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彼氏彼女の作り方 最終日

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彼氏彼女の作り方 最終日

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 だれにだってユメはある!


 開店準備が整い、真っ先に訪れたお客様。スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は店に合わせて女装してやってきた。仕上がりには自信があるものの、モデル並の背丈では店員を圧倒させてしまう。けれど、女好きなフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は気にせずに声をかけた。
「いらっしゃいませーっ! 今日のお勧めはケーキセットと……オレとのアバンチュールな一夜?」
 豊満な胸はそのまま執事服を着るために、開襟シャツにベストと軽装で出迎え手を差し出す。席までエスコートしてくれるようだが、さすがに何か話せば男とバレてしまうのではと、スレヴィはあくまで内気な女の子を装う形でフェイミィの手を取った。
「ふふっ、緊張してるの? かーわいいねぇ。何だったら、こんな地味なところのエスコートは止めてとっととアバンチュールに」
「何やってんのよっ、このエロ鴉――!!」
 銀色のトレイを振り回しフェイミィを追い払うヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)もまた執事服を着ており、女性が男装をする姿も新鮮なものがあるなと改めてスレヴィはヘイリーを見る。
「なによ、人のことジロジロ見て。だいたい、あんたがハッキリしないから悪いのよ。べ、別に助けてあげたんじゃないんだから!」
 バンッとテーブルを叩くヘイミーから察するに、その席へ座れということらしい。もしかしたら自分は誤ってツンデレカフェに来てしまったのかと思わなくもないが、これはこれでたまらないという人もいるのかもしれない、と思うのは自分にMっ気があるからだろうか。
「いらっしゃいませ、こちら……メニューになります」
 出だしから賑やかなパートナーをフォローすべく、リネン・エルフト(りねん・えるふと)が静かに会釈してメニューを差し出した。先の2人より元気の良さは無い物の、執事服と大きな胸を押さえ込んでいる少し息苦しそうな印象が、逆に大人しい性格に似合っている気もする。
「さっき聞いた、お勧めのケーキセットって何ケーキですか?」
「チーズタルトになります。……焼いてある中に、細かく刻んだオレンジピ−ルが入っていて……爽やか、ですよ」
 ぎこちない微笑みを浮かべるリネンに釣られ、スレヴィも楽しみだと笑い注文する。後ろではフェイミィとヘイリーが口論しているのが嘘のように幸せなそうな絵だ。
 しかし、いつまでも騒ぎを続けさせるわけにもいかない。和泉 真奈(いずみ・まな)は各テーブルを拭いてまわりながら、飾られた花が綺麗に見えるようにバランスを整える。
「いつお嬢様や旦那様がお帰りになってもいいように、最高の状態でお出迎えしたいですよね」
 にっこりと微笑みかける真奈に、2人は仕事中であることを思い出す。少し前まではヘイリーのほうが人として危なっかしい面があったような気がするのに、いつからああして普通に振る舞えるようになったのか。
 フェイミィが仕事に戻ろうかとスレヴィたちを一瞥したとき、会話の声やその振る舞いが気になった。
「オマエ……まさか男か? そんな格好でオレを騙すなんて、いい根性してるじゃねぇか」
「いやっ、こういう店だって聞いたから合わせて来たというか……」
「そうよ。……あなたが勝手に騙されたんじゃない、エロ鴉」
 折角ヘイリーは仕事に戻ることが出来たのに、今度はスレヴィをも巻き込んでの不穏な空気。女好きとして許されぬ屈辱を受けたと怒りに震えるフェイミィの脇腹を、すかさずリネンが殴り飛ばした。それも、よくよく見れば執事服の上には怪力の籠手を付けており、ダメージも半端無かっただろうことが窺える。
 オーダーも無事にとったし、静かになったフェイミィを抱えて下がるリネンはどこか満足げだが、当然残されたスレヴィはポカンと口を開けることしか出来ない。
「おかえりなさいませ、お嬢様。贈り物が届いていますよ」
 小さな包みを差し出すミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、執事は実家で見慣れているし百合園ではメイド修行もしてきたので、今回は執事らしくメイドの奮闘劇をサポートしようと思っていた。けれど、女性客が現れたことで率先と接客をする執事が失態をしたとなればそれをサポートするのも仕事のうち。オレンジのガーベラを添えた包みを持ち、柔らかに微笑む様子は気遣いの出来る女の子そのものだ。
 愛しい娘の成長を願って涙ながらに百合園へと入学させた父が、彼女の勇姿溢れる鎧姿に別の涙を流したというが、この姿を見ればきっと喜んだであろう。……少なくとも、男装などしていなければの話だが。
「可愛い花だね、なんか元気いっぱいって感じの。君に似合うんじゃないかな?」
「とんでもありません。この花には『冒険心』という花言葉がありますから、新しいことに挑戦するお嬢様にお似合いですよ」
 すっかり女装していることがバレているが、そう言われると少し照れくさい。誤魔化すように視線を外せば、リネンがオーダーの品をトレイに乗せて向かってくるのが見えた。
(結構騒がしかったけど、あの子も頑張ってるんだよなぁ……)
 接客をしてくれた子に渡そうと思った白い薔薇。けれどそれは一輪だけで、2人に渡すことは出来ない。たくさんの人たちによって支えられているこの店を堪能してからでも決めるのは遅くないと、スレヴィはちょっと不思議な店の雰囲気を楽しむのだった。

 次に目立った客といえば、やはり身長も高く細身の美人秘書に扮した黒崎 天音(くろさき・あまね)。少し混雑してきた店内を見回す立ち姿を見て、誰も手が空いてないのかと真奈が急いで出迎える。
「お帰りなさいませ、お嬢様。本日は可愛らしいお部屋と和風のお部屋、どちらでお食事になさいますか?」
「そうね、どちらでも……と言いたいところだけれど、この子を呼ぶなら和室かしら?」
 街頭でもらったチラシに映っているエリオを指せば、指名するほど気に入ってくれているのかと真奈は笑顔を浮かべ、ひとまず和室へと案内した。
「それでは、お食事はエリーさんに運ばせますので、もう暫くお待ち下さいませ」
 入り口の雰囲気とはガラリと変わった部屋に、思い浮かべるのは校長の姿。このような日本文化溢れる場所なら好みだろうと眺めていれば、やはり庭園で野点を楽しむ姿が見られた。チラシを見ても思ったが、やはりイエニチェリが指導してきた縁もあってかスタッフや来客にもチラホラと薔薇学生が紛れ込んでいる気がする。
(一見すると面影が似た別人かとも思うけど……人のことは言えないか)
 つい笑みを零せば、入室を求める声。エリオがどんな接客をしてくれるのかと楽しみにしながら返事を返す。
「失礼します。……ミネコお嬢様のお迎えに遅れ、申し訳ございません、でした」
 やや下を向きつつ挨拶をするのは、恥ずかしさはもちろんのことだが天音が用意した名刺を確認しながら名前を読み上げているからだろう。
 ――フジ・ミネコ。同じ女装をするのであればと、名前も設定も考えてきた。あとは、エリオが気付くかどうかにかかっている。
「ありがとう。お勧めを頼んだのだけれど、もし良かったら近くでどんなものか教えてくれないかしら?」
 お座敷ということもあり、隣に座るようにしてお茶を淹れていたエリオが僅かに眉を寄せながらも1歩ミネコへ近づく。店の趣旨を理解しての来店だとは思うが、女性が女装男子に興味を持つというのはあながち間違いではないのかとメニューの説明をする。けれどミネコは、じっとエリオを熱っぽく見つめるだけだ。
「あなたみたいに可愛らしい女の子がいてくれて助かったわ。可愛らしい執事さんはいたけれど、メイドさんはなんだか体格の良い人が多くて」
(まさか、この人は俺が男だと気付いてない……? いや、それよりもこの人は――)
 にこりとミネコが微笑めば、何故だか悪寒が走る。ずっとシャンバラ王国のため女王のためと奔走してきたエリオにとって、恋愛経験は乏しいところがあるが、それでもわかる。……ミネコが自分の女装に気付いていない、レズビアンだということが。
 嫌な汗をかきながら、エリーは懸命に接客をすることとなる。

 なにも来店する客の全てが、異性装を纏ってくるわけではない。水上 光(みなかみ・ひかる)が担当したのは、育ちの良さそうなご令嬢とお付きの人。何やら本を広げながら話をしている様は、単なる付き人と言うよりも家庭教師か何かかもしれない。
 これは失敗することが出来ないと、光は気合いを入れてトレイを持った。けれど、慣れないスカートは足に纏わり付く上ズボンのようにしっかりと足を包むわけではないので落ち着かない。トレイの上よりも足下ばかりに気を取られていた光は、次第にカップたちが傾いていることに気付かないようだ。
「おまたせし……っ! うわわっ……?!」
 あわあわとバランスを取る光の手を支えるようにして、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が立ち上がる。手元が安定したおかげでなんとか踏みとどまれた光は笑顔でお礼を言うも、若松 未散(わかまつ・みちる)から見れば可愛らしいメイドにハルが鼻の下を伸ばしているように見えたらしい。少し膨れながら咳払いをすると、ハルの気を逸らすように光へ問いかける。
「私にお勧めの物を持ってくるように言いましたが、こちらは何の紅茶なのかしら?」
「は、はい! こちらはローズマリーを主体とした、ペパーミントなどとブレンドしたハーブティです。ローズマリーは記憶力を高めると言われてて、そこに気分をリフレッシュしてくれる香りをブレンドしたからお勉強中のお嬢様に合うんじゃないかなって」
 こんな些細なやり取りでも、ハルは貴重な光景を見逃さないようにしっかりと2人を見る。人見知りをする未散が、初対面の子にこうもハッキリ話しかけることがあっただろうか。未散もまた、自分たちをきちんと見て持って来てくれたメニューに喜び話が弾む。自分としての言葉とは少し違うけれど、こうやって何かになりきることで楽しい時間を過ごせるのならそれも悪くないかもしれないと思ったとき。
「――えっ、男の子!?」
「そ、そうだよ。この店は異性装で接客するってことに……なんでかはわからないけど」
 幼い外見故か女の子に見られがちな光は、男らしくなれることを夢見て講座を受けていた。それなのに気付けばメイド服を着るハメになっていて、未散の驚きぶりから似合っていたのかと思うと少し残念な気がする。
 しかし、それに驚いたのは未散だけではなく、もちろんハルも驚いた。けれど、それは光が男だということよりも、未散が初対面の男と親しげに話していることにショックを受けたようだ。
(いやいや、ここで腹を立てるわけにはいきませんよ。仲良くして下さる方が増えるのは良いことですし、)
 そう言い聞かせても、未散は未だに光と話を弾ませている。男だと知っても動揺することなく話せるのは、落語家として鍛えられた何かになりきる能力のためなのか。他の店員の様子や着心地など他愛ないことを話しているのに、ハルは大人げなく未散の手を掴み会話を遮った。
「……お嬢様、俗世のことをお知りになりたい気持ちはわかりますが、無闇に殿方とお話されるのははしたないですよ」
「えっ? ええ、ごめんなさい。使用人とお話するなんて、家でも出来ないことでしょう?」
「必要がございません。お嬢様にはわたくしがついております、他に何をお望みですか?」
 じっと見つめるハルに、何と切り返せばいいのかわからない。衣装を押しつけて勝手にご令嬢と家庭教師ごっこを始めたのは自分なのに、ノリ良く付き合ってくれているという度合いを超えてハルの演技には熱が籠もっている。
(そうだよ、演技……なんだよな。これ)
 そう思うと少し寂しくて押し黙ってしまう未散だが、端から見れば見つめ合う良い雰囲気の2人。光は邪魔しないように静かに席を立ち、折りを見て紅茶が出過ぎていなかったか確認してポットのサービスをしようと顔を赤らめながらキッチンへと戻るのだった。

 さて、ミネコによるエリー攻略がどうなったかと言えば、所々に見えるカップルを引き合いに出して食べさせてくれるようねだってみたりと盛大に相手の反応を楽しんだ。けれど、もう食事も終わってしまえば長く居座るのも憚られる。最後の仕上げとばかりにミネコはエリーの手を取った。
「……ねぇ、もしあなたが私に興味を持っていたらこの後、あなたともっと知り合いたいわ」
「いや、その……仕事中、ですし」
 こういう状況に陥ったことがないので、どう断ればいいのかわからない。何も無ければ払う手も、接客する立場ではどう切り返せば良いのか分からず固まってしまうエリー。そこへ、天の助けとも言えるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が現れた。
「全く、洋服を見に行くと言い残して消えたと思ったら……何をしているのだ、何を」
 ぐしゃりとミネコの頭をかき回すこのドラゴニュート、どこかで見覚えがある気がする。あるとすれば学舎内でだろうが、かといってこの親密さからはパートナー同士のようにも見える。
「笑ってないで答えないか、天音!」
「あま、ね? 彼女はミネコさんと言って……いや、でもその名前は」
「残念だけど、お迎えが来ちゃったみたいね。またね、エリー」
 笑いを堪えながら、ひらひらと手を振るミネコ……もとい天音をポカンと視線だけで見送ると、冷静に考えてみた。薔薇の学舎の生徒として、イエニチェリの名前くらいは把握している。つまりは、初めから気付かれていたのだ。
「ま、待て――っ、つつ」
 慣れぬ長時間の正座により後を追えなかったエリオは、痺れる足を擦りながら悔しそうに閉められた襖を睨むことしかできなかった。



とんでもないお客サマ?


 仮装をした数々のお客様が目立つ中、正装してくる者もいる。ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)はやっと馴染んできたイエニチェリの制服を着て客としてよりも先輩方へ挨拶するために訪れた。
 そのゴージャスな薔薇をあしらったマントに、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は薔薇学生が来たのだと、少し緊張気味にフリルがふんだんにあしらわれた白いエプロンに手を揃え、丁寧に挨拶する。
「お帰りなさいませ、ご主人様っ! ……なんて、えへへ」
「愛らしい迎え、感謝する。俺は最近薔薇学に転校となったヴァル・ゴライオンという者だが、この店は薔薇学生が助力し開店となったと聞いて訪れた。手隙であれば挨拶をしたい所だが、良ければ祝いの品を受け取って欲しい」
 小さなファルの腕から零れそうなくらいの、大輪の薔薇の花束。差し出されて反射的に受け取ったものの、活ける物を探すのが先かを探すのが先か、はたまた席に案内するのが先かと少し混乱してしまってるようだ。
「ファル、そんなに花なんか持ってどうしたの? まさか、僕が見た目じゃ性別が分からないって言ったの気にしてたり?」
 興味無さそうに声をかけるヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、どんな花より早川 呼雪(はやかわ・こゆき)につけてもらったサンザシの花が一番だとでも言いたげに、花に視線がいくようにホワイトブリムの位置を直して見せた。
「違うよ、お祝いのお花! それからボク、マシロさん呼んでこなきゃっ」
「なんだファル、そんなに慌てて。お客様じゃ……ああ、どうも」
 パートナーが2人とも入り口で騒いでいれば当然目につき、呼雪は同じイエニチェリであるヴァルと顔を合わす。3人揃えで和服にフリルの白エプロン、呼雪に至ってはエクステでストレートの長髪に仕立てあげ、さらにホワイトブリムを付けた。薄化粧までしていれば母親似の顔が際立ち男であることを忘れそうになってしまう。一拍間があって、ヴァルが深々と頭を下げた。
「いや、失礼。さすがはジェイダス校長の認めた生徒だけはある。美しい立ち振る舞いは見習いたい物だ」
「……ありがとうございます。立ち話もなんですし、お席へ」
 まさか自分を知る者と遭遇するとは思わなくて恥ずかしさが垣間見えるも、ヴァルは良い経験になるはずだと呼雪を激励する。異性の側に立って初めて得られる視点、それはどんな想像よりも明確で経験でしか得られない物だという言葉に、そういう趣旨で選ばれた衣装なのだろうか、と考えてしまう。そこへ、花を抱えたままのファルが花瓶を持ったヘルと直を連れて来た。
「失礼します。開店祝いの品を頂いたと報告があり、ご挨拶にきました」
「お忙しい所申し訳ない、先輩方がいると聞いて一目ご活躍を拝見しようと思ってな」
「まあご活躍と言うには……情けない格好ではあるけれどね」
 クラシカルなメイド服に胸パットまで付けることになり、後輩に見せるには威厳のない格好だ。しかしヴァルは軽蔑するでもなく、呼雪への言葉を繰り返すように激励するので、その真っ直ぐな熱さは逆に恥ずかしくなってしまう。
 親しげに話す様子を見てヘルが人前だと言うのに呼雪に抱きついて見たり、沢山の花をファルがリュースたちに手伝ってもらいながら処理を済ませて飾り付けていき、堅苦しさも感じられた挨拶から次第に和やかな雰囲気へと変わっていくのだった。

 ファルが届けてくれた薔薇を手に、織部 イル(おりべ・いる)は可愛らしい姿で奔走するスタッフを実に楽しそうな顔で眺めている。元々喫茶店巡りに凝っているとは聞いていたが、連れてこられた店の雰囲気には度会 鈴鹿(わたらい・すずか)も目を見開いてしまう。
「ふふ、いけめんがかように恥じらっておるのも見応えがあると思わぬかえ?」
「え、ええ……なんだか不思議なお店ですね。もしかしたらお知り合いの方がいるかもしれませんし」
(……あんな特徴的なパートナーを連れておるのに、近くを何度も通る呼雪殿には全く気付いておらぬのか)
 鈴鹿の天然さは今に始まったことじゃない。趣味半分で連れて来てしまった面もあるが、それで鈴鹿の気が紛れると言うのなら知り合いに気付かずまったりと過ごす事も悪くないだろう。なお、ここで指すイルの趣味とは喫茶店巡りではなく面食いが眼福を味わうことを指す。
 照明に所狭しと飾られた花々、ケーキとティーポットの柄も各テーブルで違うようだし、ガラス細工のシュガーポットにはハート型のグラニュー糖に星形のザラメ糖と目につく物全てが可愛らしく辺りを見回すだけでわくわくする。キョロキョロとした視線は近くで書類をまとめているルドルフとぶつかり、微笑むと手を振り替えしてくれた。辺りを見回しながらペンを走らせる姿に何らかの仕事中であることを察し、声をかける代わりに一筆届けられないものかと店員を呼び止めようとして思いとどまった。
(声もかけることが出来ずに引き離されて、シャンバラへ来て……ここには本当に、私に出来ることがあるでしょうか)
 ふとした瞬間にどうしても思い返してしまう過去。取り戻せない時間だけに今を後悔することだけはしたくないと前向きに考えても、どうしてもその悔しさや辛さは消えはしない。瞳を曇らせた鈴鹿の手元に、呼雪が静かに包みを置く。
「どうぞ、来店の記念にお受け取り下さい。中は新緑の季節に因んで緑と白のマカロンになっています」
「ありがとうございます。そうね、蓮華の季節から新緑の季節へ……時間は動いているのですよね」
「それもありますが、蓮華草に込めた思いは『このひと時に心が和らぐように』です。焦らず、ゆっくりした時間を過ごして頂ければと」
 その微笑みが誰かと重なる気もするのだが、鈴鹿は呼雪本人であることに気付かないまま微笑み返すのだった。

 そんな和やかな空気が満ちあふれる店内に、荒々しく入店してくる少女が一人。けたたましくドアに付けたベルが鳴り響き、客も従業員も驚いて一同に入り口を見た。オレンジ色のロングヘアーと強気な瞳が印象的な少女は、チュニックにロールアップジーンズとシンプルな装いながら、高圧的な態度で店内を見渡し鼻で笑った。
「あの薔薇の学舎が手ほどきしたって触れ込みだったから来てみたけど、単なる仮装大会だったみたいね」
 ざわざわと動揺の声が広がる中、直が彼女を外へ連れだそうと声をかけると豊満な胸の前で腕を組み、小馬鹿にした視線を向ける。
「ねえ、あなたも薔薇の学舎の生徒なの? まさか、そんな冗談言わないわよね。庶民くさいあなたがいるとしたら程度が知れるわ」
「――お客様、お話があるのでしたら伺います。しかしながら、この場は他の方へご迷惑となりますので」
「あたしは変態にお客様呼ばわりされる趣味も筋合いもないわよ! もっと知的で高貴な人ばかりだと思ってたのに……っ」
 興奮する少女を取り押さえる手助けをしようとヴァルが立ち上がるも、近くにいた左之助がそれを制す。まだ自分たちの出番ではないと、見守るように瞳で促した。
 そのとき、再びドアのベルが鳴る。静かに、そして遠慮がちに音を響かせて真新しい制服を着たカールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)がドアの隙間から中を覗くと、漂う神妙な空気に一瞬店を間違えてしまったのかと表の看板を見直した。
「あれ、先輩たちが面白い店をやるって聞いたけど……なんか忙しそうだな」
 空いてる席を探す傍ら、壁に掛けられたアンティークの時計や花が飾られた世界に十数個しか無いという花瓶に目をやり、さすが薔薇学が助力しているだけのことはあると、金目の物をチェックしてしまう。つい出てしまう昔の癖に頭を掻きつつ、混んでいるなら先輩……もとい薔薇学が用意したであろう調度品の数々を眺めるのは止めようと踵を返して去って行く。
「なにあの子。休みの日に制服なんてバカじゃないの? ……でも、そうこなくっちゃね」
 散々店を貶し直にくってかかっていた少女は、新しいオモチャを見つけた子供のように微笑んでカールハインツの後を追う。
 嵐を巻き起こしていった少女の目的などわからぬまま、店内の人々は呆然と荒々しく閉められたドアを見るばかり。
 その空気を払拭させるために、清泉 北都(いずみ・ほくと)がキッチンの近くに立ち尽くしている山南 桂(やまなみ・けい)を呼ぶ。
「紅茶はアールグレイで。お菓子はオススメの物はありますか?」
 手を挙げてスタッフを呼ぶ北都を何となく真似てしまうリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)は、袴姿で懸命にお勧めを説明する桂とそれに耳を傾けてどちらにしようかと悩む北都とを見比べる。
「ええと、女性……ということは男性、ということなんですよね?」
 自分で口に出しながらも、全くその意味がわからない。遠目には薔薇学で見かけた先輩方もいるのにその姿は女性で、まるで異世界に踏み込んでしまったかのような違和感。けれども北都は気にせずオーダーをしているし、これも五千年眠っていた自分が無知なだけで、現代では一般的なことなのだろうか。
「ほら、リオンはどうする? 僕は紅茶を頼むからチーズタルトにしたけど、ごまだれ団子のたれも濃いめで美味しいみたいだよ」
 色んな食べ物の写真が載るメニューは、どれも美味しそうだとは思うけれど特別にこれ、と思う物はない。少々優柔不断なところがあるのか、お勧めをされてもそれが良いのかわからなくて、いつも北都と同じ物を頼んでしまう。
 そんな自分を責めるでもなく北都は「楽しみだねぇ」と笑うから、これも間違いでは無いんだろうと微笑み返し珍しい物で溢れた店内を見やる。
 キッチンに戻った桂はと言えば、絶えずオーダーの品を作り続ける神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)の様子を伺いながら紅茶の缶を探す。食事はキッチンの仕事だが、ドリンクはフロアの仕事。あの2人にはどんなカップが似合うだろうかと手が止まるのを待っていると、ぐらりと足下がふらついたように見えた。
「主殿っ!?」
「……ああ、桂さん。少し立ちくらみがしただけです、そう大騒ぎするほどでは」
「今休まないと、最後には大騒ぎすることになるでしょう。俺がフロアから誰か呼んできますから」
 いいですね、と念をおす桂に苦笑しながら手にしたオーダーシートを取り上げてキッチンに向かう。
「主殿! 俺の話を聞いていましたか?」
「ええ、もちろん。これは焼きたてを提供するのに時間がかかるから、オーブンの待ち時間はゆっくりしますよ」
 そう言い聞かせてフロアへ送り出す翡翠に、やり取りが聞こえていた柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が洗い場から顔を出した。
「ご安心頂いて大丈夫ですわ。フロアに出るのは最小限に、私が桂様の側についていますから」
 普通の喫茶店ならともかく、従業員との話が出来るこの店では1人でも多くフロアに出ていた方が良いような気もするが、今は美鈴に託して渋々キッチンから出て行く桂。しかし、オーダーはひっきりなしにやってくるので、彼がゆっくり出来る時間はまだまだ訪れそうにはなかった。

 そうして、北都の元へアールグレイを運んできたのは彼の希望であるエリオ。自分自身がお茶を振る舞うことはあれど、持て成される側は少なくて、それも先輩がお持て成しをしてくれると聞けば社会勉強の一環として仕事ぶりを見て見たい。そんな純粋な気持ちで指名したものの、先程は同じ薔薇学生にからかわれるということがあったからか、何やら警戒したような少し不機嫌な様子を見せていた。
(うーん、歩き方とかは綺麗なのに勿体無いなぁ……紅茶を淹れる手つきは和服を着ているわりにさすがと思うけど、表情硬いのは減点かな)
 北都自身も執事をやっていたので、その立ち振る舞いは細かく観察してしまう。同じようにリオンもそれを見習い、身につけてもらえばと視線を向ければ彼は別のことに夢中になっていた。
「あの方たちは、一体何をしているのでしょう? この店のパフォーマンスか何かでしょうか」
 リオンが指差す方を見れば、ヘルが呼雪に甘える姿。どうにも普段より可愛らしい格好で接客している姿が、頭では仕事だとわかっていても心配になってしまうようで、構って欲しさと牽制もこめてか頬をくっつけ力強く抱き締めている姿が見えた。
「あっ、ああいうのは! 目についても見ないフリをしてあげるものなんだよっ」
「とは言っても見えていますし、唇を寄せ合うときは片方が逃げるものなのですか?」
「……愛情表現だ! 家族や親友への挨拶に使ったり、まあ色々な気持ちを伝えるらしいが」
 心底不思議そうに尋ねてくるものだから、これ以上多くを聞かれないようにエリオがキッパリと言い切る。すると、リオンは何故だか納得したように微笑んだ。
「なるほど、だから私は北都と家族になれたのですね」
 思わず吹き出しそうになる紅茶を無理に飲み込み、咳き込む北都の背をリオンがさする。これ以上ここにいるのは邪魔になるだろうと、エリオは静かに客席を後にした。