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電子の国のアリスたち(前編)-エンプティ・エンティティ

リアクション公開中!

電子の国のアリスたち(前編)-エンプティ・エンティティ

リアクション

 裏椿 理王(うらつばき・りおう)は、うろうろしているうちに、物陰にメンテナンスハッチを見つけ出していた。
 資材に隠れて目立たないが、人間が入れるだけの大きさがある。ただの機械メンテ用の重要度の低いものでないことを期待する。
「理王、今どこだ?」
 この構内の大騒ぎの中、別のところで閉じ込められたパートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)が彼を呼んだが、障害物をどけている最中の彼の返事はそっけないものだ。
「今、メンテハッチ見つけて入るところだ」
「やっぱりね、そうだと思った。こっちはレスキューが来て助けてもらったから。私もちょっと大学内を見て回ってくる」
「気をつけろよ」
 携帯を切ってから、あたりを見回す。パートナーの他には電話は通じないから、復旧はまだなのだろう。
 ボルトを外し中に入ってみると、どうやら校舎単位でのネットワーク類を統括するターミナルサーバーの一つらしい。
 枝分かれしたケーブルが縒り合わさってルーターに吸い込まれ、大きなサーバーがデータをリレーしている。
 低くうなりをあげる塔のいくつもが、いつもと変わらず正常に稼働しているようなのに、校内は混乱の極みなのだ。

「? 誰か居るんでしょうか…?」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)はいぶかしんだ。通信用サーバーを見にきたのだが、どうやら先客がいるらしい。
 メンテナンスハッチが開けられている、わざわざ資材を退かして外に見えるようにしてあった。
 紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は辺りを見回し、他に様子のおかしいものがないか探っている。
 そろりと踏み込むと、中にタワーにとりついている不審な人物がいる。
 遙遠はその背中に声をかけた、不審な人物はぴくりと手を止める。アンデッド達を相手の周りに置いて牽制する。
「あなたはだれですか、この一連の事件に関係は? おとなしく手を上げなさい」
 手を上げた理王のボディチェックをする遥遠は、不審な持ち物がないかを探る。
「オレは、この事件が気になって、いろいろ調べていただけだ」
「すみませんが、このパソコンをチェックさせていただきます」
 理王はうなずいた、やましいことは何もない。
「あんたに信じてもらえなくてもかまわないし、しょうがない。けれどオレはただ何が起きているのかを知りたいだけなんだ」
「…まあ、こそこそしなければならないなら、外からばれるようなことはしないでしょうけど…」
「……一応は、不審な点は見当たらないようです、関係のありそうなものはチェッカーと、今ダウンロードしたログぐらいですね」
「じゃあ、納得してもらえたか?」
「ヨウエンたちも、真実を知りたい思いは同じですからね。それに後の大学生活に支障は出したくない、共に原因解明に尽くしましょう」
 3人でタワーを取り囲み、メンテ用に転がしてあるモニターやマシンを繋ぐ。
「なあ、ところで大学の講義は面白いか?」
「なぜですか?」
「オレ、ここに入りたいなあって思ってるからさ」
 遙遠は少し笑い、それは自分で確かめればいいと答えた。門戸はいつでも開いている。

 黙々とログを流し、通信量やどこにアクセスが集中しているかを調べているとき、理王は意を決して口を開いた。
「…なあ、ちょっと気づいたんだが」
「どうしました? 不審な点でもありましたか?」
 モニターのケーブルを引きずりながら、遙遠達に画面を見せる。
「今なんとなく、短時間でログを区切って計算してみたんだが…」
「ん…」
 盲点だったかもしれない、だれもアクセス経由を気にはしても、その中身までは気を払っていなかった。
「ターミナルを通る実際の通信量と、ログで大体計算してみた通信量がかなり食い違う」
 現在、ハッキングを危惧した大学側は外との通信を断絶している。これだけのパケットをどこで消費しているのだろう。
「確かに、現在この状況だから、ネットに繋いでいる人なんてほとんどいないはずですね…」
 断絶後も、イントラ内だけの通信量がほとんど前より落ちていなかった。
「通信料グラフでもそのようです…イントラ内だけでこれほどのやりとりなんて、あるんでしょうか?」
 13:00から不意に通信量が跳ね上がり、通信断絶後もゲージが高く保たれたままだ。
 その時理王の携帯が鳴った。今度ばかりはあせって通信をつなぐ。
「ちょっとやばいことになった」
 電話の向こうの屍鬼乃の声は、焦りを通り越して、あきらめが幾分混じったものだった。
「実はパソコンを落として、調子が悪かったんだよね。でさ…」
 彼が述べるところによるとこうだ。閉じ込められたとき、人にぶつかってパソコンを取り落とし、メモリの接触が悪くなったのか不調を訴えた。
 帰ったら修理しよう、とりあえずデータ収集、これでもウイルス採取くらいはできないかな、と思ったのだそうだ。
 幸い誰かがレスキューでシャッターを開けたとき、制御システムに直接アクセスするために、壁の穴からケーブルがはみ出していたのでありがたく拝借、パソコンを繋いでみた。
 セキュリティソフトが反応しないまま、屍鬼乃のパソコンのディスプレイにノイズがあふれた。あわててケーブルを外す。
「ノイズというか、蟻だよ、大量の蟻。そんでもって採取以前の問題だ…。多分さ…」
 パソコンの調子が悪いから、蟻もせっかく入り込んだパソコンで身動きがとれないのだろうと彼は推測している。
 蟻の姿は現われたり消えたりして、その度にハードエラーを示すランプが点滅するのだ。もしパソコンが無事のままなら、気づかなかった可能性がある。
「もう…ネットワークに繋いだが最後、強制的に全部感染しちゃうってこと。
 多分、無線系の通信手段があって、ロックかけてなかったらやばいよ。
 これも無線まで壊れたのかわからないけど、『ネットワーク接続を確立できません』系のダイアログがひっきりなしに出るんだ。
 勝手にネットにアクセスしようとしてる、多分理王のいる所も、まさかとは思うけどメインマシン室のも、下手すればスパコンもみんな…」
 そこまで聞いて、理王達3人は顔を見合わせた。


 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)はコンピュータールームにのっそりと現われ、どろどろしたオーラを漂わせながらこういった。
「こっちで調査やってるって聞いた、手伝わせてくれ」
「ど、どうしたの? なんか黒いものがはみ出てる…」
 ルカルカが思わず声をかけた。
「……ひとが真面目に研究中に、厄介ごとを起こしやがってぇぇぇ…」
 こつこつと積み上げた成果を台無しにされたのだ、作業を進める間にも怒りの炎を燃やし続け、毒を吐き続けている。
 低く地を這うような声音が怒りの深さを物語っていた。
「…リア充爆発しろよったく…!」
「あちゃあ…ブチギレとんなあ…」
 八つ当たりまではじまって、触らぬ神にたたりなしだ。
 正悟はバックアップファイルのチェックに手をかけた。ざっと流し見してから、詳細なチェックに入る。
「まったくよね…!」
 志方 綾乃(しかた・あやの)も同じく毒を吐きながら片っ端からサーバーやスパコンのシステムファイルの更新履歴などを洗い出している。
 彼女の方は犯人よりも、それを許したシステムの方に怒りが大きいようだ。
「初めっからイントラネットは物理的にスタンドアローン化するべきでしょうに!」
 うわ朝っぱらからエロサイト見たバカがいるわね…フィルター生きてるのかしら…とぼやいて怒りに油を注ぎつつ、次の履歴を探して指を動かす。
 今のところ、セキュリティ突破された際のエラーは見当たらない、システムは静かに発狂したのだ。
「あら、このファイル壊れてるのかしら…スキップされて今頃出てきたのね」
 とある古いサーバーのファイルが、どうも内部エラーを起こしているらしいことを発見した。そのファイルがなくてもサブシステムが補って不都合なく動くようにはできているが、同じように壊れたファイルが散見される。
「…フッタとヘッダの履歴が合わない…」
 プログラムの頭が示す格納された情報と、末端部が示すデータのセクションが合わずに、不整合を起こしてロックされているのだ。
「ねえ、ご機嫌なとこ悪いんだけど、ここ見てくれないかな」
 綾乃は正悟に声をかけ、ファイルのおかしな部分を引き合わせようとした。
「古いサーバーだな、どの部分を探せばいいんだ?」
「この部分。なんとなく壊れ方が変だなって思うのが幾つもあって…」
 目的のサーバーに正悟もアクセスして、バックアップを引きずり出す。
「どうだ、わかるか?」
「んー…」
 いろいろと表示を変えて比較していたが、データセクターをグラフィック表示に切り替えたときに、二人はぎょっとした。
 プログラムやデータは、ディスクの中にセクター単位でパズルのように隙間なく格納されている。デスクトップなどでばらばらに表示されていても、データとしては整然と整列して詰め込まれているのだ。
 ディスプレイの中で積みあがったパズルのようなセクターの固まりは、見つけたエラーの部分がうまく重なって繋がり、まとめて引き裂かれたように見てた。
「まるで、中から食い破られたみたいに思わない…?」
「まさかここからなんか出てきた…とか言わないよな…。これ、おかしくなったのはいつだ?」
「ええと、…嘘………秒単位下2桁まで13:00きっちり…」


「こんにちわー、ヒパティアさんいます?」
 朝野 未沙(あさの・みさ)が、空大の騒ぎを聞きつけて、大きなケースを抱えてやってきた。
「いえ、彼女は今まだアクリト学長とお話しをしてるよ」
「そうか、残念…フューラーさんがこっちだって聞いたから、こっちかと思ったんだけど」
「貴殿ら、その巨大な荷物を、少し調べさせてもらえまいか? 危険物の持ち込みはお断りさせていただきたい」
「何よ、危険物って失礼ね! 私達はなにかできないものかと、こういうものを持ってきました!」
 鹿之助が一旦彼女らを押しとめて、荷物の点検をさせてもらおうとするが、未羅の怒りを買ってしまう。
 ヒパティアにそっくりなロボットをケースから抱き上げて、フューラーのとなりのベッドに寝かせる。
「これがあれば、ヒパティアちゃんも現実世界で動けるんじゃないかってね」
「うわあ、そっくりだ!」
 朝野 未羅(あさの・みら)がうれしげに報告する、聞いてほしくて仕方がないようだ。
「未羅は計算のお手伝いをしたの。各部品の剛性とか、歯車のトルクとか、各パーツの干渉とか全部計算したの」
 朝野 未那(あさの・みな)もうきうきとそれに続けた。
「うふふ私はぁ、ロジック回路を組み替えたんですぅ〜」
 ティナ・ホフマン(てぃな・ほふまん)は腕を組み、ゆったりと胸をゆらしながら流し目をくれる。
「私はプログラムを組んだが、基本だけだ。あとはカスタマイズしてくれ」
「今はまだ不可能だけど、いずれ機晶技術で置き換えていければいいね」
「どんなことがあっても、おねえちゃんに見てもらったら大丈夫なの!」
 未沙と未羅はねー?と微笑みあった。
「すごいなあ、どうやるんだろう? …蒼、どうした?」
 本気で関心して、真は質問してみるが、隣の蒼の様子が何かおかしい。
「こういうの、蒼は好きだろ?」
「脳の部分に受信機をとりつけて、ヒパティアさんに操作してもらうん…「にいちゃん、へんだよ!!」
 突然叫び出した蒼に皆びっくりしたが、蒼の睨みつける先を見て息をのむ。
 ちょうど蒼の目の前に伸ばされていたロボットの左手指がぐねぐねと奇妙な動きをし、それが全身へと巡るのはすぐだった。
「な、なにか止める方法は!?」
「…り、リセットスイッチ!」
 呆然としてしまった未沙が駆け寄ろうとするが、振り回された足が彼女を蹴り飛ばす。衝撃で肺から空気がもれた。
「ぐうっ!」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
『…ここに…おったか』
 ぐねぐねと気味の悪い動きしかしなかったロボットが、ふいに身を起こして唐突に言葉を発する。ぎこちない音声でかろうじてそう聞こえるという程度だったが、それまで漠然とした敵意が、突如高濃度の悪意へと収束し、フューラーに向かうのを感じる。
「…うそっ」
 手足を正しく手足として使わず、腕を振り回してベッドにたたきつけ、その反動で眠るフューラーへ近づく、仰向けに床に転がり落ち、今度はのけぞるようにして無理矢理這い寄ろうする。人とはとても思えぬその動きは、元の素材が愛らしい姿をしているだけに、よりおぞましかった。
「御免!」
 一喝して鹿之助が倶利伽羅の槍を心臓部に突き立てる。しかしまだ動きが止まらない。
「ごめんなさいっ!」
 脳の受信機、という言葉を覚えていた真が、ナラカの蜘蛛糸をロボットの首に巻きつけ、シーツをかぶせて引き斬った。
 シーツごと押さえつけた手の下でまだがたがたと暴れ続けるさまに、真も鹿之助もどっと冷や汗が溢れる。
 やがてエネルギーを使い果たしたのか、力尽きたように動かなくなった。
 ぎゅうとしがみつく蒼の力の強さに、本当に、本当に大変なことになった、と改めて感じていた。

 以蔵が慌ててアクリトを呼びに行き、彼が駆けつけたころには事態は収束していたが、部屋の惨状はまだそのままだった。
 シーツに包んだロボットの残骸を検分し、人を呼んで運び出させた。順次部屋を変える準備も指示した。
「つらいだろうが、君のこのロボットはこちらで回収する。危険を鑑みてそのまま処分することもあるかもしれないが…」
 呆然と座り込んだ未沙にアクリトは膝をついて、諭すように尋ねる。未沙はのろのろと顔をあげてゆっくりとうなずいた。
 そこに蒼が何かを持って近寄ってくる。先ほどのタオルに包んだイコプラだ。
「がくちょう、自分のイコプラもおんなじように変になったんだ…。直せなかったら…」
 蒼はイコプラをアクリトに差出す。
「ううん、これで原因をさがしてください! …がまんするから」
 隣では運ばれていこうとするロボットに、覚悟をきめて製作者の一員として未那は別れを告げている。
「折角、一生懸命作ったのに、おわかれだねぇ…」
「仕方があるまい…」
 ふと、未那は驚いた、ずっと触れてきたのに、今まで感じたことのないものだった。
―どうしてロボットから、かすかに魔力の気配がするんだろう?

 その頃視聴覚室で、席を外したアクリトのかわりに、以蔵はヒパティアの見張兼話し相手になっていた。
「…そんなことが、あったのですね…」
「ああ、おんしも大へごなことになったなあ…でも兄さんは無事じゃ」
「ありがとう…ございます」
「そいつはわしらが殺しちゃるき。心配しな」
 その暗い表情の下で、ヒパティアはある決意を固めていた。
「…はい」


「すまんけど、遅くなった」
 目をこすりながら、陣は出来上がったプログラムのチェックを回りに頼んでいる。
「こいつのシナリオはまず、ネットワーク中の機器にアクセスして、どっかの空き領域に忘れ物をしてくる。それは一定数自分をリロードして、そんで時間差でそのパケットを回収、なんか異常があったらそのパケットがおかしいか、回収できんかや。
 さっきのパケットで簡単なマッピングはできてるはずやから、ネズミのシッポが判りやすくなる、本命DOSアタックはこっからや。
 ここで攻撃力の高いクラックを仕掛ける。…とはいえ、見せ掛けだけで、実際はデータを別の所に移動するだけやねんけどな」

  16:37 2021/02/XX >jin:とりあえずポート空けます
  16:37 2021/02/XX >jin:ログそこへ下さいなー[2021:P:aaa:bb:c:dd:eee:ffff]
  16:38 2021/02/XX >aya:接続したぞ
  16:39 2021/02/XX >jin:40分きっかりに流しますお

「準備完了っと」
 綾香経由でログをもらえるように手配を完了、全員手を止めて、陣がアタックをかけるのを見守っている。
「さて、じっくりローストしたるからな!」
 タン! と甲高くキーを叩く音が響き、マシンの唸り声が大きくなった。

 綾香はモニターを見つめていた、向こうのDOSアタックプログラムが送り込んだプローブの経過をスパコンで受け止め、処理しなおして向こうのポートに送り返す。
 次第にネットワーク内のマッピングイメージがあらわれてくる、光点が散らばり、やがて一部が相互に纏まりだした。
 いろいろな所で点の塊が凝り、そこにはスパコンがあったり、サーバーがデータを処理していたりする場所らしい。
 伸びる枝葉のように、探索子が行き着くところまで行ったころ、そのマッピングイメージが崩れ始めた。
「何!?」
 思い切り画面にノイズが走り、身を乗り出していた綾香はのけぞった、ノイズの一粒一粒が拡大し、やがてそれはうごめく蟻の形をとる。
「いやー! 気持ち悪いよー!」
 ヴェルセが悲鳴をあげた、それだけでなく、辺りで電源の入れられているモニターは全て、同じように蟻で溢れたのだ。
 メインルームも同じく、通信サーバーに取り付いているものも、すべからくその蟻を目撃した。
 やがて蟻はモニターから薄れて消え、時折点滅してその姿を晒すのみとなった。
 これの意味する所といえばただ一つ。
 空京大学内の全てのネットワークに繋がった機器が、とうの昔に全てウイルスに感染しつくされているということだ。

 その時ヴェルセが通信用の掲示板をみて声をあげた。
「あ…綾香、掲示板に」
「…ん、わかった」
 力の抜けた膝をなんとか戻して、綾香は掲示板を読む。

  16:54 2021/02/XX >jin:すいません、その部屋他に誰か
  16:55 2021/02/XX >aya:パートナーなら
  16:55 2021/02/XX >jin:違う反応そのへy

「何をあわてているのやら。何が言いたいのだ」
 さっきの出来事以上に驚けそうなことは、しばらく無さそうなほどなのに。
 採っていたログは跡形もなく破壊され、アタックの反応も返ってこないことを報告せねば。
 そう思った綾香だが、リロードされた掲示板を見つめる瞳が見開かれた。

  16:55 2021/02/XX >dal:その部屋のパソコンからアクセスされている
  16:55 2021/02/XX >jin:その部屋からアクセスされてる
  16:55 2021/02/XX >dal:Alice000というIDのマシンだ
  16:55 2021/02/XX >dal:最後にそのIDのマシンへ反応が飛び込んだ

 文脈からしてそれは、元凶のものでしかありえない。
 言葉もなかった。そのマシンなら、この部屋にある。
 確か現行で一番古い型の、空京大学が創立したときに最初に搬入された古株ではなかったか。
 自分が使用許可を得た『Carol』ユニットの二つ隣、『Bob』を挟んだだけの向こうに『Alice』はある。
「…この部屋、他に誰もいないよ」
 誰もいないはずだ、だがそこに犯人がいるという。

 そして先ほど綾乃と正悟が、直前にそのIDのサーバーをチェックし、奇妙な形で破壊されたファイルを見たばかりだ。
 どのようなデータをさらっても、Aliceにアクセスした痕跡は見当たらなかった。