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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第2章 魔族とヒト 2

「これを、作ったのは、あなた?」
「え……」
 少年は振り返った。
 そこにいたのは、不思議な少女だった。無機質な表情と繊細な体つきはまるで人形のようで、それこそ触れてしまえば壊れてしまいそうな雰囲気まである。手元にあるのは傘だろうか? 雨でも降っていたのかな……と少年は思ったが、そう言えば今日は一日外にいたじゃないか、と、自分の記憶を恥じた。
 でも……じゃあ、どうして傘を?
 疑問を聞くよりも先に、少女が再び口を開いた。
「これを、作ったのは、あなた?」
「あ…………え……と……う、うん!」
 赤くなった頬を隠そうとして、彼は慌てて答えた。
「そう。綺麗、だと、思う」
「ほ、ほんと……!?」
 少年は嬉しくなった。
 きっとそれは、こんなにも神秘的で、こんなにも不思議な少女に見惚れていたからで。そんな彼女に褒められたことが、鼓動を高鳴らせたからに違いなかった。
 少年は――暗い翼を生やした魔族の少年は、少女に自分が作った作品について嬉々として語った。それはなんでも、母を模した彫刻だという話だった。
 少年は母を亡くしていた。それも、幼いときに。母の記憶はほとんどなく、少年にとって母は、自分の保護者であった親戚から聞かされる、話の中での存在に過ぎなかった。だがそんな母を、少年はずっと夢の中で見続けていた。本当の姿は分からない。
 だけどそれは……母という存在は……少年の中で確かに生きていたのだった。
 少年の話に黙って耳を傾けている少女。
 と、そこに声がかかった。
「スウェル、こちらにいらっしゃったのですか」
 そこにいたのは、少女――スウェル・アルト(すうぇる・あると)のパートナーである被衣 紅藤(かつぎ・べにふじ)だった。彼女は一瞬、スウェルの隣にいる魔族の少年を見て、いかにも嫌そうに顔をしかめた。
「まったく、何をしているのかと思ったら……談笑でございますか?」
 こくっと頷くスウェル。更に紅藤の表情は険しくなった。というか、少年を睨みはじめてきた。
 無論、そのことに気づかないほど鈍感な少年ではない。彼が恐る恐るスウェルから距離をとると、なんとか、紅藤は彼を睨まない程度には表情を和らげた。
 そんなとき――スウェルたちのもとにもう一人のパートナーがやってくる。
「お〜い、スウェル〜! 紅さん〜! 何をしてるんですか?」
「お話」
 非常に簡潔かつ短い返答を返すスウェル。紅藤は返答を返すこともなくツンと顔をそむけて黙り込んでいた。
 スウェルのは彼女の性格上のものだろうが、紅藤のは確実にそうではないと知れる。
 無視されてしまったもう一人のパートナー、アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)は苦笑しながら言った。
「ガン無視ってのはひどいと思うんですけど、紅さん。ちょ、ちょっとぐらいはお返事を言ってくれたって」
「お返事」
「…………」
 まるで子供の喧嘩のように言い放った紅藤に、さしものアンドロマリウスも半ば呆れ気味である。
 スウェルの感情は見えないが、彼女もまた二人の様子に何かを感じているのだろうか? 決して仲良くはならない二人を見ていたスウェルはやがて、少年の作った彫刻を見上げた。
「空、目指してる?」
「……うん。きっと、空に行ったのかなって」
 この世界に空の光はない。それでも、人は何かを求めて空にいく。
 私も何かを求めてる……?
「そう言えば、ザナドゥは、雨は、降らないのかな」
「降るよ。そして虹がかかるんだ。綺麗な虹が……」
 小さな一歩と、大きな一歩。拒絶するのは簡単だ。誰だって壁を作れば良い。だけど――それを乗り越えて手を握り合うことが出来たならそのときは、きっと綺麗なものを二人で……いや、みんなで一緒に、見られるはずだ。
 ――きっと。



「やっぱりアムトーシスに来たんだったら、美術品の鑑賞よねぇ。テッツァ、貴方もそう思うでしょ?」
「そうですね、パピリィ。せっかくの芸術の街……美術鑑賞を楽しみましょう」
 そこは、アムトーシスでも有名な美術館の一つだった。
 アムトーシスは芸術の街。美術館と言えども数はそれなりにある。その中でも比較的大きく、大衆がよく集まる市民美術館へとやってきたのは、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)たちだった。
 とび跳ねるようにしてはしゃぐパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)を優しげな瞳で見守るアルテッツァ。幸いにも今日は客入りがほとんどないようで、パピリオが騒いでも問題はなさそうだった。
 そんな大きな美術館の中で、とある絵画を見上げてアルテッツァは思う。
(さて……魔族の美的センスとはどのようなものでしょうかね)
 それは一言で言えば興味だった。
 特に、『魂』――人にはないその概念と、彼らはどのようにして生きているのか。それを知ることは、魔族を知ることに繋がる。パピリオも『悪魔』という魔族の一人だが……彼女だけでは分からぬことはたくさんある。それを知る意味でも、美術館というのは良い選択肢だったろう。
(まあ、単にアムトーシスの芸術作品を見てみたいというのもあるんですけどね)
 自分の思考に苦笑するアルテッツァ。
 そんなとき、同じように絵画を見上げていたヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が呟くように言った。
「悪魔の美術館ねぇ。作品に自分の魂を削って入れるのが『ヒト』なら、魂直接使っちゃうのが『悪魔』ってところかしらん? 何だか面倒くさがりな感じがするんだけど、気のせいかしら?」
「さあ、どうでしょうね。価値観の問題だとは思いますよ。……ただ、一般市民にとって魂とは決して安易に扱うようなものではないということでしょうね。だからこそ、街に散見する美術品に魂が用いられることはほとんどない。……そうでしょう?」
 アルテッツァの言うことを理解できないヴェルではない。彼は肩をすくめた。そして、もとより決まっていたことかのように言う。
「まあ、このまま美術館鑑賞も面白そうだけど……あたしはそろそろ失礼させてもらうわね」
 オネエ口調ではあるが、決して『オカマ』ではないと主張する楽譜の魔道書の言いだしたことに、アルテッツァが首をかしげる。
「どこに行かれるんですか? ヴェル」
「あたしは図書館を探そうと思ってるわ。美術に力を入れている所だったら、文芸作品や系統図、楽譜だって収集されているんじゃないかと思うの。どうしてこの街が美術品の街となったのか、その由来を調べてみようかと思うわ」
「んもう、ヴェルレクってば説教くさ〜い。純粋に美術鑑賞しましょーよー!」
 そう言うパピリオだが、ヴェルともう一人のパートナー――親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)も、どうやら美術館から出てゆくようだ。
「ぎゃ〜、ワシもびじつに興味はないんだぎゃ。それよりパピ、オメー悪魔なのに調査隊にいていいんだぎゃ?」
 夜鷹の疑問はもっともだ。
 だが、パピリオはいかにも楽しくなさそうに答えた。
「あーもう、ヨタってばウルサイー。ぱぴちゃんは悪魔同士の派閥争いって、めんどくさいから嫌いなの。それよりも、綺麗なモノを見てゆっくりのんびりした〜いの」
「ぎゃぎゃ、オメーの方がウルサイぎゃ! それにしてもめんどくさいから嫌だなんて、どれだけ勝手なんだぎゃ〜」
 とはいえそれは、実に彼女らしい意見であった。また、『悪魔』らしい気紛れさと言えば、らしいと言える。
 いずれにしても、ヴェルと夜鷹は美術館から一足先に退出するようだ。
「ワシは外でお昼寝でもしとくんだぎゃ。終わったら呼んでくれぎゃ」
「それじゃあ、あたしも行くわね。……せっかくだから、舞台芸術でもあったら、それも鑑賞してみたいもんだわ」
「……ぬーん、ヴェルレクの話も悪くないわね。オペラや演劇があったら、ぱぴちゃんも見てみたいな」
 ひらひらと手を振って去っていったヴェルと、あくびをかみしめる夜鷹。
 二人を見送って、アルテッツァとパピリオは改めて二人で美術館を鑑賞して回った。
 美術館にある作品の多くは、ヒトの作ったものとさほど変わりない単なる芸術作品ばかりだった。だがそのうち、奥に辿りついた二人は『魂』を加工して編み込まれた一枚のドレスを目にすることになる。
 アルテッツァはそのドレスに、美しさだけではない何かを見た気がした。それは……まるでその者の遺産を前にしたかのような感覚にも似ている。あるいは形見だろうか? 不思議なもので、数百、数千年前の魂の輝きは、こうしていまも威厳を放っているのだった。
「ねえ、テッツァ」
「はい?」
「テッツァの魂はぱぴちゃんが貰うからね。貴方みたいな魂は、ぱぴちゃんが加工したいわ」
「またボクの魂の話ですか、パピリィ」
 呆れたため息をこぼすアルテッツァ。
 どうやらパピリオは魂の加工品を見たことで彼の魂のことを思い出したのだろう。クスっと――それこそ、『悪魔』的な淫靡の混ざった彼女の笑み。
 アルテッツァは、諦めて答えた。
「ボクは、生きて何かを伝えてこそ、人間の本懐だと思ってますので、死んでからの事には興味ないんですよ。加工するのであれば、意識がない状態にして頂けると有り難いですね」
 そう、せめて死ぬまでは。
 自分の生きたいように生きていきたいものだ。
 そう思ってアルテッツァは、自分の魂を欲する悪魔とともに、まだ見ていない美術品を鑑賞して回った。