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太古の昔に埋没した魔列車…アゾート&環菜 前編

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太古の昔に埋没した魔列車…アゾート&環菜 前編

リアクション

 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は椅子の背もたれを思いっきり倒し、電灯の明かりに持ち上げたシリンダーを透かしてじいっと眺めていた。
 シリンダーは熱に強いらしいが衝撃にはそんなに強くないという、腕がしびれる前に起き上がって、ひんやりしたままのシリンダーを握りなおす。サラマンダーなんていうものが住む場所で育ったにしては、それ自身は熱はないようだ。
「ふーん…アルジーだって育つ為には何かしらのエネルギーが必要で、…そのアルジーが持っているエネルギーを引き出して抽出し、それから…、そのエネルギーを精製すればいいんだよね…」
 データベースをさぐると、すりつぶしただの、蒸留してみただのと、他の皆の試行錯誤の後が見える。今のところはまだ方法だけで、結果を出している段階ではないようだ。
 誌穂はよし、と立ち上がって、いくつか器具を取り出した。自分のやりかたを思いついたのだ。
 ポータラカの金属片の上に、貴重な精油を入れた魔女のフラスコを乗せた。転がらないように固定して、下にキャンドルをセット、藻を何も手を加えず少しだけ取り出して重量を測り、フラスコの中に入れる。
 火をつける前に、調度様子を見に来たアゾートを呼び止めて、詩穂は質問をぶつけた。
「ねえ、アゾートちゃん、藻の繁殖していた洞窟を見てきたんだよね? じゃあそこは温度とかどうだった?」
「うん、見てきた。色々感じるものがあったけれど、多分地熱かなにかで他よりも暖かかったんだ」
 誌穂はその答えに顔をほころばせて自説を述べた。
「あのね、サラマンダーが生息しているところって、火の生き物だからどうしても他よりも環境が変化してるよね。
そこにアルジーが生息しているのは、もしかすると『熱』がキーワードになっているのかもって思うんだ」
 アゾートはそれに少し考え込んだ。
「サラマンダーがいつから住んでるのか、最初からいるのかはわからないけれど、それは地理条件に関係があるのかな…。
それに、ボクはあの土地自体にエネルギーを感じたよ。魔力と言ってしまっていいかもしれない」
 アルジーが必要としているものを、熱ひとつと言い切るには、さまざまに要素がからみあっていた。

「さて、火をつけてみよう」
 アゾートが、自分の考えを確かめたくて部屋を去り、さっきやりかけた実験の続きを再開するべく、炎のフラワシがキャンドルに火をともして金属片を炙った。じわじわとフラスコ内の精油をあたため、次第に藻が精油の中で揺らぎだす。
 しばらくは何もなかった、熱に強い性質があるからか、藻はよく耐えていた。誌穂は時計を長い間見つめて、変化のなさに少し焦れ、フラワシに火を強くするように指令を出した。キャンドルだけに収まるように注意深く魔力が注がれる。
「…あっ?」
 その時、フラスコの精油が、与えた以上の熱量を発して、突如ぐらぐらと煮え立ったのだった。

 アゾートは洞窟のマッピングデータを大きな紙に印刷し、エリアを区切った藻の採取場所と、向こうで調べてきたデータを書き写した。
「ええと、パソコン入力のほうが整理にいいんでは?」
 その様子を見てフューラーが声をかけたが、まずアナログで整理したかったのか、古い紙の資料に敬意をはらっているのかはわからないが、あとで、と一言捨て置かれた。
「ふーん、もしかすると…」
 遙遠が古い資料と、プリントアウトの束をかかえてやってくる、洞窟のあたりの地理データの類を、持ち込んだ資料の山とネットの中から探してきたのだった。
「アゾートさん、資料を持ってきました」
 ちょうど更に思考の集中を高めたのか、遙遠の声かけに反応をしない、。遙遠は悪戯心をちょっとだけ出した。
「…アゾートたん…アゾート先生ー」
 呼び方を変えてみて、ようやく彼女の反応が返ってきた。
「なにそれ、呼び方を変えようがボクはボク。ところで資料は?」
 しまった、どうやらお気にめさなかったのだろう。紙の束を手渡しながら、遙遠は普通に呼ぼうと思った。
「…ふうん、なるほどそういうわけかな…」
 マップと地理データを、現在と昔の資料を引き合わせて比較する、アルジーの生息条件の一端が見えた気がした。

「うにゃー、今度は氷術だっ!」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)は今度は時計皿に載せられたアルジーに向かって術を放った。
 佐野 和輝(さの・かずき)はそれを注意深く見守って、藻の姿を観察している。
 電気をあて、燃やしていた間は変化がなかったのだ、火術でも何もないのは意外だったが、藻自体をすりつぶすやり方のほうは既に他の人がためしているのだった。
「あっ…」
 ビキビキと藻を凍らせていくと、氷の塊の中にきらめく虹色の膜のようなものが張った。それは藻からにじみ出た油のようなもので、目に見える初めての変化でもあった。
「アニス、氷を割って藻を取り出せるか?」
「あ…うん!」
 サイコキネシスでばきりと氷を割り、一塊の藻が皿に残される、ぽたりと明らかに水ではないものが落ちて、和輝は目を見張った。アニスは驚きのあまり氷を放り出し、スノー・クライム(すのー・くらいむ)がさっと別の皿を出して割れた氷を受け止めた。これも実験試料だから、うかつに床にこぼしたりしてはいけないだろう。
「よくやったぞアニス!」
「わあい!」
 ぐりぐりとアニスを褒めちぎり、ほんの小さなひとつの進歩を歓迎した。
 オーバーに大騒ぎして喜び合っていると、それに反応してぬっと人影が現れた。
「なんだぁ? トラブルでもあったのか?」
 顔に大きなキズのある、見上げるような大男が背後から覗き込んできた。
 アニスは声も出せずに和輝にしがみ付いて隠れる。
「………なんか、すまん…」
 あまりに怯えられた椎葉諒はさすがに後ろに下がった。その後ろにくっついていた蒼がきゃんと吠える。
「おばけにーちゃん、おどかしたらめ!」
 一応彼らは、研究データのやりとりや、進捗管理のために顔を出しに来たのだった。
 これまでにやった実験のパターンを伝え、誰かのところで気が付いた藻の注意点を共有していく。
 おやつに食べてねと、蒼はスノーにお土産を渡して二人は立ち去っていった。

「…アニス、怖いのはわかるが、ああいう怖い人と協力しなければならないこともあるんだぞ?」
 知らない人とは会いたくない。かといって、一緒にやれれば効率がいいのもわかるのだ。ジレンマに陥るアニスは、目の前のすきまに頭を突っ込む。
「って、白衣の中に隠れられると動きづらいだろう…ちょっっっと待てっ…!」
 アニスは小柄とはいえ、白衣の下に隠れられてしまってはかなわない、さらにごそごそと身動ぎされてはくすぐったい。
「アニス。和輝の邪魔になるわよ」
 スノーにたしなめられて和輝からはがれたが、驚きに怯えた顔を隠さないままだ。
「はいはい、怖ければ私が側に居てあげるからね」
 そう言われ、アニスは遠慮なく今度はスノーにはりついてやるのだった。

 裏椿 理王(うらつばき・りおう)はフューラーと顔を合わせると、ぴしりと教導団の制服にふさわしい敬礼と挨拶を述べた。
「教導団の裏椿理王です、お力になれればとやって参りました。ともあれ、あなたの方はお元気そうで何よりです」
「ど、どうも…妹はああですが、どうぞ話しかけてやって下さい」
 彼とは初対面だが、どうやらAIの妹とは面識があるのだとわかってカメラを勧める。モニターに映るのは寒々しい風景だけだが、そこに向かってもう一度理王は敬礼をする。
「とりあえず、何をすればいいのかな?」
 桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)がとっとと先に行きたいと、何種類かの金属をおさめたケースを手に取った。
「それを使って、藻の熱量の比較実験の管理をお願いします。ああっと、そのケースのナンバーは?」
 ラベルを告げると、それに対応したテンプレートを納めたデータチップを取り出して手渡す。
「この研究所でコンピューターなどを動かしている限りはデータは自動的にバックアップされます」
 そういって彼の隣に置かれているヒパティアの本体を示す。
「彼女に?」
「自閉しているのに?」
「スパコンみたいなものと考えていただければいいですよ」
 己の妹のことだというのに、そういうときはフューラーは何故か突き放したような物言いになるのだった。
「ところで、どうして今回あんたはこの鉄道計画に? AI搭載の魔列車の構想でも?」
 理王は不思議に思って訪ねたが、その問いにはより不思議そうな顔が帰ってきた。
「は? 何のことです?」
「いや、あんたとヒパティアがなんで協力しているのかと」
「まあここにいる理由は、ひとつカンナさんに恩があるのと、ぼくも鉄道ができたら、ヒパティアをどこかいろんな所へ連れてってあげたいなあと思っただけのことです」
 そんな複雑なものではない、単純なことですよ、と傍らの箱を撫でつつ微笑む。その様子は新しくできたテーマパークに妹を連れていってやるのだ、と言わんばかりだ。
「…でも鉄道って一つのコネクトではあるけど、こんな効率の悪い伝達運搬方法もない。ストレスも大きいだろうし。本来は空港を作るべきなんじゃと思うんだけどね」
「ぼくらが言うのもなんですけど、たとえば通信速度とかがいくら早くなったところで、突き詰めれば信号が送られるだけです。
 そこから発展しようと思っても、人間が生きて移動し、その足で歩いて走る速度の範囲からなかなか離れられるものじゃない。その速度が可能にする情報量や、情報にできない質量というものは、ぼくらが想定するよりはるかに凄いものですよ」
 ことことと音を立てて、手遊びに指先で傍らのボックスを叩くフューラーのそばに、くすぐったそうに笑う少女の幻影が見えた気がした。
「確かに、早ければいいってもんじゃないか…」
 かつて電脳空間で感じた痛みは、伝わらない何かに苛立った誰かの痛みだったのかもしれない。
「…こんなことを考えるのは、一度痛い目にあったからかな…?」
 我関せずとデータに目を通していた屍鬼乃だが、理王とフューラーの会話を傍らで耳にして、その迂遠さに苛立ちを感じていた。
「鉄道より、インターネットのインフラ整備をするべきだと思うんだよね」
 全く自身が動くことなく、いろんな場所に存在する感覚になれる、それこそが理想だと思うのに。
「…あまり遠いところに行かないでくれよ、理王」
 そう思うことこそ、先ほど願った全能感からとても遠い所にあることを、彼は気づいていなかった。