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【空京百貨店】書籍・家具フロア

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【空京百貨店】書籍・家具フロア

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■書籍フロア 夕


 夕方の書籍フロアでは、女性の様に整った顔立ちの神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)がグレーのYシャツの上に黒のエプロンを着て書籍の整理に没頭していた。
「かなり、売り場が広いですね……。これは、覚えた方がいいですよ……」
 紺のジーンズについた紙くずを払いながら橘 瑠架(たちばな・るか)に話しかけると、同じく白のYシャツにジーンズ姿というボーイッシュな彼女は少し驚いたように目を見開いた。
「あ、案内することになったら緊張しますね」
「店が広いし、大きいので……。ほら、あの人……迷っているみたいです」
「え、あ! 私、行ってきます」
 紫翠は別の場所で本の仕事をしたことがあるらしく、ここでの仕事も詳しいようだ。フロア内のマップはすでに頭にあるらしく、時々『お姉さん』と呼ばれながらも活躍していた。

 紫翠が言ったのはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)達のことだろう。彼女たちは4人で行動しているが、それぞれの趣味が違うためまわりたいコーナーがたくさんあるようだ。フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は裁縫と植物、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は料理の本を探していた。
「メイベル様もパートナーが増えましたし、寮住まいからどこかに家を借りて住むかもしれません。庭付きの一戸建てなんて素敵ですわね」
 フィリッパはそう言いながらガーデニングの本をぱらぱらとめくった。薔薇の入門書を見ながら花のある生活にあこがれている。セシリアは食べられるものの方がいいなと言って、ハーブ栽培の本を見つつ3時のおやつに出せそうなハーブティーを学んでいる。植物と料理のコーナーは隣接していたため、4人はしばらくそこで楽しむことにした。
「セシリアは、何を探しているのですぅ……?」
 おっとりメイベルが尋ねると、セシリアは今呼んでいる本の表紙をこちらに向けた。ハーブの効用と、それを使った3時のおやつの本だ。
「僕は家庭菜園の方がいいなって♪ 新作の料理レシピを1冊買ったし、種類の違うのを探しているよ」
 この、本を選ぶのが楽しいけれど時間がかかる! セシリアとフィリッパはニコニコしながら吟味していた。これから秋になるし、その変も考慮しながら後悔のない品選びを……むむむっ!
「それ、私でも出来るでしょうか。無趣味なもので」
「簡単みたい。僕は育てるよりも、今は料理の材料に使う方が好きかな♪」
 ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)は今まで縁のなかったハーブ栽培に興味を持ち始めた。写真の多い本を手にとって、メイベルと談笑しながら彼女の好みを聞いている。
「メイベルの健康にも役立ちそうですね。体を動かすのが好きなので、簡単な植物栽培は楽しめそうです」
「ハイキングもいいよねっ。僕、張り切ってお弁当作るよ」
 最初、スポーツ関係の書籍も見てみたが1人で始められそうなものは少なかった。スポーツ観戦が趣味ではないので、何にしようか決められずにいたのだ。
「ああ、釣りもいいかもしれません」
 とりあえず、3人の趣味には合いそうだったのでハーブの入門書を購入した。これなら小さい鉢植で育つものもあるだろう。セシリアはお弁当づくりの本とサラダの本、フィリッパはガーデニングの入門書を選んだ。
「メイベル様はどのコーナーに興味がありますか? たくさん選んでも配送サービスがありますわ」
「私は……歴史書や地理に興味がありますぅ」
「地図、などでしょうか?」
 メイベルは東西分裂や、エリュシオン帝国の影響力を心配しているようだ。それに関係する知識の補充ができる書籍を探しており、古代史、他国の歴史なども学ぼうとしている。
「地図帳なんて、眺めているだけでも色々と楽しめるですぅ」
「そうですか? メイベル、私にはよく分からないですけど……」
「想像の羽を広げ、他の国へと遊びに行けますぅ♪」
「ん、地形から想像するのですね。なるほど」
 ステラは生真面目にメイベルの話に耳を傾け、彼女の助けになるコーナーを探すことにした。瑠架が案内を申し出たのでスムーズに欲しい本までたどり着けた。
「エリュシオンの歴史の入門書、これが良さそうですぅ」
「これも、図解が丁寧ですよ」
 瑠架は時々紫翠のアドバイスを思い出しながら、おすすめリストをプリントアウトしてメイベルに手渡した。

 新刊の整理や古い本の返却作業を続けている紫翠は、時々カウンターから顔を出して瑠架が上手く出来ているかを確認していた。てきぱきと働いているとあっという間に時間が過ぎる。
「二人共お疲れさん。疲れただろうから、ひと休みして帰るか?」
 知った声に紫翠が振り向くと、終わる時間を聞いていたシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)が手を振っている。黒のTシャツに黒のジーンズ姿で、夜型の彼にはこれからが活動時間のようだ。元気が余っているらしく、少し話して帰りたいようだ。
「そうですね、疲れたでしょうから……。ね、瑠架?」
「確かに、慣れないことしたから甘いもの食べたいかも。賛成で」
 メイベル達の本の配送準備も終わったし、時間もそろそろだ。キリのいいところで上がろうか。
「瑠架、レジ打ちできんのか?」
「うぐっ。ゆっくりなら、大丈夫です……たぶん」
「頼りねぇな。ま、頑張れよ!」
 ジェイドは瑠架の肩をパシンと軽く叩き、食品フロアの新月で待っていると言いその場を去った。昼よりも夜の仕事が得意な彼は、3人で喋ったあとは別の場所に向かうようだ。
「あー……この時間帯、うろつくの珍しいな」
 ぐっと伸びをして、今日も朝帰りかも……と考える。働いている紫翠も見れたし、日が落ちてから俺も頑張るぜ〜。にしても、紫翠と瑠架が並ぶと客は性別間違えそうだな。まあ、いいが。


 本好きの芦原 郁乃(あはら・いくの)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は、画集や絵本など色づかいを中心に楽しめるものを眺めていた。
「あっ、この作家さん大好きなんだよなぁ。これ、買っちゃおうか?」
「確かにこの画家は新進気鋭と噂になっていますね」
 彼女たちが見ているのは放浪癖のある女性画家だった。なんでも気に入った弟子でも付きっきりで指導せず、破天荒な生活が有名らしい。絵本コーナーでは郁乃が幼い頃に読んだ本が見つかって、興味を持ったマギノギオンと一緒に軽く朗読をした。
「これはね、植物の本なの」
 マギノギオンもその本を知っていた。前の主人のところでも絵本はそろえてあったらしく、『誰もが1度は目を通す本』なら彼女も触れる機会があった。
「主も同じ本を読んでいたのですね。……これ、ニレの木ですか」
「そう。この絵本の中に植物の四季の姿が詰まっていて、見に行きたいって駄々こねたなぁ」
「……絵といえば、漫画の原画展がやっていますよ。ほら、あそこです」
 マビノギオンが指さした先には、風森 巽(かぜもり・たつみ)扮する覆面ライダー・ペッパーが匿名 某(とくな・なにがし)大谷地 康之(おおやち・やすゆき)と記念写真を撮っていた。ペッパーは原画展に登場する人気キャラクターの1人で、風がなくても赤いマフラーをたなびかせられる超科学戦士だった。すごいぜ!
「私たちも写真撮ってもらお! ……すみませーんっ」
 郁乃が近づくと、ペッパーは両手を広げてウェルカム。必殺ポーズをとりながらノリノリで撮影に応じてくれた。

 康之は興奮しながら、ガラスにおでこがくっつきそうな勢いで原画鑑賞をしていた。それをやや呆れた目で見つめながら、某もそこそこ楽しそうにキャラクター設定集などで昔見たテレビの1場面を思い出していた。
「しっかしすげぇな〜。……どうやったらこんなモノ描けるんだよ!」
「へぇ〜、結構上手いんだな……」
「こりゃもう魔法の領域だぜ間違いなく!」
 マンガ好きの康之にはたまらない夢空間らしい。立場上無言だが参加したそうな巽、もといペッパーと有名なシーンを再現して遊んでいた。というか、ペッパーは職務を放棄して案内と言う名目で康之と一緒に原画鑑賞している。
「ペッパー! あんたも岩ノ森祥太郎とか街枝賢一が好きなのか?」
 こくこく!
「その格好、暑くねぇか?」
 ふりふり。
「そうか、ヒーローだもんな!」
 こくこく。
「某。オレ、文庫版を保存用に買いたくなってきた」
「はいはい。子供じゃないんだら落ち着けってのお前は……」
 しかし、どうやら本当に康之は購入する気らしい。原画展会場にもコミックスは販売されているのだが、同じ作者の他の漫画も気になったようだ。
「ここから探すとか、かなり苦労しそうだろ……普通に」
 そう言って、某は当然検索端末を使おうと機械に手を伸ばした。
「ちょっ……おい康之って、ええー」
 検索端末に伸ばした手を制したのは、康之ではなくペッパーだった。持ち場を離れてこんなところまで来てしまったんだね。
「こういうのは自分で探すのにロマンがあるんだぜ! ペッパー、お前ってやつは……」
 こくこく! がしっ。
 ペッパーと康之は強く抱き合ってお互いの絆を確かめ合った。もう、言葉なんて必要はない。目と目が……って言っても、ペッパー複眼だからその辺細かく指摘しないでほしいんだけど、そういうことじゃないよね。
「大丈夫、ペッパー。俺、捜索得意だから……」
 こくこく……。
「その特技、本探して使うのかよ!」
 ズビシッ!! バチコーン! ポフッ……。
 ペッパーは軽身功と武術を応用し、あまりの動きの素早さで逆にゆっくり見える例のアレをやった。某を囲むように16人のペッパーがぐるぐると動き回り、死角をついて本体が某に攻撃を仕掛けている。やたら威圧的だ。いや、新手の説得!?
「ええ〜っ!? ちょ、客にチョップとか……えええ!?」
「ペッパー……。いいんだ。お前のソウルは受け取った!」
 こくこくっ! ピタッ。

 原画展終了後、社員にこっぴどく怒られた巽だが悔いはなかった。ソウルメイトに出会えた喜びの方が大きく勝っていたから……。
「遅くなっちゃうから今日は帰ろっか、マビノギオン」
「そうですね。夕飯は……私がどうにかしますから」
「あと 帰ったらゆっくり語り合おうね 調理レシピを見るのをとめたことについてはね」
 料理コーナーから、先ほど一緒に写真を撮った少女が友達と一緒に歩いているのを見つけた。しかし、自分は覆面戦士。すれ違った時に縁を感じるのは自分だけ……。
「原画展、面白かったね。また来よう」
「ええ」
 !
 地面に根が生えたようにその場に立ち尽くす巽。しかし、振り返らず、ペッパーのテーマソングを小さく歌いながらその場を去った。
 一方、康之は原画展作家の作品を大人買いしてご満悦である。
「ぐはぁ〜。さすがにこれだけあると重てぇ〜。今日はサンキューな某」
 くるりと振り返って某に礼を言い、本を持ち直しながらカラカラと笑っていた。
「なんとな〜く、今日を逃したらお前さんと一緒に買い物に行くチャンスがなくなるんじゃないかと思ってよ!」
「何言ってんだ、アホ」
 両手をポケットに突っ込みながら、苦笑して取り合わない某。夕日を背にした康之も『だよな〜』と無邪気に言い返した。2人の影が長く長く、アスファルトの上に広がっていた。


 書籍フロアの入口で、和原 樹(なぎはら・いつき)フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)と和やかな言い争いをしていた。楽観的な笑顔のフォルクスはからかうネタが欲しいだけなのかも。
「我と樹の愛の巣を整えるのも一興かと思うのだが」
「いや、作らないから」
「せめて、寮に2人で眠れるベッドくらいはあってもいいだろう?」
「もし新しいベッドを買ったとして、一緒に寝るのはセーフェルとだからなっ」
 じゃれあう2人の会話に自分の名前が出てきたもので、セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)はおさげを犬の尻尾のようにぴくりと反応させた。……私をだしにしないで下さいよ。
「嫌ですよそんなの。いくらダブルでも」
 寂しがり屋のセーフェルが1人で寝るのはかわいそう! そんな主張をされても……フォルクスと一緒でも狭いし。マスターったら……。
「だいたい、寮に置くにはでかすぎるよ」
「我の誘いを断るとは……まあいい。着いたぞ樹、移動するときは声をかけろ」
 あっさり家具フロアを諦めたフォルクスは、樹に何が欲しいのか尋ねる。その方がはぐれた時も安心だろう。自分はノンフィクション小説のコーナーを見に行くつもりだ。ファンタジーも嫌いじゃないが、歴史や探検の類が読みたい。
「ん。小説とかも好きなんだけど、今日は図鑑とか写真集を探すよ。……どしたの、セーフェル」
「いや。私の他にも、魔道書が客としてきているな……と」
「ほんとだね。セーフェル、どこ見る?」
「私は民族学や地域の礼儀に興味があります」
 それなら、図鑑や写真集を見てから地理・歴史を扱っている場所に行こう。そう話し合って、まずは樹の本を見に行く。
「旅行雑誌は買っておこうかな。今回の特集は自然とロマンだってさ」
「では、特集の地域で本を選ぶといいであろう。その方が面白い」
 小柄な樹が取りづらい本を、ひょいっと取ってやるフォルクス。特集が山岳地帯だったので、高山植物図鑑とハチドリの写真集を買うことにした。
「……ハチドリって、花の蜜が主食なのですね」
 2人の邪魔にならないように、静かに後ろから写真集を眺めていたセーフェル。こういう自然が豊かなところでは、こことは違う文化や習慣が育っているのだろうな。
「む。日本の歴史だな」
 樹の買い物が済むと、フォルクスは民族関連の書籍を探し始めた。彼の故郷に関するものは気になるらしく、セーフェルと一緒に読みやすいものを探している。
「……あの」
 セーフェルが振り向くと、胸元に本を抱えたレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)がおずおずと1冊の本をさしだしている。どうやら落としたのを拾ってくれたようだ。
「……ありがとうございます」
「……えと、じゃあ、これで」
 無口な2人はお互い緊張しながらぺこりと頭を下げた。……本当は、親日派のレジーヌは日本に興味がある人と少し会話がしたかった。しかし男性が苦手なこともあり、目深に帽子をかぶり直すとそそくさと別のコーナーに向かってしまった。

 雑誌コーナーの前ではピンク色の髪をした元気な女の子・白銀 司(しろがね・つかさ)が気になるものを片っ端から買い物かごに放り込んでいた。
「ガイドブック、ないかなぁ」
 旅行ガイドが人気と聞いて、読んでみたいと思ったものの……こうフロアが広くてはどこにあるのか分からない。隣でアニメ好きのパートナーに日本のサブカルチャーを扱っている本を見つくろっていたレジーヌは、司のつぶやきを聞いて『さっきのコーナーにあったかな?』と本の配置を思い出そうとした。
「……あ、あの」
「へ? あ、ごめん。邪魔だったかな」
 黒のレースチュニックに、白のショートパンツ姿の司はいかにも活動的な性格に見える。で、でも、自分だって引っ込み思案な性格を直そうと頑張ってるし、えと、頑張るし……うぅ。
「あっちに、ありました。……そのライトノベル、私も、知ってます」
「そうなんだっ。この本面白いよね! あ、私、白銀 司っていうの」
「レジーヌ・ベルナディス、です……」
 つっかえながらも、何とか言いたいことが言えた。司の周りにはそのライトノベルを読んでいる人がいなかったようで、読者仲間を見つけて嬉しかったようだ。
「じゃ、じゃあ……失礼しま」
「ちょっと待ってっ。えとさ、あと1冊買ったら私終わりだからお喋りしていこうよ。だめかな?」
「だ、だめじゃない、です……。えと、えと」
「わーいっ。じゃ、ちょっと待っててね!」
 司はレジーヌの返事が終わる前に、書籍フロア内の端末で恋愛小説の資料検索を始めた。近い! 重すぎる本のカゴをいったん地面に置くと、軽やかな足取りでで書籍フロアを駆け抜けていった。

 司の欲しがる恋愛小説は、小柄な彼女には厳しい位置にあった。つま先立ちをして頑張るものの、指の先しか届かない。途方にくれてスタッフを呼びに行こうとしたその時、すっと横から現れた革手袋が軽々と本を渡してくれた。
「ありがとうございます……。って、でか!!」
「いえいえ、どういたしまして」
 司の本をとったのはエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)……の隣にいる、身長180cmのバスティアン・ブランシュ(ばすてぃあん・ぶらんしゅ)だった。見上げるほど巨大な姿に、思わずため息をもらす。
「す、すみません。助けてくれたのに!」
 よく聞いてみれば、バスティアンはとてもいい声をしている獣人だった。……見た目は猫だけど、将来ナイスミドルになるかもしれない。
「バスティ、月の民話が見つかりましたよ」
 白いタキシード姿のエメは、バスティアンが作家であるのを知っているため参考資料探しの手伝いをしていた。現在バスティアンが執筆しているのは、『つきとかめ』という絵本である。まだプロットなのだが、ほのぼのした世界観を目指して奮闘中だ。
「おや、お話し中でしたか?」
「いえ、大丈夫です! バスティアンさん、ありがとうございました!」
 司はバスティアンと話をした後、彼の毛皮をモフモフさせてもらった。連れが戻ってきたためパッと彼から離れると、ぺこりと一礼してレジーヌのところへ帰って行った。
「エメ様、その本は……」
「ああ。私も面白そうなものを選んできたんだよ」
 エメが好むのはファンタジーや推理小説など、後味のすっきりした楽しい読み物だ。彼が選んだ本の中に『流水と爆弾』というタイトルを見つけて、バスティアンは胸をどきどきさせている。
 あれは、自分の本!!
 実は今日が『流水と爆弾』……自分の本の発売日なのだ。さっき新刊コーナーに並んでいるのを確認しただけでも嬉しかったが、エメがそれを手に取ってくれたのは意外だった。エメや友人に、自分のペンネームやタイトルを教えたことはないのだ。
「……」
 ま、まだ読んだ感想を聞いてないけど、いつか平積みされるような作家になるぞっ。ひげをご機嫌な様子でピンと立てるバスティアンに、エメは不思議な顔をする。
「エメ様っ!!」
「どうしたんだい、バスティ」
「創作意欲が湧いてまいりましたっ。さあ、帰りましょう!」
「え、でも、かき氷はいいのかい?」
「かき氷を食べてから帰りましょう!!」
 背中を押しながらずんずん進まれ、何が何やらだ。……でも、作家が本屋にいたらやる気を出すのかな? と深くは考えないエメであった。