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我々は猫である!

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我々は猫である!
我々は猫である! 我々は猫である!

リアクション

 香水の匂いも落ち着いた広間で、猫人四人に囲まれたサクラコは再度お立ち台へ登り、
「ふっふっふ、邪魔者もいなくなったことですし、このままお偉い人の所へ突っ込みますよ――!」
 敵対者の始末で勢いづいた彼女は広間に通じる一つの路地を指差す。
 サクラコの指の先に見えるのは街の大通。騒ぎの中央部だ。
 猫化した数人を連れてこの広場から出陣しようとしているのだ。だが、
「おーし、見つけたぞ猫もどき共。こんな所にたむろしてやがって、ああイラつく」
 拳銃片手に、額に青筋を作った斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)が大通り方面から歩いて来たのだ。
 空いた手で頭を掻き毟りながら彼は言葉を作っていく。
「テメエらがいるだけで猫の立場悪くなんだよ。それはつまり俺の敵なんだよ。解ったか? ああ? 分かったなら大人しく俺にぶっ飛ばされて保健所入ってろ。若しくは死ね」
「……なんかすごいブチ切れている人が来ましたにゃー」
 昼寝から起床したナナが感想を言う間に、邦彦の背後に一人の女性、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)が現れた。
 邦彦の肩を叩いた彼女はやや呆れ顔で、
「ちょっとちょっと、言い過ぎよ邦彦。一応あっちだって被害者なんだから、もう少しマイルドな対処をしないと」
「ああ、了解した。じゃあマイルドに殺そう」
「……私はもう少し避難誘導してくるわ。だからまあ、取り敢えず、混乱の下になりそうなのはここで留めておいてね。――勿論殺さないように」
「おう、了承した。殺さないように殺しておく」
 本当に解っているのかしら、とネルは肩をすくめつつ、大通りの方向へ戻っていく。
「うっし、じゃあやるか。死にたい奴でもそうでない奴でもいいからかかって来い。どうせテメエら皆ぶっ飛ばす」
 銃による手招きに対し、最初に呼応したのはネルで、
「何でこの人最初から怒りモード全開なのかは解りませんが――」
 一足に跳躍した。ただ一度の飛び込みで十メートルの距離をゼロにする。
 猫化した者の能力は上昇する。それは女子供に関わらない。
「とりあえず噛みますよ――!」
 牙を見せ、邦彦に飛びかかったネルは、しかし、
「すまんな。女子供にゃ手加減しときたいが、今は出来ん」
 銃の一発で撃ち落とされた。
 にゃああ、と断末魔が広がるが、それを気にすることなく邦彦は進行の一歩を踏む。その瞬間だ。
「おじさーん、こっちこっち」
 ペトリファイアーが左方に居た。撃墜時の隙をつかれ、接近していたらしい。
 そして噛みつきが来る。狙いは最も手近な左腕。
「かぷりー」
 堅い音と鈍い音がした。
 一つはペトリファイアーの歯が鳴らした、硬質の物を噛み違えたような音。
 もう一つは邦彦が、噛みついて来た下手人の首筋を銃の底部を叩いた音。そして声も追加される。
「悪いが、左腕は生身じゃなくてな。噛みつきは通らないんだ」
 口を吊り上げて邦彦は言う。
 銃を片手に、噛みつきのきかぬ左腕も振り上げ、意識の残る集会場の猫人たちに向けて、
「さあ、保健所送りパーティーを始めようか!」
 直後、何重もの銃声が響いた。
 その音に驚いたのか、何匹かの猫が集会場から逃げていく。
 
 
 多様な音で盛り上がる集会場の外れ。大通りに通じる路地の近くをグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は歩いていた。
 銃を片手に、身体にアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)を纏って辺りを見回す彼は、
「やれやれ、だな。猫人間は凶暴化のオマケつきなのか?」
 既に五人ほど打ち倒して、そこいらに放置して来たが、
「運動能力上がり過ぎだろうよ。明らかにインドア派の奴が分身付きの高速駆動してくるし……」
 そう。猫化したものは皆一様に身体能力が向上しているのだ。
 今まで降りかかって来た火の粉からそれは見て取れた。しびれ粉を使って何とか切り抜けてきたが、
「全く、一般人だろうが噛まれたら一発アウトってのはシビア過ぎるだろ」
 は、と疲れを含んだ吐息をしていると、
『主よ、そろそろ休んではどうだ。元より今日はただの買い物に来ていたのだ。戦闘用の心持ちでもなかっただろうに、長時間やり過ぎだ』
 装備しているアウレウスから、心配そうな声が響いて来た。
 確かに彼のいう通り、今日はただの買い物のつもりで足を運んだのだ。ならば少しくらい休んで、騒ぎが収まるのを待っても良いとは思う。しかし、
「何でかな。妙な胸騒ぎがするんだよな……」
 グラキエスがそう呟いた時だ。
「ぐ、グゥ……!」
 呻きのような、それでいて唸りのような、喉奥から絞り出した声が響いた。
 グラキエスは即座に銃口を声の響き先に向ける。
 銃の行き先は建造物同士が組み合わさり、三角状の影を作っている歩道だ。また、死角となりやすい場所とも言う。
 そこに顔を向けて見つけたものは、
「ロア……?」
 ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)が、四足を地面についてグラキエスを見据えていた。
「ガ……オオ…………」
 眼光は鋭く口元は吊りあがり、歯の隙間からは獰猛な唸りが漏れている。
 その姿を見れば一眼で解る。明確な敵意を持っていると。
「っマジか……」
 一歩一歩、ゆっくりとした足取りでロアは近づいてくる。
 今まで蹴散らして来た猫人とは明らかに違う。両手の爪から与えて来る重圧も、視線から出でる敵意の量もけた違いだ。それはまるで、
「腹が減っている獣ってこんな感じなのかね……?」
『落ち着いて言っている場合か主! 来るぞ!』
 言った瞬間、
「ガ、ア、ア!」
 ロアがグラキエスに向かって突っ込んだ。
 四足のばねを全て使った跳躍だ。
 高速でグラキエスに肉薄すると、
「――――!」
 右腕のしなりを使って右手爪をぶち込んだ。狙いは顔面。
「っとと!」
 グラキエスは銃身を用いて右手首を受け止める。そうすれば爪は彼に届かない。
 だが、ロアの動きは止まらない。
「オ……!」
 空いた左手をグラキエスの脇腹に突っ込んだのだ。
 鋭利になった爪は意図も容易く柔肉に突き刺さる。
 その筈だった。が、その予想は外れた。
『やらせぬよ……!」』
 アウレウスがその身を使ってガードしたのだ。
 ロアの左手ごと爪は弾かれる。反動で四足歩行で低頭していた彼の身がかち上がる。
 その隙をグラキエスは逃さない。
「よいしょっ――」
 右手の受け止め役を銃身から左手に変え、フリーになった銃身を、
「――とぉっ!!」
 ロアの喉元に叩き落とした。
 体重を乗せた逆落とし。首元を持っていく一撃に不安定な体勢のロアは耐えきれず、
「ガ……?!」
 そのままひっくり返された。さらにグラキエスは動く。
 ロアの足を払い身体を完全に浮かせ、
「止めだ……!」
 大外刈りの要領で、ロアの後頭部を地面に叩きつけた。
「グュ…………」
 発音出来ないような呻きを上げて気絶したロアを見降ろして、グラキエスは吐息。疲れを息と共に吐き出しながら動作で乱れた身なりを整えた彼は、
「ほんとやれやれだ。ロアには後で何か奢ってもらわないと割に合わないな、これは」