リアクション
●塔を目指す者にも理由はいろいろあるわけで 3
「こんなん、宝くじとおンなじや! キス一発で当たりゃどかーんと生涯左うちわやで!」
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は勢揃いしたパートナたちを前に力説した。
「ほんでもって宝くじの枚数は多い方が確率上がる!」
「泰輔さん、考えがよこしまです」
レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が冷静沈着に適切なツッコミを入れる。
「塔で目覚めない眠りについている王子は当然ながら、そのご両親も息子の不遇に涙にくれているんですよ。さらに美しい王子という観光資源まで失って、この国は今、財政の面でも深刻な問題が起きているんです」
「ううっ…」
それを言われると弱い。
他人の不幸をネタに喜ぶ悪人のようじゃないか。
泰輔は返答に詰まってしまった。
「それをなんですか、宝くじとか、左うちわとか。自分のことしか考えられないんですか?」
「まぁでも、泰輔の考え方もあながち間違ってはいないよ」
追い討ちとばかりにさらに畳みかけるレイチェルに、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が泰輔をかばった。
「間違っているとかではなく、不謹慎だと言っているのです」
「うん。でもさ、彼には財産がついていて、切り離せないのは事実なんだし。それはもう彼の一部なんだ。その財産狙いだと思われるのは不謹慎だから自重する、とかしてたら、この国の大半の人間は王子とキスできなくなるよ。それは、運命の相手と出会える確率を、かなり下げることになるんじゃないかな」
何の気負いもなく、終始淡々と自分の意見を述べる。
「フランツ…」
涙目でフランツを見る泰輔。
救世主を見たと、涙にぬれた目が期待で輝いている。
「財産目当てでもいいと思うよ、最初は」
「ではあなたも王子とキスをすると?」
「え〜……ちょっとそれはぁ〜」
レイチェルから切り返され、他人事でなくなった途端、フランツは格好を崩した。
「僕、いたってノーマルで敬虔なクリスチャンなんだよね〜。運命の相手が男とは思えないなぁ。ソドミィはご法度だし〜」
――知らない方のために解説しよう! ソドミィとは簡単に言えばキリスト教用語で薔薇のことである。
「なにゆーてんねん! 生まれも育ちもモロ本場のヨーロッパやろーが、おまえ!」
ヨーロッパの宮廷なんぞ、薔薇の巣窟や!
「キスなんぞ日常茶飯事、あいさつや、あんなもん! きどんな!」
「はい、どうどう」
てのひらを返したフランツに蹴りを入れようとする泰輔を、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が後ろから羽交い絞めた。
「顕仁はいいの? 抵抗ないわけ?」
パッパッと飛んでくる砂を避けて距離をとったフランツが訊く。
「――王子が気の毒じゃからの。それに、他人に勧めるにはまず自分がせねば。自分がせぬことを他人にせよと言うは卑怯者のすること。自分がして、初めてひとに言えることじゃ。自分は違うと思うから、ではひとは動かぬ」
――動かしたい人がいるんだ。
「そっか。そうだよね。うん。わかった、やる」
「フランツ!」
ぱぁああ……と泰輔の顔が輝いた。
「あ、でもノーコーなキスはパス、ね。バードキス程度でいいでしょ。いくら美男子だって男は男だ。僕はきれいなおねーさんの方がいい、いたって健全な青年だからね」
肩をすくめるフランツは、もちろん自分が「あたり」だとは思っていない。
しかし、もしもということもある。
世の中、奇妙奇天烈なことは結構茶飯事的に起きているし。
(もしそうなったら……オペラ上演のスポンサーになってもらってもいいよね)
「よっしゃ! こうなったらあとはあの塔を目指すだけ――」
「待ってください、泰輔! 私はするとは言ってませんよっ!」
めずらしく、レイチェルが叫んだ。
「眠って拒めない人にキスって……それも、全員で順番にしていくなんて、フケツです!」
「レイチェル…」
振り返った泰輔が、ぽん、と両肩を叩いた。
「それはしゃーないことや。キスするまで、だれが王子の運命の相手かは分からへんのやから。
なぁ、考えてみ? もしかしたら……もし、僕やおまえが彼の『運命の人』やったらどないする? 僕らが行かへんかったら王子はずーっと眠りっぱなしになるんやで。気の毒な話やと思わん?」
しんみりとこんなことを言われたら、レイチェルとてもう頷くしかない。
「……分かりました。動機はどうあれ、人助けですから」
「おお! そうか! ありがとーなぁ、レイチェル!」
きゃっほきゃっほとやる気まんまんの泰輔を先頭に、塔を目指す4人。
最後尾を歩きながら、レイチェルはひそかに手にしていた瓶と綿の固まりを握り締めた。
(粘膜接触は、どんな病気をうつすか知れたものではありませんから。無差別間接キスはお断りですわ。フケツは駄目です、やっぱり)
この消毒用アルコールとコットンで。1回ごとにビシバシ王子の唇を拭いてさしあげます!
★ ★ ★
「あっ、お兄ちゃん、見えた。あれが王子様が眠ってるっていう塔だね」
と、
ティエン・シア(てぃえん・しあ)は大荒野の入り口から、つま先立って白い塔を指差した。
「でも驚きだよねー、王子様が薔薇だったなんて。薔薇の花妖精さんに会うの、ぼく初めてー」
「ティエンー、王子は花妖精じゃないぞー」
高柳 陣(たかやなぎ・じん)が後ろからツッコミを入れる。
その言葉に、ティエンはただでさえ大きくてまん丸な目を見開いて、さらに大きくまん丸にした。
「えっ? じゃあなんでここに
王子様は薔薇だったのでした って書いてあるの?」
町の掲示板から引き破ってきたおふれがきを見直す。
どうやら本気でティエンは分かっていないようだ。
――世の中には比喩という表現があるんだよ、ティエン。
「ねぇねぇ、どうして?」
ティエンはその意味を知りたがったが、振り返って陣を見た瞬間、自分の問いをきれいさっぱり忘れた。
陣がいそいそと
うまぐるみを着始めていたからだ。
「お兄ちゃん……なに、それ…」
――うまぐるみです。着ぐるみ、肉じゅばんです。
「ううんっ、それが何かは知ってるよ! 前に見たことあるもん。
だけどなんでそんなのを着る必要があるの? この状況で」
「大荒野」「塔」「いばらの森」「眠り王子」……どのキーワードにも馬は関係ないと思うんだけどー。
だがこれは、陣には十分意味のある行為だった。
「――フッ。これはな「ひとの恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじまえ」作戦だ」
ジーーーーっとチャックをのどのすぐ下まで引き上げた。
馬の頭部が、彼の動きに合わせて前後にふよんふよん揺れている。
「恋路って……お兄ちゃん「恋愛対象:男」だったの!?」
あらまぁびっくりどんどこしょ。
「――あっ「恋愛対象:両方」になってる!! 僕、設定全然確認したことなかったけど、たしか「恋愛に関して全く興味がない」とか、そんな設定だったよね!?」
そりゃ今回ばかりはお姉ちゃんも逃げ出すわけだよっ。いつもお兄ちゃんべったりだったのに!
――多分、お姉ちゃんは山奥へ滝に打たれに行ってると思います。心頭滅却(現実逃避)するために。
「――お兄ちゃんもなぁ、今回初めて知ったんだよ…」
目じりでぴかりんと涙を光らせながら、陣はつぶやく。
早くもあきらめの極致に到達しているらしい。
「で、でもお兄ちゃん、ここで着なくても、塔についてから着ればいいんじゃ――」
「ばかだな、ティエン」
かわいそうな子を見る目で、陣はティエンを見下ろした。
「これはな、大荒野にいる略奪者や盗賊団避けの変装なんだよ。これなら馬と思いこそすれ、だれも人だと思わないだろ?」
そしてこうすれば、俺自身のテンションも否が応でも上がる!!
「うおおおおーーーーっ!! 東カナンのグラニ直伝の走りを、今こそ見せてやるぜーーーーっ!!」
大荒野とは、馬が走るためにあーーーーりッ!!
無理やりテンションをMAXまで上げた陣は、ぱぴゅんっ! と土煙を上げて走り出した。
そしてまさしくその言葉通り、あっという間にその背中は見えなくなってしまう。
「…………でも、2本足で走る馬は、さすがにいないんじゃないかなぁ」
1人取り残されたティエンが、まことしやかにつぶやいた。
――ハイ、ごもっとも。