空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

さまよう死霊の追跡者

リアクション公開中!

さまよう死霊の追跡者

リアクション


【第三章 3:00〜6:00】

 時計の針が、深夜三時を指し示している。
 段々と朝が近づいているというのに、未だ外は暗雲に包まれていた。
 そんな夜の終わらない館の中で、パーティードレス姿の二人、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は百合園の生徒たちから情報を集めていた。
「え! か、駆け落ちっ!」
 生徒のひとりが呟いた言葉に、セレンは大声を出して驚いた。セレアナも、声こそ出さなかったものの、表情に驚きを見せている。
「その、……逢引してた二人は、ちゃんとお付き合いしてたみたいなんですけど、両親から反対されていたらしくて……」
「えっと、つまり……どういうこと?」
 余程、駆け落ちという言葉が効いているのか、セレンは困惑している。そんなセレンの肩を叩いて、セレアナは落ち着かせた。
「要するに、両親にお付き合いを反対された二人は、家も学校も捨てて二人で生きようとしたってわけね……そして、その駆け落ちしようとしていた片割れが」
「あ、あの、仮面の怪物ってことね!」
 ようやく頭が回ってきたセレンが手を叩く。それにセレアナも静かに頷いた。ひとりアゴに手を当ててうーんと唸る。
「でも、これだけわかっても、どうしようもないわね」
「そうよね。……とりあえず、怪物をぶっ殺せばいいんじゃないの?」
「いや、だからそれができなくて困ってるんでしょ」
 とにかく怪物をどうにかしたい雑なセレンの案に、セレアナはひとりため息をついた。
「せめて逢引していた女の子のほうが分かれば……」
 そんなことを呟く。その時だった。
「おおおおおおおいいいいいいっ」
 館の廊下を、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が大声を上げながら走ってきた。その背後には、怪物の姿がある。
 一斉に、避難していた生徒たちが逃げ出し、大佐は真っ直ぐにセレンたちのほうへ走ってきた。
「た、助かったぞ。さすがに走り回って体力がやばい状態なのだよ」
「ちょ、ちょっと! なんでこっちにくるのよ!」
「いや、協力して欲しいのだ。あの怪物をいったん殺して時間を稼ぎたいのだが、今の我の体力だと厳しいのでな」
 そう告げる大佐は息を切らし、あちこちに小さな傷を負っている。余程、怪物を倒して時間を稼いでいたのだろう。
 それに気づき、セレンとセレアナも頷く。二人とも戦闘の構えを取り、迫りくる怪物と対峙した。
「我がフラワシで敵の動きを止める! その隙にお願いするぞ!」
 大佐はそう告げると、粘体のフラワシを召喚し、怪物へ向かわせる。フラワシに足元を取られ、怪物の動きが止まった。
 それを待っていたかのように二人が飛び出す。パーティードレスをはためかせ、事前に手に入れていたナイフを二人は取り出した。そして、二人一斉に怪物へとその刃先を投擲する。
 ザクザクザクと音を立てて、ナイフが怪物の身体に突き刺さる。怪物はうめき声のような声を上げながら、仰向けに倒れた。
「あーっ! ドレス破れた! これ高かったのよ!」
「……どうせ、ネットで買った安物でしょ」
「とりあえずは、やったな」
 破けたドレスに嘆くセレンを放っておいて大佐は怪物のほうを見る。だが、すぐに怪物は立ち上がってきた。
「やはり、死なんか。バケモノめ!」
「ほら、セレン。いったん逃げるわよ」
「くそーっ! 私のドレスどうしてくれんのよ、このストーカー男っ!」
 文句を叫ぶセレンを、セレアナと大佐が無理やり引っ張って、三人はその場を後にした。


 残された怪物は、身体に突き刺さったナイフを引き抜いていく。かなりの数が刺さっていたので、いくらか時間を消費した。
 それを抜き終わり、立ち上がる。
 そこへ、背後から物凄い速さで接近した霧雨 透乃(きりさめ・とうの)がとび蹴りを放った。
「おりぁああああああああああっ!」
 肉体強化系のスキル『龍鱗化』『肉体の完成』さらに『リジェネレーション』まで発動させている透乃の蹴りを受け、巨大な大男の身体が吹き飛んだ。
 さらに、とび蹴りを放った透乃の後ろから、相棒の緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)も姿を現す。その手には、館にあったナイフとロープで作った鎖鎌風の武器を持っている。それを手馴れた動作で振り回し、倒れる怪物の背中を切りつけた。
「やったな、陽子ちゃん! 今のは絶対効いただろ!」
「すぐ安心しないでください。相手は不死身の怪物なんですから」
 そう陽子が透乃をたしなめる。へーいと気の抜けた声で、透乃が言葉を返した。
 すると、まるでその言葉を聞いていたかのように、怪物が身体をふたたび起こす。
「ありゃ? やっぱり、このぐらいじゃだめか」
「……どうします、透乃ちゃん?」
「へへっ! それじゃ、まずあの怪物野郎のズボンを脱がせて足の動きを封じて」
「却下です。そんなことしたら、私ひとりで逃げますよ」
 呆れたように陽子が首を横へ振った。陽子の反応に、えーっと、唇と突き出して透乃はブーブーと文句を口にした。
 だがすぐに文句をやめ、ニヤリと笑いながら怪物のほうを見る。
「まあ、それじゃ仕方ないよな。このまま、体力の続く限り、ボコボコにしてやるぜ!」
 そう叫ぶと、透乃は拳をあわせ、怪物に向かって飛び出していった。


 怪物からの逃走が長引き、生徒たちの間にも、次第に疲れが出てくる。特に、怪物から追われ、好戦的でない百合園の一部の生徒たちが感じている疲労は、かなりのものだった。
 そんな生徒たちの集団の中に、稲場 繭(いなば・まゆ)と、ルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)はいた。
「大丈夫ですよ。怖いことなんて何もないですから」
 震える生徒たちを、繭は優しくなだめている。だが、そう告げている繭自身も、身体を震わせていた。
「繭……大丈夫ですか?」
 そんな繭をルインが心配そうに見つめる。ルインの視線に、慌てて繭は首を振った。
「へ、平気だよ……大丈夫。みんなだって怖いんだから……私ひとりが震えてちゃダメなの」
「……繭」
 必死に唇を噛み締めて、繭は恐怖を噛み殺している。それを察し、ルインは無念そうに顔をしかめた。
 そこへ、
「うわああああああっ!」
 どこからか悲鳴が上がった。誰もが声のしたほうを向く。
 全員の視線の向こうから、怪物に追われる真っ白なフリルドレスの少女、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の姿が見えた。
「た、助けてーっ!」
 レキは必死に怪物から逃げている。だが、フリルのドレスが邪魔をして上手く逃げられないでいるようだった。
 次第に怪物とレキとの距離がつまる。すると、スキル『光学迷彩』で姿を消していたゆる族のチムチム・リー(ちむちむ・りー)がレキの横に姿を現した。
「れ、レキちゃん、大丈夫アルか?」
「だ、だめええ! このドレス、すっごい動きづらいんだよ!」
 体力に自信のあるレキでも、この服での行動はきついものがあるらしい。そんなレキの様子を見て、チムチムは怪物のほうを向く。
「なら……これでどうアル!」
 そう叫ぶと、チムチムはどこからか小麦粉の袋を取り出す。袋を破り、それを怪物めがけて叩きつけた。白い粉が舞い、怪物の視界を奪う。たまらず怪物はその場で足を止めた。
「どうアル! 名づけて『小麦粉弾幕援護』アル!」
「おおっ! チムチムやるーっ!」
 パチパチとレキが手を叩いてチムチムを褒めた。チムチムもまんざらではない様子だ。
 だが、怪物はすぐに活動を再開させた。
 その前に、繭は怯える生徒たちをまとめて、怪物から逃げさせていた。
「皆さん! 大丈夫ですから! 落ち着いて逃げてください!」
「……繭、先に行ってくれ」
 ルインが武器代わりのモップを手に、怪物のほうを向く。それに慌てて繭が視線を向けた。
「え? る、ルイン? 何をするの?」
「私が奴をひきつける。その隙にみんなを連れて逃げるんだ」
「そ、そんな! ルインを置いてなんて行けないよ!」
「無理するな。手が震えているぞ」
「う……でも」
「安心しろ。私は絶対にやられたりしない」
「……無茶だけはしないでね。約束だよ?」
「ああ。繭も気をつけて」
 ルインの言葉に頷き、不安げな表情を浮かべながらも繭は、生徒たちを誘導させて逃げていった。
 残ったルインは、さてと呟くと、モップを握りなおし、正面に立つ怪物に向かって勇敢に叫んだ。
「不死身の怪物よ……このルイン・スパーダが相手になるぞ!」