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カナンなんかじゃない

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第8章


 残された最後のネルガル、ダリル・ガイザックと、神官ルカルカ・ルーはもとより奇襲部隊として最前線にいたため、戦艦の爆発に巻き込まれることはなかった。
「――どうやら、ここまでのようだな……」
 呟いたダリルの眼前には、南カナン領主シャムス――エシク・ジョーザ・ボルチェの姿があった。

 想像を絶する修行を修めた彼女は、もはや素顔を見られることに怯えていた恥ずかしがり屋の領主ではない。
「……終りです、ネルガル。降参しなさい」
 領主であるエシク・シャムスの傍らには執事である沢渡 真言がいる。
 だが、主人であるエシクの邪魔をしてはいけない。彼女が望んでいるのは一騎討ちなのだ。
 その様子を見たダリル・ネルガルは告げた。
「馬鹿を言うな。我が軍は壊滅しても、まだ俺がいる。
 国を救えるというのなら――」
 す、っとダリル・ネルガルは自らの光条兵器、左手の光条剣を構えた。

「この俺を倒して、それを証明してみせろ!!」
 それが、開戦の合図だった。


「――ネルガル様!!」
 ダリル・ネルガルとエシク・シャムスの戦いが始まると、それを手助けしようとしたルカルカだったが、真言のナラカの蜘蛛糸が指から伸び、ルカルカの動きを制限する。
「……ただいま主人は来客中でして。僭越ながら、この私がお相手させていただきます」
 ナラカの蜘蛛糸は、ナラカに住む蜘蛛が吐いたとされる特殊な糸を加工して作られた暗器の一種だ。
 扱いは大変に難しいが、その刃のような鋭さを持つ糸は、目視することも難しい強力な武器である。

「……ふん、この私の相手があなたごときに務まると思ってるの?」
 だが、ルカルカは余裕の表情を見せた。確かに真言の腕前もそれなりのもの、ナラカの蜘蛛糸もなかなかの脅威だ。
 だが、それでもまだ実力は自分の方が上――そうルカルカは踏んだ。


 そして、それは大きな誤算であったことを知る。


「もちろん、そう思っております。お客様をおもてなしするのは執事の仕事ですし――」
 突然、真言の背後から二人の人影が飛び出した。
 ローザマリア・クライツァールとグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーの二人だ。
「こちらの方々が、お手伝いして下さるそうですから」

「げっ!!」

 ルカルカは狼狽した。
 真言一人なら何とでもなるというものだが、ローザマリアとグロリアーナは一人一人がそれぞれ真言以上の腕前を持つ猛者ではないか。
「ちょ、ちょっと!! 一騎討ちじゃなかったのーっ!?」
 後退しながらも、ローザマリアとグロリアーナの猛攻撃を辛うじて捌くルカルカ。
 真言は、そのルカルカにしれっと答えた。


「いえいえ、一騎打ちはあくまでご主人様同士のことですから、我々脇役は隅の方で目立たなくしていればいいのですよ」


                              ☆


 ところで、そんな話の大筋とはあまり関係ないところでのお話。

「うわっはっはっは!! 儂が何かネルガルとかいう者らしいぞ!! 覚悟するがいい!!」
 と、いまひとつ分かってないカメリアは今さら言ってみた。

 場所はとある飛空艇の一室。
 そこに集まっていたのは天津 麻羅(あまつ・まら)ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)。そして南部 ヒラニィである。
 七刀 切に連れられてネルガル軍の一隻の飛空艇に乗ったカメリアは、そのままネルガルとして飛んでいたけれど、特に戦争に参加する気もなかったので戦火にも巻きこまれず、空中戦艦の大爆発にも巻き込まれなかった。

 そして、そのカメリア・ネルガルを迎え撃ったのが麻羅とバルカの英霊イナンナコンビと、地祇イナンナヒラニィであった。


 その横でもっちもっちと袋に入ったモヤシを食うクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)


「……何してんの」
 と、切は突っ込んだが、クドはひたすらモヤシを食うばかりである。
「――食べる?」
「いや、いいわ」


 そしてもう一組、この飛空艇に乗りこんできた者がいた。
 それは――


『私、鬼崎 朔(きざき・さく)!!
 恋人の椎堂 紗月(しどう・さつき)と正義のヒーローが大好きなカメリアの友達!!
 今日はたまたまカナン王国を助けるためにやって来たんだけど、友達のカメリアがネルガルにされちゃっててもうびっくり!!
 なんとかしてカメリアを助けなくっちゃ!!
 お願い、目を覚まして!!!』

 という次回予告風ナレーションを自前でぶちこんだ鬼崎 朔と、その恋人の椎堂 紗月である。
 ちなみに、朔はちぎのたくらみによって10歳くらいの少女の姿に変身している。
 なるほど、もとより褐色の肌の彼女がその姿になると、いわゆる戦いの女神イナンナによく似ていた。

「……おい、何しとる朔。お主、戦いに行くからしばらく会えなくなるとかこないだ言うとらんかったか、おい何でこっちを見ない」
 と、冷静に突っ込むカメリア。もう何が何だか。
「……モヤシ食べます?」
「クドにぃも何モヤシばっか食うとるか、どういうキャラ付けなんじゃそれは!!」
 というグダグダの流れにカメリアが爆発する。
 ヒラニィの顔をビシっと指差して、宣言した。
「ええい、儂がここに来たのもお主が来ておると思ったからよ、今日こそどちらがより地祇であるか決着つけてやるわい!!」

 だが、そのヒラニィは言った。
「馬鹿ものぉ!! おぬしこそ何をやっておるのだ!!」
 その真剣な声に、カメリアはぴくり、と表情を強張らせた。
「おぬしは地祇であろうが!!
 地祇としてこの国に来たからには、この国の地祇たらんとして当然であろう!!
 思い出せ、自らの地とともに、四季を過ごす喜びを!
 思い出すのだ、民と共に生き、共に笑い合うことの喜びを!!」

「ヒラニィ……」
 たじろぐカメリアを指差し、ヒラニィは叫んだ。
「おぬしはこの国の地祇、イナンナだ!!!」


「なんと、儂がこの国の地祇、イナンナだったのかーっ!?」


                              ☆


 そんなどたばた騒動を尻目に、ダリル・ネルガルとエシク・シャムスの戦いは続いていた。

 自らも光条剣『デヴィースト・ガブル』を振るうエシク・シャムスは幾度となくダリル・ネルガルと切り結ぶ。
「なかなかやるな……!!」
 実力そのものではダリルには遠く及ばない。それでもエシク・シャムスは懸命に剣を振るった。
「この戦いは私一人のものではない……!!
 ネルガル、そちらにも事情や考えはあるでしょう。
 けれど、私が背負っているのは国民の命。私が振るっているのは国民の想い。
 私は、負けるわけにはいかないのです!!」
 エシク・シャムスはグロリアーナとの修行の成果、『仮面の舞』でダリル・ネルガルと戦う。

 まるで舞うように剣を振るう姿は、次第に切り結ぶダリル・ネルガルを追い詰めていった。

「――そうか、ならば。
 この一刀で、決着をつけよう!!!」
 ダリル・ネルガルは最期の一撃を、エシク・シャムスの攻撃に合わせて放った。


「――え」
 だが、その一刀はエシク・シャムスに届かなかった。
 いや違う。
 ダリル・ネルガルが意図的に自らの光条剣を消し、エシク・シャムスの刃をその身で受けたのだ。
「――これでいい――」
 そのまま、ずるりと倒れこむダリル・ネルガル。
「……どうして……」
 エシク・シャムスは問いかけるが、その答えはない。

 ――この国を、頼むぞ――

 ダリル・ネルガルの唇がそう動いた気がしたが、その声は聞こえなかった。

「ネ、ネルガル様あああぁぁぁーっ!!」
 神官であるルカルカもグロリアーナとローザマリア、そして真言の攻撃の前に倒れる。
「……ネルガル……様……」
 視界の隅に映るのは倒れたダリル・ネルガルの姿。必死に手を伸ばそうとするが、もう身体は動かなかった。

「――ネ……ル……」
 ぱたりと、ダリル・ネルガルの手に届かずにこと切れるルカルカ。
「――」
 その手を取り、せめて重ねてやるエシク・シャムスだった。

「……これで、終りですね……」
 と、真言は空を見上げた。
 墜落した空中戦艦からは煙が上がり、人々は協力して消火活動を行なっている。
「……そうだな……巨悪、征服王ネルガルは倒れ、これからは平和な民衆の時代がやってくるのだ」
 と、グロリアーナも満足気に呟いた。
「逆にこれから忙しくなるわよ、何しろ領主としての仕事が待っているんだから」
 いつも冷静なローザマリアも、どこか嬉しそうにエシク・シャムスに話しかけた。

「……巨悪……本当に……そうだったんでしょうか……」
 だが、エシク・シャムスはいつまでも、ダリル・ネルガルとルカルカの重ねられた手を見つめていた。


 いつまでも、いつまでも見つめていた。


 その様子を更に眺めていたのが、やたらと目立つ背景、メキシカン 恭司と半ケツ サボテンであった。


                              ☆