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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨

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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨
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リアクション



天の川の下で


「晴れたーっ!」
 綺麗に姿を見せた天の川に、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は嬉しそうに声を上げて庭園へ駆け出していく。
 自分を置いていってしまったパートナーに苦笑する要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)の口から出たのは、それでも、文句などではなく心配する言葉。
「そんなに走ったら転びますよ! まだ地面は濡れて──あっ」
 言ってる傍から足を滑らせる秋日子。
 が、彼女は持ち前の運動神経で地面にダイブすることは避けた。
 足元にはねた水滴を払っているところに要が追いつき、ハンカチを差し出す。
「これをどうぞ。……まったく、持ち堪えたからいいものの、顔から転んでたらどうなっていたことやら」
「そんなにニブチンじゃないよ」
「それでも、心配なんです。怪我はないですね?」
「大丈夫。これ、洗って返すね」
「別にそのままでいいですよ」
 要は手を出すが、秋日子はにっこりしてポケットにしまった。
 そして、改めて星空を見上げる。
「頑張って待ったかいがあったね」
「そうですね。短冊書きや飾作りも楽しかったんですけど、今日はこれを見たくて来たわけですから」
 闇の薄い帯を挟んで輝く二つの一等星。
 雨上がりの湿気を含んだ風が秋日子と要の頬を撫でていく。ひんやりとして気持ちの良い風だ。
 そういえば、と要は思い出したように秋日子へ視線を移す。
「短冊には何を書いたのですか?」
「えっとね……」
 言いかけて、秋日子は慌てて両手で口をふさぐ。パチン、といい音がした。
『好きな人ともっと仲良くなれますように』
 そう書いたのだが、思い出したら急に恥ずかしくなってしまったのだ。
(いやいや、言えないよ、そんなこと! 無理無理無理!)
 恥ずかしすぎて悶絶死してしまう、と頭を振っている姿を要が不思議そうに見ている。
 その視線に気づき、秋日子は「そういうキミは何て書いたの?」と、やや強引に質問を返した。
 ずるい、と言われるかなと思った秋日子だったがそんなことはなく、要は素直に書いた内容を教えてくれた。
「『秋日子くんとずっといられますように』ですよ」
 直後、言った要と言われた秋日子はきょとんとして固まった。
 同じような言葉を、いつか聞いた気がする──。
 イースターだ、と二人はほぼ同時にその時の出来事を思い出した。
 秋日子の心は一瞬で上昇し、そしてそれを無理矢理押さえ込んだ。
 要のことだから、イースターの時のようにきっと他意はないのだと。
「要ってば……パートナーなんだから当たり前でしょ〜!」
 今さら何言ってるの、と言う秋日子の笑い声はどこかぎこちない。
 要もそれに気づいたが、それには何も言わず、別のことを思っていた。
 パートナーだからずっと一緒にいるのは当たり前──確かにその通りなのだが、それだけではない気がしてならない。
 もっと、深い意味のある……。
 要は自分の心の奥に答えを見つけようとしたが、掴もうとすると何故か霧散する。
(実はやっぱり秋日子くんの言う通り、パートナーで、当たり前だから……? でも、俺が望んでるのは、そういうのとは違う気が……)
 だったらいったい何なのか、と自問するが答えは出ず、やはり秋日子の言うとおりではいや違う気がと、要の思考は堂々巡りに陥り始めた。
「あの……要? 大丈夫? お腹の具合でも悪くなった?」
 何やら顔色悪く沈黙してしまった要に、秋日子が心配そうに声をかける。
 我に返った要は、慌てて笑顔を作った。
「大丈夫です。ちょっと心の迷路に迷い込んでました」
「え? それって……」
「本当に大丈夫です。いつか解決すると思いますから。ところで、秋日子くんは何て書いたんですか?」
 まさかの返し技に秋日子は笑顔のまま凍りつく。
 秋日子は爪先をもぞもぞさせながら、今度はどうやって話題を変えようかと考えを巡らせた。
 が、こういう時にかぎって何も出てこない。
「えっと、えーと……わ、忘れちゃった!」
「そ、そうですか……」
 秋日子のへたくそな嘘を、要は追及しなかった。
 秋日子はそれに感謝しつつも、胸の奥に痛みを覚える。
 嘘をついたことはもちろん、同じ願いでも自分と要の間にある温度差を突きつけられるのが怖かったからだ。
 そんなことを知るくらいなら、何も知らずに楽しいままがいい、と。
「要、夜の庭園散歩に行こう!」
「それはおもしろそうですね」
「でしょ〜」
「もし晴れなかったら、ずっと短冊書いてたんですか?」
「私、どれだけ願い事があるのかな!? それに、晴れないなんて……なんて……もう、晴れたんだからいいの!」
 考えてなかったんですね、と笑う要を秋日子が軽く小突いた時、突如、夜空に花火が上がった。


 着付けのプロに綺麗に着付けてもらった千代セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)は、眺めの良い高台に来ていた。
 どこから見ても、艶やかな織姫と凛々しい夏彦で、天の川を渡り一年ぶりに会えた喜びにあふれている一幕だった。
「ねばって待ってた甲斐があったな」
「雨が降り始めた時はもう見れないと思いました」
 更衣室を出て待ち合わせの場所へ着いた頃、ぽつぽつと雨が降り出したのだ。
 貸してもらった衣装を濡らすわけにはいかず、二人は急いで屋根のある場所へ走った。
 それから、様子を見ようというセシルと共に、カフェでおしゃべりをしながら待つことしばらく。激しく降り続いていた雨も上がり、雲もどこかへ行ってしまった。
 雨上がりの空気は水の香りを漂わせ、それは夏の匂いでもあった。
 眼下には会場の明かりや、その向こうの空京の街灯りが星のように瞬いている。
 今年の夏は何をしようか。できれば二人でいろんなところへ行きたい──。
 そんなことを千代が考えていた時。

 ドドーン!

 という大きな音と共に、夜空にパッと花が咲いた。
「花火……!?」
「去年は一緒に見れなかったから。今年はと思って発注したんだ」
 照れたように笑ったセシルは、ほら、と耳元の髪をかき上げて千代から誕生日プレゼントとしてもらった霊光のイヤリングを見せる。
「これのお礼だ!」
「すごいお礼をいただいてしまいましたね。……ありがとうございます。驚いたのと嬉しいのとでドキドキしてます」
 周囲のほのかな明かりを受ける千代はとても神秘的に見えて、セシルは続けようとしていた言葉にわずかに詰まる。
「千代から見たら、俺はまだまだガキかもしんないけど。俺、絶対千代につり合う男になる。そしたら……」
 その先は、まるでタイミングを計っていたかのように上がった花火にかき消されてしまった。
 微笑む千代は、セシルを花火よりも輝くもののように見つめている。
 彼女にとって彼は、真昼の太陽であり夜空の一等星だった。