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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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                              ☆


 それはそれとして、飛空艇内の別室では。
「あの……」

 ピンクの尻尾が揺れていた。

「ん? なぁにー?」
 ついでにいえば、ピンクの耳も。

「そういじられていると、動きにくいのですが……」
 と、薄いピンクのエプロンにメイド服、エプロンとセットのヘッドドレスに包まれた榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)に告げた。
 正確に言えば今の榊 朝斗は榊 朝斗ではない。

 ネコ耳メイドあさにゃんである。

 カナン王国には明確な身分制度が存在し、市場で普通に取引される『奴隷』という身分が存在する。
 奴隷とはいうものの、非人道的な扱いをすることは一応法律で禁じられているので、あえて言えば奉公人に近いだろうか。それでも、まだ陰では不幸な目にあっている奴隷は後を断たない、微妙な立場であった。
 その中にあって、朝斗の扱いは厚遇、いや特別扱いと言うべきだろう。
 カナンの神官であるルシェンの世話役メイドという仕事を与えられて、個人の自由は少ないものの、住む場所や食事も保証されている。

 まあ、強いて言えばルシェンの目がある時はネコ耳と尻尾をつけていなければいけない、という制約があり、なおかつルシェンのセクハラ的な視線、おさわり、言葉責め、その他もろもろに耐えなければならない、という条件を満たせばの話だが。
 ちなみに『あさにゃん』と名づけたのも当然ルシェンである。
 何故ネコ耳メイドかと問われれば言うまでもあるまいがルシェンの趣味である。

「んん? いいではないですか、こうして撫でているととても幸せな気分ですのよ」
 と、ルシェンは朝斗――いや、ここはルシェンに敬意を払いあえて『あさにゃん』と呼ばせていただこう――あさにゃんのネコ耳をはむはむと口に含みながら背中から抱きかかえるようにして、尻尾といわずお尻と言わず撫で回している。

「と、とは申されましても……ん、もう」
 ルシェンの求めに応じて紅茶を淹れ様とティーセットに向かったあさにゃんを背中から襲ったルシェン。
 彼女はカナンの神官であり、日頃から心優しい神官として『慈悲深き蒼き巫女』として住民からも知られている。今回ネルガル軍に参加しているのは、ネルガルの本心を知る一部の人間だからであり、この国の将来をおもんばかっていたからでもある。

「うふふ、かわいいですね。もうこんなに……」
 とてもそうは見えないのは気のせいなので気にしてはいけない。

「も、もうこんなに何ですかっ! おやめくださいご主人様……!」
 辛うじてルシェンの手から逃れたあさにゃんは、シワが寄ってしまったエプロンを直して、言った。
「ふ、ふう。ちょっとお茶菓子を切らしてしまっておりますので、ちょっと取ってきますね」
 と、部屋を後にしようとしたあさにゃんの後ろにくっついて行くルシェン。

「……一緒に行かれるのですか?」
「……あら、いけませんか?」
 まあ、廊下なら変なこともできまい、とため息一つで了承するあさにゃんだった。

 それでも、あさにゃんは奴隷として売られていた自分を保護してくれたルシェンに感謝もしていた。
 まあ、ちょっとセクハラを抑えてくれたらいいとは思うものの、神官の重責に耐えるルシェンのストレスを発散するための行為であることは明らかだ。
 なんだかんだ言ってもお互いの事を理解し、許容し合っている二人であり、その意味では幸せなことであると言えた。


 異論は認めない。


                              ☆

 あさにゃんが飛空艇の廊下を歩くと、ルシェンは後ろからついてくる。
 そこで、佐野 亮司(さの・りょうじ)とすれ違った。

 亮司は闇商人である。

 元々はシャンバラからの流れ者だが、シャンバラ全土の武器や兵器を闇ルートで取引する死の商人であった。
 しかし、それゆえにシャンバラ教導団に狙われ、ついにはカナンへと逃げてきたのである。

 そこで出会ったのがネルガル軍であり、強者にへつらい弱者に唾を吐く亮司にとって、彼らは格好の商売相手であった。

 廊下ですれ違う亮司と軽く会釈をするあさにゃん。その瞬間、サングラスの奥で亮司の眼が光った。

「へっへー、今日もかーわいいねぇ!」
 亮司はすれ違い様に、あさにゃんのスカートをまくりあげ、ついでにお尻を触っていった。
「ふ、ふにゃーっ!?」
 思わずスカートの前を押さえてうずくまるあさにゃん。抗議をしようと振り向いたが、亮司の姿は既になかった。
「……あれ?」
 眼にも止まらぬスピードで逃げ出した、のではない。
 事を起こした次の瞬間にルシェンに殴り飛ばされて壁にめり込んでいたのである。

「あ、がががが」
 亮司の後頭部を押さえつけ、壁に叩きつけるルシェン。
 そう、普段は慈悲深く聖母のようなルシェンだが、あさにゃんの事になると性格が反転するのだ。
 ルシェンは怒りに任せて亮司の頭部を強打し続ける。

 その様はまさに『無慈悲なる蒼い悪魔』!!

「何ということを、何ということをするのですか……!!」
 パワーブレス!!
「確かにちょっといいもの見られましたけど!!」
 バニッシュ!!
「あさにゃんは私のペットなんですから、私以外の者が触れることは許しません!!」
 我は射す光の閃刃!!

「ギニャー!!!」
 と、亮司は悲鳴を上げて命からがら逃げ出した。

「……ペットかぁ」
 その様子を見て、複雑な気持ちになるあさにゃんだった。


 大丈夫、考えたら負けだから。


                              ☆


 亮司が逃げ込んできたのは飛空艇の司令室。
 そこには、ネルガルの副官役、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)がいた。
「おお、待っておったぞ闇商人。……どうした、その怪我は?」
 まさかネコ耳メイドにちょっかいだして神官にボコられました、とも言えない亮司は苦笑いで誤魔化した。
「……いいえいえ、特に何も……」
 見ると、司令室にはフィーネの他にネルガル役イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)と広間から移動して来たダリル・ガイザックがいた。
 他のネルガル役にくらべてこの二人はそこまでやる気があるわけでもないようで、いささか興ざめしたような顔で司令室を眺めている。

 イーオンは呟いた。
「やれやれ……映画か何か知らないが、さっさと終わらせて帰りたいものだな」
 それに同意するダリル。
「全くだ。俺もここのところ忙しかったから、家事が溜まっているというのに」
 たまの休日ということでルカルカに引っ張られてきたのだろうか、ダリルはため息をついた。
 そんなやる気のないネルガルコンビに、フィーネは激を飛ばした。

「む、いかんいかん! そのようなやる気のないことでどうするのだネルガル!!
 この私が副官として就いているのだぞ、中途半端は許されない。
 それに、そのような態度でこの国を救うことができると思っているのか!?」

 思いのほかやる気のフィーネに、イーオンは徐々に触発されていった。
「む……たしかに……」
 その隣のダリルも、少しずつやる気を出していく。
「そうだな……本気を出してさっさと終わらせるとするか……盛り上げるには強力な悪役も必要だな」

 ふと、互いを見合ってにやりと微笑んだ。

「さあ、行くぞ――ことごとくをこの手中に収めるのだ!!」
 宣言するイーオンに、さっそく戦略を練り始めるダリル。
「よし。あちらが国軍と義勇軍、少数派なら得意なのはゲリラ戦だろう。裏をかいてこちらも伏兵と奇襲戦でいくぞ、ルカルカはどこだ、準備を急げ!!」
 普段は『ルカ』とパートナーの事を呼ぶダリルだが、ここはあえて悪役っぽく本名呼びで。

 そんな二人を見て満足気に頷くフィーネ。
「ふふ、やはりあいつらはやる気になると違うと思ったのだ、凝り性というかなんというか……さて、闇商人。例のものは準備できているか?」
 呼ばれた亮司はすっと前に出て、揉み手をした。
「へっへっへ……もう引渡し済みですぜ。こんなこともあろうかと用意しておいた空中戦艦。間違いなく今までで最高の商品です」
 下衆な笑いを浮かべる闇商人・亮司。
 この飛空艇も亮司の手によるもの。更に強力な空中戦艦が待ちうけているらしい。

 それによって、カナン王国にどれほどの被害がもたらされるのか、想像もつかなかった。

 だが、そんな亮司に向かってフィーネは冷たく言い放った。
「そうか……なら、君はもう用済みだな」
「え」
 がしっと、亮司の両腕を軍人姿の二人組が掴んだ。
 金住 健勝(かなずみ・けんしょう)レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)である。
「な、何をするんですかい……!」
 亮司の額に汗が浮かんだ。
 フィーネは、ぞくりとするような笑みを浮かべ、告げる。
「ふん、こちらに兵器を売り渡している影で、カナン国軍にもこっそりと武器を流していることは調べがついている。
 戦争が長引けばそれだけ闇商人の利益が増える……いい考えだが、相手が悪かったな。君の最高の商品とやらは、最期の商品になったようだ」
「げっ!」
 亮司は狼狽しつつも、健勝とジーナに引きずられていく。
「牢屋にぶちこんでおけ!」
 宣言するフィーネ、その命令に従う健勝とジーナ。
 引きずられながら、亮司はそれでも言い訳をした。

「ち、違うんですよ、あれは以前から付き合いのある取引先でしかたなく……! おい離せ、離せよ!!」

 と、腕を取る健勝に対して怒鳴りつけるが、腕を一本ずつガッチリと取られているので暴れることもできない。
「見苦しいであります、覚悟するであります!!」
 そこまで器用ではない健勝。どうせ演技などできないからと素の軍人喋りだ。
「くっ、この野郎……てめえだってカナン騎士団の裏切り者じゃねぇかよ!!」
 健勝の顔が、ぴくり、と引きつった。
「……仕方ないのであります。何しろネルガル軍は給料もいいし年金も保証されているし社宅もついている。
 しかも三度の食事と昼寝つきという条件! カナンにいたころは昼寝などできなかったのであります!!」
 パートナーのジーナも同様だ。
「そうですわ、ネルガル軍ならケーキ食べ放題という好条件、これに乗らないわけにはいきません。
 ポリシーも持たない死の商人風情に言われたくはないですね」
 本来なら他人を蔑んだりはしないジーナ、あくまでもこれは演技である。
 本人としては速く現実に戻るためにしかたなくやっているのだが、端から見たら立派な悪役だ。

 こうして悲喜こもごも、様々な思いを乗せてネルガルの飛空艇はカナンの空を南へと飛んで行く。


 それを迎えるかのように南カナンから眺めていたのがやたら目立つ背景、メキシカンな橘 恭司と、半ケツ サボテンであった。