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<part7 キャンプ>


 海岸から少し奥に入った森では、清泉 北都(いずみ・ほくと)リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)に無人島でのサバイバルについて教授していた。リオンはグレイスフルローブを着ているが、北都は布を腰に巻いただけの格好である。
「遭難して水がないときは、木を切ってみるといいよ。中に入ってる場合があるからねぇ」
「なるほど。自然界は偉大ですね」
 知らないことの多いリオンは素直に耳を傾ける。
 北都は超感覚で甘酸っぱい匂いを嗅ぎつけ、赤い実のなっている木を見つけた。枝に手をかけ、幹に足の裏をつけて登ろうとする。
「ちょっと待ってて。果物取ってくるねぇ」
「駄目ですよ!」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)が慌てて引き止めた。北都の今の服装で木登りなどをしたら、下着さえ着けていない腰布の中が丸見えなのだ。
 北都は不思議そうに振り返る。
「どうして?」
「そ、それは、ほら、危ないじゃないですか。病院さえない極限の状況では、わずかな怪我が命取りになるんですからね」
「それもそうだねぇ。うん。ここで怪我をしたらリオンに示しがつかないしねぇ」
 北都は登るのをやめ、サイコキネシスで果物を地面に振り落とした。
 リオンは腕いっぱいに果物を抱え、北都とクナイは採取した木やツタを担いで、森から海岸沿いの平地に出る。そこには三人が既に集めた素材が、岩の脇にまとめて置いてあった。
 北都が地面にしゃがみ込み、黄昏の星輝銃と椰子の実を手に取る。
「リオン、まずは火のおこし方を教えるね」
「はい、お願いします、師匠」
 リオンは北都の前に膝を突いて背筋を伸ばした。
「火術もいいけど、基本はこれ。椰子の実とか、油脂分が多い植物の繊維を細かく裂いて、銃の撃鉄で火花を散らす。そしたら、ね」
「おお……」
 北都が実演しながら説明すると、椰子の実の繊維に火がついた。
 リオンが感嘆して見つめる。北都はその火を葉っぱに移し、葉っぱから木に移す。
「あとは火をどんどん大きな物に移していく。大きい方が長く燃えて、夜の獣避けにも便利だからね。リオンもやってみて」
「頑張ります」
 リオンは北都から銃と椰子の実を受け取り、教えられたことを実践し始めた。試験問題に取り組んでいる受験生のように真剣な表情だ。
 そのあいだに、北都はクナイを手伝って住居を造る。木をツタで固定して簡易の囲いを組み立て、椰子の葉で覆って屋根にした。
 昼過ぎ頃には、無人島でしばらく暮らすための備えが済んだ。三人は浜辺で砂遊びをする。
「あれ? リオン様のそれは、古代シャンバラの城? 記憶が戻ったのですか?」
 クナイがリオンの作っている砂の城を見て言った。リオンは小さく首を振る。
「いえ、そうではないんですが、うっすらとこれだけ覚えている気がするんです」
「そうか。いろいろ作ってると思い出すかもねぇ」
 北都はリオンを眺めて微笑む。
 のんびりとした無人島の昼下がりが過ぎていった。

 幸田 恋(こうだ・れん)は海岸に腰を下ろして魚を釣っていた。服装は帆布でこしらえた簡単なワンピース。
 近くには午前中のうちに海で拾い集めた難破船の食糧が置いてあるが、せっかく島に来たのだから新鮮な魚も食べたかった。
「おぅおぅ、恋。鯨は釣れたかー?」
 腰に帆布を巻いたグラハム・エイブラムス(ぐらはむ・えいぶらむす)が日本酒の瓶を片手に恋に絡んでくる。
「酒臭いです。普通に考えて鯨が釣れるわけがないでしょう」
「テンション低いなーおい。普通じゃねーことをやるのが武士道だろ? 騎士道だろ? ん?」
「もう酔ってますね。魚が逃げますから静かにしてください」
 恋は顔をしかめた。
「私も鯨が丸ごと食べたいですわ! 是非釣ってくださいな!」
 セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)が釣れた魚を木の枝に刺し、火の上であぶりながら言った。
 彼女は葉っぱで作った水着姿だ。適当に綴り合わせたからいろいろはみ出ているが、気にしていない。ただし、コルセアキャプテンハットだけは海賊としてのアイデンティティなので断固として被っていた。
「鯨って釣り竿で釣れるものなのかしら……」
 火術で火を提供しているのは、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)
 その横ではレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が硬焼き秋刀魚でタコを切っている。
「ちっちゃな鯨なら釣れるんじゃないですかぁ。十センチくらいの」
「それはもはや鯨と呼んでいいか疑問だわ。鯨なのだろうけど。ていうか、あんまり近寄らないでくれる、レティ。気持ち悪いから」
 ミスティは眉をひそめてレティシアから数歩離れた。
 レティシアはうるっと目を潤ませる。
「気持ち悪いなんて酷いですぅ。あたし、なにかしましたかぁ……?」
「レティはなにもしてないけどレティの水着がなにかしてるのよ。それ、海草で作った水着なのよね。なんでうねうね蠢いてるの? そしてさっきからあたしの腕に絡み付いてきて気持ち悪いのよ」
「気のせいですよぅ。海草が動くわけないじゃないですかぁ」
 誰がどう見ても動いていた。
 レティシアの胸と腰を覆っているピンク色の海草は、それだけには留まらず揺れながら伸び、やたらとミスティの体を撫でまくっているのである。
「動いてるわよ。今、シャーッとか唸ったし。本当にそれ海草?」
「本当ですってばあ。だって、海で採ったとき『あなた、海草?』って聞いたら『うん』って答えましたしぃ」
「その時点で海草じゃないと思うわ。思うべきだわ」
『失礼なあああああ! 我が輩は海草であるううううう!』
 突如として海草モドキから怒鳴り声がした。海草モドキは急速に四方に伸び、セシルの焼いている魚や、レティシアの刻んでいるタコを弾き飛ばす。
 セシルの血管がぷちっと切れた。
「海草だろうと海草でなかろうとどうでもいいですけど!」
 セシルは死に神のような目をして立ち上がった。レティシアの海草水着の端っこを鷲掴みにし、舞妓さんの帯を解く要領で無理やり引っ張る。
「大事なご飯を駄目にする生き物は許しませんわーっ!」
「あ――れ――!」
 レティシアはコマのようにぐるぐると回転させられた。たちまち素っ裸になる。セシルは引っ剥がした海草モドキを、
「そおい!」
 海にぶん投げた。海草モドキは遠く沖まで飛ばされ、視界から消え失せる。
 グラハムがうなだれた。
「ちっくしょー、酒の肴がなくなっちまったぜ。焼けたらかっぱらおうって狙ってたのに」
「ふうん、そうなんですの」
「……あ」
 にっこりと黒く微笑むセシル。グラハムの首根っこを掴む。
「そおいですわーっ!」
 鬼神力を使い、海草モドキと同じくらいの距離まで放り投げる。遠くに小さな水しぶきが見えた。
 セシルは恋の肩に腕をかけて揺する。
「れーんー! 早く次の魚! 魚が欲しいですわ! なんなら私がエサになりますから!」
「……セシル殿も酔ってますね。魚が逃げるから揺らさないでください」
 恋の握っている釣り竿が、水面から針が飛び出しかねない勢いで揺さぶられる。グラハムに邪魔されたらひっぱたくところだが、セシル相手にはそうもいかない。
「こうなったら恋を焼いて食べるしか!」
「やめてください」
「あら? 焼けてなくてもいけますわ?」
 セシルは恋の髪をがじがじと噛む。酔ってるからなのだけれど、歯ごたえも塩味の効き加減も及第点に思える。
「やーめーてーくーだーさーいー」
 恋はセシルの体を押し退けようとする。しかし、セシルは恋にしがみついた状態で寝息を立て始め、どうやってもほどけない。
 恋は諦めて、そのまま釣りを続けることにする。なんだか沖の方からグラハムの助けを求めるような声が聞こえたが、多分気のせいなので放っておいた。
 平和な午後だった。