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ご落胤騒動

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ご落胤騒動

リアクション

   九

 月が出ている。昨夜と違ってその明かりは、弱いながらも絶え間なく地上を照らしていた。
 当麻と共に長屋から逃げたトーマ・サイオンとレキ・フォートアウフは、町外れにいた。
 当麻は樹齢百年は超えるであろう大木の幹に手をかけ、じっと長屋の方向を眺めている。
「問題は、当麻くんのお母さんがどこにいるか、なんだけど。当麻くん、前のおうちに行ってる可能性、ある?」
 当麻はかぶりを振った。
「だよねえ。理由ないもんね」
 子供である当麻なら別だ。現に長屋から逃亡した後、当麻はこれまで住んできた家を順に辿ろうとした。それをレキが押し留めたのだ。危険だからと。
「あーもうっ、わけ分かんないなあっ!」
 トーマがぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。
「……となると、可能性は一つかなあ」
「何だ姉ちゃん、心当たりあるのかっ?」
 うん、とレキは頷いた。
「多分、甲斐さんち」
 えっ、というように当麻は振り返った。
「当麻の父ちゃんち?」
「お母さんが何考えているかは分からないけど、このゴタゴタ終わらせるために行ったってことは考えられないかな?」
「なるほどー。姉ちゃん、頭いいなっ」
「サンキュー」
「それじゃ、早く行こうよ! 母さま、迎えに行かなきゃ!」
「待てよ当麻、お前の父ちゃんちって、よく分かんないけどお前のこと狙ってるんだろ? そんなとこ、のこのこ出て行ったらヤバイと思うぜ」
「だったら! 母さまも危ないよ!」
 その時、彼らの頭上から声が降ってきた。
「話は聞かせてもらった」
 バサバサバサ、と音を立てながら、男が枝と葉の間を通り、落ちてきた。
「一体どこに……!?」
【隠れ身】で周囲を警戒していたカムイ・マギは驚愕した。
「上」
と、閃崎 静麻(せんざき・しずま)は事も無げに答える。
「おっちゃん、誰だ?」
「誰がおっちゃんだっ! 俺はまだ十九だ!」
「ふーん。老けてるな」
 トーマの容赦ない一言一言に、静麻は痛恨の一撃を食らった。
「で、キミは?」
「……空京の閃崎静麻だ。話は木の上で聞いていた。ちょっとばかり妙案があるが、聞くか?」
 涙目になりそうなところをどうにか立ち直り、静麻は言った。
「どんな?」
 当麻が縋るような目で問う。
「待ってください。仮にあなたがご自分でおっしゃるような人だとして、僕たちが信じる根拠はありますか? なぜあなたは見ず知らずの僕たちにそんな提案をするんです?」
 うーん、と静麻は頬を指先で掻いた。
「ま、そうだな。縁も無ければ金の入る当てもない、って話を聞くと手を貸したくなるんだな、俺は」
「なるほど」
 レキが頷いた。
「信じるんですか、レキ?」
「ボクが当麻くんを母性本能で守りたくなったように、この人も父性本能で守りたくなったんだよ、きっと。信じるよ」
「母性……父性……まあいいか……」
 この年で親かよと静麻は思ったが、それ以上は口にしないでおく。
「でだ。俺の案ってのはだ、いっそ宣伝しちまえってことなんだが」
 当麻たちはきょとんとする。
「つまり『俺は甲斐家の跡取りだー』『命狙われてますー』と宣伝しながら向かうのさ。お前の命を狙う連中を完全に悪役に仕立て、そうだな」
 静麻はぺろりと唇を舐め、殊更芝居がかった口調で、
「刺客を送ってきている者は跡継ぎがいない甲斐家を足掛かりに葦原藩を我が物にする為に己の息が掛かっている者達をあらゆる家に潜り込ませようとしているに違いない! このままでは甲斐家も跡継ぎを出してくれる諏訪家も悪党の食い物にされる! それを断固阻止する為、当麻はあえて甲斐家嫡子を名乗り、まだ見ぬ父親を救いに向かう! 彼は家督ではなく、ただ父親を救いたい一心で向かうのです! 次号乞うご期待!」
 トーマがぱちぱちと手を叩いた。「もっかいやって!」
「後でな。とまあ、これぐらい言えば敵もそうそう手は出せないだろう。注目を浴びるわけだから」
「……それはスゴイかも」
 レキは唖然とし、「でもいいかも」と頷いた。
「それは困るな」
 カムイと静麻が真っ先に振り返った。しまった、と舌打ちする。
 ゆっくりとした、いや重々しい足取りで現れたのは、三道 六黒(みどう・むくろ)だ。羽皇 冴王(うおう・さおう)ドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)を従え、忍者たちを引き連れている。
「これはまた……手強そうな。一先ず逃げるぞ、お嬢さん方」
 静麻はレキたちに囁き、後ずさった。が、
「身体がなまっては困るからな、ちと運動してやろう」
 反対側にモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)夜・来香(いえ・らいしゃん)が立ち塞がった。この二人は久我内 椋のパートナーである。
「暇潰しの相手にもならんかもしれんがな」
 モードレットは冷たい微笑を浮かべた。
「当麻、オイラの後ろにいろよ。大丈夫、絶対守ってやるからな」
 トーマはポケットに手を突っ込んだ。こういう時のための奥の手がある。
「やれやれ。死ぬ気で戦うか」
「そうだね。今度はボクたちの番だ」
 静麻とレキ、カムイはそれぞれ武器を構えた。
 その時だった。
 ウオォォォン……とまるで獣のような咆哮がその場を包んだ。六黒やモードレットたちは、咄嗟に顔をしかめ、耳を塞いだ。
「誓いの盾」を手に、身には「聖女の衣」をまとったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が現れた。
「狐樹廊、大正解よ」
「当然です」
 空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)はしれっとして答える。一度は長屋を訪れたリカインたちだったが、そこは既にもぬけの殻、戦闘の跡がありありと見て取れた。狐樹廊は【サイコメトリ】で、当麻たちが逃げた方向を突き止め、ここまで追ってきたのだった。
「どこかで見た顔だな」
 六黒が口の端を歪めた。
「別に会いたくもなかったけれど。どうせわけを尋ねたところで、何も教えてくれないでしょうし、あんまり聞こえのいい理由じゃないのは間違いなさそうだし。ましてや邪魔者は消せ、と言わんばかりのその態度。依頼主も内容も、まともじゃないのは決定ね」
 リカインはきっぱりはっきり言い切った。
 六黒はクック、と笑みを漏らす。
「大した娘だ。気に入ったぞ」
「ありがた迷惑ね」
「だが悪いが、負けてやれぬ」
 六黒が手を上げた。忍者たちが当麻へと飛び掛った。