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ラムネとアイスクリーム

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ラムネとアイスクリーム

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 駄菓子屋の隣では、黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)がパートナー達とアイスの天ぷらの屋台を出していた。作り方は至って簡単。

1、食パンでアイスクリームを包む
2、衣をつけて油で揚げる

3、そのままいただく
4、あまりのおいしさにもだえる
5、ついもう1つ買ってしまう

「……となれば、成功だな」
 どこに向かって話していたのか、竜斗はウンウンと自己満足する。
「竜斗さん、油の追加をお願いします」
「おう、了解」
 再び屋台に向かった。
「暑い夏に揚げ物ぉ!」と最初こそ敬遠されていたが、熱くて冷たい食味と冷やしたラムネにも合うことから、次第に売れ始めていた。
 料理が得意なユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)が調理を担当。竜斗は手伝いと言ったところ。ミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)リゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)が呼び込みや接客を行っていた。
 リゼルヴィアが小さな体に似合わず大声で呼び込みをしているのに対し、ミリーネは今ひとつ勝手がつかめなかった。

 ── 騎士として戦場で戦うならともかく こういったことは初めてだ ──

「おねーちゃーん」と声をかけてきた子供に、「何だ?」と振り返った迫力に泣かれてしまうに至っては、ミリーネ自身もどうして良いか分からなくなる。
「主殿、申し訳ありません」
「気にするな、誰でも苦手なことはあるさ」
「しかしあまりに役立たずではないかと」
「じゃあさ、水着で耳とかつけてやってみないか」
「……水着?」
「ミレーネ、スタイル良いから。道行く男の人に『オニーサン、買ってってー』なんて」
 竜斗はミレーネの目が一層釣りあがり肩が震えているのに気付く。
「主殿! からかうのも大概にして下さい!!」
「わぁー、ごめん」
 竜斗は頭を抱えるものの、次に何も来ないことを不思議に思う。
「もし主殿がそうしろと言うのであれば、そうするのも良いが。本当にするのか?」
「そうだな。耳と尻尾で……グゥッ」
 今度はミレーネの拳骨が落ちてきた。
「あの……3つ……良いですか?」
 内輪もめを軽度で済ませたのは、客として来た長原 淳二(ながはら・じゅんじ)達だった。
 駄菓子屋に買い物に来たところ、アイスの天ぷらの屋台が目に入った。
「なんだかおいしそうな香りです」
「ほんまやー」
 パートナーのミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)如月 芽衣(きさらぎ・めい)も鼻を向ける。やがて香ばしい揚げ物が3つ手渡される。
「温かくって冷たい……なんだか不思議」
「これは、ええ体験ができたなー」
 満足げな2人を見て、淳二も嬉しかった。
 店内では子供達が多いものの、学生の姿も少なくない。ラムネとアイスクリームを手にしていたのは、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)ら4人。
「ここ、空いてますよ」と長原淳二達を手招きした。
「どうも、皆さんもお知らせを見て?」
「お知らせ? ……ああ、そう言うのがあったようですね。ボク達は偶然遊びに来て立ち寄ったんですよ。でも面白い経験ができました」
「確かに、ラムネやアイスのコンテナ山積みなんてのは、そんなに見られるものじゃない」
 近遠と淳二が語り合ってる内に、ユーリカ、イグナ、アルティアが、そしてミーナ、如月が駄菓子を買い込んできた。
「おいおい、そんなに……」と近遠や淳二が思っている間に、駄菓子は減っていく。
「これでいて『ダイエットー』とか言うんですよ」
「どこも同じなんですね」
 男性陣以上に、女性陣は話が盛り上がる。もっともこちらは食べ物のことがメイン。
「さっき食べたアイスの天ぷら、おいしかったよ」
「食べたかったですわー、あたし買ってきますわ」
「私もついてったろー」
「では我は別の駄菓子を調達してこよう」
「アルティアも行くー、ミーナさんも一緒に……ね」
 こうしてまた駄菓子の山が築かれた。
「どこに入っていくんだろうと思います?」
「うーん、俺にもわかりません。空京の七不思議になるのかも」
「いや、翌朝『キャー、むくんでるー』と、何度騒がれたことか」
「ああ、覚えがあります」
 今日何度目かの苦笑が浮かぶ。
「でも、まぁ、大事なパートナーですから」
 淳二の言葉に近遠も大きくうなずく。
「ただね、甘い顔してると、とんでもない要求がくるんですよ」と、ユーリカが近遠に寄ってくる。
「ねぇ、イルミンスールに戻ってもラムネを飲みたいですわ。ケースでいくつか買って帰りましょう」
「ほらね」とばかりに、近遠が諦め顔で首を振った。


「はじめまして村木のお婆様、私は中願寺綾瀬と申します、以後お見知りおきを」
 ドレスの端をつまんで優雅に挨拶したのは中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)。もちろん漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)も一緒。
「おや、ご丁寧に。名前を聞いたのは初めてだけど、“クジ”のお得意さんの顔を忘れたことはないよ」
「それもそうですね。とりあえずラムネを1本いただけますか」
「はいよ」
 小気味良い音がして、冷えたラムネが渡される。
「それで今日はどれにする? これなんか新しいクジだけど……」
 綾瀬の意思に関わらず、ドレスが袖を動かそうとしたが、綾瀬は力を込めて椅子に座った。
『ドレス、今日はクジを引きにきたのではありません』
「綾瀬、知ってる? アイスクリームの中には“当たりつき”のものもあるみたいよ!!」
『またですか……私が頂く事になるのですから、少しは抑えて頂きたいのですが……そもそも、件のアイスクリームが当たり付きとは限りませんでしょう』
 などと言いつつも、アイスクリームを1本買った。
「これは当たりつきの……ですか?」
「ああ、当たりつきならコッチだよ。交換するかい?」
 交換しようとしたドレスの袖を押さえ込んで「こちらで」と返事する。
「今日は少しお話がしたくて参りましたの」
「へぇ、こんなお婆さんの話を聞いて面白いかねぇ」
「ええ、ぜひ……私はこの歳で……と言うのも変かもしれませんが、こちらのお店が生まれて初めての駄菓子屋さんでしたの……でも、何故かどことなく昔から知っている様な……懐かしい感じが致しました」
「それは嬉しいね。そう思ってくれるだけでも、店を出したかいがあったと思うよ」
「そこなんです」
 綾瀬はラムネを一口飲んで、間を置いた。
「お婆様、何故このパラミタの地で駄菓子屋さんを始めようとお考えになられたのでしょうか? 地球に比べたら遥かに危険ですし、駄菓子等の入荷も厳しいのが現状ではありませんか?」
「なぜと聞かれてもねぇ」
「私は、このお店の雰囲気が大好きですわ。大人も子供も皆が心から楽しんでいるのが手に取る様に分かりますもの。これほどの空間を作り出す事は中々出来ませんわ」
 村木お婆ちゃんは「うんうん」と嬉しそうにうなずく。
「大袈裟に聞こえるかもしれませんが『平和』や『幸せ』と言うのはこの雰囲気の事を示すのかもしれませんわね」
「難しいことは分からないけどね。ちょっと昔話でもしようかね」
 綾瀬は身を乗り出した。

「これでも若い頃はね……」
「ええっ! そんな大胆不敵な!」
「最初の結婚をした時には……」
「……さぞ悲しい思いをされたでしょうね」
「あらぬ疑いをかけられて、軍隊に追われた……」
「お婆様、お1人でそんな大軍を!」
「空京にくるきっかけになったのは……」
「あら……やだ……(真っ赤)」

「まぁ、長く生きてきた分、いろいろあったよ。良い思いでも悪いものもね」
「貴重なお話を、どうもありがとうございました」
「おや、本気にしたのかい?」
「えっ……まさか?」
「どう思う? ホントかウソか」
 綾瀬は少し考えた末に、「どちらにしても覚えておきます」と答えた。
「ありがとね」
「あの……それで大変おこがましいお願いだと言う事は重々承知しておりますが…………もし、よろしければ『焼きそばパン』を作っては頂けないでしょうか?」
「うーん、せっかくのお得意さんだから、作ってあげたいところだけどね。特別扱いしちゃうのはダメなんだよ。よっぽどのことがないとね」
「私が明日をも知れぬ病にかかるとか」
「そうだねぇ」
「ここから離れて、どこか遠くに行ってしまうとか」
 うんうんと村木お婆ちゃんがうなずく。
「余計なお願いをして、申し訳ありません。機会があったら、早起きして並んでみますわ」
 来た時と同様に優雅に挨拶をして帰っていった。


「こんなところに駄菓子屋が……と思ったら、随分と雰囲気が違うね」
 休日をブラブラしていた黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、用事の途中で駄菓子屋を見つける。
 思い描いていたのは、閑静な住宅街にあるひっそりとした駄菓子屋。
「賑わってるじゃないか」
 目の前にあるのは、横にコンテナが山積みになり、多くの学生達が出入りしている。
「我は掲示板を見ていたぞ。蒼空の山葉校長が、ラムネだかアイスだかの頼みごとをしていたな」
「そうか、しかし建物自体は趣があるね。まぁ、入ってみるか」
 店内は子供達で賑わっていた。
「ふむ……これが『駄菓子屋』か。小さい菓子が小分けに売られているのだな。確かに子どもの財布にも優しい値段だ」
「とりあえずラムネを試してみようか」
 木桶に氷と共に入れられていたラムネを2本取り出す。代金を払ったものの、どうして良いかビンを透かしていた。
「あの、栓抜きでもあるのだろうか?」
 村木お婆ちゃんが「はいよ」とガラス玉を押し込む。破裂音がして、泡がビンの口からあふれ出る。
「おっと」と天音もブルーズも口を持っていった。
「どうだ?」
「冷えていて美味いな。こんな日にはぴったりだ」
 並んですだれの陰に腰掛ける。あっと言う間に飲み干すと、ブルーズは陽にかざし、転がりながら光を弾くラムネビンからいつまでも目を離さなかった。
 そんなブルーズを子供達が遠巻きに見ている。
「手でも振ってやったらどうだ?」
「怖がられるだけだろう。第一、おまえ以上に世話を焼く相手が増えるのはな」
 そこにルカルカ・ルー達が駄菓子屋を訪れる。もちろんカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)も一緒だ。
「珍しいな。そうでもないのか。空京大学の学長も……だしな」
 視線が合ったカルキノスがブルーズに頭を下げる。ブルーズも目礼を返した。子供達は無邪気にカルキノスの腕につかまったり、羽に触ったりしている。
「まぁ、少しずつ変わっていくこともあるだろう」
 しばらく余韻を楽しんだ後、2人は腰を上げた。
「土産を買っていこうと思うんだが……」
「良いんじゃないか」
「そう、じゃあ、ここにある駄菓子を全部5こずつくれるかい?」
 村木お婆ちゃんが目を丸くする。
「良いけど、持てるんだろうね」
「ああ、ブルーズ、頼むぜ」
「おい、土産を買うのは構わんが、なぜ全部5こずつで、しかも我が持たねばならんのだ?」
「なぜって、僕が持ちたくないからさ」
 ブルーズは深くため息をつく。
「子供は1人でたくさんだ」

「ばいばーい」
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が手を振っている。
 手提げ鞄を持っているくらいの彼女達に比べ、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)はラムネのケースを両手に抱えている。
「通販もあるし、送ったら?」と長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が提案したものの、「すぐに飲みたいんです」とユーリカに押し切られた。
『甘いんだろうな』
 そう思う淳二の両腕を、ミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)如月 芽衣(きさらぎ・めい)がつかんだ。
「私達もラムネ、飲みたいです」
「そうそう、それに駄菓子も食べたいやん」
 淳二も駄菓子屋で山程の荷物を抱えて帰ることになった。