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●新説 南臣勧進帳 〜ろくりんピックよ、永遠に?〜

「オットー…満員だぜ」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は言った。
「学校行事なんだから当たり前でござるよ」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は呆れる。
 鯉ではなく、ドラゴニュートゆえ、竦めて見せる肩もある。よって、鯉型ゆる族でもない。
 今日は金髪カツラと「6」なヘッドセットで「ろくりんくん」に扮していた。
 彼らの演目は、勧進帳。この物語は源頼朝の怒りを買った源義経が、奥州へ逃げる時のお話。
 主君打擲、飛び六法と華麗な歌舞伎の十八番の一つである演目だ。
「よっしゃ〜! 燃えてきたぜ!」
 南臣はろくりんピックの冬季開催を願って、本来の筋である布施集めの部分を【冬季ろくりんピック開催の寄付】に変えて演じることにした。
 役作りのため、空大でジャスティシア試験を3桁分も受験し、落第し、なお受けて合格してきたほどの入れ込みようだった。この世界は、これほどまでに愛されているという証だろう。
 オットーは僧侶役をやるべく、プリーストに転職までした。
 鯉の顔のドラゴニュートが弁慶の衣装を纏い、キリリとした表情でいると、なんとな〜く格好良く見えなくも無い。
 漫画絵にすると、睫のボリュームが増量されていそうな感じである。でも、あたまにはカツラと「6」のヘッドセット。
「よし、来たぁ!」
 幕が開き、南臣とオットーは舞台へと向かう。
 先程までの舞台とは違って、本格的な歌舞伎の背景になっていた。
 高揚感に包まれたオットーの耳に(それがあれば、だが)無邪気な声が聞こえてきた。

「ママぁ〜、あの鯉、あたまにへんなの付いてるぅ〜」

 ブチッ

「シッ! 静かにしなさい。あれはゆる族なのよ(きっと)!」

 ブチッ!

「えー、へんなのー」
「指差しちゃいけません!」
 母親しい女性が、子供を宥める。

「鯉ではござらん…」
「そんなことより舞台だぜ」(いや、鯉だから…)
「あ、そうでござった。しかし…心の声がダダ漏れでござるよ」
「気にすんな。時間がねーんだよ」
「…合点承知」

 オットーを宥め賺し、舞台へと追い立てると、南臣は自分も舞台に出る。
 スポットライトが眩しい。
 南臣は楽しいことが大好きだ。ワクワクしながら演技し始めた。
 富樫役は音楽科一年の生徒。古文好きなのを南臣が知って無理やり引っ張ってきた。
 名前も変えるのが面倒なので、英霊ということにしている。契約者と被契約者がどーのとか、そゆーことは言ってはいけない。
 時事ネタはノリが命なのである。

「斯様(かよう)に候う者は、シャンバラの国の住人(…でいいの?)」
「気にすんなよ」(南臣)
「(あ、そう…えっと)英霊、富樫左衛門にて候。これより、遠き過去の話をするなり…云々」
 音楽科の一年生、困惑気味のようである。
「とにかく…さても頼朝義経、 御仲 不和とならせ給うにより(あーもー、めちゃくちゃだよぉ〜)、判官殿。主従 、作り山伏となり陸奥へ 下向 あるよし  (中略)方々 左様、心得てよかろう〜」
 こんな調子である。
 実行委員長殿はその面白い雰囲気を残すため、シナリオに大きな変更を求めなかったらしい。
 二階の突き出し部屋にて観覧中の実行委員長殿は、密やかに忍び笑いをしていたとか、いないとか。それはさておき。
 オットーお待ちかねのセリフである。

「ミーたちは東西融和というアムリアナ女王陛下の崇高なご意志のもと、【冬季ろくりんピックの資金集め】に諸国を漫遊している一行ネ。
 大事なことだから、もう一回言うネ。【冬季ろくりんピックの資金集め】なのネ」
 水干を着て、カツラを付けたオットーはクルッと背を向けた。
 背中には、
 「ご寄付と応援、年中無休で絶賛募集中! ろくりん君♪」
 と書いたプラカードがあった(いつの間に!)。似顔絵まである。
 その瞬間、声援が四方八方から飛んだ。

「今度は負けねー!」
 とか。
「ろくりんくーん!愛してるー!」
 とか。
「南臣、お前が広報担当やれー!」
 とか。
 熱に浮かされたような、むちゃくちゃな声援だった。
 ひじょうに学生らしいノリである。
 この時ばかりは、貴族たちも何も言わず、その場を楽しんではいるようだった。

 オットー、南臣は、お客様の方を向いて礼をする。
 またまた声援が飛び、本当に金を投げる生徒もいた。
 一息つくと、南臣たちは演技を続ける。
「判官殿に似たりと申す者の候ほどに、落居の間、留め申す」
「なのに一員の中でも下っ端のお前が残虐憲兵に見誤られるとは、ミーの業の拙きゆえなりなのネー。思えば憎し、憎し憎し。目にもの見せてくれるネ〜!」
「あ? ちょっと待て」
「待たないでござるネ!女王様に代わってお仕置きヨ!!」
「天体じゃないのか!」
「違うネ!」                                                                   

「喰らうでござるネーーー!!!!」

 オットーは南臣を力いっぱい殴り飛ばした。

「うぎゃああああ!!!」
「ミーの愛を込めたドラゴンアーツを喰らえでござるネー!」
 全身の力を一点に集中して、南臣の顎を下から上へと殴る。
 アッパーカットは見事だった。
「打擲シーンは反撃自重なんて、誰が言いやがったあああ!」
「何を言うネ! これは主君への愛! 信じてもらうために、もう一回殴られるネ!」
「いや、ちょっと待て…」
「とっとと死にやがれ! なのネー!!」
「うっぎゃああああ!!!」

 あぁ、殴り愛。

 男は愛を語るかわりに殴りあうという…超漢男伝説。

 きっと、お貴族さんにも、校長先生にも理解されない『美』なのだろうけれど。
 お客さんもいることではあるし、南臣は我慢した。事故防止のため、狩衣の下に鎧を着込んであるので怪我は無い。
 でも、さすがに痛いので、いつか仕返しをしてやろうと誓う南臣だった。