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リアクション
11
遂に被害者が出たという話は、すぐに空京大学のサーバーにUPされ、爆弾を探索する者たちに次々伝わった。
それを聞いた高峰 結和(たかみね・ゆうわ)の顔色は、紙みたいに真っ白になった。へなへなと座り込み、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)のズボンにしがみつく。
「……帰ろう」
エメリヤンは躊躇いながら言った。結和の手がカクカク震えているのが、生地越しに分かった。
しかし結和はかぶりを振った。
彼女はかつて、助けようとした人間を自爆で死なせている。以来、爆発やそれを連想させるものがトラウマだ。
エメリヤンはそれを知っているのでそう提案したが、
「まだ誰かが……怪我するかもしれない、もしかしたら致命傷になるかもしれない……それなのに、逃げられない……よ。……私が……助けることが出来る可能性が、……ほんの少しでも、あるなら……」
声は掠れ震えているのに、言葉は呆れるほど前向きだ。エメリヤンは分かったよと言うように結和を立たせ、抱きしめた。ぽんぽん、と背中を軽く叩いてやると、結和もぎゅっと抱き返す。
「……大丈夫。ゴメンね、心配かけて……。でも、ちょっと恥ずかしいから……」
爆発事件があったとはいえ、オフィス街に程近いこの一角では他人事らしく、誰も気にしていない。じろじろ見られている気がして、結和はエメリヤンから離れた。
「そこの二人!」
「きゃっ!」
「驚かせて失礼。空京大学の関係者かしら?」
この一言で、「仲間」であることが分かる。結和は頷いた。
「私はローザマリア・クライツァール。大学生ぐらいの二人組を見なかったかしら?」
「……さあ、私は」
「……」
「見た? エメリヤン、見たの? どこ?」
「……」
「そうか……この辺オフィス街に近いから、私服着ていたら目立つものね」
よく会話が成り立つものだとローザマリアは感心した。
「あっちに行ったそうです」
「ありがとう」
「待ってください!」
呼び止められたローザマリアは振り返った。
「私たちも行きます」
「……大丈夫? あなた、顔色悪いようだけど?」
「大丈夫です」
「……そう、なら行きましょう」
程なく、白いワイシャツの若者、アイザック・ストーンとTシャツ姿のウィリアム・ニコルソンの後ろ姿が見えてきた。共にリュックを背負っている。
ローザマリアと結和たちは、二人がどこへ行こうとしているのか、突き止めることにした。やがて彼らは、一際大きなオフィスビルの前に立ち、それを見上げた。ガラスが太陽を反射し、キラキラ輝いていた。
「こいつをドカンとやりゃ、気分いいだろうなあ」
ウィリアムが目を細める。
「お前の趣味を満足させるためにやっているわけじゃないぞ。第一、ここはターゲットじゃない」
「分かってるよ。ただちょっと想像して、楽しんだだけさ」
クククッ、とウィリアムは笑った。
「……と言っているそうです」
エメリヤンが【超感覚】で聞いた内容を、結和がローザマリアに通訳した。
「でも爆弾を持っているかどうかまでは……」
「いいえ、おそらく持っているわ」
「何で分かるんですか?」
「彼らがなぜこのオフィス街に来たか。こんなところに来る理由は、そう多くないわ。私の想像が当たっているなら……。それに彼らは見たところ、ただの学生。戦闘に長けているとは思えない。それなら、何かしらの武器を持っているはず。おそらくは……」
「手榴弾?」
「そうなると、迂闊に手は出せないわね。相当威力があるらしいし、一般人に犠牲が出かねない。出来れば何もないところに誘き出したいけれど……」
それに可能なら教導団に持ち帰って研究していたい、とローザマリアは考えていた。
兎にも角にも、もう少し様子を見ようということになったが、そうは問屋が卸さなかった。
「見つけたぜーっ!!!!」
ほとんど音もなく、小型飛空艇オイレが突っ込んできた。アイザックとウィリアムの間をすうっと飛び抜けていく。
「何だ今の!?」
「待て!!」
ウィリアムはリュックからIMIデザートイーグルを取り出すなり、アイザックの制止も聞かずに引き金を引いた。
弾はしかし、オイレの操縦者の頬を掠り、その人物は旋回して戻ってくるなり飛び降りた。
「案の定だぜ。そんな物持ってるってことは、お前らテロリストだな!?」
もう一機のオイレがすうっと上から降りてくる。
「勇刃、奇襲をかけなければいけないのに、堂々と詰問してどうする?」
「俺はヒーローだぜ! 奇襲なんてやれるかっ!」
そうのたまったのは、熱血少年健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)。その勇刃の宣言に嘆息したのは、シオン・グラード(しおん・ぐらーど)である。
銃声を聞いて、人々が逃げ出した。思いもよらぬ急展開に、ビルの陰にいた結和は呆然となる。ローザマリアは飛び出したい衝動をぐっと堪えた。ここは彼らに任せ、敵がどう出るか見定めるべきと判断した。
そんなローザマリアたちの横を、小型飛空艇が二機、飛んでいった。乗っているのは天鐘 咲夜(あまがね・さきや)、熱海 緋葉(あたみ・あけば)、セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)である。
「健闘くん、見つけたんですね!」
「何よ、たったの二人? あたし一人で十分よ」
「皆様、頑張りましょうね!」
てんでバラバラのことを言う三人は、勇刃のパートナーだ。
ウィリアムはデザートイーグルの銃口を勇刃、シオン、そして緋葉へと次々に移動させた。
「くそっ、どうして分かったんだ!?」
「手榴弾の役目を考えたのさ。メリットは持ち歩けることだ。自爆テロか脅迫か、大方銀行でも襲おうって言うんじゃないか?」
と、シオン。そこで上空から、オフィス街に相応しくない人物を探そうとした――のだが、実は勇刃は高所恐怖症なので、シオンだけが空にいた。その結果、勇刃の突撃を阻止できなかったわけだ。
「当たりですよ」
ウィリアムと違い、アイザックは存外冷静だった。彼もまたリュックから得物を取り出した。――まさしく手榴弾だ。
結和の身体がびくりと震え、エメリヤンは後ろからそっと抱きしめた。
が、勇刃は、
「それがどうしたっ!」
と前に一歩出、咲夜は勇刃のフォローの準備を、緋葉は準備運動を始め、セレアは喉の調子を確かめている。
「勇刃、頼むからピンを抜かせるなよ……」
シオンは<アサノファクトリー>店主朝野 未沙(あさの・みさ)の言葉を思い出していた。
『手榴弾はもし犯人が持ち歩いていたら対処が難しいね。信管を抜かれる前に取り押さえるのが一番かな。もし見つけたら呼んでよ。あたしが解体してあげるから』
【トラップ解除】ならシオンにも出来る。だが手榴弾は作りが単純なだけに、対処法は多くない。既に未沙には連絡済だが、彼女が間に合うかも分からない。
「これがここで爆発したら」
と、アイザックは冷静な口調のまま言った。「あんたたちは困りますよね?」
「やれるもんなら、やってみろっ!」
「おい、勇刃!」
「大丈夫だ、シオン。どうせ出来っこないさ――」
だがアイザックは、左手でレバーを押さえたまま、右手の人差し指をピンにかけた。
「試してみますか?」
張り詰めた糸のように緊張感が走った。ほんの少しでもアイザックに衝撃がかかれば、ピンは抜けてしまうだろう。レバーを押さえていられるのも、僅かな間だ。
「やめて……やめてください!」
その時、結和が飛び出した。エメリヤンが止める間もなかった。
結和の存在に気づいていなかったシオンや勇刃たちは、青ざめた。
「ちょっとあんた、こっち来ちゃ危ないよ!」
緋葉が結和に駆け寄り、逃がそうと腕を取った。しかし結和は、デザートイーグルを向けられても、真っ直ぐに二人のテロリストの目を見詰めている。
「もう、やめませんか……? ご覧の通り、契約者がこんなに動いているんです。他の爆弾だって、すぐ見つかります。これ以上、罪を重ねる前に投降してください……」
祈るような気持ちで、振り絞った言葉だった。否、本当はこう言いたかった。「死んでしまう前に」と。
だがウィリアムは鼻で嗤い、アイザックに至っては――彼の目は、まるで死んだ魚のようだった。
「ストーン、抜いちゃえば?」
「まだ早い」
二人とも、死ぬことが恐ろしくないのだろうか。
アイザックがピンに指をかけたまま、じりじりと移動する。ウィリアムがそれに続き、二人を囲むように契約者たちもついていく。
――何かきっかけがあれば。
シオンは周囲を見回した。きらり、と何かが光ると同時に、アイザックの足元が大きく弾け飛んだ。
「狙撃か!? 当たらねえよ!」
ローザマリアだった。だが、当てる必要はなかった。その瞬間、緋葉が【フォースフィールド】を展開し、突っ込んだ。
「こっちよ!」
ウィリアムのデザートイーグルが火を噴く。だが、当たらない。その緋葉は、【ミラージュ】で作った幻だった。
その上から、【バーストダッシュ】で飛び上がった勇刃が――下を向いたら吐きそうになった――ウィリアムに向け、手にした茸山(カサの部分がチョコで出来た茸状の巨大なお菓子。その重さのため、鈍器として使用することも可能)を叩き込んだ。
「茸山振動波!!」
ウィリアムの身体が地面へ叩きつけられ、デザートイーグルが地面を滑ると、シオンの足元で止まった。シオンはがっちりと足で押さえ込んだ。
同時にセレアが【悲しみの歌】を唄った。
アイザックは深いため息をついた。ただでさえ沈んだ顔が、ますます憂鬱になる。
「……馬鹿馬鹿しいな、こんなこと」
そして、ピンを抜いた。
全員、声にならぬ悲鳴を上げた。
「凍らせて!!」
誰かが叫んだ。咄嗟に反応したのは、緋葉と結和だった。
緋葉の【サイコキネシス】で、手榴弾が真っ直ぐ上空へ飛んだ。それを結和の【氷術】が凍らせる。直径三十センチの氷の塊は、ぐるぐる動いた末、声の主の元へ辿り着いた。
朝野 未沙だった。
咲夜の【チェインスマイト】を食らったアイザックは、吹っ飛ばされてそのまま意識を失った。ちなみに武器はパラミタバゲットだ。これはフランスパンの癖に、武器として使える。どうやって食べるのかは不明である。
「うん、大丈夫。これ、このまま急いで空京に持っていくね。多分、誰かが何とかしてくれるだろうから」
氷漬けの手榴弾を持っていたメイド服に包み、未沙はさっさとその場を立ち去った。
二人のテロリストは、シオンと勇刃たちによって、ぐるぐる巻きにされた。死なないよう、【ヒール】はかけてある。
そして結和は。
誰も死なせずにすんだこと。爆発を自身の力で防いだこと。
かつての出来事は決して消し去ることは出来ないが、少し前へ進めたような気がした。
エメリヤンは彼女の耳元でそっと囁いた。
「……頑張ったね」
結和はエメリヤンのもふもふの身体に身を預け、そのまま心地よい疲労に誘われるまま意識を手放した。
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