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雪祭り前夜から。

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雪祭り前夜から。

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 ■■■第三章



 その頃テスラは、再度チラシの配布に出たファイリア達三人を一人待ちながら、明日配布するための品を氷術で作成していた。雪祭り前夜と言うにふさわしい闇の降りた会場の傍らで、テスラは食紅を手に取る。テスラはスキルを用いて作成した氷に鮮やかな色を塗り込めて、チラシを制作しているのである。その上に、雪を固めて文字を記していたのだった。洒落たサングラスの位置をただしながらテスラが配布方法を思案していた丁度その時――雪祭り会場から、不意に轟音が響いてきた。
「……なんでしょう?」
 テスラが一人呟く。
 これが雪祭り前夜に起こった一騒動の序幕となろうとは、その時は未だ誰も気づいてはいなかったのだった。


 はじめに異変に気がついたのは、めいだった。ラビット隊のパイロットスーツを身に纏った彼女は、イコン操縦はまだまだ素人であるが、その練度を高めるため、そして雪像造りの裏方としての大切な役割を果たすために、ウサちゃん――即ち、LG001−VB、キラーラビットで雪を集めていた。穴を掘っていたというのが正しいのかも知れない。
 彼女自身――本物の穴ウサギっぽいでしょ? などと考えていた。
 ウサちゃんは、陸戦に特化した調整が成されているキラーラビットである。本来は支援機というべき機体なのであるが、陽気で大胆なめいは高機動の格闘戦タイプに改造したがっているようだ。現在はパイロット経験の浅いめいに合わせて、パワーを抑え気味で運用中の機体であり、コクピットはバイク型だった。そのため直感的な操作が行えるので、初心者のめいも扱いやすい機体となっている。
 現在はパイロットスーツ姿であるが、元々めいは、とある神社の一人娘であり、パートナーのかりんもまた、とある神社の地下に封印されていた『剣の巫女』即ち剣の花嫁なのである。
「あれ? 今何か動かなかった?」
 不意にめいが、近隣の雪像へと視線を向けた。
「――確かに、何か気配がした気がします。ですがめい、無理をしてはいけませんよ」
 黒い瞳に慎重さを滲ませてかりんが応えた時、しかしてその雪像だと思われていた物体は唐突に動き出したのだった。
「何あれ、雪のモンスター? 大変だよ!」
 めいが慌ててウサちゃんの中で、かりんへと振り返る。
「ウサちゃんで止めに行こう。まわりに被害が出ないように気をつけないとね」
 ――それともこの穴に身を隠して機会をうかがった方が良いのだろうか?
 めいが思案していると、サブパイロットとして、かりんが顎に手を添えながら、冷静に言葉を紡いだ。
「周りに被害を出してはいけません――それはめいの言うとおりです。その為には、格闘武器だけで倒す事が無難です。ここは、ウサ耳ブレードを使いましょう」
 かりんが現実的な判断を告げたところへ、雪の運搬を行っているモモが戻ってきた。
『……どういう事態になってるの?』
 一人で作業をしている方が楽なモモだったが、意を決してコームラントカスタムの中から呼びかけた。周囲でいち早く雪像制作を見学に来ていた面々は、何か余興が始まりでもしたのかと勘違いした様子で、二つのイコンとスノーゴーレムを見守っているようである。
『いきなり雪像が動き出したんだよ!』
 めいが応えながら、かりんのサポートを受けて、ウサ耳ブレードをふるう。
 風を切るその音を耳にしながら、モモは唖然として瞠目した。
 暴れ始めたスノーゴーレムは、このままでは会場中の雪像を壊して回りそうな気配を醸し出している。
「大型ビームキャノンって……みんなの雪像も溶けちゃうからダメか」
 コクピット内で静かに呟いた彼女は、モニター越しに周囲へと視線を這わせる。
 すると、『立小便禁止』の標識が目に入った。確かに雪祭り会場で、この行為は厳禁である。
「こうなれば……」
 道路標識じみたその注意書きの立て棒へと、彼女はコームラントカスタムの手を伸ばした。
 正面では、めい達が操るウサ耳ブレードを受けて、スノーゴーレムが体勢を崩している。
モモはその注意書きを雪原から引き抜くと、握りしめた。こうなれば――格闘戦だ。
「くらえ男の急所……!」
 ウサちゃんが抑えている最中、モモがスノーゴーレムめざして引き抜いた注意書きの立て札を投げつけた。スノーゴーレムの性別は不明であるが、彼女が意図したとおり、一般男性の急所といえる下腹部へとその立て札は突き刺さる。
「もう一本……!」
 続いて所持していた道路標識をモモが投げつける。どちらも先端が丸い代物だ。
 ズブ――そんな鈍い音が辺りへと谺する。
「これで最後……!」
 続いてモモは、雪の運搬に使用していたイコン用のスコップを投げつけた。するとスノーゴーレムは、それまでめい達が掘っていた穴の中へと、くずおれるように倒れていった。
『やったぁ』
 嬉しそうなめいの声が響いてくる。同時に、安堵するようなかりんの吐息も聞こえた。 こうして穴の中で大の字になり崩れ落ちたスノーゴーレムだったが、その股間には、丸みを帯びた道路標識と注意書きの二つ、その中央には、スコップが柄を腹部側にして突き刺さっている。それはまるで、男性器を模したもののようだった。
 ――ぶらーん……ぶらーん。
 冬の風が、看板を静かに揺らす。
『良かったです』
 嬉しそうなかりんの声が響いてくる。だが共闘した二人の声よりも、モモは目の前の現実に対して、瞬時に頬を染め上げていた。
「無理……、あたしアレと戦うのもう無理……っ!」
 吹き出しそうになりながら、彼女はコクピット内で呟いた。朱くなった顔を両手で覆う。顔を赤らめたまま戦意を喪失したらしいモモは、見た目こそ怖い部分もあるが、中身は正真正銘純情な超乙女である15歳の少女なのであった。


 同時刻。
「完成してる雪像を見るのは結構楽しいね」
 孝明と共にイーグリットへと乗り込みながら見回りをしていた、椿がコクピットの中で呟いた。彼らの乗り込む機体の下方では、エヴァルトが徒歩で見回りを続けている。
「あの四角い雪の塊がこんなのになるって言うんだから、わかんないもんよね」
 興味津々といった調子で既に完成している雪像群を見渡している彼女に対し、これまでに度々他校生へと指導をしてきた孝明は穏やかな笑みを向けた。
「明日もそうして喜んでくれる観客が多いと良いんだけどな。例えば、そこの角になんて、子供に人気のクマのヒーロー像があるし」
 各種の雪像案を確認していた時に位置を把握していた一角へ、孝明が視線を向けた。つられて椿も顔を向ける。
「ん? あの雪像? 何か他のとは違うような……?」
 首を傾げた彼女の、後ろで一つに束ねた黒い髪が揺れる。
「ねえ、孝明。あの雪像、何であんなに物々しいの? どう見てもテレビのヒーローって感じじゃないんだけど」
 椿の赤い瞳に見据えられ、孝明は静かに腕を組んだ。
「――確かにちょっと調べてみた方が良さそうだな」
 コクピット内でそんなやりとりを交わし、二人は搭乗するイーグリットを静かにその雪像へと近寄らせた。するとそこには、未だ動き出してこそいないものの、息を潜めている様子のスノーゴーレムの姿があったのだった。
「チッ、まさかビンゴとはね。せっかく楽しい時間過ごしてたのに邪魔すんな!」
 思わず椿がそう呟いた横で、冷静に孝明が通信機器へと手を伸ばす。
『スノーゴーレムを確認した。暴れ出す前に移動させたいから、君は周囲に声をかけてくれないか』
 歩いていたエヴァルトは顔を上げると、大きく頷いた。
 ――ここだ!
 彼はここ数日練りに練っていた計画を想起しながら、拳を握る。
 踵を返し走り出した彼と入れ違うように、孝明のその言葉を周囲で聞いていた千歳とイルマが載るユースティティアが歩み寄ってきた。
『スノーゴーレム? どうしてこんな所に』
 何か騒ぎが起きたようだと感じて歩み寄ってきた千歳のそんな声が響いた時、同様に近隣で作業をしていた、シリウスとサビクが載るセンチネルも近づいてくる。
『雪祭り会場にゴーレム? ひどい話しだよね』
 サビクのその言葉が潰える前に、孝明がイーグリットで一歩進み出た。
『暴れ出す前に会場外へと連れ出した方が良いと俺は思うんだ』
『その通りだな』
 千歳が応えると、シリウスがコクピット内で首を傾げた。
『途中で暴れ出したらどうするつもりだ?』
 その声に応えるように孝明は、未だ動作を止めたままのスノーゴーレムの四肢をワイヤーで固定した。
『これで暴れ出しても問題ないだろう』
「そうね」
同機の中で椿が頷く。
 こうしてイコン三体、計六人で、暴れ出す前のスノーゴーレムを、会場から離れた場所へと一時移送する事となった。