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リアクション
第一章 着せ替え狂想曲 7
さて、男性を惹きつけそうな女性がいれば、逆に女性を惹きつけそうな男性もいる。
もちろんそれは一人ではないが、その筆頭はグラキエスだった。
「ジョージア、ちょっと確認してくれ。この服の着方はこれでいいのか?」
彼が渡されたのは、葦原明倫館の忍者タイプの男子制服である。
あまり着たことのないタイプの服だったので、記憶を頼りに着てはみたものの、やはり気になって確認に来たのである。
「おおよそそれであっていますが、一点だけ。それはマフラーではなくマスクですね」
ジョージアの指摘に、「ふむ」と一度頷き、マフラー改めマスクをつけ直す。
「これでよし、と」
そう言って倉庫へ向かおうとしたグラキエスだったが、やはり周囲からの視線が気になる。
(ジョージアが嘘をつくとも思えないし、着方は間違っていないはずだが……俺の着物姿が変なのか?)
すると、そこへアウレウスがすっ飛んできた。
「あ、主よ! そのように肌を露わにされるなどいけません!」
そう、普段は鎧、というかコート形態のアウレウスを纏っているためかなり肌の露出の少ないグラキエスであったが、今着ているこの制服では上半身がほぼむき出しに近い状態になっている。
グラキエスは顔立ちだけでなく体つきの方もかなり整っており、すらりと引き締まった筋肉質の身体は美しい彫刻を思わせるほどである。
故に、彼に集まっていたのは好奇や嘲笑の視線ではなく、感心や憧憬の視線だったのである。
「ええい不埒な目で主を見るな! 散れ!」
当のグラキエスすら呆気にとられるほどの剣幕で周囲の人々を追い払うと、アウレウスはいきなり外装を変形させ始めた。
彼は魔鎧であるため、自分が「鎧を脱ぐ」ことはできない。
しかし、外装をいろいろな形に変形させることが得意なアウレウスならば、アンダースーツの形状をまねることにより、少なくとも服を身に纏うのに支障がない程度には、生身の人間に近いラインを作ることができるのである。
彼は自分がほぼ望み通りの形状になったことを確認すると、大股にジョージアの方へと歩み寄っていった。
「さあそこの機晶姫! 俺にも早く服を寄越すのだ!」
「はあ。ではこれを着てください」
差し出された服を受け取り、それが何であるかも確認せずにその場で着始める。
彼が、自分が渡されたのがイルミンスール魔法学校の新女子制服であることに気づいたのは、全てしっかりと着終わったあとであった。
もっとも、「彼本人は」それが何であれ、意に介する様子は全くなかったが……いくら彼が端正な顔立ちをしているとはいえ、彼はあくまで「男性的な」「精悍な顔つき」であり、体型もまた然りなので、周囲の人たちから見ると凄まじい違和感があったことは書き添えておかねばなるまい。
そしてもう一点、その彼がグラキエスの側に常に控えていることによって、「グラキエスを無遠慮な視線から守る」という目的を見事に(?)達成できたことも。
続いてやってきたのはエイミル・アルニス(えいみる・あるにす)とクリスタル・カーソン(くりすたる・かーそん)の二人である。
「クリスタルさんのその服、似合っててかっこいいですよ」
「ありがとう。エイミルさんこそ、なかなか似合ってて……うーん、かっこいいとかわいいの中間あたりかな?」
クリスタルが着ているのはフォーマルな執事服、そしてエイミルはイルミンスール魔法学校の新男子制服である。
二人とも特に男性っぽい要素はないのだが、それでも女性の男装はそれなりに様になってしまうことが多いのは実に不思議である。
「さて、ニーアはどんな服着ることになったのかしら?」
「楽しみですね」
と、二人がそんなことを話していると、そこに二人のパートナーであるライオルドとニーアが揃って姿を現した。
「ニーア! 何よその格好!」
当のニーアが予想した通り、彼の姿を見ていきなりクリスタルが爆笑する。
まあ、ニーアもこれといって女性的な要素はあまり持ち合わせておらず……にも関わらず、メイド服を着ることになってしまっているのだから仕方ない。
「まあ、クリスに爆笑されるんじゃないかとは思ってたけどな……」
ただただ苦笑するニーアに、クリスタルがこう続ける。
「ごめん、あんまり似合ってないのもあるけど、隣のライオルドさんと比較しちゃって……!」
その悪意のない言葉が、今度はライオルドにクリーンヒットする。
意に反して女性用の服を着せられた結果として、「全然似合わずネタにされる」のは確かに微妙であるが、だからといって「見事に似合いすぎている」というのも決して手放しで喜べる話ではないのだ。
「いいじゃないライオルド。何だって似合わないよりは似合う方がいいに決まってるし、ライオルドは普通に男物も似合うしね」
そんなライオルドの思いに気づいて、すぐになぐさめにくるエイミル。
そこまでは、パートナーとして百点満点の行動である……そう、彼女がとても嬉しそうな笑顔を浮かべてさえいなければ。
ライオルドとニーアは顔を見あわせて、お互い少し弱々しく苦笑した。
と、そこへ通りかかったのは東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)と遊馬 シズ(あすま・しず)である。
「ってーか、これはどう考えても逆だろっ!」
明らかに不満そうな顔のシズが手にしているのは、百合園女学院の旧制服。
「まあまあ、でもそれがジョージアさんのチョイスなんだし」
対照的に、楽しそうな様子の秋日子がもっているのは薔薇の学舎の旧制服。
「嫌がってもダメだよ、強行突破は卑怯だからね」
「だよなあ……こうなりゃ強行突破……とも思ったけど、それは俺の主義に反するしな」
シズはこれでも悪魔なのだが、どうにもこうにも不器用な性格のため、こういった場面ではいつも貧乏くじを引いていた。
「そうそう、正々堂々がモットーならちゃんと着替えなきゃ」
「……ったってなぁ……」
なおも渋るシズに、秋日子は明るくこう言った。
「大丈夫大丈夫、案外似合うんじゃないかな。遊馬くんって童顔だし」
女物の服が似合う、というのも、童顔である、というのも、一般的な価値観の男性にとって褒め言葉になるかは難しいところである。
「……つか、さっきから大丈夫大丈夫言ってるけど、一体何を根拠に言ってるんだよアンタ」
疲れた様子でシズがそう言うと、秋日子は辺りをきょろきょろと見回し……ニーアを指差してこう言った。
「ほら、あの男の人だって女装してるんだから、大丈夫大丈夫!!」
その指す方に、シズの視線が向かい……ニーアと、そしてその隣のライオルドと視線が合う。
「やっぱり似合ってないよなぁ」とばかりに苦笑するニーアと、「自分も女装なのに、あっさりスルーされるほど女性に見えてしまってるのか」と引きつった笑みを浮かべるライオルド。
はたして自分の行き着く先がどっちなのか、とシズは少し考え……どっちであっても微妙である、との結論に達した。
「大丈夫大丈夫、きっと似合うから!」
「……いや、似合っても嬉しくないから。今回限りだからな、もう二度と女装なんてしないからなっ!」
シズの叫びは、むなしく廊下に響き渡ったのだった。
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