃんは寡黙だから。今のは『厳しく辛い戦いだった。私が戦いに参加した事で少しでもフリューネの力となれたなら嬉しい。そして、あの時の勝利があってここにユーフォリアがいるのかと思うと感慨深いな。ともかくあの時は互いによく戦った。紅茶ですまないが、あの勝利に乾杯を上げよう』って言ってるの」
「ほんとに!?」
 無表情でコクリと頷き、アシャンテは紅茶のカップを掲げた。
「ねぇねぇ、ボクも訊いて良い? フリューネさんみたいに強い人に憧れてるんだけど、どうしたらなれるの?」
「そうねぇ……、信念を持ち続け、たゆまぬ訓練を積む事……、かな」
「つまり『信念を持ち続け、たゆまぬ訓練を積む事……、具体的には毎日三時間のイメージトレーニングで目標を確認する事、それから訓練の際は無理をして怪我をしないよう気をつけ、体調管理は万全にし、なおかつ食事には人一倍気をつける事、三食きちんと食べてバランス良く栄養を取り、そのつどプロテインを取る事』って言いたいのね」
「言ってないから! アシャンテはともかく私の話の行間は読まなくていいから!」
 とその時、沙幸の携帯が鳴った。
「正悟からだ……、はい、もしもし。ふむふむ……、これから面白いことがはじまるから、教会の方へ来てほしい? ロスヴァイセ家の皆さんも一緒に連れて行けばいいのね。うん、わかった。伝えてみるよ」
 通話を切ると、フリューネとユーフォリアを見つめた。
「と言う事なんだけど、今から教会に行くことってできるかな。ヒルデガルドさん達も一緒だと嬉しいんだけど……」
「そりゃ構わないけど……、どうせだから、他の連中も連れて行けば?」
「他の連中って?」
「昨日、おでんパーティーやったんだけど、朝まで騒いでたからまだ船内で寝てるのよ」