リアクション
● 魔術師ウォーエンバウロンが住んでいた屋敷。 カレン・クレスティアはこの屋敷のことをそのように説明した。無論、モーラたちも首をかしげる。そもそも転移される前に探索していたあの遺跡自体が、ウォーエンバウロンが住んでいた場所なのではないか、と。 カレンは出来の良い生徒を前にしたように笑った。 「それも間違ってないけど、文献によると遺跡はウォーエンバウロンが研究のために作った地下室だっていう話になってるの。つまり、この屋敷は遺跡と違って正真正銘、ウォーエンバウロンが寝泊まりしてた屋敷ってわけ!」 よほど誰かに話したかったのか、カレンは誇りたかく胸を張った。 それにしてもパートナーがいるとはいえ二人だけで遺跡へと探索に赴くとは、彼女の探究心がうかがえるというものだった。事実、彼女のパートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は、カレンの代わりに周囲の警戒を怠らない。 気苦労が絶えなさそうだが、そこは機晶姫。基本的には『主に従う』ことを苦とはしないようで律儀に役目をこなしていた。 「ムッ……」 ガチャ――と、構えるは二挺拳銃だった。本来はレールガンを好む彼女だが、さすがに遺跡の中でそんなものをぶっ放すわけにはいかないという処置だった。気配を感じて構えた銃口は、隅っこにいたネズミを捉える。 「うむ、ネズミか」 ちゅーちゅーと逃げ出していったネズミからすれば、迷惑なことこの上なかった。 そんなジュレールの堅牢な警戒の最中、カレンはモーラたちに説明を続ける。 「厄介なのは、この遺跡が転移でしか来れない場所ってことだね。ボクはなんとか一か所だけ入口を見つけられたけど…………」 「けど……?」 「…………で、出口が分からなくて」 「…………」 あはははと誤魔化すように笑うカレンに、モーラたちも苦笑を漏らす。一方通行もいいところで、結局この場から脱出する方法は見つかっていないのだった。 「で、でも! どこかには必ず出口があるはずだし! せっかくこれだけの人が集まったんだからきっとすぐに見つかるよ!」 「そうですね」 モーラも賛同した。 とにかく協力し合わないことには始まらない。ついでに、ウォーエンバウロンの屋敷ということもまた気になるところだ。カレン自身もまだまだ調べ足りないところが多いようだし、のんびりと探していくとしよう。 はぐれてしまった契約者たちのことは気になるが、そうそうやられるような人たちではない。 (少なくとも、わたしよりかは安心ですよね) モーラは前向きにそう考えて探索を始めた。 人の住まなくなった屋敷というのは不気味なもので、モーラとしても思わず震えあがってしまうことがしばしばある。もちろん初めに比べればかなりマシになったほうと言えるが――人間、そうそうすぐには変われるものではない。 そんな緊張感を解きほぐすように彼女に話しかけるのは、南部 豊和(なんぶ・とよかず)だった。 「音術って、響きが素敵ですよね。音で皆を助けたり、幸せにしたりできるんでしょうね……」 彼は部屋に飾ってある壊れてしまった楽器や、乱雑に散らばった楽譜なんかを広いあげて、感慨深そうに言った。 「豊和さんは……どうして魔法使いになろうとしたんですか?」 「僕、ですか?」 自分が聞かれるとは思っていなかったのか、豊和は少し目を見開いて驚いた。だがやがて、かつての自分を思い出しているのか、遠い目をしながら彼は答えた。 「魔法は、薄気味悪い物ではなく人の役にも立つもの――僕は、そんな風にみんなに知ってもらいたくて、そう思って、魔法を勉強してるんです」 「人の役に……立つもの……」 豊和は苦笑した。 「昔は、魔法が使えるってことで気味悪がられたこともありましたから。だから少しでも、自分みたいな境遇の人が減ればって…………ささいな願いですけど、そんなことを思ってるんです。まだまだ半人前だから、偉そうなこと言えないんですけどね」 「そ、そんなことありませんよっ!」 「え……?」 不思議そうな顔で振り向く豊和。モーラが、強い意思を瞳に込めて彼を見つめていた。 「そんなことありませんよ……きっと。少なくともわたしは、それは……とても素敵な願いだと思います。だから、諦めないでください。必ず……」 もしかしたら、彼女もまた同じような境遇だったのかもしれないと。そんなことを豊和は思った。そのことを知るすべはないが、彼は穏やかに笑った。 「はい…………約束ですね」 「約束、です」 目標を、夢を諦めないこと。その事を約束した二人は、互いに笑い合う。照れくさそうに顔をそむける二人の頬は赤く染まっていて……。 と―― 「いやー、お若いっていいと思います。お兄さん、まったく感動しちゃいましたよ、うんうん」 二人の間に割って入ったパンツ一丁の変態お兄さん――クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が、うんうんとうなずいていた。 「ク、クドさん……っ!? なんで服着てないんですかっ!?」 「いやー、あはは。ここに来るまではちゃんと普通に制服を着てたんですがね。なんか気づいたらこうなってました。いやいや、無意識って恐ろしいですね」 そんなことを言ってる場合じゃないのだが。なにせ、モーラに至っては顔を真っ赤にして硬直してしまっている。慌てて豊和は自分のマントをクドに着せようとした。 が――その前に、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が割って入ってクドの脳天を蹴り飛ばした。 「だいれくときーっく!」 「のべばぁッ!?」 ぶっ飛んでいったパンツ一丁のクドを無視して、ハンニバルは豊和たちと向き直った。 「子供の悪影響の根源たるクド公はボクが退治したのだ。あ、そうそう、これをどうぞ」 ハンニバルは、懐からごそごそと取り出した何かをモーラたちに手渡した。 「お、お菓子……ですか?」 「うむ、腹が減っては戦も遺跡の探索も出来ぬでな。なに、遠慮するな、どんどん食べるが良い」 もぐもぐと自分も菓子パンを口にするハンニバルは、そう言って他の契約者たちにもお菓子を振舞った。一見すると能天気……だが、モーラは気づけば、お菓子を食べながら落ち着きを取り戻している。お菓子も馬鹿には出来ないというわけだった。 |
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