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第20章 オマケ編:とあるパラ実生のミッション・ポッシブル

 今頃になって恐縮だが、いい加減ここで忘れてはならない人物の「指令」について扱わせていただこう。
 そう、シナリオガイドに登場してからずっと出番の無かった高島 要(たかしま・かなめ)アレックス・レイフィールド(あれっくす・れいふぃーるど)のコンビである。
 指令者の要のせいで、アレックスがどのような目に遭ったのかはご存知のことだろう。そのアレックスが自分にヒールをかけて、黒焦げになった体を修復している時だった。
「まったくアイツめ……。自動的に消去とか言うからどんなテクノロジーでも持ってんのかと思いきや、まさか爆発させてくるとはな……」
 テープレコーダーが爆発するというのは何も要だけに限らない。レコーダーに機晶爆弾を仕込んでおき時間が経てば大爆発を起こす、という機構を利用して「消滅」させた契約者は結構存在する。その威力をうまく調整しておかなければ、今のアレックスのように身体的にダメージを受けることになり、非常に危険となるのだが……。
「別に自動的な消去はいいんだ。爆発だけは勘弁してくれ、頼むから……」
 剣の花嫁が先天的に持つプリーストの技で自分の傷を癒すと、アレックスは同時に送られていたクーラーバッグの中身を改めた。
「シャンバラ山羊のミルクアイスLLサイズ。アイスの好みも大きさ重視かい……」
 何しろ自分のパートナーは「大きければ割と何でもいい」という嗜好の持ち主である。アイスを食べるのにも大きいものがいいのだろう――もっとも、先日は「小さくて甘いみかんと、大きくて酸っぱいみかんならどっちがいいか」と聞かれて返答に窮するという一面を見せたが。
「それにしてもわけのわからんことをしやがる。アイスが食いたいなら普通に買ってきて食えばいいだろうが」
 それを最近流行のゲームにかこつけてアレックスに運ばせるというのは、要なりのいわゆるひとつの愛情表現というやつか、あるいはやりたいこととその手段が乖離しているのか。いや、あの頭が悪いパートナーのことだ、きっと「このゲームをやりたかった」という程度の理由に違いない。
 そこまで考えたアレックスのもとに1人の客がやってきた。
「すみませーん。高島要さんとアレックス・レイフィールドさん、いますかー?」
 荒野の住人を相手にするにはとても合わない挨拶と共に顔を出したのは、背中に1枚だけ翼を生やしたヴァルキリーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だった。
「要の奴は今はいないぜ」
「ということは、あなたがアレックスさん?」
「ああ。俺に何か用か?」
「僕はコハク。小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のパートナーって言えばわかりますか?」
「小鳥遊美羽……、ああ、こないだのイコンの魔改造に来てた、あのミニスカートの……」
「う、うん、そのミニスカートの、ね……」
 まさに言い得て妙といったところか、美羽の特徴を捉えた一言にコハクは苦笑するしかなかった。
「で、そのパートナーのコハクが一体何の用で?」
「美羽に頼まれて、これを2人に……」
 言ってコハクは1つの封筒を差し出す。中に入っていたのは、美羽の姿が写ったデジカメ写真と、空京万博の前売り入場チケットAとBだった。

 エリュシオンとの戦争がひと段落し、シャンバラに1つの平和が訪れた。その一方で魔界であるザナドゥからの侵攻という不穏な動きが見えるようになったが、シャンバラは戦争終結直後の一区切りとして「空京万博」を開催することを決定したのである。
 万博には様々なパビリオンが設営されており、美羽の所属する蒼空学園は「シャンバラの現在パビリオン」の設営に携わっており――このパビリオンは同時に葦原明倫館も設営作業に加わっている――美羽自身も蒼空学園の生徒としてこの作業に関わっているのだ。
 空京万博が始まったら、先日知り合いとなった要とアレックスを自分のパビリオンに招待したいと考える美羽だが、設営作業が思ったよりも忙しく、2人を誘う時間が取れずにいるという。そこでパートナーのコハクに頼んで、代わりに招待してもらおうとしたのだ。
「というわけで、これが2人に渡す分のチケットと、それからこれがさっき撮ったデジカメ写真ね」
 手渡した封筒に先ほどの前売りチケットを合計2枚、さらに設営途中のパビリオンとその前に立つコンパニオン姿の美羽が写った写真を入れ、目の前に立つほとんど恋人のコハクに運搬を任せた。
(本当はこういうの、やっちゃいけないんだけどなぁ……)
 契約者のパートナーとしては少々危険かもしれない行為に、コハクは内心で冷や汗をかくのだった。

「というわけで、ぜひうちのパビリオンに遊びに来てください。って美羽が言ってました」
 チケットと写真を眺めるアレックスは、コハクのその招待に難色を示した。
「いやまあ、気持ちはありがたいんだけどな……」
 言いながら自分のパートナーのリアクションを想像する。おそらくあの頭の悪い要のことだ。そもそも万博に行きたがるかどうか非常に不安である。
「何しろあいつのことだからな。よほどぶっ飛んだイベントでもない限り行かないかもしれねえな……。それに、行く行かないに関わらず、俺はあいつのフォローとして離れられないだろうし」
「そうですか……」
「でもまあ何がきっかけで行くことになるやらわかんねえし、とりあえず、くれるんならもらっておくぜ」
「ありがとうございます! ぜひとも来てあげてくださいね」
「……あんまり期待するなよ?」
 封筒ごとチケットを受け取りながら、パラ実生のパートナーにしては結構常識的な剣の花嫁は、とりあえずそう言うだけに留めた。
「ところで、さっきすごい爆発があったようですけど、何があったんですか?」
「……ちょっと色々あってな」
 あの爆発を見られていたのかとアレックスは舌打ちをしたが、別に隠すような事情は無いので事情を説明した。
「……そういえばそんなのがあるって聞いたことありますね」
「要するにそのゲームにかこつけたパシリみたいなもんだよ。というわけで、俺はこれからあのバカのところまでこれを運ばなきゃならない、ってわけだ」
 言ってアレックスは立ち上がり、クーラーバックを持って出かけようとする。
 だがそれをコハクが制した。
「あの、僕も一緒に行っていいですか?」
「あん?」
 突然のコハクの申し出にアレックスは目を丸くする。
「いえ、せっかくですし、その『スパイ小作戦ごっこ』っていうのがどういうのか見学したいと思いまして……」
「見学、ねぇ。そんな面白いモンでもないと思うけどな」
「まあ後学のためということで。もちろん邪魔はしませんから」
「どっちかっつーと、むしろ手伝って欲しいんだけどな。まあ別に構わないぜ?」
「ありがとうございます」
 言ってコハクも立ち上がり、2人は煤だらけになった現在の自宅を出た。

「ところで、場所はわかるんですか?」
 家を出たところでコハクが首をかしげる。シャンバラ大荒野は非常に広く、目印となるようなものも少ない。果たして要が出したヒントだけでそれを見つけ出すことができるのだろうか。
 だがアレックスはそれについて特に深刻に受け止めてはいなかった。
「何となく、っていうレベルで見当はついてる」
「本当ですか?」
「ま、こんなこともあろうかと思って、荒野の簡単な地図は作ってあるんだよな」
 アレックスは懐から畳まれた紙を取り出す。広げると、そこには建物らしき絵と、施設名を表したらしい文字列が刻まれていた。アレックス自作の荒野マップである。
「荒野は見ての通り何も無いだだっ広い土地だが、その分『目立つ建物』は非常に目立つモンだ。だからある程度の行き方さえ押さえておけば、行こうと思えばどこにでも行ける」
「よくこんなの作りましたね……」
「なんたって相棒があの要だからな。こういうのが無いと俺自身が不安になるんだわ……」
 作りこまれた自作地図にコハクは感嘆の意を表すが、対してアレックスは深くため息をついた。
 そうして地図を眺めること数分。2人のもとに別の客がやってきた。
「ありゃ、お前は確か、あの高島要のとこの……」
「ん?」
 声のする方にアレックスが振り向くと、そこにはアレックスのそれよりも大型のクーラーボックスを担いだジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)がいた。
「おお、やっぱりそうだったな。確かアレックスだっけ?」
「……どこかで会ったっけ?」
 突然現れた男に対し、アレックスは警戒の色を隠さない。
「俺はジャック・メイルホッパー。こないだのイコン品評会でリス型のイコンに乗ってたんだけどよ」
「……ああ、あれか」
「まあ俺はあの時、イコンの中にいたから姿は見せてなかったんだよな」
「で、そのジャックが何でこんな所にいるんだ?」
「……うちのパートナーからの指令なんだよ、コンチクショウ」

 現在イルミンスール魔法学校に留学中である百合園女学院生和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)から指令が送られたのは今朝のことだった。
『……おはよう、メイルホッパー君。
 この猛暑の中、正確には夜の話だが私は偶然にもある人物を見かけた。先日、イコン品評会を開いてくれた、あの高島要である。その要がどういうわけか、布団とビーチパラソルを担いで「パラ実のある施設」に入っていったようだ。その時言っていた独り言から察するに、パートナーに指令を出して彼女自身はのんびり寝るとの事らしい。
 そこで君の使命だが、氷をブロックで5個ほど、抹茶、練乳、小豆、それから好みでシロップを色々、これらを要の所にいる私のもとに届けることにある。ついでにこれは指令ではないが、バーベキューでもやろうかと思っているので、食材を持ってきてくれると嬉しい。
 言うまでもないだろうが、君もしくは君のメンバーが荷物を運んでいる最中にヒャッハーな連中に襲われ、殴られたとしても、当局は一切関知しないからそのつもりで。
 なお、このテープは自動的に消滅する。成功を祈る』
 このような内容のオープンリールカセットテープデッキがジャックに届けられたのである。もちろんテープは何かしらの化学反応を起こしたのかその場で煙を吹いて消滅した……。
「あいつがどうやって要の居場所を突き止めたのかは知らねえが、とにかくこの指令という名のお使いをやらないといけなくなっちまったってわけだ……」
「そいつは……、ご愁傷様」
 涙を流すジャックに、アレックスはそう答えるしかなかった。

 絵梨奈が要を見つけたのは単なる偶然だった。
 先日のイコン品評会のおかげかシャンバラ大荒野と多少の接点ができた絵梨奈は、一体何を思ったのか荒野をうろついていた。すると彼女の目に、茣蓙と掛け布団とビーチパラソルを担いで歩く要の姿が入ってきたのだ。
 なぜに要がそのようなことをしたのかわからないが、こっそり後をつけてみると、「ミッション・ポッシブルゲーム」を行うべく準備を進めているらしいことがわかった。
 それを知った絵梨奈は、そんな要に乗ったのである――ちなみに要本人は絵梨奈の存在を知らない。ひとまずイルミンスールの寮に帰り、指令を考えて、翌朝になってから要の所へと向かったというわけである。ちなみになぜあのような指令にしたのかといえば、宇治金時が食べたくなったというだけらしい……。
(それにしても、気持ちよさそうに寝てるなぁ……)
 うまく要のもとに辿り着いた絵梨奈は、パラソルの日陰の下で惰眠をむさぼる彼女を眺めていた。直射日光を遮っているとはいえ、7月下旬の猛暑なのだからそれなりに暑くてもいいはずなのだが、今、絵梨奈たちがいるこの場所には気持ちのいい風がやってきてくれるため、思ったほど暑くはなかった。もっとも、コンクリートの上に茣蓙を敷き、パラソルを立てた要と違い、絵梨奈は直接コンクリートに座り、直射日光を浴びていたわけだが。
(これ、水着に着替えて水浴びしてた方がいいかもしれない……)
 絵梨奈たちがいる所は、荒野に点在するオアシス――砂漠にあるような水辺の「アレ」である――の1つだった。正確にはオアシスの近くに作られたスポーツ施設らしき塀と、さらにその近くに建てられた無人の建物、その屋上である。屋上は何者かに爆破されたかのように穴が開いていたが、被害それ自体は大したことは無く、女2人が乗っていたところで崩れるようなことは無かった。
(……だめだ。やっぱ限界。どうせ人いないし、ちょっと水浴びしてこよう……)
 階段を降り、人目につかない所で持ってきておいた水着に着替え、地上の水辺に絵梨奈は入っていった……。

「で、偶然俺を見つけたと」
「そういうことだな」
 アレックスとジャックの立ち話はそれからもしばらく続いていた。
 ジャックに届いた指令には「パラ実のとある施設に要がいる」としか言っておらず、具体的にどの場所にいるのかということについては全く触れられていなかった。いくら荒野に来たことがあるジャックでも、パラ実の施設全てを把握しているわけではなく、言ってみればノーヒントで歩かされているも同然の状況だった。
 荒野を歩きながらジャックは、高島要の家を探すことにした。要がパートナーに同様の「指令」を出したということは、アレックスもどうにかして要を探し出そうとしているはず。それならばアレックスについていった方が指令が達成できるだろうと踏んだのである。
 果たしてその予想は当たっていた。アレックスはちょうど地図を広げていた。つまり、要の行き先――ひいては絵梨奈の行き先に心当たりがあるということである。
「まあそういうことなら一緒に行くか。どうせ行き先は同じなんだしよ」
「ありがたいぜ……。さすがにほとんどノーヒントで動くのは厳しかったんだよな……」
 重いクーラーボックスを抱えた魔鎧の男は、この申し出に喜ぶ以外の選択肢を見出せなかった。