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リアクション
第21章 北伐・その後 環七北/27時頃
失敗した、と思った。
“環七“北方面のあちこちで行われる“空狂沫怒(マッド)“の残党狩り。
その現場のひとつに出くわしたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、特徴のある白の特攻服姿を地面に引き倒して袋叩きにした者たちを追いかけ、路地裏に飛び込んだ。
退路をふさがれ、囲まれた事を悟る。バイクで逃げるのを走って追いかけて来たので息が切れ、声を発して「警告」することも出来ない。
考えてみれば、体術系のスキルも覚えていない自分が、バイクを追いかけることなどできるわけがない。誘い込まれたのだ。
闇。周囲の建物に、飛び込めるような窓や入り口の類はない。前と後ろから、下卑た笑い声が聞こえて来た。
(……どうしましょう……)
こみ上げてくる恐慌を押さえながら、対策を考えていると、
「あ〜、皆さんの行動に付近住民の方々が、非常に迷惑しています」
と、前の方から声がした。
「速やかに抗争並びに不法行為ををやめて立ち去って下さい」
何かが放りなげられ、空中でさらに何かに射貫かれる。
直後、「ボンッ!」と音を立ててそれは爆発した。
束の間上がった炎に、相手の数が見えた。3から4、と言った所か。
「もう一度言いますよ〜?付近の方々が迷惑しています、速やかに立ち去って下さい。さもないと…次は、もうちょっと近くで起爆しますよ?」
「何だコラァ!」「邪魔すんじゃねぇぞ!」「死にたくなかったらとっとと引っ込めやオラァ!」
下卑た笑い声が、怒声に変わった。前方まみならず後ろに固まる者達も、注意が自分から逸れた、とアリアは思った。
「警告はしましたがやめる気は無い、と。仕方ないですねぇ。じゃ、有言実行、という事で」
再び何かが放り投げられた。複数。次々と爆発する。
アリアは飛び出した。
湧き起こる爆炎で、相手の立ち位置は察しがついた。一切の容赦なく急所を打ち貫き、怯ませた所で囲みを抜け出し、ひたすら走る。
広い通りに出た所で、足がもつれて転んだ。恐慌が一気に吹き出し、地面に転がったまま立ち上がる事が出来ない。
飛び出してきた路地から、いくつもの叫び声が聞こえてきた。やがて静寂。その中から足音。気配が、自分のすぐ隣で、立ち止まった。
「なぜ最初から『あれ』をやらなかった?」
(……さっきと違う声?)
見上げると、七篠 類(ななしの・たぐい)が立っていた。手には三節棍を下げている。
「切り抜ける時のあんたの技を後ろから見ていた。不意を突いているとは言え、一発で急所を打てる大した技だ。それだけの腕があれば、いきなり突貫して包囲を切り抜けるぐらい造作もないだろう?」
「……相手の強さが……見えませんでしたし……それに……」
「それに?」
「……打ち所が悪ければ、相手を殺してしまうかも……まだ子供ですよ……?」
「バカかあんたは!?」
類は怒鳴った。
「子供だってナイフを持てば大人を殺せる! 引き金引く力があれば、幼児だって銃は撃てるんだ! ましてや相手は『契約者』だ! 手加減してる余裕なんてねぇだろうが! 大体女のクセに夜にひとりで行動するってこと自体が……!」
「そこらで説教はやめとけや」
暗がりから声がした。路地で自分を救った声だった。
「パニック起こしかけてた女の子怒鳴りつけるのは、男のクセにどうかと思うがねぇ?」
八神 誠一(やがみ・せいいち)が姿を見せた。今まで「隠れ身」でも使っていたのだろうか。
「今、警察に電話をして応援を呼んだけど、すぐ来られるかどうかは未知数だ。とりあえず、明るくて、人がいっぱいいる所に移動しようぜ……そこの姉ちゃん、立てるか?」
「……は、はい」
立ち上がろうとして、足に力が入らない。類が「しょうがねぇな」と手を貸そうとすると、思わず肩を竦めてしまった。
「……あ……すみません」
「フン……これだから女は……」
そう言って類はアリアから少し離れた。
「おぅ、そこの! 応援ってのはあとどれくらいで来そうなんだ!?」
「知らんね」
「早く来いって催促してくれ! 女ひとり守れないんじゃ警察の名が泣くぞ!」
「今までずいぶんとデカいツラしてくれたなぁ、おお!?」
「“武闘派“だってなぁ!? 闘ってみろや、コラァ!?」
野外駐車場に引きずり込まれた“空狂沫怒(マッド)“の残党が数人、他の“暴走族(チーム)“の人員に囲まれていた。
転がされた体にバイクが乗り、押さえ込まれた所にひたすら殴打、サッカーボールキックの雨。コンクリート地はみるみる赤い血に染まっていく。
「おぅ、お前ら!」
袋叩きを指揮している、リーダー格の者が仲間に呼びかけた。
「今度はオレ達が“環七“の『北』ァ“躾(シメ)“ちまおうぜ!」
「もちろんだ!」「いいな、そいつはァ!」
「で、『北』の“暴走族(ゾク)“どもをまとめ上げてよォ! “環七“全部もまとめてオレ達の“縄張り(シマ)“にしちまおうじゃねぇか!」
「「「「ヒャッハァァァァ!」」」」
「こいつはその前祝いだ! “空狂沫怒(マッド)“の残りカスは、全員丸ごと“血祭り“よ! 空京の“カンナ“はオレのモンだっ!」
「……十秒猶予を与えるわ。その汚い台詞を取り消しなさい」
駐車場の入り口から声がした。
その場にいた者は一斉に注目し、そして言葉を失った。
──!?
「……何だと……!?」
「バカな……あんたは死んだはず……」
「そうよ。私の肉体は死んだ――けど、それが何か問題でも?」
周囲に鬼火を従えて、仁王立ちしているのは御神楽環菜である。
「……十秒経ったわ。答えは?」
「……何?」
「何が、誰のモノですって? たまたま名前が似ているからって、人の事を勝手に何かへなぞらえてどうこうするなんて気持ち悪い」
「……何故だ」
「何?」
「何故今までそうやって出て来てくれなかった!?」
リーダーは絶叫した。
「あんたがそうやって姿を見せていれば……ちくしょう! ちくしょう!」
そのまま膝を折り、地に伏し、拳で何度も何度もアスファルトを叩いた。嗚咽はやがて号泣に変わる。
「あんたが……あんたが……! ぐ……ぐ……ぁ……が……!」
リーダーの泣きじゃくる声が、駐車場の中に響いた。彼の仲間も、そして環菜も、誰も何も言わず、その場に立ちつくしていた。
どれほど時が経ったのか、リーダーの声が少し静まってから、環菜は口を開いた。
「止めなさい」
「……え?」
「もう止めなさい。大の男がみっともない。
それに、私を慕う者が暴走する事を、私は望まない」
「……カンナ……」
「為すべき事をしなさい。それは、徒党を組んでバイクを走らせ、縄張り争いに興じる事ではないでしょう。
――それを行うというのなら、その口が私の名を呼ぶ事を許しましょう」
環菜は背を向け、姿を消した。
静寂が訪れる。
リーダーは立ち上がった。
「おい。帰るぞ」
「え? この“空狂沫怒(マッド)“、“血祭り“にあげるんじゃあ……」
「帰るっつってんのが分かんねぇか! “血祭り“は止めだ! 文句あるヤツァ前に出ろ!」
「……分かりました、総長……。オゥ! てめぇら“命拾い“したなぁ!?」
「次にこの辺り乗り回してみろ……今度は“公開処刑ショー“にしてやるからな!?」
――離れた物陰から駐車場の方をうかがいながら、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は御神楽環菜の変装を解いた。
「死してなお、その影響は衰えず。さすがは校長ね」
ウィッグとサングラスを外し、溜息をついた。
その横に立つ空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)も「同感です」と頷く。「焔のフラワシ」を応用して「鬼火」の演出を施したのは彼である。
「人は二回死ぬと言います、一度は肉体が滅んだ時。二度目はその名を誰もが忘れ去った時。
二度目の死が校長に訪れる事はないのでしょう」
「空警少年課環七対策本部、八街修史より各員へ。
現在“環七“北方面、外環北一丁目から三丁目で、救急車要請が頻発している。
いずれも『非契約者』が突然心身の不調を訴えだした、という内容だ。
通報世帯を時系列順に整理すると、何者かが『畏怖』系のスキルを用いてその界隈を移動している状況が予想される。
手空きの者は原因の特定と鎮静化に動いて欲しい」
「……どうやらあれのようだな!」
朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、通りの向こうからやって来るバイクの一団にそう見当をつけた。
乗機の小型飛空挺にまたがり、獲物の綾刀をいつでも抜けるように準備を整える。
「行くぞ!」
「待って下さい」
スロットルを開けようとした所に、立ちふさがるイルマ・レスト(いるま・れすと)。
「! どういうつもりだ、イルマ! 轢かれたいのか!?」
「落ち着いて下さい、千歳。相手は恐らく、『アボミネーション』で畏怖の気配をバラまきながら移動しています」
「それがどうした!?」
「考えるに、相手は『契約者』、それも相当の“手練れ“かと。しかも、全部で6人……相手の戦力の見極めがつかないのに単騎駆けを仕掛けるのは、無謀に過ぎます!」
「それがどうした!? 私は“判官“、“ジャスティシア“だ! 正義が悪に怯えを見せてはならないだろう!?」
「力なき正義もまた無力! ここは相手の位置をマークして、応援態勢が整うのを待ちましょう」
「……くそっ。口惜しいが、イルマの言う事にも一理はあるな」
千歳は警察から借りた無線機のマイクを取り上げた。
「こちら警察協力者、朝倉千歳。現在外環北7丁目にて、『畏怖』発生源と思しき暴走グループを発見」
(迂闊に突っ込まれては困るんですよ、千歳)
イルマは心中でひっそりと安堵していた。
単騎駆けが危険云々というのはもちろん嘘ではない。
だが、今夜の“環七“暴走グループの中には百合園生が混じっている、という情報をイルマは聞いていた。
そして、走ってくるバイクの乗り手は、何やら女性にも見える――
(万が一、構成メンバーが百合園生だったとしたら我が校の恥ですわ……!?)
一団が近くを走り抜けた。
──!?
ずん、という眼に見えない衝撃がイルマの胸の奥を衝き、かつてに膝から力が抜けた。
(……これが……彼女たちのバラ撒く「畏怖」……!)
通り過ぎた時、イルマの眼が乗り手達の顔を捉えた。
桐生 円。
オリヴィア・レベンクロン。
藤原 優梨子。
宙波 蕪之進。
七瀬 歩。
七瀬 巡。
いずれもタフな相手だ。できる事なら絶対敵には回したくない面子だった。
走り去るバイクの列を見送りながら、千歳を止めて本当に良かった、とイルマは思った。
(止める!)
そう決意して、“圃倭威屠裏璃夷(ホワイトリリイ)“の進路の前に立つのは伏見 明子(ふしみ・めいこ)だ。乗機の軍用バイクのアクセルを開け、左手でサイドカーに手を伸ばし、積んであったヴァーチャースピアを抜き、構える。
正面。迫り来るバイクの群れ。発散される「畏怖」の気配が明子の心をへし折りにかかる。問題ない。足腰がくだけても、バイクは前に進んでくれる。
構えた得物の穂先は、先頭の桐生円のバイクを狙っていた。
「円様、殺気です! 注意してください」
魔鎧となって円に着装しているアリウムが警告した。
正面の軍用バイクは、騎士同士の決闘よろしく、槍を構えて突撃してくる。
(勇者に対しては、全力出さなきゃ失礼だよね……!)
円もハンドルから両手を放した。両の腕を前に出し、精神集中、「物質化・非物質化」で「携行用機晶キャノン」を出現させ、砲身をその手に構えた。
騎乗突撃をかけるバイクに、照準を合わせ、ためらうことなく引き金を引いた。
轟音。
光条がバイクを射貫き――
──!?
「何ッ!?」
オリヴィアは眼を疑った。
光の粒子の滓や飛沫が飛び散った中から現れたのは、変わらずに騎乗突撃をかけるバイクの姿だった。
いや――
突撃の勢いはいっそう増している。
――伏見明子は、狙っている相手に動きがあったのを見て取ると、ひとたびヴァーチャースピアを放り、サイドカーに積んであったラスターエスクードを取り出して正面に放り投げた。
携行用機晶キャノンからのビームは、宙に舞ったラスターエスクードによって防がれたのだ!
(――いける!)
地面に落ちそうだったヴァーチャースピアを蹴り上げ、再び手に持つ。今ので「畏怖」の効果は吹き飛んだ。はっきり言って負ける気がしない!
アクセルを吹かす。体に伝わるエンジンの咆吼。眼前、円のバイク。
(!)
突き出された穂先にはバイクの突進と、「ランスバレスト」の勢いが乗った。
穂先は見事にバイクのボディを貫き、粉砕し――
──!?
明子の身体は宙に放り出されていた。
(な……何が!?)
天地が逆さまになった視界では、自分が乗っていたバイクに跨っている円の姿があった。そのサイドカーには、やはり円の乗っていたバイクのそれにいたオリヴィアがいる。
「やるねぇ、キミは!」
円は明子に呼びかけた。
「でも、代わりにキミのバイクを貰うからね!」
(何が起きたの!?)
明子は地面に叩きつけられた衝撃に耐えながら、必死に考え――そして答えを得た。
立ち上がる。幸い近くに公衆電話があった。
受話器を外し、「緊急電話」用の赤ボタンを押すと、110をダイヤルした。