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リアクション
校長室にて。
イルミンスール魔法学校、校長室にて。
「この立場になれたのはいいとして……ここまで面倒とはね」
執務机に向かったメニエス・レイン(めにえす・れいん)は、書類を眺めながら聞こえよがしなため息を吐いた。
「口じゃなくて手を動かしなさいですぅ」
メニエスの言葉に、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)がつんとした声を放つ。
「手っていうか目でしょ。書類の確認作業」
「報告資料の作成もあるですぅ。てきぱきやりやがれですぅ」
EMUへの報告資料の作成や、その他諸々書類の確認。あまりの膨大さにメニエスの口から再びため息が漏れた。
「……ていうか、こういう仕事は校長である貴女がやるべき仕事でしょ」
もちろんエリザベートだってサボっているわけではない。注意しながらも彼女の手は休むことなく動いていた。だから、猫の手すら借りたいような状況だとはわかっていたけど。
「別にあたしがやらなくてもいいじゃない」
「でも、貴方でもできることですぅ」
「……まさかあたしが嫌だからって仕事溜めて押し付けたりしてるんじゃないでしょうね」
「…………」
「いや、そこは黙らないで否定しなさいよ」
「冗談ですぅ。いくらなんでもそんな回りくどいことはしないですぅ」
「貴方の冗談、わかりにくいから嫌いだわ」
言って、やむを得ずメニエスは資料に目を通した。いくら言っても無駄だと悟ったからだ。
けれど、嫌々やる仕事は総じて捗らないわけで。
――そういえば、あたしが前にここにいた時に読めなかった本があったわね。
――どうせここに来たなら図書室に行きたいわ……。
思考は、別の路線にシフトする。
そして一度思い至ってしまうと、どうもそちらの方にしか考えが向かわなくなり。
「ねえ。あたしじゃなくてもできるなら、誰か代役立ててよ」
「はあ? 教頭が何無責任なこと言ってるんですかぁ?」
「お言葉だけどね。教頭に仕事を丸投げしている校長に言われたくないわよ」
「丸投げってほどひどくないですぅ。それに教頭なんだから校長の我侭に付き合えですぅ」
「あたしは暇じゃないの」
「暇そうだったですぅ」
「これから用事があったの」
「その場限りの常套句ですぅ」
「嘘じゃないわよ。本読みたいの、あたし」
「本?」
エリザベートの視線が資料から離れ、メニエスを見た。ジト目で怪訝そうに。そうよと頷き、メニエスは言葉を続ける。
「図書室にまだ読んでない魔道書がたっくさん。だからそれ、読んでくるわ」
「そんな私事、仕事の後にしやがれですぅ」
「やりたいことが他にあると集中力が散ってしょうがないのよね。だから仕事は後でやるわ」
席を立ったメニエスを、
「手が足りないって言ってるじゃないですかぁ」
エリザベートがむすっとした声で呼び止めた。このまま放って行くこともできるが、それだと後々面倒そうだ。
足を止めて、どう切り抜けようかと考えたとき。
校長室のドアがノックされた。
「失礼しま――」
「いいところに来たわね」
入ってきたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)の言葉を遮り、メニエスは笑う。
「……はい?」
「貴女、あたしの代わりに仕事やっといて」
そして、丸投げ。
「代役も立てたし、これであたしは自由よね?」
「ちょっと! フリーダムすぎるですぅ!」
「はいはい。お説教は後で聞くから」
とにかく今は本が読みたいの。そう言い残し、メニエスは校長室を後にした。
*...***...*
「はあ……困った教頭ですぅ」
エリザベートが息を吐いた。
「付き合わせちゃって申し訳ないですぅ」
かけられた言葉に、いえ、とフレデリカは応える。
「暇、でしたから」
そう、暇だった。
やることがなくて、どうしてもあの日のことを――兄の死を知ってしまった日のことを、思い出してしまって。
知らず、ため息が出てしまったり、上手く笑えなかったり。悪いときは泣きそうになってしまったり。
――そんな姿、いつまでもルイ姉に見せられないもんね。
兄のことで悲しんでいるのは、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)だって同じことなのだ。
だから、学校に出てきて図書室に行ったのだけれど、そこには{SNM9998825#フィリップ・ベレッタ}がすでに居て。
頼りたく、なってしまった。
でもそんなこと、出来るはずがない。
他の生徒も居る前で、ミスティルテイン騎士団としてそれなりの立場を持っている自分が気弱な姿を見せるなんてこと。
同じく、誘い出す勇気もきっかけもなくて。
仕方なく校長室に逃げてみたのだ。なぜか、仕事を押し付けられてしまったけれど。
エリザベートと二人でこなすには膨大すぎる量だけど、兄の死から立ち直れてない今の自分には忙殺されているくらいが丁度いいから。
「これで、いいんです」
数時間経ち、仕事も一段落ついて。
エリザベートは、休憩してくると言って席を立った。
それでも黙々と資料作成を続けるフレデリカが、ふっと顔を見上げたとき目に映ったのは、窓の外に浮かぶ満月。
綺麗な、月だった。
去年、十五夜に見た月のように、とても見事な。
――ああ。
――もう、兄さんは、居ないんだよね。
いつかはどこかで同じ月を見ていた兄。
けれど、もう、同じものは見れないのだ。
「……あれ?」
勝手に涙が零れてきた。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
場所をわきまえず、フレデリカがどうしようと困惑しても止まることなく。
その上、校長室のドアがノックされた。誰かが入ってくるらしい。慌ててドアに背を向けた。
「失礼します。……あれ、フレデリカさん?」
聞き覚えのある声は、フィリップのものだった。
「どうかしたんですか?」
問いに、答えられなかった。だって、声を出したら涙声であることがバレてしまう。
「? フレデリカさん?」
大丈夫ですかー、とフィリップが問う。
大丈夫じゃないよ、と小さく返した。
――苦しいよ。辛いよ。誰かに聞いて欲しいよ。
だけど、頼れないから。
弱いところなんて、見せられないから。
「なんでもないの」
「なんでもって、」
「なんでもないの」
強がるしか、ないじゃないか。
滲んだ視界の中で浮かぶ月の輪郭は、ひどく歪だった。
*...***...*
最近、フレデリカの元気がない。
こちらに心配かけまいと気を張っているのがルイーザにはわかった。わかっていたから、辛かった。
相談してもらえないこと。
聴いてあげられないこと。
それどころか、自分は何を言っても慰めるどころか責めることになるのだろうという今の状況。
全てが、悔しい。
その上今日は帰りが遅く、連絡もつかなくて。
学校の図書室へ行くと言っていたから来てみたけれど、図書室にはメニエスしか居なかった。退室し、廊下を歩いていると、
「ルイーザさん」
向かいから歩いてきたフィリップに声をかけられ立ち止まる。
「フィリップ君。ねえ、フリッカ見なかった?」
「フレデリカさんなら校長室に居ました」
「ありがとう」
おかげで場所はわかった。
連れて帰ろう。
暖かい部屋で、美味しいご飯を食べて、ゆっくり休んでもらおう。
塞ぎ込んでいる彼女に何が出来るか考えたけれど、それしか浮かばなかった。でも、それくらいなら出来る。
校長室に向かおうとしたとき、「あの」と呼び止められた。振り返る。
「フレデリカさん、……泣いてました」
「え」
「でも、僕……何も出来なかったんです。
なんでもないと強がる彼女に、問い詰めることなんて、とても」
それはフィリップらしくもあった。けれど、今のフレデリカには酷だろう。
何があったか、話してしまえば。
そうすれば、彼はフレデリカの傍にいてくれるだろうか。
だけど、それをフレデリカは望むのだろうか。
「……ありがとう。なんとか、するわ」
わからなかった。
だから、教えてくれたことに礼を言って、今はただ校長室に向かう。
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