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5
空京放送局七階。天井が破壊された大広間とは少し離れた位置に、取締役室はある。
「やれやれ、ダークサイズはやっかいだが、ま、今日はおとなしそうだ。動くなら今のうちか……」
取締役は周囲をそれとなく伺い、仮説の取締役室のドアを開ける。部屋の中には侵入者がおり、高級な皮の椅子に腰かけ、窓の外を眺めている。
「おい、なんだ君は。ここは……」
「取締役室。もちろん知ってるさ」
椅子がくるりと反転すると、座っていたのは椅子に片肘をついてくつろぐ黒崎 天音(くろさき・あまね)だと分かる。そばにはいつものようにブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も立っている。
(ううむ、天音よ。お前が好きならいいのだが、こないだと登場の仕方が同じだぞ……)
ブルーズは言葉にせずに天音を見守る。
取締役は天音の方へ進んでいき、
「君は作業の手伝いかね? ここは関係者以外……」
「関係者、以外? だったら僕はここに入る権利がある」
と、天音はまた取締役の言葉を遮る。
「みんなたからくじ探しに動き出してるよ、とっくにね……」
「え、な、なに?」
動揺する取締役を見て、天音はフフ、と取締役に挑発的な笑みを向ける。
「何の話だ、何を言ってるんだ君は……」
「取締役さん、悪いけどみんな知ってるよ。君がくじで不正を働いていることはね。あとは証拠を挙げるだけだ」
「な、なに……?」
さらに動揺する取締役に、ブルーズが一歩歩み寄る。
「知らないのはおまえだけだ。我々ダークサイズも、あの秋野向日葵も動いているぞ」
「だ、ダークサイズ! おまえたちダークサイズか!」
「僕はダークサイズ幹部・黒薔薇遊撃隊の黒崎天音。黒薔薇遊撃隊の目的は一つ」
天音は椅子から立ち上がり、机を回って取締役の正面に立つ。それにたじろいだ取締役は、たじたじと後ろに引きさがり、応接のソファに足を引っ掛けて倒れこむ。
「た、たからくじが目的か? ふん! 私はそんな不正など」
「やられ役の悪役は得てしてそういう台詞を吐く。でも僕は君の不正なんかどうでもいいんだ」
「なに?」
「告発したところで、君は獄につながれ、シャンバラの民が楽しみにしているたからくじが廃止されるだけ。別に誰の得にもならない。それよりその肥やした私腹を有意義に使った方が、みんなが幸せだと思わないか?」
天音の真意を測りかねる取締役。
ソファにあおむけになっている彼を見下ろしながら、天音はおもむろにシャツのボタンをはずし、美しい裸体を露わにする。
「な、な、な、何しとるんだ君は!」
「体格も顔立ちも悪くない。惜しむらくはその年か。君が二十歳の頃に出会いたかった……」
天音は挑発するような目くばせで、取締役の上に覆いかぶさる。
「君はそういう人種なのか!」
「人種とは失礼だな」
取り乱す取締役の腕を、天音は強引にソファに押しつける。
「さあブルーズ」
「やれやれ、やっぱりやるのか」
ブルーズはカメラを取り出し、あられもない行為に耽っている(ように見える)二人を撮影する。
「な、なんだ! やめろ、撮るな!」
「こういう写真がばらまかれれば、君はものすごく困ったことになるだろうね」
カシャ、はぁ……。
カシャ、はぁ……。
ブルーズは写真を一枚撮るごとに、深いため息をつく。
「まったく天音、どうしてお前はこのような手段を思いつくのだ……」
天音はブルーズの小言に耳を貸さず、
「写真はその程度でいいだろう。ここからはおまけだ。さあ、子猫ちゃん……」
と、天音がさらに踏み込んだ行為に及ぼうとした時、
「さぁ〜取締役さん!……あらっ」
勢いよくドアを開けて入ってきて早速口元を押さえる皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)に、うんちょう タン(うんちょう・たん)、皇甫 嵩(こうほ・すう)、劉 協(りゅう・きょう)。
「お、お楽しみだったんですねぇ〜」
と、伽羅は目を覆った手の隙間から、二人を見る。
「邪魔が入ったか……」
天音はいそいそとシャツをはおり、
「月並みな言い方をしておこう。これをばらまかれたくなかったら……分かってるね?」
と、彼の裏金を放送局復旧と、番組予算、とくにダークサイドへ予算を割くよう指示書を握らせ、あえて伽羅をちらりとも見ずに退出する。
取締役は冷汗をぬぐいながら、動揺の余韻を残して伽羅を見る。
「いや、助かったよ、伽羅くん。ところで、あのボディガードたちはどこに行った? 部外者がこんな簡単に忍び込めるようでは困るぞ」
「そうですわねぇ〜。どこに行ったのかしらぁ」
「へえ〜、プロレス興行って大変だねー」
と、雑談しながら取締役室に入ってくる、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)とビクトリー・北門(びくとりー・きたかど)。そのあとにジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と百二階堂 くだり(ひゃくにかいどう・くだり)もついてくる。
「そうだぜ! プロレスは肉体と魂の激突! この面白さが分かるやつが減ってきたんだよなぁ」
北門が自慢げにカレンにプロレス興行の現状と夢を語る。
取締役は当然腹を立て、
「君たち、どこへ行ってたのかね! 私のボディガードだろう!」
取締役の怒号に、北門は慌てて待った待ったとアクションし、
「いやいや違うぜ! サボってたんじゃねえよ。てめえの指示で俺はゴミ捨てに行ってただけで」
「雇い主にてめえとは何だ!」
「いや、悪ぃ! 言葉遣いは生まれつきだ。勘弁してくれよ。でもよ、俺はてめえの言いつけを……」
「分かっている。私は君にゴミ捨てを指示したのだ。なぜ全員で行く? 部屋ががら空きになってたじゃないか!」
ジュレールは当然といった顔で、
「その辺は仕方ないのだよ。『ゴミ捨てに行ってくる』と来たら、『じゃあ私も』『我も一緒に行こうかな』となるではないか」
「小学生みたいな発想だな! ていうか君は機晶姫だろう」
「こういう感覚は種の壁を越えるものだ」
「そ、そういうものなのか?」
カレンは無邪気に取締役の肩をたたき、
「まあまあ、大丈夫だって! ボクたちがちゃんと門番やってるから」
「やれてないよ! さっき不審者がいたんだぞ!」
と、取締役は天音たちのことを指摘する。
カレンはキョトンとして、
「あっれ〜? でもダークサイズだったら入れても平気……」
「おほほほほほっ!」
がばっ!
と、伽羅が笑い声でカレンの声をかき消して口を抑え、取締役から引きはがす。
「もぉ、いけませんわぁ。そんなすんなり私たちの正体をばらしては」
「あ、そうだった。ごめん」
伽羅とカレンは、実はダークサイズから潜り込んだスパイ。取締役の不正を手伝うふりをして、たからくじの着服金のありかを突き止めようとしていた。
伽羅はすでに取締役に取り入って『謎の闇の悪の秘密の経理コンサルタント』を名乗り、不正の証拠隠滅作業に加担していた。
(ふぅ。さすがに長い間不正を働いてきただけありますわぁ。なかなか重要なことは任せてもらえませんのぉ〜)
伽羅は、ダークサイズへ資金を横流ししようと画策していたが、やはり取締役も通り一遍の三下ではない。たからくじの収益の操作には至っていなかった。
「はあぃ、みなさん、お茶ですぅ〜」
さらに神代 明日香(かみしろ・あすか)がお盆にお茶を乗せて入ってくる。
「がんばりすぎたら疲れちゃうですからねぇ。しゃちょさん、お茶どうぞぉ」
明日香は小さな手をふるふるさせて、取締役にお茶を差し出す。
取締役はお茶を受け取り、
「あ、ああ。どうもありがとう」
と、明日香の頭を撫でてあげる。
「うふふ〜。もっとご褒美ほしいですぅ〜」
明日香は両手を広げてだっこをせがむ。
「え? ああ、よしよし」
取締役からすると孫のように感じる明日香のわがままを、取締役はつい聞いてしまう。
彼が明日香を抱き上げると、明日香もはしゃぐ。
「わぁーい、高ぁい。こちょこちょこちょ〜」
明日香はおじいちゃんと遊ぶように、取締役をくすぐり、取締役もそれ相応の反応をする。
「はっはっは、こらこら」
「こちょこちょごっこの次は、ロープごっこ〜」
明日香は続いてロープを取り出し、取締役を縛りはじめる。
「え? ちょ、はっはっは、こらこら」
明日香はその容姿から想像もできない見事さで、取締役を縛る。
「あ、あれ、はっはっは……ほどいてくれるかね」
そこになぜか北門がフォールを決め、くだりが素早く床に這いつくばって床を叩く。
「フォール! はい、ワンッ! ツーッ!!」
「何しとるんだね君たちは!」
「は! 悪ぃ、体が反応しちまったぜ」
「今度はたからさがしごっこですぅ〜」
一方明日香は部屋の戸棚を片っ端から開け、金庫か何かを探し始める。
「え、こら! 何してるのかね!」
取締役は慌て、伽羅とカレンも慌てて明日香を止める。
「もうっ! いけませんわぁ」
「いくらなんでもあからさま過ぎるよ!」
「ええ〜。こうした方が早く見つかるよぉ」
口をとがらせて反論する明日香。
「い、意外と大胆ね……」
取締役はどうにかくだりにロープをほどかせ、
「と、ところで伽羅くん」
「なんですのぉ?」
先ほど天音とブルーズが言っていたことを思い出す。
「その、私の例のことが秋野君やダークサイズにもばれていると聞いたのだが……」
「ええ、ばれてますわよぉ」
「な、やはりそうなのか! 大丈夫なんだろうな! これは私の勇退のチャンスなんだ」
「英雄的引退ですわねぇ。あなたは放送局をダークサイズに襲われた可哀そうな経営者ぁ。逆境に負けず放送局を再建しぃ、その後引責辞任を表明すればぁ、あなたは死ぬまで英雄ですわねぇ」
「もう金は充分にいただいた。後は引退のタイミングだった。ダークサイズの暴挙は、利用させて貰わんとな」
「お金と名声、両方持って隠居できる悪人なんてぇ、なかなかいませんわよぉ〜」
「君のおかげで私の引退に向けた作業は着々と進んでいる。が……彼らは助手として大丈夫なのか?」
取締役が目を向けた方では、伽羅のパートナーたちが資料やパソコンとにらめっこ。
「ごらんくだされ、義姉者! それがし、『ひょうけいさん』ができるようになったでござる!」
タンが目をキラキラさせて伽羅にモニターを見せる。
「当り前ですわぁ。数字を入れるだけですからぁ」
「『えくせる』とはなかなか面白いものでござるな!」
彼は半分楽しみながら帳簿整理をしている。嵩も資料とモニターを交互に見て、
「放送局の収益の一部を空京たからくじの運営に回す。それを元手にたからくじを売り上げる。当選番号はあらかじめ決定しており、それは取締役殿に入ってくる……ずいぶんややこしい収支をなさるのですなぁ」
と、嵩は取締役の不正のからくりを声に出して整理する。
「そ、そんな大声で言うのはやめてくれんかね」
「おお、失礼。しかし、ん? これのどこが不正にあたるのでござりますかな?」
嵩はややこしいシステムで、不正行為であることすら見抜けない。
「それでいいのですわぁ。すぐにばれるようなやり方では、とっくにお縄についていたはずですぅ」
また、伽羅からこっそり帳簿の改ざんの指示を受けていた協。
「ええと……ここの経費を消して接待費に回せば、うん。この金額が浮くんですね。それをこっそりダークサイズ用に作った口座に移すと……あれ?」
取締役を手伝いながら、ダークサイズに資金を回そうと画策する伽羅たち。しかし無骨な彼らにはなかなか難題のようだ。
その様子にやきもきする取締役。
「あの助手たちは大丈夫なのかね……」
「だ、大丈夫ですわぁ」
「あ、伽羅さん! 今ダイソウトウの口座に300G振り込めました!」
「しーっ!! しかもそんな微妙な金額……」
協が嬉しそうに報告するのを、伽羅は慌てて彼の口を塞ぐ。
「とにかく秋野くんが何か掴む前に動かんと、台無しにされかねん」
向日葵たちの動きを把握できていない取締役は、焦りを感じており、協の言葉は聞こえていない。
コンコン……
と、そこへドアをノックする音。
取締役は当然警戒し、
「だ、誰だ? おいボディガード、追い払ってくれ」
と、指示する。カレンはすかさず、
「はーい、どうぞー」
「こらー! すんなり入れるんじゃない!」
取締役は警戒心ゼロのボディガードを叱る。
「なかなか面白い手口だけど、はたして上手くいくのかしら?」
と、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が取締役室のドアを開ける。
「な、なんだお前は?」
「な、なんですのぉ?」
キャリアウーマンのような格好で入ってくるローザマリアは慌てる二人にお構いなしに、
「ずいぶんと追いつめられてる御様子ね。それに……」
「今は貴公と話す暇はござらぬ。とにかく出て行って貰うでござる」
「しっ!」
タンがローザマリアを部屋から押し出そうとするのを、彼女は指を口に当てて制止する。
さらに取締役の机を探り、
「こ、これは……」
と、そこに仕掛けられた、携帯電話を模した形の盗聴器を、若干演技過剰に取り出す。
「な! まさか、盗聴器……!」
「ばかな! 部屋の中は入念に確認済みでございますぞ!」
「静かに!」
動揺する嵩たちを、鎮めるローザマリア。
「取締役さん、少し脇が甘いようですね。わずかな隙をついてこんなものを仕掛けられるとは」
「この盗聴器はまさか」
「もちろん、秋野向日葵かダークサイズのどちらか」
と、ローザマリアは嘘をつく。
実はこれ、隠形の術で今も部屋に忍び込んで様子を見ている、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の仕業。
(上手くいったようであるな。後は、わらわはたからくじの当たり券を探ればいいわけか)
グロリアーナは取締役や伽羅たちにばれないように部屋を探る。
「何い! じゃあ今までの会話は全部筒抜けじゃないか」
同時に、ローザマリアの芝居は続く。
「とにかく、今までの話は全て敵側に筒抜け。急いで行動しないと取り返しがつかないわ」
「ど、どうすればいい? あんたはそのためにここへ来たんだろう?」
情報が筒抜けと知って慌てる取締役は、藁にもすがる思いで手当たり次第に言い寄る者に頼り始める。
(あれ、もうパニくりはじめたわ。思ったより小物だったのかしら。まあいいわ)
ローザマリアは手を腰に当て、
「いろいろお話したいおいしいビジネスの話もいくつかあるんだけど、今大切なのは、たからくじの当たり券の確保と、当選金の資金洗浄。これができれば当面あなたの安全は確保できるはずよ」
(はぅっ! 私が苦労してたどり着けなかったのにぃ。この人あっという間に核心突いちゃったですぅ)
伽羅がこっそり悔しがる。
一方、ローザマリアをありがたがる取締役。
「おお。あなたの名前は?」
ローザマリアは、自分の名前をアナグラムにして考えていた、偽名を名乗る。
「私は、ローザ・アリァマール・イクラッ!」
「あ、有り余るイクラ!」
続いてローザマリアが指を鳴らすと、上品なスーツの中年紳士と、それにつき従う秘書然とした女性。
これもローザマリアが仕込んだ、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)と、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)。
ホレーショは取締役に握手を求め、考えてきた偽名を名乗る。
「はじめまして。イクラッちゃんに是非にと頼まれましてね。私はホレ・シネョ・ソン・ルー」
「ほれ、死ねよ。そん……るー……?」
「こちらは私の秘書の」
「はわ……シカシ・ナツハ・ヴィールニ・アユ・コリァエェ、です」
「ビールに鮎……これまた、下町のおっさんの独り言みたいな……」
ホレーショは話を続ける。
「私は保険会社の役員と、趣味で古美術商、裏でマネーロンダリングを請け負ってましてね。私の手にかかれば、ほれ、この通り」
ホレーショはエリシュカにノートパソコンを開かせる。
「はわ、あ、これが証拠の口座収支のデータですわ」
エリシュカが、幻覚で作りだした架空の口座ページを見せる。
「こ、これはすごい……」
冷静さを失ってきて、まんまと引っ掛かる取締役。
さらにローザマリアが話に入る。
「この話に乗れば悪いようにはしないわ。盗聴の音声も消去できるように協力できるし。で、その際の手数料なんだけど……」
と、ローザマリアはどんどん話を進める。
(ま、まずいですぅ。この話が進めば、ダークサイズに資金を回せないですぅ……)
焦る伽羅。
さらにそこにドアを開けて入ってくる者が。
「おーっとその前に、大事なこと忘れてまへんか?」
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)はドアの縁によりかかって、腕を組んで立っている。
「な、誰だ! 次から次へと。ボディガード全然働いてないな!」
「まあまあ。証拠隠滅もマネーロンダリングも結構ですわ。しかしや。表向き正規にくじが当たったように見せかけるんやろ? てことはきちんと銀行で手続きせんとあかん。それは誰がやるんや?」
「そ、それはもちろん私が」
「取締役はんが行ったら疑われるに決まってるやろ。そこでや。さも僕が当選したかのように振る舞って手続きするさかい。僕と君は関係のない人間や。足がつくようなことは一切ない。で、その際の手数料なんやけど……」
と、泰輔も取締役を囲み始める。
(ま、まずいですわぁ。関係ない人に動かれたらぁ、ダークサイズにお金が回らなくなっちゃいますぅ。私も手当てがぁ……仕方ないですぅ。当たり券のありかはまだ不明ですけどぉ、秋野向日葵さんに動いてもらって、キャノン姉妹の登場ですわぁ)
伽羅は彼らの様子を見て、密かにパソコンのエンターキーを押す。
☆★☆★☆
「来ました! ニャークDSからの合図です!」
陽太は巽につられてダークサイズをついニャークDSと呼称する。
「よし、行こう!」
「取締役、ぶっとばしてやるー!」
向日葵たちは急ぎ、七階へ向かう。
☆★☆★☆
「お姉さま、どうやら当たり券のありかが判明したようです」
地下の社員食堂でダラダラ過ごしていたダークサイズ。伽羅の合図はモモにも届く。
「では、参りましょうか。動かずして巨利を得る。これが正しい悪者の在り方ですわ。ダイソウちゃん、がんばりすぎなんですもの」
ネネが腰を上げようとしたところに、
「さらに楽な方法がありますよ、ダークサイズさん」
と、食堂の入口から、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が歩み寄ってくる。
「どなた?」
「フッ、私は戦部小次郎。立場としては、中立に当たるのかな」
「楽な方法というのは?」
「当たり券と当選データ。それを私が手に入れてあげようというのです」
「まあ、何ですって? それはものすごく楽ですわ」
ネネは小次郎の提案に目を輝かせる。
(や、やりました! 取締役室には何故か私だけ入室が拒否され、向日葵殿には何故か完全スルーされ、そのくだりも全然描かれず、心が折れかかっていたところでした。よもやと思ったダークサイズが食いついてくれるとは!)
小次郎は嬉々とした気持ちを隠して冷静を装い、
「今や取締役、向日葵殿、ダークサイズ殿のみならず、数々の思惑が働いて非常に複雑な様相を呈しています。そういう場合、最上の策は取引。取締役の不正は、ここではもう周知の事実。ここは三者間での取引を行い、ことを収めるのが最上でしょう。そのパイプ役を私が引き受けます」
「なるほど。ではあなたの取り分は?」
モモがすかさず、小次郎の狙いを読んで言葉を返す。
小次郎はクールにフッ、と笑い、
「私も確かにちょっとはお金がほしい。しかしそれはあなた方には要求しません。取締役から多少の額をせしめれば満足です。私があなた方に求めるのは」
「求めるのは?」
小次郎はキラリと目を光らせ、
「おっぱい!」
「おっぱ、え?」
「おっぱいを揉ませてください! 私はそれだけでもうっ!」
総司の件があって、今日はさらに敏感になっているモモは、ピキキと青筋を立てながら、
「それは、お姉さまの、ということですか……?」
モモは今にも殴りかかりそうな目を向ける。
しかし小次郎は、チッチ、と指を振り、
「とんでもない。ネネ殿モモ殿! 二人とも! です! 私の概念は大小とかそういうことではない! 違いを楽しむ。それが大人のたしなみ!」
「わ、私も!?」
小次郎の申し出に、何故か顔を赤らめて手で胸を覆うモモ。
しかしそこに、
「おっと、待ちな……」
と、新たな声。
「む、誰ですか?」
小次郎の問いかけに、隠形の術を解いて現れた、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)。
「もっと盛り上がったところで出たかったが、妹ちゃんをどうにかしようって輩が現れるなら仕方がねえ。」
(今日はクールに決めるぜ)
と、トライブは、すい、と前に進み出て、モモを下がらせる。
「下がってな。あんたのような美人が身体を差し出す必要はねえぜ」
トライブは小次郎と対峙する。
「ほう、私のおっぱいを邪魔しようというのですか?」
「思いあがってもらっちゃ困るな。妹ちゃんのはゆくゆく俺のだ」
その様子を無駄にドキドキしながら眺めるモモと、そのトライアングルをさらに引いてみているネネ。
「まあ。こういう時にもてるのは、結局モモさんみたいなタイプですのね。少し妬けちゃいますわ」
ネネは扇子を仰ぐ。
トライブはモモに、
「さあ行きな。あんたにはあんたの進むべき道がある。(ちょっとカッコいいとこも見せたかったけど)俺はこいつを食い止める!」
「私を悪役みたいに言わないでください」
小次郎は不満をこぼす。
「それじゃあ、行かせていただきますわ」
と、トライブに返事をするのはネネ。
「いや、あんたに言ったわけじゃねえんだけど……」
「行きますわよ、モモさん。秋野さんに先を越される前に」
「はい、お姉さま」
「あ、特に心配してくれねえんだ……」
ちょっと切ないトライブ。
「……私のおっぱいを邪魔してくれるとは。ただじゃおきません」
「へっ、おっぱいおっぱいって、いっぺん地獄に行ってみるか?」
と、二人は当分決着のつきそうにない戦いに突入した……
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