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悪意の仮面

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悪意の仮面

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第5章

 夜の空京……とある通り。日中は交通が盛んなこの場所も、夜にはしんと静まりかえっている。
 シャーロット・モリアーティは、ハッカパイプの清涼感を喉の奥で味わってから、ゆっくりと口を離した。
「ああやって大々的に挑戦を申し込めば、プライドの高いあなたが見過ごすはずがないと思っていましたよ」
 視線の先……通りには、夜霧に揺れる影。長い髪と黒い仮面。イングリット・ネルソンである。
「ごたくはけっこうですわ。わたくしのバリツの研鑽のため、容赦はいたしません」
 低く、落ち着いた声でイングリットは告げた。
 一瞬の対峙の直後、イングリットが矢のように距離を詰めた。シャーロットは棒立ち……いや、自然体である。
「はあっ!」
 全身のバネを引き絞って放たれた掌底を、シャーロットはわずかに体を横向けてかわす。
 が、バリツの技は指先にまで至る。イングリットの小指が、シャーロットの襟を捕らえた。たったそれだけの摩擦を頼りに、イングリットの上半身を引き寄せ、体勢を崩す。
「自慢するだけあって、なかなかの技ですね。……だけど、自分のペースに頼りすぎです!」
 引き寄せられる動きそのまま、シャーロットが体をねじった。不可思議な回転の動きが、達人のみに入門を許された世界で物理を操る。シャーロットは引き寄せられる力の向きをそのまま利用した。イングリットは自らの腕力で、自らの体勢を崩すことになるのだ!
「……っ!」
 それで無様に転倒するイングリットではない。地面を蹴り、とんぼを切って足から着地をする。当然あるだろう追撃に備えてガードを作るが、意外にもシャーロットは自然体で立ったままだ。
「……柔術ですわね。実力を隠していらっしゃるとは、ずいぶん人が悪いのですわね」
「今ので、分かったでしょう? どちらの技が上か」
 達人同士の邂逅は一瞬である。イングリットは確かに、ふたりの実力差を痛感していた。だが、彼女のかぶる仮面が参ったの言葉を許さない。
「……諦めないというなら、何本でも相手になりますよ」
 シャーロットが鋭く告げる。その言葉通り、イングリットは再び構えを作った。
「お待ちになって。……勝負なら、同じ百合園生として、私がつけます」
 涼しげな声が通りに響く。姿を現したのは、冬山 小夜子だ。
「……謙るわけではありませんが、私だけを相手にしても納得してくれないかも知れませんね。見届けさせてもらいます」
 シャーロットがわずかに身を引いた。イングリットの仮面の奥で、プライドを傷つけられた怒りの表情が浮かぶ。
「あまり、わたくしを甘くみないでくださいませ!」
 イングリットが踏み込みとともに蹴りを放つ。が、怒りに任せた一撃はあまりにも素直だ。小夜子は攻撃の軌道を読み切り、軸をはずして身をかわす。
「私の技も、お受けになってくださいな!」
 イングリットの体を中心に円を描くように、小夜子は背後に回り込む。その背に向け、爆発にも似た闘気が放たれた。
「……く、っ!?」
 空中に跳ね上げられるイングリットが壁を蹴り、振り返る。迎え撃つ小夜子の拳がボッ、ボッ、と空気を弾く音を立てた。いよいよ小夜子の放つ闘気が、イングリットのバリツによる肉体操作を上回りはじめていた。。
「……こちらも、勝負あり、ですね」
 シャーロットはパイプをくわえ直しながら呟いた。
 そのときである。
「やたら発育のいい女の辻斬りが出る、と聞いていたが……オレとしては、モデル体型よりもグラビア体型のほうを期待したかったな」
 夜霧の中、立ち上がったのは弥涼 総司(いすず・そうじ)。戦いを影から眺めていたのだが、どうやらこのままでは決着がついてしまいそうだと判断して姿を現したのだ。
「お嬢さん、助太刀するぜ!」
 輝く剣に低い振動音をうならせ、総司が接近する。
「挟撃!? くっ、卑怯な!」
「辻斬り犯に言われたかないぜ! おらぁ、貴様のマスクもオレの仮面コレクションに加えてやるぜーっ!」
 発光一閃! 総司の剣がイングリットの背から斬りつけ、駆け抜ける。勢いそのまま、その剣は小夜子の腹部をなで切りし、シャーロットにまで迫る。
「なぜこっちまでっ!」
 まさかの一撃に、シャーロットもかわしきれない。そして総司が駆け抜けた後、はらり……と、彼女たちの服に切れ目が生まれた。光条兵器により、服だけを切り裂いたのである。
「きゃあっ!?」
 小夜子の被害は甚大である。制服の帯が着られ、スカートにざっくりと切れ目が入っているのだ。思わず手でスカートを押さえる。
「発育のほうもかなりよろしいようだな。よりどりみどり……こっちの女も、背が低いから幼児体型かと思ったら、なかなかどうして……」
「どこを見てるんですか!」
「誤解だ、オレはあくまで辻斬りを止めようと思っているだけなんだ!」
 そう言いながらも、総司は光条兵器を振り回し、ふたりの服を切り裂こうとする。これでは、勝負も何もあったものではない。
「こうなったら、仕方ありません。こんな状況で使うのは、気が引けますが……」
 ため息混じりに、シャーロットが力を解放する。その左目が赤く染まり、虚空から人形が生まれ出でた。これこそ彼女と契約した悪魔、大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)である。
「我は科す……永劫の咎」
 悪魔の言葉が響き渡る。その視線に射すくめられた総司の下半身が、石と化して固まる。
「うおっ!? 動けねえ! 相手が違うだろ、相手が!」
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ。紳士のなんたるかを分かっていない方には当然の罰です」
 やれやれと息を吐いて、シャーロットは振り返った。
「さあ、邪魔者が動けなくなったところで、あらためて勝負を……あら?」
 が、そこにはイングリットの姿はない。
「先ほどまでそこにいた娘なら、いきなり走ってどこかに行ったぞ」
「……しまった、逃げられましたか!」