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狙われた少年

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狙われた少年

リアクション

   十

 飯台が引っ繰り返った。その上に乗った茶碗もおかずも、みんな落ちた。侍たちは、それらを踏んでヒナタに迫った。
 何も知らない客たちが、我先にと出口へ殺到した。忍たちはそれに阻まれて中に入れない。信長だけが辛うじて留まり、「させるか!」と剣を抜いたが、そこで動きを止めざるを得なかった。
 店内に残っていたのは、ヒナタと侍たちだけではない。天音やブルーズ、エッツェル、それに牙竜と雅という一般人――と信長は思った――の姿もあった。店内で、まして無関係の者がいるところで、【爆炎波】や【乱撃ソニックブレード】など使うわけには、いかない。
 ヒルデガルドが振り返った。
「警告します。貴方では、私は倒せません」
「何じゃと!?」
 信長はカッとなった。「ならば、これを食らえい!」
【サイコキネシス】を発動する。ヒナタの盆にあった酒がヒュンと飛んで、ヒルデガルドにぶつかった。中身もぶちまけられる。
「はっはっは! どうじゃ!」
「……俺の酒」
 名残惜しそうに、しかし信長に聞こえぬよう、牙竜はため息をついた。
「そこな一般人! さっさと逃げい!」
 信長が剣を向けて警告するも、牙竜は無視した。エッツェルはまだ食べ続けているし、天音に至ってはにーっこり笑って「お構いなく」と見物する気満々だ。ブルーズは嘆息した。
「是非も無し」
「信長! 大丈夫か!」
 客の避難を誘導していた忍たちが、ようやく店に戻ってきた。
 と同時に、裏口から御剣 紫音(みつるぎ・しおん)綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)が飛び込んできた。
「遅れてすまない」
 紫音と忍は、同じ天御柱学院の生徒で顔見知りだ。
「忍はん、【根回し】したさかい、奉行所の人たちは来ませんよ。安心しとくれやす」
と風花が言った。このために、四人は遅れたのだ。
「アストレイアは彼女の保護を、風花とアルスは援護を頼む」
 紫音の指示に、アストレイアが素早くヒナタの前に出た。
「一体、これは……?」
「貴公の名は朱鷺ヒナタじゃな?」
「え、ええ、そうです」
「安心せい。我らは貴公を守りにきたのだ」
「どういうことですか?」
「私たちは、葦原明倫館の者です。当麻くんの使いで参りました」
 鈴鹿がヒルデガルドを挟んで声を張り上げた。
「当麻の!? でもあの子は――」
「葦原明倫館で預かっておる。昨日、あの子はそ奴らに狙われたのじゃ!」
 イルが後を続けた。ヒナタの顔が青ざめた。
「訂正します。我々はターゲットを保護に来ました。同行を求めます」
 ヒルデガルドが淡々と言う。
「主様、こ奴、変なことを言うておるぞ」
 アルスは小さな声で紫音に尋ねた。紫音も眉を寄せ、
「どういうことだ!?」
「当麻少年は、葦原藩の政変に巻き込まれました。我々が保護しようとしたのですが、パニックを起こし、間違ってテロリストの手に落ちたのです」
「テロリスト!?」
 紫音が唖然として叫んだ。
 ヒルデガルドはぐるりと忍ら、そして紫音らを見回した。
「母親も危険と判断。故に保護のため、同行を求めます」
 ヒナタはアストレイアから離れた。ヒルデガルドと紫音ら、どちらを信じるべきか、迷っているようだった。
 その時、紫音が侍の一人に手を触れた。その男の考えが、紫音の頭に入ってくる。
「――こいつらは諏訪家の侍だ!」
「諏訪……那美江様の……?」
 ヒナタの目が定まった。素早くアストレイアの後ろに下がる。
「申し訳ありませんでした。貴女方を信じます」
 アストレイアは頷いた。
「うむ、母御、それでよい。とっとと逃げい。ここは我らが死守しようぞ!」
 信長が高らかに笑う。
 すうっとヒルデガルドの目が細くなった。
「敵、テロリストを確認。これより、敵、勢力を排除します」
 アストレイアはヒナタの腕を掴んで裏口へ向かった。ヒルデガルドが追おうとするのを、紫音が【歴戦の防衛術】で、風花が「魔道銃トリックスター」を構え、アルスが【パワーブレス】で援護することにより、遮った。
「くそっ! 邪魔をするな!」
 侍の一人が切りかかったのを皮切りに、乱戦が始まった。それぞれ室内であるため、魔法の類は使えない。
 忍は【歴戦の立ち回り】を使い、侍たちの剣を紙一重で避けては殴るが、相手を怪我させぬように手を抜いているため、気絶までは至らなかった。逆に嬉々としているのが信長で、侍が固まっているところへ飛び込んでいく。おそらく、相手のことなど一切考えていない。
 殴られた侍が天音たちのところへ飛ばされてきた。天音は「粘体のフラワシ」を呼び出した。ゼリー状のそれが侍を受け止め、弾き返す。
「助太刀、感謝!」
 信長がその侍を力いっぱい殴りつけ、気絶させた。天音はニコニコと手を振っている。
「天音、見ているだけでよいのか?」
「まあ、手助けの必要もないようだし。花見の代わりに喧嘩見物というのも、なかなか乙なものだと思うよ」
 このために自分は散々飲み食いさせられたのかと嘆息したとき、また別の侍が突っ込んできたので、ブルーズは【ドラゴンアーツ】でぶっ飛ばしてやった。
 入り口では、野次馬に混ざって集まっていた浪人たちが中に入ろうとした。諏訪家に雇われたのか、或いはこれを仕官のいい機会と見たのかは分からないが、立ちふさがる鈴鹿とイルに罵声を浴びせる。
「乱暴は好かぬが、致し方ない」
 イルは呟き、口の中で呪文を唱えた。
 ズドン、と音がして、店の前にいた野次馬と浪人たちは全員その場に這いつくばった。叫び声が上がる。【奈落の鉄鎖】だ。
 鈴鹿が膝をついて、全員に声をかけた。
「皆様、今しばらくお待ち下さいましね。すぐに事態は落ち着くと思われますから」
と言ったその瞬間、店内で爆発音がした。


 店のほうで爆発音がしたのを耳にし、アストレイアは振り返った。
「主!」
 何が起きたのかと青ざめる。戻りたいが、ヒナタを一人には出来ない。
「おう、おまえは」
 声の主は空京大学のレン・オズワルド(れん・おずわるど)だった。パートナーのザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)も一緒だ。アストレイアは、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)と会った折、二人とも顔を合わせていた。
「ちょうどよかった! この人の保護を頼む!」
「そりゃ構わないが――」
 レンが返事をするより早く、アストレイアは駆け出した。残されたレンとザミエルは、わけが分からない。どうする、と顔を見合わせていると、ヒナタが言った。
「お願いします。長屋へ帰りたいのです……」
 わけが分からないが、切羽詰ったものを感じ取った二人は、承知した。