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【賢者の石】陽月の塩

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【賢者の石】陽月の塩
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 ■ 灼熱のその先に ■
 
 
 
 翌日も朝からよく晴れていた。
 作業をするには曇っていた方が楽だけれど、十分な日の光を当てて陽月の塩を作る為にはこの日差しが重要だ。
 寝不足気味の目に太陽がまぶしくて、アゾートは目をこすった。
 昨日の砂と海水運びは重労働だったけれど、今日の煮詰め作業は暑さとの戦いだ。アゾートは気合いを入れるように握った拳を振った。
「まだ今日も作業するの? あたしはもう完成させたわよ」
 宿舎にこもり、星辰に従って塩を精製していた茅野菫がアゾートに声をかけてきた。
 ほら、と見せた塩は1グラムほどだったけれど、実験器具を用いて作っただけに精度が高い。
「きれいな塩だね。これだったら食べても大丈夫そうに見えるよ」
「でしょ? 塩田な手法なんてもう古いわよ。錬金術は中近代的な科学に基づいてやるべきだと思うの」
「菫、言い過ぎよ」
 パビェーダがやんわりと菫をいさめたが、言われた側のアゾートは気にしている様子はない。
「塩が完成して良かったね。ボクは陽月の塩を作らなきゃいけないから、まだまだ時間がかかりそうだよ。上手くできるかどうか心配だけど、みんなが手伝ってくれてるんだから成功させないとね」
 頑張ってくるねとアゾートは昨日砂と海水を撒いたビニールシートのところへと急いだ。
「あ、おはよ」
 カレンが赤い目をこすって挨拶した。
「砂には変わりないよ。今日はいよいよ完成だね。がんばっ……ふぁぁぁ」
「交替すると言うのに、しっかり寝ないからだ」
 大あくびしたカレンに言うジュレールの方は、きちんと交替のスケジュール通りに眠った為にすっきりした顔をしている。
「だって何だか目がさえちゃってさー。これからちょっと寝てくるね。君はどうする?」
 カレンに聞かれ、草薙武尊は
「我は最後まで塩の警護をするつもりでおる」
 と答えた。
「そっかー。じゃあ頑張ってね。起きたらまた様子見に来るから」
「うん。見張りありがとう」
 よしっ、と拳を握って自分に力を入れると、アゾートは2日目の作業に取りかかった。
 
 シートの上の砂は、太陽と満月の光をたっぷりと受け、砂の力と風の力で濃縮された海水を含んでいる。それを再び海水で溶いて濃い塩水を作り出す。よく混ぜた後、砂が沈殿するのを待ってから海水の部分をざあっと鍋にあける。
 煮詰め作業に入る前に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は近隣で調達してきた板を鍋周囲に立て巡らせた。
「海風で火力が不安定になるとムラが出来るかも知れないからな」
 鍋には温度計を取り付け、適温であるかどうかがひと目で判断できるようにしておく。
 温度を上げすぎて鍋の耐久力を超えてしまうのも困るし、下がると効果的に煮詰めることが出来なくなる。
 できるだけ一定を保った方が良いだろうとの配慮だ。
「暑い……」
 板に遮られ、鍋付近には風が通らない。火をつける前から既に暑く、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はぐったりとした気分になった。
 けれど灼熱の作業はここからだ。
 複数の鍋が火に掛けられてぐらぐらと煮えたぎる。
「俺、もしかしてまた貧乏くじを引いたのか……?」
 ゆらゆらと揺れる陽炎を眺め、宵一は呆然と呟いた。
 掲示板で塩作りのことを知り、ちょっと面白そうだなと軽い気持ちで参加したのだけれど、塩作りは予想以上の過酷な作業だった。
 昨日は砂と海水を運ぶという力仕事ではあったけれど、契約者としての力があるからそこまでへこたれはしなかった。けれど……どどーんと目の前に置かれた大鍋の迫力と、そこから放たれる地獄のような熱の前にその心がくじけそうになる。
「海水がからからになる前に、俺がからからになったりして……ははっ」
 ……笑えない。
 がっくりと肩を落としはしたが、だからといって作業を投げ出す訳にもいかない。
 宵一はうっかり面倒なことに巻き込まれてしまった自分の愚かさを呪いながら、鍋をかき混ぜた。
「……このクソ暑い中、火を扱わにゃならんとは……賢者の石創りってのは大変なんだな……」
 頑張りすぎてダウンしてしまったソルランに代わって、風祭 隼人(かざまつり・はやと)も煮詰め作業を手伝うことにしたが、まず問題なのは作業する人の身をいかにこの状況から護るかだ。
 隼人はまず大量に用意した飲料水を運んでくると、作業にあたる人がいつでも水分を摂取できるようにした。
「各種作業についても、交替して適時休憩所で休むようにしてくれ。氷術の使えるやつはかき氷の差し入れ等をしてくれると助かる」
「ルカは交替しなくても平気だよ♪」
 ルカルカはエリザベート・ワルプルギス愛用の椅子のレプリカに座って宙に浮いている。ビーチパラソルを椅子の背に取り付けて日陰を作り、帽子とタオルは氷術で定期的に凍らせて涼を確保。その上、炎熱のダメージをカットする装備で固めている為に、あきらかに他の人よりは楽に煮詰め作業をしている。
「出来上がるちょっと前になったら呼ぶから、アゾートちゃんは別のところにいていいよ。ここかなり暑いからね」
「ううん、やっぱり経過も知りたいからボクもここで作業するよ」
 暑さよりも塩作りへの興味が先に立っているらしきアゾートの様子を、隼人はやっぱりそうかと眺めた。こと賢者の石のこととなると、アゾートは熱中しすぎてしまう。その辺りは自分の方で気を付けておいた方が良いだろう。
「それならまず水分を取っておけ。ソルランのように熱射病になったら困るからな」
「うん」
 隼人の注意にアゾートが頷くと、日傘をさした八塚くららがやってくる。
「夏といえば麦茶ですわよね。熱中症にならないようにたくさん飲んで下さいませ」
 といっても、麦茶を配るのはくららではなく、荷物持ちに連れてこられた緋田琥太郎の役目だ。
「ほら、みんな飲め飲めー。ってか、飲んでくれないと俺の荷物が軽くならないんだ、頼む、飲んでくれ」
 くららに頼まれ来てみれば、塩作り自体には参加させてもらえず、ひたすら荷物持ち。
 紙コップやタオル、冷却スプレーはまだ良いけれど、麦茶を入れた水筒多数の重みといったら、もう。
(まあ、可愛いもしくは綺麗なお姉さんの水着姿が見られるんだから頑張れるけどなっ)
 目を楽しませてくれる水着姿が多いから、泣かずに頑張る、頑張れる……たぶん。
「琥太郎も倒れないで下さいね」
 くららが扇子でぱたぱたと琥太郎に風を送ってくれる。
「ダメそうなら荷物を下ろして休ませてもらうぜ。俺たちがばててたら、手伝ってるんだか何してるんだか、分かんないからな。アゾートも無理するなよ。もう顔真っ赤になってるぜ」
「あら、ではこれを使って下さいませ」
 くららはタオルに冷却スプレーをかけてアゾートに渡した。
「わ、気持ち良いね」
 冷たいタオルを頬に当て、アゾートは笑顔になった。
「皆様もよろしければどうぞ。熱中症になってしまったら大変ですもの」
 過酷な作業だからこそ体調には気を付けてと、くららは作業する皆に琥太郎に持たせた麦茶を配り、タオルに冷却スプレーをかけ、とサポートにつとめた。
「一体これ何時間かかるんだ? いっそ爆炎波でバーンと一気に水を蒸発させたら早いんじゃないか?」
 じわじわと水を飛ばす作業が面倒になって、宵一は提案する。
「そんなことしたら、鍋が吹っ飛んじゃうよ」
 アゾートが慌てて止めた。
 煮詰めているだけでも鍋にはかなり負担がかかっている。これ以上負荷がかかったら、鍋がもたなくなってしまいそうだ。
「それもそうか。これって暑さだけじゃなく、根気との戦いでもあるな」
 熱の影響を減らすために着ているフレイムジャンパーを、宵一はばたばたと煽って中にこもった熱を追い払った。炎熱に強くなるとはいえ、夏の海岸でジャンパー姿というのも気分的に辛い。
「あたしの汗から塩が取れそうな気がする……」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が身につけているのはメタリックブルーのトライアングルビキニ。いつもはその上に上着を羽織っているのだが、夏の海岸となればその必要はない。惜しげもなく扇情的な肢体をさらしている。
 いつもはメタリックレオタードを着ているセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、ここは海岸なんだからとセレンフィリティに説得されて白ビキニを着ている。
「やっぱりセレアナはビキニが似合うわね。いつもビキニを着てればいいのに」
「海でなければビキニは遠慮させてもらうわ」
「お揃いになるのに……残念」
 やっぱりうんとは言ってくれないセレアナに、セレンフィリティは残念そうに提案を引っ込めた。
 そうして喋っている間も、セレンフィリティの作業をする手は止まらない。鍋の前に立って、浮いてくる不純物をお玉であくを取るように丁寧に取り除き、熱の回りが均一になるようによくかき混ぜる。
 元々教導団で酷暑地でのサバイバル訓練も慣れている。たまには泣きの涙で身体を酷使するのも悪くない、と思い、セレアナを引きずってやってきたのだけれど……。
 ぐつぐつぐつ……鍋の濃い海水が煮えたぎる。
 それを見ているとだんだん頭がぼんやりとしてくる……まるで自分の頭もぐつぐつぐつぐつ、煮えたぎっているようだ。
 熱中症対策の大切さは身にしみているから、ミネラルウォーターの1.5Lサイスをラッパ飲みして十分に補給はしているけれど、その水分は全身から汗となってしたたり落ちてゆくので尿意ももよおさない。
「あはは……こりゃヤバい……塩作りでダイエットできそう……あはははは」
「ちょっとセレン!」
 笑い出したセレンフィリティにセレアナはペットボトルの水を頭から浴びせかけた。
「水分取るだけじゃなく、身体を冷やして。もう、ほんとに手がかかるんだから」
「あ、気持ちいい……」
 髪からぽとぽとと水を滴らせながら、セレンフィリティは気持ちよさそうに目を細める。
「休憩所でかき氷を食べて身体を冷やしてくるといい。その間、この鍋は俺がみておくから」
 隼人は鍋の番をかわると、セレンフィリティとセレアナを休憩所に行かせた。
「アゾートも休んできたらどうだ?」
「ボクはまだ大丈夫だよ。さっき休憩してきたから」
「だったらソルランの見舞いを頼めるか。昨日の作業がたたって宿舎で寝込んでいるんだ」
「うん。塩ができたらダウンしてる人たちの様子を見に行ってくるよ」
 見舞いに行かせればその間はこの暑さから遠ざけられると考えて勧めたのだが、アゾートは塩完成まではこの場から動く気はないようだ。
「だったらせめて飲料水は飲んでおけ」
 ペットボトルを持たせておいて、隼人は鍋の中身をかき混ぜる作業に入った。
 
 
 最初はただの水が沸騰しているようだった鍋が、徐々に煮詰まって水位を下げるうちに白っぽく見えるようになってくる。
 水が減ってきたらまた濃縮した海水を足し、煮詰め、足し、を繰り返してどんどん煮詰めてゆく。
 表面に結晶の膜が張ってくるのを丹念に鍋の内へ内へとかき寄せ、かき混ぜ。
 鍋肌にこびりつく塩をダリルは火挟棒で液体にこそげ落としては、間断なく攪拌を続けた。
「そろそろか……」
 底でじゃりじゃりと感じるようになってきたのに合わせダリルは火を弱めると、塩が鍋にはりついてしまわぬよう一層攪拌する。
「もうすぐ出来るかなっ。なんか楽しみ」
 あとひとがんばりとルカルカは煮詰め作業をしている皆を励ました。
 ふつふつとカニ泡のようなものがふつふつしてきたら火を止める。
 そして遂に……鍋の底にじくじくした塩が出来上がった。
 まだ水分の多い塩をざるに開けて海風に当てれば……この暑さに塩の表面はすぐに乾いてゆく。
 やがてそれは、さっくりとした塩となった。
「ああ……これがあたしの作った塩……? なんか本当に塩っぽい……」
 セレンフィリティは指先で塩をつまんで、感慨深く呟く。
「これが陽月の塩……」
 アゾートは出来上がった塩をほんの少し、口に入れてみた。
「しょっぱい……」
 にがりと分離させていないので、まろやかなしょっぱさの中に苦さも感じる。その味が、陽月の塩ができたのだという実感に繋がり、アゾートは集まっている皆を振り返った。
「手伝ってくれてほんとにありがとう。みんなのお陰で陽月の塩が出来上がったよ」
 礼を言うアゾートの顔にも嬉しさが溢れている。
 多くの人が、シビレルクラゲを退治して、砂や海水を何杯も運んで、炎天下でそれを煮詰めて。やっと完成した塩だ。
「こんなにたくさん出来るなんて思ってなかったよ。良かったらみんなも記念に持って帰ってね」
「ありがとう。じゃあ遠慮なくもらうわね」
 アゾートが大切そうに自分の分の塩を袋に入れている隣で、宇都宮祥子も小瓶に塩を詰めた。
 
 
    海が育んだ成分をたっぷりと含んだ海水を、
    大地を表す砂にまぶして。
    太陽の輝きと、
    月の光を浴びさせて。
    火の力で煮詰めて形にする。
 
     陽月の塩は自然のもたらす恵みであると共に、
     携わった皆の力が生み出すものであるのだった――。
 
 
 

担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

 
ご参加ありがとうございました&遅れてしまって申し訳ありません。

皆様のお手伝いのお陰で、陽月の塩は見事完成となりました。
アクションを拝見して、よく考えられているなぁ、と感心したり、楽しそうにしていて下さる様子に
微笑を誘われたり。今回も楽しく執筆させていただきました。

これからもアゾートの賢者の石への挑戦は続いていきます。
その時はまた皆様の力を是非貸してくださいね〜。