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リアクション
第六章 邂逅
「来たか」
遊佐 堂円は、ゆっくりと振り返った。
「待っていたよ」
「やっとお会い出来ましたね。遊佐 堂円殿……。いえ、叔父様。」
円華は、目の前の人物を見据えて言った。
「お、叔父様って?」
「円華さんの叔父様って確か……」
驚いて顔を見合わせるキルティスと秋日子。
「そうです。遊佐 堂円の正体は、由比景信(ゆいかげのぶ)、つまり、円華さんの叔父上なんです」
「え!じゃ、じゃあ今お屋敷にいるあの人は……」
「あれは、景信様の影武者。私の父です」
加夜の質問に、なずなが、答える。
「どうして気づいた?」
「最初に影武者に気づいたのは、私ではなくなずなでした。なずなが、『父娘だから』って……」
「そうか。私も、迂闊だったな」
気まずそうに俯くなずな。
「なぜ、あの晩餐会に叔父様が影武者を立てられたのか、それを考えていたら、気づいたんです。“もしかしたら、叔父様が堂円なのかもしれない”って」
「でも、どうしてなんですか?どうして叔父様はこんなことを?」
「そこまで分かっていて、解らないのかね?」
「解りません!」
「そうか。なら、話そう」
一つ大きくため息を吐くと、景信はゆっくりと語り始めた。
「私は、憎かったのだ。葦原藩と五十鈴宮家が」
「先々代の五十鈴宮家の当主、つまり、お前祖父が死んだ時、私とお前の父は、後継者の地位を巡って争った。私は、あらゆる点でお前の父より優れていたし、家臣達の人望も圧倒的に私に集まっていた。にもかかわらず、私は五十鈴宮家を嗣ぐことが出来なかった。何故だと思う?」
「叔父様のお母様が、正妻では無かったからです」
「そうだ。私は、お前の父とは腹違いの兄弟だ。お前の父は、正妻の産んだ子。私は、妾の子だ。それだけで、たったそれだけの理由で、私は日陰の身に甘んじなければならなかった」
「私は、その復讐がしたかった。なんとしても、葦原藩と五十鈴宮家に一矢報いてやりたかった。それが理由だ」
「……何故、叔父様は嘘を付くのですか?」
「嘘?」
「そうです、叔父様は嘘を付いています」
「私の話の、何処に嘘があるというのかね?」
「私、なずなのお父様から聞きました。叔父様が金鷲党を創り上げたのは、全て五十鈴宮家のためだって」
「ハッ、何を馬鹿なことを!何故五十鈴宮家のために、五十鈴宮家の敵を創り出さねばならんのだ?」
「それは、葦原藩の反海外進出派を、1つにまとめ上げるためです」
それまで2人のやりとりをじっと聞いていた討魔が、口を開いた。
「葦原藩の反海外進出派は、藩内に沢山存在していた。だから、それをつぶすとなれば、大変な手間と時間がかかる。しかし、中心となる核を作り上げ、そこに反対派を全て集中させれば、その手間は一度で済む」
「なるほど。反対派を一つにまとめ上げるために、遊佐 堂円が必要だった訳ですね」
ブルタが、しきりに頷く。
「そう。遊佐 堂円が、その言論ばかりが取り沙汰され、人前にほとんど出てこなかったのは、堂円の正体が景信様であることを、知られる訳には行かなかったからです」
「景信様、景信様が堂円になりすまし、金鷲党という組織を創り上げたのは、積極的に海外と交流していこうとする、五十鈴宮家の敵をまとめて取り除くためだった。違いますか?」
「私と、総奉行ハイナ・ウィルソンとの間には、密約があったのだ。私が金鷲党を組織し、反対派の除去に協力する代わりに、葦原藩の旧家とはいいながら、何の実権の無い五十鈴宮家の復興に、力を貸すと」
「叔父様、もう、もうやめて下さい!五十鈴宮家のために、叔父様が悪者になることなんかありません!そんな、そんな家が一体なんだっていうんですか!!私にはそんなものより、叔父様の方が大切なんです!本当のことを言って下さい!そして、罪を償いましょう!私も、私も一緒に償いますから!!」
円華の悲痛な声が響く。
「それは、出来ん」
景信は、円華を冷たく突き放した。
「私は、由比家の人間だ。私は、由比家の人間として、五十鈴宮家を守り支える者として、何十年も生きてきたんだ。今更、その生き方は変えられん」
俯いたまま、そう呟く堂円。その表情を窺い知ることは出来ない。
「どうして、まだ嘘をつくんですか?」
御上が、悲しげに言った。
「どうして、まだ嘘を吐き続けるのですか!円華さんは、貴方に逢うために、貴方の口から本当のことを聞くために、命を賭けて、ここまでやって来たんですよ!」
「御上君……キミ……」
景信は、明らかに動揺している。
「いいんです、御上先生!もういいんです!」
泣きながら、御上を止めようとする円華。
「いいえ、言わせて下さい!いえ、言わなきゃいけないんです!!」
円華の静止を振り払い、前に進み出る御上。
「全ては、円華さんのためですよね?」
「違う!」
「全ては、積極的に外の世界とかかわろうとする円華さんの障害を取り除くため、そうじゃないですか、景信さん?」
「違う、違う違う!!」
景信の声は、最早絶叫に近かった。
そんな景信を、じっと見つめる御上。
どの位そうしていただろうか。やがて御上は懐から一通の手紙を取り出すと、それを円華に手渡した。
「円華さん、これは、あなた宛の手紙です」
「わたし宛?」
「はい。先日、私が円華さんのお母様から預かったものです」
「な、何……?純華(すみか)からだと……」
御上の言葉に、愕然とする景信。
「はい」
「純華は、純華は病気じゃなかったのか?」
「それは、方便なのです。澄華さんは、自分を景信さんから奪った知信さん、つまり自分の夫と顔を合わせずに済むように、そして円華さん、年を追うごとに、自分の想い人である景信さんに似てくるあなたに会わずに済むように、わざと心を病んだ振りをしていたのです」
「え!?み、御上先生!い、いま、今なんて言いました!?」
びっくりして、御上を問いただすなずな。神狩も、驚きに目を見開いている。
「そ、それじゃあ、やっぱり……?」
手紙を胸に抱いたまま、ゆっくりと顔を上げる円華。その頬は、涙に濡れている。
「そうです、円華さん。あなたの本当のお父さんは、景信さんです」
「お父さん……」
「元々、私と純華は将来を誓いあった仲だった」
景信は、観念したように口を開き始めた。
「それを、後から純華に目をつけた知信が、力づくで自分の妻にしたのだ。そして、その時純華のお腹の中には、円華。もうお前がいたんだ」
「景信さんのこれまでの行動は全て、自分の娘である円華さんのためを思ってのことだったのです」
「円華が、新たに日本の企業と協力して事業を始めることを决めた時、私は、反対派が円華の命を狙っていることを知った。円華の命を守るのには、これが最善の方法だったのだ」
「そして、景信さん。これは、純華さんから貴方への手紙です」
「純華から……?」
震える手で手紙を受け取ると、封を切るのももどかしく、景信は手紙をむさぼり読んだ。
その目が、涙が溢れる。
「景信さん、純華さんは、私にこう言っていました。“どうか、全てを打ち明け、投降して欲しい。どんな形でも構わないから、生きていて欲しい、と”」
「純華……!」
手紙を握り締め、涙を流す景信。
「お父様……」
「来るな!」
歩み寄ろうとする円華を、景信は一喝した。
つかつかと祭壇に歩み寄ると、隠されていたスイッチを押した。
突然降りてきた壁が、2人の間を分かつ。
「たった今、この要塞の自爆スイッチを押した。あと15分で、この要塞は完全に崩壊する」
スピーカーから、景信の声が流れる。
「目の前の廊下を右に行った突き当たりに、外に続く抜け道がある。10分もあれば、外に出られるだろう。君たちは、そこから脱出したまえ」
「そんな、お父様!!」
「私の手は、あまりに多くの人の血で濡れている。これまで幾多の人々を死地に追いやって来た自分が、今更、どうしておめおめと生き長らえよう」
「お父様、ここを開けて!お父様!!」
必死に壁を叩き続ける円華。しかし、壁は2人の間に無情に立ち続ける。
「御上君」
「はい」
「わがまま放題に育った娘だが、決して間違った人間には育てていないつもりだ。済まないが、よろしく頼む」
「はい!」
「なずな、討魔。君達にも迷惑をかけるが、これからも娘のために働いてやってくれ」
「は、はい、景信様……」
「お任せ下さい」
「円華」
「お父様……」
「円華。父と母は、自分の本当の気持に素直になる勇気が無かったために、こんなことになってしまった。お前は何があっても、常に自分の本当の気持に素直に生きなさい。いいね」
「はい……」
「諸君、もう時間がない。早く脱出したまえ。そして、いいかね。これからの時代は、君達のような若者が創り上げていくのだ。どうか、私のような過ちを犯さないで欲しい。これが、私の最後の願いだ」
「お父様!」
「景信さん!」
「景信様!!」
「さらばだ、諸君」
それきり、景信の言葉は途切れた。
さっきから続いていたかすかな揺れが、徐々に大きく鳴り始め、天井や壁に亀裂が入り始めた。
「ダメです、急がないと、本当に脱出できなくなります!!」
廊下に出たブルタが叫ぶ。
「お父様!お父様!!」
壁を叩き続ける円華を、ゴライオンと御上が2人がかりで運び出す。
その様子をモニターで確認していた景信は、全員が部屋から去ったのを確認すると、胸元からペンダントを取り出した。
「純華……待っていてくれ。私もすぐに行く」
中に嵌められている写真にそう語りかけると、景信は奥歯を思い切り強く噛んだ。瞬間、景信の身体が激しく痙攣し、その場に崩れ落ちる。
崩れ行く天井や壁が、景信の身体を覆い尽していく。
なんとか外に脱出した一行の背後で、金冠岳要塞は、激しく音を立てて崩壊していった。
崩壊した金冠岳を呆然と見つめていた外代沖也は、刀を取り落とすと、その場に座り込んだ。
「事は終わった」
「ちっ、なんだよ。もう終わりかよ」
不満そうにそう言うと、三船 敬一はライフルを地面に突き立てた。
「どうした、私の首が欲しいのではなかったのか?」
「今更取れるか、そんなもん!」
三船は、腹立たしそうに怒鳴った。
二子島攻略作戦は、こうして、幕を閉じた。
「もう戦いは終わったんです!そんなことはやめて下さい!」
五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、二子島の岸壁ギリギリに立つ侍に向かって、必死に呼びかけていた。
「来るな!それ以上近づくと、こいつの命はない!」
侍の手に握られた脇差が、人質の首に当てられる。そこがプツリと切れ、赤い血の雫が流れ出る。
侍は、負傷して気絶していた所を終夏が発見し、手当した人物だった。
その途中目を覚ました侍は、金冠岳が崩壊し、戦いが敗北に終わったことを知ると、攻略軍の負傷者を人質に取り、逃走を企てた。
しかし、終夏と雨宿 夜果(あまやど・やはて)に追いかけられた挙句、この岸壁に追い詰められたのである。
「遊佐堂円はもう死んだ!金鷲党は崩解したんだ!お前が戦い続ける必要はない!」
夜果の声も、男の耳には届いていないようだった。
「うるさい!俺の戦いは、まだ終わっちゃいない!堂円様の言葉は、俺の中で生きている!俺の大義は、まだ消えちゃいないんだ!」
男は、半狂乱になって叫び返す。
「どうしよう、このままじゃ、人質が危ないよ!」
「人質どころか、一歩間違えば2人揃って崖から落ちかねないぜ」
渋面を作る夜果。
「済まない。ここは、私に任せてくれないか?」
突然の声に2人が振り返ると、そこには1人の侍が立っていた。
「あなたは……?」
「あ、あなた様は、外代殿!」
「と、外代って、あの前線司令官の……」
「君の名は?」
「ま、松田と申します!」
「松田君。そんな事は、もうやめたまえ。私も、降伏した」
「そんな……。貴方ほどの方がなぜ!」
「松田君。私は、この戦の始まる前、堂円様から密命を言付かった」
「密命……」
「そうだ。“もしこの戦が負け戦に終わり、そしてもし自分その時自分が死んでいたら、君が私に代わって、無条件降伏して欲しい”と」
「無条件降伏……」
「これが、その証拠だ」
外代は懐から、一通の書状を取り出すと、それをその場で開いてみせた。
「これが、その密命を記した、堂円様直筆の書状だ。自分の眼で、確かめてみるといい」
そう言うと外代は、ズカズカと松田の前まで歩いて行く。
松田は逃げ出す訳でもなく、じっと外代が近づいて来るのを待った。
外代が差し出した書状を、目を皿のようにして読む。
「確かに、これは堂円様の花押……」
「堂円様はこうも言っておられた。“降伏した後は、これまでの諍いを全て忘れ、新たなる葦原藩のため、力を尽くして欲しい。それが、生き残った者の責務だ”と」
「堂円様……」
松田の身体から、力が抜けた。
その肩に手をおいて、外代が頷く。
松田は、男泣きに泣いた。
「すごい人だったんだね、堂円っていう人」
終夏は、そんな2人を見つめながら言った。
「そうだな。すごい人だから、みんなここまで付いてきたんだろうな」
夜果も、終夏に同意する。
「“生き残った者の責務”か」
「うん?」
「私には、何が出来るのかな……」
「取りあえずお前は、音楽をやればいいんじゃないか?」
「……うん、そうだね!私、音楽を頑張る!そして、きっと皆に私の音楽を知ってもらう!天国の堂円にも私の噂が届くくらい!」
終夏は、青空に向かっていった。
「静麻殿、そろそろ行きませんと。誰かに見つかりでもしたら、厄介なコトになります」
服部 保長(はっとり・やすなが)は、熱心にシャッターを切る閃崎 静麻(せんざき・しずま)に声をかけた。
「あぁ、分かった。ちょうど今、終わったところだ」
静麻はカメラをしまうと、今まで写真を撮っていたファイルに火をつけた。
ファイルは、見る見るうちに灰になっていく。
2人は今、崩壊した金冠岳要塞の廃墟の中にいた。
静麻と保長は、金鷲党の構成員についての情報を求めて、この廃墟に潜入した。
静麻は、金鷲党のメンバーが全員この島に集結したなどとは思っていない。
きっと、多くのメンバーが生き残り、この戦いの後もかつどうを続けるに違いない。
そう考えた静麻は、ソイツらが行動を起こす前に、事前に手を打つことを考えたのである。
もし、生き残りのメンバーが、説得の余地のない人物であれば、匿名でその情報をハイナに流す。
逆に、その人物が真に葦原藩の未来を憂えているようであれば、どうにかして味方に引き入れたい。
元金鷲党のメンバーが藩政に1人でも多く寄与することが、海外進出派と反対派の溝を埋めることにつながり、また葦原藩のためにもなることだと、静麻は考えているのだ。
そのための情報は、全て手に入れた。
「この情報を活かすも殺すも、静麻殿の掌一つ、でございますね」
保長が、自分の心を見透かしたように言う。
「使ってみせるぜ。絶対にな」
静麻は、不敵な笑みを浮かべた。
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