空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

Trick and Treat!

リアクション公開中!

Trick and Treat!
Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat!

リアクション



9.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのろく*ぷちはぷにんぐ、さまざま。


 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が葦原明倫館隠密科に入って、新たに習得したものがある。
 それは、特殊メイク。
 フォームラテックスを用いてマスクを作成、着用。続いて後頭部で纏め上げた地毛の上からかつらをかぶる。
 最後に着物を着て、出来上がり。
 鏡に映った自身を見てみる。
 黒髪ロングヘアーが特徴的な、日本人女性。ローザマリアとは似ても似つかぬ女が映っていた。
「…………」
 胸の前に両手を上げて、手首をだらん、と垂らしてみる。
「うらめしや……」
 完璧である。
 よし、と満足げに握りこぶしを作ってから、時計を見た。
「いけない!」
 待ち合わせ時刻が迫っていた。パートナーと共に仮装行列を回る予定だったのに。
 待ち合わせ場所は、人気が多いところよりは少ないところの方が見つけやすくて良いだろうと、人形工房の前にしてある。
 それがマイナスに働くかもしれない。人が居ないことで不安にさせてしまうかもしれないから。
 早く行ってあげなくちゃ。
 逸る気持ちを抑えながら、メイクや服装が崩れないよう注意を払って家を出た。


 エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が人形工房の前に到着した時、辺りに誰も居なかった。
 待ち人はまだ来ていないようだ。が、その確信もない。エリシュカが待ち合わせ場所を間違えている可能性もあるのだ。現に、待ち合わせ時間を過ぎてもローザマリアは来ないのだから。
「うゅ……まちあわせのばしょ、ここであってる、よね……? ふゅゅん、エリー、まいごになっちゃったの、かな……?」
 不安が広がる。
 いや、遅れているだけ、だろう。きっと。たぶん。
 だけどもし迷子だったら?
 ハロウィンのお化けが、エリシュカをさらいに来たら?
 そう考えたら怖くなった。頭を振って考えを飛ばす。と、頭につけていた猫耳がずれた。慌てて直す。今日のエリーは猫又娘なのだ。尻尾もきちんとつけている。
「……うゅ?」
 耳を直している間に、いつの間にか白い着物の女性が居た。
 エリシュカは彼女に近づく。ローザマリアを見かけなかったか、尋ねるために。
「はわ、すみません、なの。このへんで、ローザ……じゃなくって、きれーなブロンドで、すっごくきれーなブルーのひとみのおんなのひと、見ませんでしたか、なの」
「…………」
 沈黙。
「あの……?」
 耐えかねて、もう一度声をかけると。
「……あらうれしや」
 くるり、彼女が振り返った。
「はわーっ!?」
 おもわずエリシュカは悲鳴を上げた。
 青白い顔は美人といえなくもないが、ローザマリアの顔とは似ても似つかない。それに彼女はこんな風に不気味に笑いやしない!
「ごごごごめんなさいすみませんひとちがいです、なのー!」
「あはは」
 驚いて叫ぶエリシュカを見て、女が笑った。
 その声は、
「……ローザ……?」
「ええ、私よ。ごめんね、驚かせちゃって」
「うゅ、でも、その顔、は……?」
「特殊メイク。だから時間がかかったの」
 ごめんね、と言って笑って手を繋ぐ。ローザの手の感触と、同じだ。エリシュカはその手を握りしめた。決して離さないように。
 そして街へ向かおうとしたものの、
「……あら?」
 ローザマリアが足を止めた。
 視界に入った人形工房が気になったらしい。視線がそちらに固定されている。
「ねえエリー。せっかくだし、入ってみない?」
「うゅ? 工房?」
「ええ」
 頷くと、ローザマリアは工房のドアに手を掛けた。エリシュカは心の準備をする。いつでもトリック・オア・トリートと言えるように、お化けが出てきても驚かないように。
「御機嫌よう。トリック・オア・トリート」
「……御機嫌よう」
 店主らしき性別不明の人物は、無感情な声でそう返し。
 はいどうぞ、と飴玉を渡してきた。
「机の上のパイもご自由にどうぞ」
 なんてことない顔でさらりと言ってのけるが、エリーは見た。
「うゅ……店主さん、いま、」
 飴玉を渡す指先が震えていなかったか?
 隣のローザマリアを見上げる。ローザマリアも、あれ? と首をかしげていた。
「もしかして、怖かったのかしら」
「うゅ……ローザのメイク、とっても、こわい、よ? おどろいても、しょうがない……の」
 だって現にエリシュカだって、とっても驚いたし怖かったし。
「店長、ごめんなさいね? これ、特殊メイクなの」
「そう。すごいね」
「本物の幽霊みたいでしょう?」
「絵巻から出てきたのかと思った」
「ところで、ハロウィン仕様の人形なんかは売っていないのかしら?」
「ハロウィン人形? 早々に売り切れ――」
 店主であるリンスがそう、言いかけた時に。
 エリシュカの後ろから、とん、と何かがぶつかってきた。
 身長140センチくらいだろうか。魔女の恰好をした女の子だ。とても顔立ちの整った女の子。
 よく見ると、関節部分が球体になっていて、それが人形であることがわかる。
「……?」
 リンスが首を傾げた。つられてエリシュカも首を傾げる。
「あるじゃない」
 ローザマリアはそう言って、「この子、連れて行きたいのだけど」と購入する旨をリンスに伝える。
「いま、……うゅ??」
 後ろに人形は、あっただろうか?


 ローザマリアとエリシュカが、ハロウィン仕様のビスクドールを購入して帰って行ったあと。
 リンスは思う。
「あいつ」
 あの人形。
 衿栖らがパフォーマンスをして、売り出しが始まった時には居なかった、はず。
 だけど、ローザマリアが望んだ瞬間、どこからか現れた。
 得体のしれない人間には買われてやるつもりはないが、この人なら、という意味だろうか。
「まあ、いいけど」
 人形自らが主を望んだっていいだろうし。
 それより問題は、
「魂抜き損ねるとか馬鹿じゃないの、俺」
 他に売れていった子らも、動くのだろうか。
 まあ、それはそれでハロウィンの日の喜劇、ということで。


*...***...*


 ハロウィンというイベントは、日本ではあまり浸透していない。
 そのため、ヴァイシャリーでの大規模なイベントがあると聞いて、長羽 陣助(ながばね・じんすけ)は驚いた。
 そして、せっかくだから参加してみよう、と思い立って、日本の幽霊の衣装に身を包んだ。
「こういうの、コスプレっていうのかな? ドキドキしてきたよー」
 普段の恰好――黒いスーツに黒帽子、サングラス――で隣に居る、石屋 達明(いしや・たつあき)に話しかけるが、達明はきょろきょろと辺りをせわしなく見ていて。
「……どうしたの?」
「いや……」
 尋ねても、きょろきょろするばかり。
 なんだろう? と思ったら……
「達明? そのはさみとか、タオルとか……」
「!!」
 現在、陣助と達明は人形工房に来ていた。
 ふらふら、お菓子をもらいに彷徨い歩いていたら郊外まで来てしまったのだ。
 結果的にお菓子をもらえたし、料理を満喫できたからよかったのだけど、
「こら! 人の家のもの、盗ったらだめだよ?」
「…………」
「そっぽ向かない。ほら、返す」
 半ば奪うようにはさみやタオルを達明から取り上げ、「手癖の悪いパートナーでごめんなさい」と謝りながら、陣助はそれらを工房の主であるリンス・レイスに返した。
 受け取ったリンスが、ぼんやりとした、何を考えているのかよくわからない目で陣助の後方を見て、
「別に気にしなくていいけど……」
 歯切れ悪く言葉を切る。
「……けど?」
「あっち、止めなくていいの?」
 何? と振り返ると、テーブルの上にあったワインを飲もうと、達明が手を伸ばしていた。
「こら! 未成年は、お酒飲んじゃ駄目だよ」
「オレ、二十歳超えてるぜ?」
「見た目はね」
 達明の実年齢は16歳である。当然、飲酒は認められていない。
「イヤだ、飲む」
「駄目だって!」
 人様の家でこれ以上迷惑をかけてなるものか。
 そう思って必死で止めるも、達明は引かない。ワインの引っ張り合いは続き――、
「「あ」」
 互いに手が滑り、ワインの瓶が宙を舞い。
 ばしゃん。
「「…………」」
 そして互いに、ワインでずぶ濡れ。
 しばしの沈黙の後、
「風呂。あっちね」
 リンスに指示され、揃って頷いた。


 さて、そういうわけで風呂に来た。
 達明の前には、幽霊の衣装を脱いで肌着一枚となった陣助が、居る。
 うなじから肩にかけてのなだらかなライン。
 傷一つない、綺麗な白い肌。
 ――……む?
 なんだか、ムラムラ、した。
 なぜかはわからない。
 ああそう、きっと、浴場だから。
 浴場だから欲情しても変じゃない!
 ゆらり。一歩近づいた瞬間、
「……達明?」
 陣助が振り返った。驚いたような顔をしている。
「浴場で欲情〜!」
 冗談みたいなセリフと共に、達明は襲いかかった。
「わぁっ!?」
 陣助は左に避ける。左には洗面台があって、その先に退路はない。
 くるりと向き直り、そのまま抱き寄せれば――
 ずるんっ。
「!?」
 足が、滑った。
 そうだ、ワインにまみれていたのだ。
 上着から下着まで、そして靴下まで。
 そんな有様で激しく動いたら、当然、滑る。
 勢いよく洗面台が眼前に近付いてきて――ガツン、と激しい音。
 意識は消えた。


 床には赤い液体が広がっていた。
 ワインなのか、洗面台に額を強打した達明の血なのか。それは定かではない。
 わかっているのは、
「これタオル……って、何この惨状」
「すみません……なんかいろいろ、すみません」
 浴場を貸してくれた、そして迷惑をかけてしまったこの家の主であるリンスに対しての詫びの気持ちくらいか。
「ちゃんと掃除してから帰りますからー……」