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リアクション
第五章 計画通りの成功判定
目的の地まで残り三百メートルの所までゴーレムは、そしてディティクトとズラカリーは来ていた。
ツブヤッキーがいつの間にか消えたことで左腕のほとんどは不動であるのだが、構わず歩いていく。
脚部の表皮は剥がれ、上半身もやや削られており、腕は左に比べ右腕の方が二分の一ほどになっている有様である。
特に甚大な被害があるのは左膝で、関節である部分に白っぽい球体が見えている。
球体関節ではない。石材を纏め上げ、操縦者の意思に従わせる、半径四メートルの特注大型コアだ。
「く、ここまで痛めつけられるとは思わなかったわね」
自身の操る石像の状態を、己が能力で確認するディティクトは歯噛みをしながらも、
『でもあとちょっとで着くのよね。あとちょっとでエリザベートの鼻をあかせる……』
そんなことが出来ればどんなに楽しいことか。
脳内の未来予想図を呟きながら、我慢しきれぬにやけを表情に出していると、
「――きゃあっ!?」
不意の衝撃が彼女を襲った。その原因は、
「ディ、ディティクト様。左膝がヤバいでさあ。コアの防護が手薄に!」
保養地前に待ち構え、力を蓄えていた集団による迎撃だった。
ゴーレムとの相対距離は百メートル。左膝の周囲を狙い打ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は標的から目をそらさずに、相手に与えた衝撃を確認して、
「もう一丁行くわ! セレアナ、防護はお願い」
「あまり期待しないでよ。バカンス気分が抜けてないんだから」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は苦笑しながらも、槍を肩に担ってゴーレムの方向に目をやり続ける。
レーザー銃を構え動かないまま数秒、呼吸を整えたシャーレットはゆるりと引き金に指をかけ、
「!」
銃撃を放った。進行性を持つ光と熱の集合体はゴーレムの左膝に直撃。
構成物である石と土を焼き払って崩れさせるが、
「うあー、コアの防護あっつい! けどま、こんな所かしら」
引き際を間違えても仕様が無いし、と呟く彼女にセレアナも同意し、
「しかし、折角の休暇が台無しね。福引で無料宿泊券なんて出た時は運がいいと思っていたのに」」
「結局、ただで高級リゾートでバカンスなんて虫がよすぎたのかしら?」
やれやれ、と肩をすくめるシャーレットをセレアナは宥め、
「そうね。今度来るときは本物のセレブにならないと」
「それっていつのことになるやら……って、あちらさんはまだまだやる気みたいね」
セレアナが見る先、ディティクトらが駆るゴーレムは今左腕を挙げている途中であった。
そしてゴーレムは堅い身体を無理やり捩り、
『ああもう、ウザったい砲撃ね。ズラカリー、もう左腕全部いっちゃいなさい!』
『アイマム!』
スピーカーから漏れ出る言葉はそのまま現実になった。
腕が飛んできた。
それが起きた現象を表すのに最も正しい表現だ。
左肩を挙げ、身を回し、フックを放つ要領で生まれた攻撃は一回限りのロケットパンチ。
全長十何メートルかの岩塊が、速度を持って飛来する。それは今さら動いた所で回避可能なものではない。
そう、回避出来る訳が無かった。だから、
「ふ、私が居る限り後衛の皆には手出しはさせぬ!」
ややごつごつした見た目のコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が腕の前で跳躍した。
斜め前の進路を得たジャンプは、突撃とも言えるもの。小型である筈のバックラーを両手持ちして岩塊を斜め下から受けた彼は、
「うおおおおお!」
唸り、身体全てを回転させることで岩塊を砕き、いなしていく。
巨大な岩石全てを破壊する事は出来ない。けれども、彼が先に当たることで軌道はずれ、彼の他誰に当たるでもなくゴーレムの左腕はあらぬ方向に落下する。
そして防御を終えたハーティオンは着地するが否や、人差し指を立てたポーズを取り、
「皆、私にいい考えがある。左膝がガラ空きなので、遠距離からの総攻撃が好手だぞ!」
堂々と、自信を持って言った。対して反応は静かなもので、
「言われなくても分かっているというか、今すぐレッドがやってくれますよ」
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)がそう言って指し示すのは、重火器を展開状態にしたアーマード レッド(あーまーど・れっど)。
「目標補足…………ターゲット、ゴーレム、ノ、左膝部」
ミサイルポッド、ガトリング、レールキャノンにまたミサイル。
人の二倍程の体躯に詰め込んだ武装の全てに熱が入っており、またレッド自身も熱を発している。
今か今かと兵器その物が発射を待ち構えているような姿でレッドは構え、
「偏差修正完了…………全砲門、一斉射撃開始」
全ての弾薬を遠慮も配慮も一切なしで、ゴーレム目掛けて発射した。
轟音と火花と、炎の軌跡が彼の前方に生まれた。
ロックした標的をそれらの軌跡は終点とした。間違えの一つもなく、左膝に着弾する。
火薬の量で圧倒する多重撃は、硬質であった筈の膝のほとんどを破砕させていた。だが、それであっても、
「……もう一息のようですね」
コアが残った。もう球体関節といってもおかしくないような、コアだけで膝上と膝下が繋がっている状態。
それを見たエッツェルは、ならば、とレッドに告げていく。
「私を投げなさい」
あと一息を押し込む手段を。
「了解」
エッツェルはいそいそとレッドの右腕に乗って膝を屈める。
「……投擲開始まで五、四、三、二――」
カウントダウンが進むにつれて、レッドの右肩は上がっていき、腰も僅かに捻られていく。
足を上げて取る態勢は不格好ながらも腰の入った鉞投法で、
「ゴー、エッツェル!!」
思い切り良く、レッドは腕を振りきった。
投擲は山なりではない。
ライナー性の勢いを持ち、速度は投げられた物体のことなど全く考えない剛速球。
人の身では軋む以外の選択がない風圧を受けてエッツェルは微笑み、
「こんなこともしてみましょうか」
腹の力を入れて、空中での姿勢を変更。風力を使いながら自身に横回転を加え、左腕から一本の剣を取りだし、
「さて、では――ぶち壊して差し上げましょう!」
コアの中央にジャイロ回転付きで剣を叩き込んだ。
己ごと体当たりするように突き込まれた刃は確実にコアを捕らえ、砲弾の如き速度は破壊をより確実なものとした。
斬撃と打撃の入り混じりが透明な球体の中央に入ることで皹を行き渡らせ、そして、
「割れなさい!」
瞬間、その通りになった。
膝を作り上げていた大型コアは破裂したように弾け、砕け、砂状となって空気に混じっていく。
エッツェルの突き抜けによって左膝を破砕された石像はバランスを失い前方につんのめる。
しかし、背中を一直線に、無理やりとも言える動作で張ることで何とか屹立を保とうとする。
操縦者の実力が、ゴーレムの不備を凌駕しようとした。
『ま、まだよ! まだ私は倒れてなんか――』
必死で起立状態を持たせようとするディティクトの言葉は、だが最後まで続かなかった。
「あっれー、何か丁度いい所に来ちゃったかな俺様」
ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が厭らしい笑みを浮かべて、木陰から現れたことによって。
「おいおいおい、いい所だなこれ!? 俺様がいい所だけ貰っちゃうよ、おい!」
出現したのはゴーレムの足元。踏みつぶされてもおかしくない距離で彼は興奮を抑えきれず、口の端を吊り上げる。
奥の歯まで見せる獰猛な笑みを浮かべたゲドーは、
「食らっちゃいな、いつかの仕返しだ!」
ゴーレム直下にて、奈落の鉄鎖を作動させた。
本来の体躯を誇る巨大石像ならば大した効果も出なかったであろう。だが今や石像は各部を無くしバランスを失している。
それ所か片足を膝から失い、宙ぶらりんもいいところな体勢だ。
そこに少しでも力の偏差が加わればどうなるか、言うまでもなかった。
『これはっ、まずっ……!』
「ひゃっほう! そのまま落ちろ落ちろ落ちろ――!!」
局所的にほんの少しだけ強まった重力によって、巨大であったゴーレムは終ぞ倒れた。
そう前のめりに。
その瞬間は、保養地前に陣取っていたもの全てが見ていた。
「むう、皆、私に悪い考えがある! これはこのまま倒れてくるのではないか?」
「言う前に逃げなさいよ――――!」
誰かが叫び、皆は全力で走り逃げた。
ゆっくりとした動きで風を纏いながら、巨体が地面に伏していく。
森への五体倒置を完了したゴーレムの操縦席内では、ディティクトとズラカリーがすっ転げていた。
閉鎖された操縦室内だ。衝撃が伝われば跳ね飛ばされ転がされる以外の選択肢はない。
「あたた……。酷い目に遭ったわ……」
幾か所にぶつかったのか、二、三個程のタンコブを頭に作ったノワールは辺りを見回す。
石と土で作られた簡素な操縦室は、外装に反してツブヤッキーが持ち込んだ機材が多くある。
「……そう言えばさっきぶつけたのはこの辺だったわね……」
やけに堅いものであった気がする、と彼女は何気なしに機材へ近づいていく。
設計もアレな上、何故か居なくなった緑野郎であるが、操縦室内に引きいれたものならば何らかの意味があるのだろう。
この現状だ。何か窮地を覆せるものがあれば、という藁にすがる程度の気持ちで機材に接近し、触れてみる。
両手を伸ばして余りある長さを持った、直方体の機械の向こうではズラカリーが気絶から目覚めている最中であるが今は本当にどうでも良い。 起死回生の手段が必要だ、と彼女が機械を覗き込む。そこには、?押しちゃ駄目。爆発しちゃうのよ?と描かれたボタンが、既に押された状態で存在しており、
「えーと、……何で?」
「あー、多分さっき転がった時にディティクト様か自分が頭で押しちまったんでしょう。しかしホント、痛いでさあ」
あたた、とズラカリーが頭を押さえたその瞬間、直方体の上部が開いた。形状を見るにハッチになっていたようで、その中からは垣根に昇る魔女服を着た少女の人形が現れた。その後で機械から音が入り、
『魔女も煽てりゃ垣根に昇る』
「は? なにそれ?」
ディティクトが疑問の声を挙げた直後、
「っ!?」
操縦室内に爆風が吹き荒れた。
吹いたのは僅か瞬き一回分の刹那の時間。
炎も熱も何も無い、衝撃でもない、ただすり抜ける様な圧力が撒き散らされただけ。
しかし、その一瞬でも、爆風は効果をもたらしていた。
「ぎゃああああ!? 何で、何で服だけ脱げるのよコレ!?」
ディティクトとその他一名の服を、下着以外全て剥ぎ取るという効果を。
下から巻き挙げられるように吹いた風は瞬間的に服を持ち上げ、そしてその力の強さに任せて引き千切ったのである。
膨らみを持ったドロワーズ姿になって取り乱すディティクト。
彼女を前に、ステテコ一丁になっても落ち着き払ったズラカリーは諭すように、まあまあ、と諸手を差し出し、
「お約束という奴ですから落ち着いて下せえディティクト様。解らないかもしれませんが、まあ伝統というもので」
「伝統とお約束で爆発後に半裸になって堪るか――――!」
騒ぐディティクトであったが以上はそれだけに留まらず、
「ちょ、なんか内部スピーカーが勝手に作動しているんだけど……!?」
操縦室内にある埋め込み式の装置が、じ、と軋みを上げたのだ。
そこから溢れるのはツブヤッキーの声。古い蓄音器に録音しておいたような加工音声で、
『折檻だべー』
声が通った直後、室内に光が満ちた。
操縦室だけではない。彼女の足下、ゴーレムの上半身の内側から莫大な光が溢れ、
「ちょっ、まっ……!」
爆発した。
崩れかけた脚部も半壊していた上半身も、そしてディティクトが乗る操縦席も全てが内側からの衝撃波で木っ端微塵となった。
乗り込んでいたディティクトらも当然、その衝撃をもろに受けており、
「また、また飛ぶのね……」
遥か高空まで打ち上げられていた。
「まあ、これもお約束ということで」
「理不尽過ぎるわよ――!!」
高らかな、体力のあり余った声を残して、彼女ともう一人は空の向こうに吹き飛んでいった。
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