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嬉し恥ずかし身体測定

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嬉し恥ずかし身体測定
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 新庄 ハヤト(しんじょう・はやと)は着替えを終え、1階の扉を開けるなり顔を顰めた。
 全校合同のせいもあり、長蛇の列が出来ている。身長も体重も胸囲も測定器は複数用意され、数列ずつに分散されてはいるが、それでもうんざりする程の並びようだ。ただでさえ好き好んで測定を受けに来たわけではないハヤトは、この一瞬で帰りたくて仕方が無くなった。健康診断ならまだしも、身長体重その他が分かったところでなんだと言うのだ。
「久しぶりに本気でサボりたい」
「駄目ですよ、マスタ」
 九条 紅霞(くじょう・こうか)が耳ざとくハヤトの呟きを聞きつけ、ひたりと視線を突きつけた。
「私も一緒に行きます。サボらないように監視します」
 背中を押し、中へ一緒に入ろうとすると、慌てて教導団の生徒が割って入った。
「女子の測定は2階ですよ」
「私は測定は受けません。マスタの付き添いです」
「しかしですね……その格好はちょっと、刺激が強いと言いますか」
 言いよどむ教導団の生徒の心情も分かるというものだ。紅霞は東シャンバラの体操服を身に纏っているのだが――1サイズ小さいものを選んだ。そのせいで胸やお尻のラインが余計に強調されて見えてしまう。大きな胸が窮屈そうに押し込まれている。
「これは覗きを我慢した生徒へのご褒美です」
「ご褒美」
「少しぐらいは見られても構いませんが、あまりに度がすぎる場合、光条兵器の発光でその方の網膜を焼かせてもらいますから安心してください」
「ですが」
 何やら言い争っている(と言っても相手はほとほと困り果てているだけだ)間にこれはチャンスだとハヤトは体育館へと忍び込んだ。もちろん測定を受けるためではない。真っ先に向かったのは男子トイレだ。例え途中で姿を消したことに紅霞が気付いても、男子トイレまでは追ってこないだろう――多分。
そして何よりトイレには窓があるはずだ。そこから外へ抜け出せるだろう。男子の測定が1階で行われた事に感謝感謝だ。余計な危険を伴わずにすむ。
 目指す男子トイレはまだ測定が始まったばかりと言う事もあり無人だった。予想通り窓は壁にはめ込まれており、その向こうではハヤトの心情など眼に留めずほのぼのとした光景を切り取っている。
 しかし、それよりも気になるものがあった。ふと足元に目をやると網のようなものが落ちている。プラスチック製の格子だ。どこかから落ちて来たのだろうか。見上げた天井にぽっかりと穴が空いている。換気口だ。おそらく、これは綴じて置くためのフタだろう。きちんとはまっておらずに落ちてきたのだろうか。
「――なんだ?」
 ハヤトは首をかしげた。

 仮にハヤトがぽかんと見つめている換気口へ身を潜らせたとしたら、ある人物を見つけることになっただろう。
「何とか、行けそう、だね」
 木本 和輝(きもと・ともき)は暗く狭い道を上へ上へと目指し這っている。
 最初は“のぞき部”や同じくのぞきを企む人と協力できればと思っていたのだが、どうやら単独行動を取っているようだった。正面突破を考えていたのだが、一人では難しい。そこで咄嗟に思いついたのは1階の男子トイレから換気口を通り、2階の男子トイレに潜入、隠形の術を用いて身体計測の場へ乗り込むと言うものだった。
さすがの警備側もトイレまでは警戒していないだろう。
 測定を受けるフリをするため、何食わぬ顔で着替え、更衣室を出た和輝はまっさきに男子トイレへ向かった。入れ違いざまに生徒が洗った手の水を飛ばしながら出てきただけで、トイレは幸運にも無人だった。全は急げと足場になりそうだった水道へ上り、換気口のフタを押し開けたのだった。
 しばらく行くと、2階の換気口を見つけた。フタを外そうとするも中々硬い。しばし悩んだ末、換気口めがけて踵を落とした。派手な音を立てるのは避けたかったが仕方がない。身を縮めて気配をうかがう。気付かれただろうか。しかし足音が向かってくる様子も無い。胸を撫で下ろし和輝が男子トイレへ着地したところでガチャリとドアノブが回った。

 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が違和感を覚えたのは偶然だった。あつい部としての嗅覚と言おうか。
窓や外から侵入するやからがいるかも知れないと、屋上から見張りをしようと階段を上っているところだった。気のせいかと屋上へ続く階段の手摺へ手を掛けたのだが、どうしても気にかかる。念には念をと言う事で2階を見て回ることにした。
「あつい部としてのぞき部の活動を許すわけには行かないのです! のぞき行為撲滅なのです!」
警備の生徒がちらりと遙遠の姿を見たが、それだけだった。
今の遙遠はちぎのたくらみ使用して幼児化した上に女装をしており、普段の遙遠を知っているものがこの姿を見たら驚くだろう。外見は10歳前後、すっかり「ハルカちゃん」モードのスイッチが入っている。
「――男子トイレ?」
 恐る恐る近づくと、何やら気配がする。2階は女子が測定を行っているため、基本的に男子の立ち入りは禁止されている。警備や巡回も例外ではなく、女子生徒でないと2階に足を踏み入れることは出来ない。女子トイレに長蛇の列が出来ているのなら「男子も居ないし」と男子トイレを使う生徒がいるかも知れないが、女子トイレすら閑散としている。
清掃かとも思ったが、昨日のうちに大規模な清掃の手が入ったと聞かされている。
 壁に身を寄せ耳を済ませる。ガタゴトと何かを動かすような音、つづいてどさりと物が落ちたような音が聞こえてきた。
「よし、誰も居ないな」
 遙遠は確信した。
考える間もなく、遙遠はドアノブへ手を伸ばしていた。
「こらぁ!」
「げっ」
 案の定中には男子生徒の姿があった。幻龍扇がぎらりと光る。生憎と立ち向かえるだけの準備が無い和輝は喉元へとせまる幻龍扇に唾を飲んだ。
 その時、ポケットからガチャンと何かが落ちた。デジカメだ。覗きに来ることが出来なかった同志のために、せめて写真だけでもと用意したものだった。
 まずい、と手を伸ばそうとした和輝より早く遙遠はそれを拾い上げた。
「のぞきという大罪だけでなく盗撮まで……」
 黒い瘴気が立ち昇る。幻龍扇が禍々しさを帯び始める。
「あなたには――死を持って償ってもらいます! ファイファー!」
 後から聞いた話では、2階はもちろん1階にまで悲鳴が届いたのだとか。