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コンビニライフ

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コンビニライフ

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 戦闘を観たセルシウスは、間近で行われたイコン同士の派手な戦闘に気持ちの高揚と落胆を同時に感じていた。
「(何と言う事だ……この様な店が五万以上あるだと!? 無謀だ、即刻店を畳んだ方がよい! いくら商売とは言え、命をかけて行うものではなかろう! 特に、若者達の命を危機に晒すなど、言語道断だ!)」
 警備を終えたイコンが店の外のハンガーへと戻って行く中、フレイムスロワーで放たれた炎が道の様に未だくすぶり続けていた。
「(だが、この店のオーナーは今いない。一体、誰にこの現状を訴えれば……)」
 丁度、その時、残り火が一筋の道になった先から、蜃気楼をバックに店に歩いて来る人影が見える。
「むぅ!?」
 セルシウスが凝視する先には、サングラスをかけた男、国頭 武尊(くにがみ・たける)がいた。
 サングラスで目は見えないが、その顔つきから何か悲愴な決意を持って来店してくる事はセルシウスにも容易に想像できた。
「(まさか、あの青年がオーナーか!?)」
 やがて、武尊はセルシウスの前を横切り、店内へと入っていった。セルシウスも武尊の後を追って店へと戻る。
 武尊は店内を見渡した後、書棚のコーナーへと向かう。
 そして、その端に置かれた不健全図書の棚の前で腕組みをしてじっと見つめていたかと思うと、近くのカゴを手に取り、目につく不健全図書を片っ端からカゴへと入れ始めた。
 暫しその様子を見ていたセルシウスがたまらず武尊に声をかける。
「失礼。私はこの店の店長代理のセルシウス。貴方は?」
「オレか? オレは国頭武尊。パラ実風紀委員だ」
「風紀委員?」
「ああ、ここの『クランマートシャンバラ国境店』は聞く所によると、お弁当・デザート・雑誌なども空京と同じように配送されるらしいな」
と、サングラスを指で押上げつつ、低い声で語る武尊。
「うむ……」
「つまり、未成年者が読んだり購入しちゃマズイような雑誌類も店頭に並ぶって訳だ。それはパラ実の風紀委員としては見過ごす訳にはイカンのだ。不健全図書欲しさに、犯罪とか起きても困るしな」
「……そ、そういうものなのだろうか?」
「未成年の欲望を舐めてもらっちゃ困る。例えば、本屋でどう見ても子どもな少年が、『お父さん・お兄ちゃんに頼まれた』とかで猥褻な本をレジに出す。または、漫画や雑誌で上下をサンドイッチ状態にしてレジに持ってくる、なんて真似までして手に入れようとする。その熱意を侮ってはいけないぜ?」
「……」
 セルシウスはこの時点で武尊がオーナー等ではない、と確信する。
「って、事で視察ですよ視察。取り締まりですよ。店内の雑誌コーナーに不健全図書が置いてあるか確認だ。読めるなら中身もどのくらい不健全か確認しておくか、と思ったが、ご丁寧に紐で閉じてある。店長代理、これは未成年の立ち読みを防止するためのものだな?」
「あ、あぁ」
 頷くセルシウスの前で武尊は、更にもう一つのカゴを出して全ての不健全図書を二つのカゴに収めてしまう。
「不健全図書は店頭に並べさせておく訳には行かないのでこの様に当然買い占めだ。店長代理、あまりこの手の本の販売は良くない、と警告しておこう」
「わかった」
「だが、もし……もしも売るならば、オレがまた買い占めに来るからな? 全く、風紀委員の仕事は大変だぜ」
 二つのカゴを満杯にしてレジへと向かう武尊をセルシウスは「(だが……これを不健全図書の発売日毎に行えば、彼はあっという間に小金持ちだな)」という思いで、ただ見送るのみであった。


 お昼時を終えてやや平穏を取り戻した店内のレジでは、みすみとセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)幸田 恋(こうだ・れん)が話をしながら客が来るのを待っていた。
「いらっしゃいませ〜、クランマートへようこそ♪」と声を弾ませる三人娘。
「恋も随分明るい声出せるようになりましたわね?」
「はい……私、人見知りで無口ですから……こういうバイト出来ないと思ってました……」
 恋はマホロバから出てきて間もない上に、結構お嬢様育ちなのでコンビニにあまり慣れておらず、最初はガチガチに緊張していたのだ。
 みすみが声をかける。
「恋さん、大丈夫です。私も最初は緊張しっぱなしでしたから」
「そう……でしょうか? セシル殿にも一杯迷惑かけて……」
「迷惑だなんて、とんでもない! ちゃんと説明したら飲み込めましたでしょう?」
 コクリと静かに頷く恋。
「マホロバにも、いっぱい出来たらいいな……」
「マホロバにも?」
「コンビニ……便利。漫画とか……雑貨とか……いろいろ揃うし、いつでもご飯が買えます。電子レンジもあるから……」
「そうですわね……でも」
 セシルはちょんと自分のエプロンを掴んでやや不満げな顔を見せる。
「このエプロン、可愛くないですわ。もし、許されるならバイト中でもメイド服。メイド喫茶ならぬメイドコンビニ! きっと流行ると思いません?」
 セシルの提案にみすみが困惑した表情を浮かべる。
「メ……メイドですか?」
「ええ、そこで私はいつか仕えるに相応しいご主人様と出会うのです!」
 目の中に星がいくつか輝くセシルをやや引き気味にみすみが見ていると、
「それは素晴らしいアイデアだな。オレは大賛成だぜ?」
 武尊がドンッと満杯のカゴ二つをレジに出す。
「いらっしゃいませー……」
 恋とセシルとみすみの目がカゴの中に注がれる。
「えっ……と、コレ全部お買い上げでよろしいんですの?」
 セシルの声がやや上ずる。
「ああ。オレは怪しい者じゃない。パラ実風紀委員の国頭武尊だ」
 恋がカゴの中の雑誌と武尊を訝しげに見比べる。
「それと領収書を切ってくれ。また領収書への記載は不備が生じると困るので、本のタイトルを一冊ずつ読み上げながら記載して貰えないだろうか?」
「はい……えぇッ!?」
「こ、これを読み上げろと?」
「……セクハラ……」
 三人娘の反応を見つつ、武尊は「やれやれ」と長い溜息をつく。
「全く、困ったものだ。領収書を書いて貰っても風紀委員会から経費が貰えるとは思えない。確保した本は、オレが代表やってる「国頭書院」で売り出しかないのだからな。いくら風紀委員とはいえ難儀な仕事をしているものだぜ。だが、これも全ては青少年の健全は成長のためだからな」
 その間に、みすみとセシルと恋は素早く己の分担を決めるジャンケンに突入していた。
 
 その結果。セシルが領収書を書き、みすみが封を切って袋詰め、そして恋が読み上げつつレジを通すという配分になった。
「えっと……一冊目は、シャンバラ……パ、パンツ、白書」
「うむ。続けてくれ」
「……ど、ドスケベ……ご、ご主人様」
 領収書を書くセシルの筆圧が上がりボールペンにヒビが入るのを、みすみは見逃さなかった。
「そ……蒼空学園女教師……物語…オイタは……ダメヨ」
 武尊は味わい深いクラッシックコンサートを聞く様に目を閉じる。
 彼にとっては至福の時やもしれないが、花も恥じらう乙女たちには拷問であった。
 セシルは背後に置いてある仕込み箒を武尊の喉元に突きつけたい気持ちであったが、名目上、彼は何も悪い事をしていないため、ただ、この恥辱の時間の後、恋をどうやって励まそうか? という事だけを考えて領収書を書き続けるのであった。
 その様子を見ていたのは、財務管理の技術を活かして仕入れと販売の効率化を図っていた店員の本郷 翔(ほんごう・かける)である。
 翔は、何が売れて何がなくなってるかの確認を常時行うことで、万引き等が起きてないかのチェックも同時に行っていた。
「(ん? セシル様や恋様が何かお困りのようですね……)」
 今や恋の朗読劇は店内の客達(特に、少年や男性客)の注目を集めていた。
 お菓子の棚から袋が落ちかけているのをサイコキネシスで元に戻しながら、翔はセシル達が苦戦を強いられるレジへと向かう。
「恋様、宜しければ、私が代わりましょう?」
「……え、本当?」
 ニッコリと頷いた翔が隣のレジを見て、
「アチラでもお会計を待っているお客様がいらっしゃいます。そちらをお願い致します」
 やや涙目になっていた恋が翔に何度も頭を下げ、隣のレジへ向かう。その後をセシルも移動する
「おいおい、オレは娘さんにレジを打って貰いたかったんだぜ?」
 武尊が不満げな顔をするが、翔はニコリと笑って、
「では、私が娘の様に読み上げますので、どうかご容赦下さい。みすみ様? 領収書を書くのを手伝って頂けますか?」
「は……はい。それくらいなら」
「では、行きましょう。パラ実陵辱の日々が1点……ドキッ、機晶姫だらけの運動会が1点……」
 ハキハキと笑顔で読み上げる翔に、次第に武尊も納得の顔を見せる。
 そして、大きな袋二つ分という買い物を済ませ、武尊は満足した顔で帰っていったのである。
「助かりましたわ……翔様」
「翔殿……本当に……ありがとう」
 武尊の帰った後、セシルと恋から手を握られて本気の感謝を受ける翔。
「いえいえ、大した事はありませんよ? それより……」
と、武尊によって『棚買い』された一角を見る。
「あそこの棚の発注を大急ぎでしなければならないですね。手伝って頂けますか?」
 微笑む翔に、セシルと恋の顔がこわばる。
 傍からこっそり見ていたセルシウスも、店員として応対した翔の丁寧な接客に感心していた。
「(なるほど、学生を店員にしたのは、謂わば尽くす存在という事を教え込ませ社会の一員として教育する目的もあるのか!!)」
 セルシウスは一人でやや間違った納得をするが、この誤解が彼を苦しめるのは、武尊が去ったすぐの事であった。