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Trick and Treat!

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6.はっぴーはろうぃん*デート編。


 10月31日といえば、ハロウィン。
 ハロウィンといえば、仮装行列。
 というわけで。
 ルーク・クレイン(るーく・くれいん)は、黒とオレンジという、ハロウィンカラーのドレスを着ていた。背には蝙蝠の羽。仮装としては上々なのだが、
「……う、う」
 本人が顔を真っ赤にして、ずっと俯いているから何とも言えないこの状況。
 だって、仕方がないのだ。
 ルークは、ショートカットにした髪やぺたんこな胴体という外見、また性別を意識させない口調からして男性にしか見えない。
 本人もそれを自覚しているため、私服のほとんどはユニセックスである。なのでいつも男性のような装いなのだが。
 それが、それが。
「スカート……下、が、すーすーする……」
 それだけで羞恥プレイなのだ。
 たとえスカートの丈が膝上5センチと健全な長さでも。
 スカートの下にショートパンツを穿いていても。
 なんであれ、普段しない恰好。肌を露出させた恰好。
 それだけで、消えてしまいたいくらいに恥ずかしい。
 それもこれも、全てはシリウス・サザーラント(しりうす・さざーらんと)のせいなのだ。
 今日はハロウィンだから、仮装して街を練り歩こう。
 なんてことを言ってきて、同意したらこの恰好にされた。嫌なら嫌だと言えばいいのに、逆らえなくて。
 だけど、こうして二人一緒に並んで街を歩いているこの状況は、なんだかデートのようだとも言えなくはない。
「……って!?」
 ――僕は何を考えた!?
 相手は変態吸血鬼である。
 ――変態吸血鬼を相手に、僕は、何を、考えた?
「さっきから何を面白い顔しているの」
「面白い顔って……」
「せっかくドレスは可愛いのにねえ?」
 シリウスがからかうように言った時、丁度ショーウインドウに全身が映った。
 ああ、そうさ。
 言う通りだ。
 ドレス『は』可愛い。
 だけど、着ている僕は?
「……うん、似合わないよね」
「ルーク?」
 わかっていたことだけど。
 シリウスに言われた、それだけで、何か胸につっかえるものができるんだ。
 苦しいような、痛いような。
 自分でもよくわからないものが。
「……ねえルーク」
「ん?」
「俺はねえ、その恰好よく似合ってると思うよ」
 似合ってる?
 さっき、ドレスは可愛い、って言ったじゃないか。
「お世辞はいいよ」
「恥ずかしがって顔を地面に向けて。見れたものじゃない君だけど」
「ちょ、さすがにその言い分は酷――」
「それでも、俺はその恰好。似合ってると思っているよ? お世辞抜きでね」
 言葉に詰まる。
 その間に、シリウスは「やれやれ、魔の者から本音を引き出すなんて」と軽口をたたきながら先に行ってしまう。
 それでも動けなかった。
 似合っているって?
 本当に?
 顔を上げた。
 ショーウインドウに映る自分を、真っ向から見てみる。
 それから、ぎこちなく、笑ってみて――なんだ、少しは似合うじゃないか。
 足元はすーすーするし、着慣れないから恥ずかしいし、だけど。
 きみが似合うって言ってくれるなら。
 もしかしたら、そうなんじゃないかなって。
 思って、追いかけ――ようとしたら、
「ねえ、君は悪戯したい? それとも……悪戯されたい? 俺はどちらでも構わないよ……?」
 熱っぽい目で、艶っぽい声で、フェロモンをダダ漏れにしながらお姉さんを誘惑するシリウスを見つけて。
 ひく、と顔が引きつった。
 ああ、そう。
 これでこそ、シリウスだ。
 シリウスだが。
「その人から離れろシリウスぅっ!」
 間に割って入って、睨みつけた。
「おや? 嫉妬かい?」
「そんなわけあるか!」
「だって、ハロウィンはいろんな人にこう言うんだよ。
 ……ああそっか。ルークにはまだ言ってなかったね。
 Trick or Treat?」
 綺麗な発音で、耳朶を甘噛みされながらそう言われて。
 くらくら、くらくら。
 揺れる思考と、地面。
 膝から力が抜けて、倒れそうになるのをシリウスに支えられて、「おやおや、君は本当に可愛いね」からかうように笑われて。
 だけど、ああ、もうなんでもいいや。
 相手がシリウスなんだから、どうだって。
「……でも、顔、近すぎる……」


*...***...*




「とりっくおあとりーと!」
 かなりの不意打ちで。
 水鏡 和葉(みかがみ・かずは)は、神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)にそう言った。
「お菓子ですか?」
 緋翠はのんきにそう言う傍ら、和葉は内心ニヤリと笑う。
 ――ふふふ。事前にお菓子を持っていないことは調査済みだよ!
 そう。
 今日の目的は、緋翠からお菓子をもらうことではなくて。
「……あれ?」
「お菓子、ないの? じゃあ……悪戯しちゃうね?」
 緋翠で遊ぶことだ。
「といーうわーけでっ。
 緋翠ー、魔女っ娘、花魁、妖精。どれがお好み?」
 三種類の仮装衣装をびらりと広げてみせた。
「えっ、あの……、え? 俺、男ですよ?」
「うん、で、どれがいい?」
「いや、あの?」
「僕としてはね、一番馴染みやすいだろうし花魁をお勧めするよ! どう? ねえねえ、どう?」
「というか、その選択肢は酷いでしょうっ……」
「だって緋翠がお菓子くれなかったから」
「お菓子をくれなかったから、ですか。……来年は忘れずに用意しましょう」
 妙な所で真面目な緋翠だから。
 花魁の衣装を持って、着替えに行く。
 満足そうに笑みながらそれを見送り、和葉は自身も仮装衣装に身を包んだ。
 もふもふのシャツとハーフパンツ。それに、同じ色で同じもふもふ素材の耳と尻尾を生やして見せたら。
「ふふー♪」
 あっという間に狼少年である。
「ああ、この触り心地……最高……」
 もふもふな生き物こそ、至上の宝。
 触り心地にうっとりしながら、緋翠の着替えをただ待った。


 やむを得ないことだ。
 お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!
 それがうたい文句のハロウィンで、お菓子を持っていなかったから悪戯された。
「……仕方のないことですから。……ですから、こら、いつまではしゃぎまわるつもりです?」
 花魁の仮装をした緋翠は、自身の周りをぴょこぴょこ跳ねて回る和葉に対し、そう声をかけた。
「やっぱり着物姿が様になるね、さすが緋翠っ!」
 その褒め言葉は、正直複雑である。
 普通、その言葉をかけられたなら嬉しいはずなのに、今は恰好が恰好だから。
 はぁ、と嘆息するが、和葉は気付かず「着物美人ー。うなじきれいー」とはしゃいで回る。
 そんなにはしゃぐと、人の目が集まるし。
 だけど、まぁ。
「……楽しいですか?」
「うん!」
 なら、いいか。
 と。
 ――けれど、来年も同じ轍を踏むと思ったら大間違いですよ。
 ――それに。
 やられっぱなしは性に合わない。
 もふもふの、和葉の耳を触る。
「いいでしょ」
「ええ」
 手触りを楽しんで、それから耳に唇を寄せて。
「よくお似合いですよ、可愛い狼少年さん?」
 そっと、囁く。
 甘く淫靡な声を出したのは、意趣返しの意を込めて。
「なっ、」
 和葉は予想通り、真っ赤な顔をして。
 恥ずかしがっているような、それでもどこか嬉しく思っているような。そんな複雑な表情で、バシッと緋翠の胸を叩いた。
「〜〜っ、ずるい、緋翠兄さんっ!」
 おやおや、何がでしょう?
 知らん顔でとぼけてみせて、それから和葉の手を取った。
「え、」
「ほら、お菓子を貰いに行くんでしょう?」
「う、うん!」
 手を引かれて、仮装行列が行われているヴァイシャリーの街を目指すその途中。
「……来年は絶対に完璧な悪戯を仕掛けてみせるっ」
 和葉が、そんな決意の言葉を言うものだから。
 思わず口元に、笑み。
 来年は、だって?
「逆に、俺が悪戯しても面白いかもしれませんね」
「!!? い、いいよ! 緋翠は僕にいじられてなよ!」
「ふふ」
 さあ、どうでしょう? と含みのある笑い一つ。
「あ。見えてきましたよ」
「! 本当?」
 それから上手に機嫌を取って。
 さあ、ハロウィンを楽しみましょう?


*...***...*


 ヴァイシャリーの街は、ハロウィンの仮装行列が行われるということもあって大混雑していた。
 だから、帽子とロングスカート、ケープを羽織った魔女姿の水神 樹(みなかみ・いつき)が、怖くないクランプスに変装した佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と手を繋いだことは、ある意味必然だった。
「はぐれないようにしないとね」
 弥十郎が、優しく声をかけてくれる。
 けれど樹はそれに応えられない。
 ――ど、ドキドキする……!
 まだ、手を繋いでいるだけなのに。
 一言二言、言葉を交わしただけなのに。
 久し振りのデートだからだろうか? なんだかとても、緊張する。
 緊張と言っても、心地良い部類の緊張で。
 矛盾しているけれど、安心もしていて。
 ふい、と弥十郎を見上げると、丁度弥十郎も樹を見ていた。ばちり、目が合う。
「〜〜っ」
 顔を赤くして、視線を逸らして、握る手に力を込めて。
 ああもう、どうしてこうなんだろう。
 付き合い始めてもう一年以上経過しているのに、これだけでドキドキしてしまう。
 そんな樹に、弥十郎は「可愛いなあ」と無邪気に笑うし。
 ……弥十郎が笑ってくれるのは嬉しいけれど、なんだか複雑でもある。
「……うぅ。ごめんなさい」
「ええ? 何が?」
「だって、せっかく。あの、二人きりで居られるのに。すごく久しぶりなのに」
 恥ずかしくって、嬉しくって、ごちゃごちゃになって、顔を赤くして。
 ちゃんと喋れないでいて、ごめんなさいって。
 全てを言わなくても、弥十郎はわかってくれたみたいだった。
 誰よりも、何よりも優しく愛しそうに微笑んで、空いている手で頭を撫でて髪を梳いてくれた。
「いいんだ。だってワタシは、君と一緒に居られることでもう、幸せなんだよ」
「え……」
「君の傍で、君と一緒の時間を過ごして。同じものを見て、感じて、違うことを思ったり、同じことを思ったりして、それに笑ったり、怒ったり――そういう、なんてことのないことが、幸せなんだ」
 それは、ええと。
 ……なんだろう、なんだか、いま、すごいことを言われたかもしれない。
 一緒に居られるだけで幸せ。
 同じものを見ているだけで。
 傍で、笑っていられれば。
「……同じことを、思っていました」
 だから、学校が遠いことはすごく辛いことだけど。
 こうして逢う日が、大切で。
 時間の流れが止まらないかななんて、祈ってみたりもして。
「私、もっと……弥十郎さんの近くに居たいです」
 そ、っと寄り添ってみた。
 腕を組むように。
 手を繋ぐよりも近くで、密に。
「……なんか、照れるね?」
 弥十郎が照れくさそうに笑う。
 そんな彼の顔を見て、樹も笑う。
 樹を見て、また弥十郎が笑って。
 止まらない、優しい時間。
「そういえば、お菓子も作ってきたんですよ。弥十郎さんのお口に合えばいいなあ」
 かぼちゃを蒸して、裏ごしして。
 ジャックオーランタンの形に、練り切りを作ったのだ。もちろん、顔もついている。自分で言うのはなんだけど、可愛く仕上がったと思う。
 あげたら、喜ぶかな?
「ワタシも作りましたよ。ラングドシャです。クリームは趣向を凝らして、練乳とレモンで作ってみたんだ」
 そう思っていたら、弥十郎からも言われた。
 弥十郎のお菓子は美味しいから、思わず目を輝かせた。
「いま食べる?」
「はい!」
 提案に、一も二もなく頷いて。
「トリック・オア・トリート!」
「ハッピーハロウィン」
 ハロウィンといえば、のやり取り。
 弥十郎からラッピングされた袋を渡されて。
 ラングドシャを口に含む。
 生地はさくさく。クリームはしっとり。
 美味しい。
 甘いけれど、レモンの風味のおかげだろうか。甘すぎなくて癖になる。
「……そうだ」
 不意に、弥十郎が声を上げた。
 なんだろう? と上目遣いに彼を見ると、
「トリックアンドトリート」
 弥十郎は、悪戯っ子のような顔で笑っていた。
「お菓子をもらっても、イタズラしちゃうぞ?」
 言葉と同時に、顔が近付いてきて。
 あ、抱き寄せられてる。
 気付いた時には、唇と唇が触れていた。
 人混みの中なのに。
 誰か見てるかもしれないのに。
 そう思っても、拒む気が起きないのはどうして?
 むしろ、ずっとこのままで居てほしいのは、どうして?
 長いキスから解放されて、とろりとした目で彼を見る。
「ごめん。あまりにも可愛かったから、つい」
 頭を抱き寄せてくる弥十郎の手は、繋いでいた時よりも熱かった。


*...***...*


 前方で。
「ナガンー」
 ひらひら、佐伯 梓(さえき・あずさ)が手を振っている。
 それはもう、楽しそうに手を振ってくるから、こっちも返してやるかとナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)も手を振った。
「とりっくあんどとりーと」
 それから開口一番そう言うと、
「両方かよー」
 わがままー、と梓に笑われた。
「ナガン、猫。可愛いなぁ」
 梓が不意に、手を伸ばして猫耳フードを引っ張った。
 今日はハロウィンだからと、お互いの衣装を事前に交換していて。
 だから、梓がナガンのピエロ服を着て、胸パットも入れて(でもメイクはしていない)。
 ナガンは梓の猫耳フード服を借りて黒猫コス。
「でもこれもなきゃ俺じゃないよー」
 梓が背伸びして、ナガンの首にヘッドホンをかけた。
 鏡を見て、何かが足りないと思っていたら、これか。
「俺ね、ナガンのモノマネできるよー」
「へぇ。やってみ?」
「ひゃはは、とりっくおあとりーとだぜェー。イタズラされたくなきゃ菓子出しなァー」
 ……似ていなくはないが。
 梓特有の間延びした口調に、ナガンの毒々しさや狂気を孕んだ部分が相殺されていて。
「全然違う」
「そう? 語尾伸ばしちゃ駄目?」
「うん」
 それだけじゃないけど。多分、いや絶対。
「ナガンは? 俺の真似しないの?」
「してほしいのか? ……お菓子をよこすにゃ〜」
「別に俺、にゃーにゃー言わないよ?」
「猫だから」
「ふうん?」
 きょとん、と首を傾げる梓にわかってないなと口の端を歪めてみせた。
 今日は、口調よりも仕草が梓なのだ。
 まったりふわふわ、ゆるーく、だらーんと。
「お菓子もらいに行かないのかにゃー」
「お菓子! おー、あっち行ってみようぜェー」
 お菓子に反応して、梓が腕を組んでくる。
 こういう反応は梓らしくて、いい。
「お菓子集めだァ。ナガン、勝負だぜェー」
 勝負と言っても、腕を組んだままで?
 同数確保で勝負が成り立たなそうだと思いつつ、「おー」と承諾の返事をして。
 仮装行列を練り歩く。


 菓子袋がいっぱいになった。
 梓はそれを見てにこにこ、笑う。
「いただきまーす」
 嬉しい。
 甘いものがいっぱいで。
 隣にはナガンが居て。
 しあわせ。
「お菓子、うまーい。でもこれ、ブランデー入ってる?」
「風味付け程度ににゃー」
「ナガン、猫語尾。可愛いー」
 へらり、笑ってナガンの猫耳を引っ張った。耳がずれないように、服を右手で抑えるナガンの手。梓はその手に手を伸ばす。冷たい手だった。心配になる。
「佐伯?」
「ナガン大丈夫? 寒くない?」
 うん、と頷かれて、ならいいや、と笑う。
「佐伯は?」
 首を横に振った。俺も大丈夫、寒くない。
「ナガンと一緒に居ると、あったかいんだ。
 楽しくて、お腹の辺りがきゅんてして、ぽかぽかする」
「変わってるにゃー」
「そう? 普通だと思うなー、好きな人と一緒に居ると、そうなるの」
「ふうん」
 ナガンの返事は軽かった。
 ……多分、気付いてもらえていない。
 梓はノリが軽くて、友達にも好きとか言うようなタイプだから。
 同じように言われたのだと、流されている。
 でも、今日のは、今のは、違うんだ。
 ――ナガンへの『好き』は、違うんだ。
 くいくい、服の裾を引っ張って。
「?」
 ナガンの顔が向けられたから、背伸びして。
 ちゅ、と左頬に口付けする。
「……佐伯?」
 ナガンはまだ、きょとんとした眼でこっちを見ている。
 ――気付いてよ。
「こういう事する、好き、だよ」
 顔が、熱い。きっと真っ赤になっているんだろう。
「ナガン、は。……俺の、こと……好き?」
 服を掴んだ手が、震えてる。でも、寒いんじゃなくて。
 なんだろう。
 どうしてこんなに、涙が出そうなくらい、ドキドキするんだろう。
「疲れてるのか?」
 ナガンは、どうして、そんな返事?
 もっとはっきりとした言葉を聞きたい。
 YESとか、NOとか。
 好きとか、嫌いとか。
 あれ。
 くらくら、してきた。
 ナガンの返事、まだなのに。
「甘いものやるよ」
 不意に、ナガンの顔が近付いてきて。
 唇に唇が触れて、甘いものが口の中に転がってきた。
「っ、」
「とりっくあんどとりーと」
「……ナガ、ン」
 くちうつし。
 そう理解するのとほぼ同時に、くらくらしていた世界が、ぐらり。


「佐伯?」
 唐突に告白をしてきて、カワイイ奴めーと思って飴をあげた、そのすぐ後に。
 ぐらーり後ろに傾いでいった。
 思わず背に手を回し、抱き寄せる。
「……すー……」
 寝ていた。
 告白、するだけして、寝ていた。
 そういえば、さっき食べたお菓子にブランデーが入っていたなと合点、そして苦笑。
「こんにゃろ」
 でこぴんして、それでも起きないから諦めた。
 梓を抱えたまま路地裏に連れ込んで、適当に座りこみ。膝枕の恰好にしてから、飴玉が梓の喉に詰まらないよう、唇を開いて飴を取り出す。
 その飴をまた舐めて、梓の頭をぽんぽん、撫でてやる。
「はっぴーはろうぃん」
 ――目が覚めたらこいつ、どんな顔するのかなァ。
 ここはどこかと驚くか。
 問い掛けの答えを尋ねるのか。
 それともキスを覚えていて驚くのか。
 どれであっても、カワイイ反応が見れそうで。
 くつくつ、喉の奥でナガンは笑った。
「早く起きろよォ、服も返して欲しいんだからなァ」
 ――なんだかんだで佐伯が居ないと退屈だしなァ。
 後半は口に出さず、さらさらの髪を撫でてやって。
 カワイイピエロが目覚めるのを、ナガンは待つ。


*...***...*


「マッシュ、見ろ! いっぱい集まったぜー!」
 魄喰 迫(はくはみの・はく)が、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)へと無邪気に笑いかけた。
 迫の持つ、ジャック・オ・ランタン型のお菓子入れの中には、すでに大量のお菓子が詰まっている。
 改めてそれを見て、拍は嬉しそうに白犬の耳や尻尾を振るのだ。
「あんまりはしゃがないでよ、子供だなあ」
 マッシュは嘲るように迫を笑うが、迫は薄い胸を張って、
「いいんだっ。子供の方がもらえるだろ?」
 と威張って笑う。
「あ、そこのおねーさん! とりっくおあとりーと、お菓子をくれなきゃいたずらするぜー!」
 お菓子をくれそうな人を見つけては、駆け寄って。
 お菓子をもらって満面の笑み。
 一方、マッシュはそれを冷めた目で見るのだ。
「こんなにもらって……」
 どうするつもりだろう?
 見た目ほど子供じゃないから、お菓子が大好きってわけではない。
 それなのにわざわざ手を獣化させて、肉球まで完備させて、お菓子をねだりに歩いて回る。
 もっとも、マッシュもそれに揃えて【超感覚】で黒猫の耳と尻尾を生やしているのだけど。肉球は手袋で補って。
 けれど、マッシュの企みは迫とは違う。
 迫が何を考えてお菓子を集めているのかは知らないが、さきほどからずっと、そう、ずっと。
 マッシュの視線は、可愛らしい恰好で仮装している人物に向いていた。
 男も女も関係無くて。
 ――ああ、あの人、いいなァ。
 そう思ったら、目で追っている。
 頭の中で、路地裏に引きこんで。【ペトリファイ】を使って石化させてお持ち帰りのシミュレート。
 それがだんだん、リアルになって、欲が疼いて。
 ちらり、迫を見た。
 迫は、今逆にお菓子をねだられてあげているところで。
 ――……【狂血の黒影爪】の効果を使えば。
 上手く隙をつけるだろう。
 そして、好みの人を、路地裏で。
 ああ、丁度良く誰か路地裏に居るじゃない。
 …………。
 ……。
 ――やっちゃおう。
 ――とりっくおあとりーと、ばっかりやって平和でいるなんて、俺のキャラじゃないよ。
 そうして、すっと姿を消す。


 マッシュが姿をくらましたのを、迫は敏感に察知した。
 同時に、何か企んでいる事も【殺気看破】で気付く。
 姿を探して視線を廻らせる。
 居た。
 狂血の黒影爪で、自身を隠し。
 路地裏に向かうマッシュを、【神速】で追いかけた。
 そして、
「みぎゃっ!?」
 追いつき尻尾を掴むと、素っ頓狂なマッシュの声が上がる。
「マーッシュー」
「は、はく……尻尾、やめ、らめ……」
 弱々しい声で、生娘のような瞳で、哀願するように見上げてくるマッシュ。
 口の端を悪戯に歪め、迫はマッシュの尻尾を掴んだまま言った。
「お菓子集め。ちゃんと手伝ってくれねーと困るぜ?」
「て、手伝う。手伝うよ、手伝う。だから、手、離してよ」
 約束な、とにっこり笑って手を離す。
 マッシュはもう逃げようとしなかったので、良い子、と頷き飴玉一つ、口に押し込んで。
「さーてとりっくおあとりーとするぜー!」
 もっと、もっと。
 お菓子をちょうだい!
 ザナドゥに居るこども達みんなに、お土産を渡せるように!