空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

Trick and Treat!

リアクション公開中!

Trick and Treat!
Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat! Trick and Treat!

リアクション



12.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのなな*こんな自分で大丈夫か?


 なんとなく、気まずい。
 そんな想いをドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)――通称ドゥムカ――が抱き始めたのは、あの月見の日以来だ。
 気まずい。恥ずかしい。気まずい。
 そんなループが続いて、そろそろ日常生活に支障を来していた。
 わかりやすく言えば、少しイラ立っていた。ある一人の人物に対して。もっとも、彼の何に対してなのかはよくわからないが。
 だけど、その相手は、いつものように涼しい顔でドゥムカを見ていて。
 目が合って、やっぱり気まずくて、顔を逸らした。


 人形好きだということ。
 それがバレていることを、どうやらドゥムカは弱味を握られていると思っているらしい。
 誰もそこまで気にしないのに、とマラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)は首を振った。大人びた態度や口調で居るが、根っこのところではまだまだお子様だ。
 それにしてもここ最近の態度の変わり様は少々異常のような気もするが。
 いいじゃないか、可愛いものが好きだって。
 好きなものが好きであるだけなのだ。
 なんら可笑しくはないだろう?


「うちもはろうぃんするー! おかしいっぱいほしー! マラッタおにーちゃんてつだってー!」
 ドゥムカとマラッタの間に流れている空気に気付かず、バシュモ・バハレイヤ(ばしゅも・ばはれいや)はマラッタの腰のあたりにしがみついてじたじたと暴れた。
「手伝う?」
 何を、と振り返ったマラッタに、いたずらっぽく笑ってやる。
「作戦はこうや! おにーちゃんがこわいかっこ、オア、うちのかわいーまじょのかっこ! これでみんなうちにおかしあげたくなる!」
「……そうか」
「せやろー? 『あめとむち』ゆーの? うちがせくちーぽーずしたりすれば、もっとみんなめろめろやんなー? そしたらもーっともーっとおかしどっさりーでうちうれしいのー」
 だいすきなお菓子に埋もれて、しあわせー。
 ハロウィンは、そうさせてくれる行事なんでしょう?
 なんて素敵な日なんだろう!


 浮かれるバシュモと、今日も微妙な空気なドゥムカとマラッタ。
 ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は、どうしたものかと一人悩む。
「あの、ドゥムカさん? なんで自分まで仮装させられてるのかなあ」
 ナース服のドゥムカに、髪を結いあげられて猫耳な魔女の恰好にさせられながら。
「大丈夫だ問題ない」
「そりゃ、ドゥムカさんには問題ないだろうけど」
「私がケイラで遊ぶことに理由は必要か?」
「なにその扱い!」
「八つ当たりだ、問題ない」
「だから自分としては問題あるぃたたたたそれ耳! 自分の耳! 引っ張らないでー!」
「猫耳を頭に生やしたのに、こっちにも耳があったらおかしいだろう? 取れ」
「無理だよ取れないよ! 取れるわけないよ!?」
「それからバシュモ」
「なんやー?」
「そんな小さいなりでセクシーだと? ……笑わせてくれる」
「なんでそんないじわる言うんー! うちせくちーだもん! こどもあつかいせんといてー!」
 どうでもいいけど、そろそろ耳から手を離してほしい。痛い。
 耳が見えたらいけない、というなら髪を解いてくれればいいのに。
「それからマラッタ。貴様はなぜ、そんなデフォルメされたゾンビの衣装を着ている」
 マラッタに視線をやると、こわいかっこ、というバシュモの指定を裏切るように、思いの外可愛いゾンビになっていた。
「ハロウィンだからな」
「関係あるか?」
「仮装には変わらないだろう?」
「……どうせなら、吸血鬼の方がそれっぽいぞ」
「何か言ったか?」
「何も」
 嘘つきー、とケイラがドゥムカを見上げると、「痛いってば!?」また耳を引っ張られた。
 ……なんだかなぁ。
「ほら、それよりもリンスのところへ行くのだろう? さっさと行くぞ!」
 そうだった。
 クロエに電話で誘われて、人形工房へ行くところだったのだ。
「いっくでー! さくせんじっこうやー!」
 先行して、バシュモがマラッタの腕を引いて走り出す。
「なっ、ま、待て!」
 ドゥムカが慌てたような声を出したが、「……」ケイラが見ているのに気付いたのか、走ることはしなかった。
 別に、いいと思うけど。
 何がって、それはまあ。
「ドゥムカさん」
「何だ」
「そんな態度で大丈夫か?」
 ぺちん、と頭を叩かれた。


 バシュモとマラッタに遅れることしばし。
「ケイラおねぇちゃん! ドゥムカおねぇちゃん! とりっくおあとりーとよ!」
 工房に到着するや否や、魔女の恰好をしたクロエにそう言われた。
「こんにちは、クロエさん。はい、お菓子ですよー」
 なのでどうぞと渡したものは、
「りんごあめ?」
「ポムダムールとも呼ばれているんだよ」
「「ぽむだむーる?」」
 クロエだけでなく、ドゥムカもその言葉に反応した。ふふふ。ケイラはいたずらっぽく笑う。
「愛のリンゴ、って別称があるんだ。どうぞ、みんなで食べてね」
 クロエに渡すだけでなく、お菓子の置いてある机の上に並べたが。
「……ふん」
 ドゥムカは見向きもせずに、リンスの方へ歩いていく。
「ねえねえ。ドゥムカおねぇちゃん、どうかしたの?」
 敏感に、態度の違いを察したクロエが問いかける。
「……うーん」
 なんて答えようか。
 悩むついでに、先に到着していたバシュモとマラッタを見る。大量のお菓子を得て満足そうに笑うバシュモと、よかったなとばかりにそれを見ているマラッタのふたり。
「クロエさん。バシュモ、みんなに迷惑をかけたかな」
「そんなことないわ! いっしょにとりっくおあとりーと、したのよ!」
 楽しかったわ、とクロエが笑ったから、少し気が楽になった。もしこれで迷惑をかけていたら目も当てられない。
「ダメだなあ、自分」
「? なにか、だめなの?」
「バシュモのことを止められなかったり、ドゥムカがずっとイライラしていて八つ当たりされても、どうにもできなかったり」
 それから、周りに振り回されたり。
 自分として、何かを成すということが、できていない。
 それでいいのかな。
 ちゃんと必要とされているのかな。
「自分、本当に影が薄い気がするんだよね」
 もしかしたら、このまま消えたりしても誰からも心配されなかったり。
 するんじゃないかなあ、なんて。
「……大丈夫かなあ?」
 呟いた言葉に、
「だいじょうぶよ」
 一瞬の迷いもなく、クロエは言い切った。少し、驚く。
「……そう?」
 同時に、不安。
 この子は優しいから、気を遣ってくれたんじゃないかな、なんて。
「だって、ケイラおねぇちゃんはわたしのなかでしっかりおねぇちゃんだわ。ちゃんと、ケイラおねぇちゃんとして、居るわ。
 そうやって、わたしのなかにいるから、ケイラおねぇちゃんがいなくなっちゃったら、わたしはこまるの。いやなの。
 って、おもってるひとが、ここにひとりはいるのよ。だから、だいじょうぶなのよ」
「……そっか」
 大丈夫なのか。
 うん。
 それなら、大丈夫だ。
「そうよ! だからくらいかおのほうがだめなのよ! ほら、いっしょにとりっくおあとりーと、しましょ?」
「よーし! バシュモに負けないくらい、もらっちゃおうね!」
 やるぞー、と笑って、クロエの手を取って。
「「とりっくおあとりーと!」」


「ふん。元気になったようだな」
「どっちが? 俺が? ジェシータが?」
「さあな」
 呟いて、椅子に座るリンスの横に椅子を引いてきて腰掛けた。
「トリック・オア・ドール、とか言い出さないの」
「いいのか!? ……いや、おい。私を嵌めるな」
「欲しければ考えるけど」
 その言葉にゆらいだが、我慢だ。
 なぜって、いまこの工房にはバシュモが居る。おこちゃまだとからかい、時に小馬鹿にして遊んでいる相手が居る。
 そんな中で、人形が、ぬいぐるみが、好きだなんて。
 ――そんな可愛い趣味を晒してたまるか……!
「……マラッタがバシュモに、私のぬいぐるみ好きをバラしたりはしていないか?」
「してないよ。ちびっこは『とりっくおあとりーとやー』、としか言ってないし」
「そうか」
 ならば安心である。
「……ところでリンス」
「ん」
「なぜ私がナース服だかわかるか?」
「さあ……なんで?」
「それは前回お前の見舞いに行き損ねたからだ。一番いい装備だろう?」
「ああ、なるほど。心配してくれたんだ」
「……そんなことは言っていないだろう」
「わざわざナース服着てきてくれたのに?」
 いやまあ、少しくらいは心配したけど。
「ありがと」
 嬉しそうに言うな、肯定しづらい。
「ふん、礼ならぬいぐるみで寄越すんだな」
 だから遠まわしに肯定。気付いたか気付いていないかは微妙なラインか。感情や表情の変化などに時に鋭いくせして、自身に向けられるそれや変化球の言葉はまっすぐにしか受け取れない奴だから。
「どんなのがいい?」
「とにかく可愛いものだな。もふもふしている方がいい」
「了解。……もふもふなら、寒い日の夜とか一緒に眠れるもんね?」
「だな。……いや、違うぞ? 寒いからであってな? 別に一緒に寝たいわけでは」
 はいはい、と抗議の声を流しつつ、ドゥムカの希望をメモに書きこむリンスを見て。
 マラッタやバシュモに、見つからないようにここまで来なければな、と息を吐いた。