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学食作ろっ

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 ■ 幸せの甘味 ■
 
 
 
 料理の試作が一通り終わると、今度はスイーツの試作開始だ。
「任せておいてっ。あたし、プリンだけはお母さんにおいしいって褒められるんだー。オタケさんにもおいしい手作りプリンの作り方、教えてあげるね」
 明夏灯世子は自信満々で、材料を鍋に入れた。
「温めた牛乳と粉をよーく混ぜたらね、型に流して冷やして固めればいいの。あ、カラメルはこっちの小袋をお湯でねりねりって溶くんだよっ」
「へぇ、簡単なんだねぇ」
「うんっ。こっちのが抹茶プリンの素、こっちが黒ごまプリンの素で、これがキャラメルプリンね。みんな同じ作り方で出来るんだよー」
 凄いねぇとオタケに褒められて、えへっと灯世子は笑っているけれど、要するにインスタントのプリンの素。袋に書かれている通りに作れば、大抵は誰でも同じように出来上がる。
「私は芋羊羹にしてみたんだよ〜。これなら秋らしいし、和風な感じで素敵だと思うんだけど」
 久世沙幸は調べてきたレシピ片手に、芋羊羹にチャレンジする。普段はあまり自分で料理することはないけれど、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 こういうのは自分で頑張ることが大事だと思うし、料理したことのない自分が出来るものだったら、スイーツには疎いと言うオタケさんだって作れるに違いない。
「えっとまずは、皮をむいたサツマイモを輪切りにする、だね」
 レシピによると、皮を剥いたサツマイモを蒸して、冷えないうちに裏ごしし、弱火にかけた鍋で砂糖と練り混ぜてから少しだけ塩を入れて、容器に入れて押し固めたらあとは冷やして切り分けるだけ。
「なんだか結構簡単そう? 早速やってみよう〜♪」
 サツマイモを手にとってから、沙幸はおっと、と気を引き締める。油断は禁物、慎重に。
「琴子センセーは料理って得意なのかな?」
 沙幸は試作の様子を見て回っている白鞘琴子に聞いてみた。
「料理、ですか。普段はあまりしませんけれど、簡単な和食ならばなんとか……」
 知識ぐらいは、と小さく琴子は付け加える。
「だったら、芋羊羹を作るときのポイントとかあるかな?」
「そうですわね……作り方を見せていただけます?」
 琴子はレシピに目を通してから、幾つかのポイントを教えた。
「サツマイモは灰汁が強いので、皮は厚めにむいて、お水を換えながら1時間くらいはあく抜きした方が良いですわ。そうしないと色が汚くなってしまいますの。裏ごしは大急ぎでしないと、だんだん粘りが出てきて固まってきてしまいますので、火傷に気をつけながらできるだけ早くして下さいましね。あとは……練り混ぜるときによく水分を飛ばすようにすることでしょうか。水気が十分に飛んでいないと、水っぽいものになってしまいますので」
「皮を厚めにって……これくらい?」
「もっと厚い方が良いですわ」
「えーっもったいないー」
「できあがりの色を気にしないのならば薄くても良いですけれど……そういえば、祖母は残った皮をきんぴらにしていましたわね」
 琴子は懐かしそうに呟いた。
「じゃあ今回はこれくらいの厚みでむいておいて、色があんまり悪いようだったらもっと厚くむいてくれるようにオタケさんに言おうかな」
「切ったらすぐにお水に浸けて、よく灰汁抜きをして下さいましね」
 頑張って下さいませと声をかけると、琴子はまた別の生徒の様子を見に行った。
 
「オタケさん、温かいお汁粉はいかがですかぁ?」
 神代明日香が湯気のたつお汁粉を注いでオタケに差し出した。
「あずきから煮るのは大変ですけど、餡子からならあっという間にできますよー。中に入れるのは白玉とかお餅とかー、秋だったら栗を入れても美味しそうですねぇ」
「熱っ……ああでもあったまりそうだねぇ」
 オタケがお汁粉を飲むそのすぐ傍らで、ノルンはぐるぐるとハンドルを回し続けていた。
「それは一体何をしてるんだい?」
「アイスは自分で作ることも出来るんです。このアイスクリームメイカーに材料を入れてぐるぐるすれば……」
 ノルンが蓋を開けてみせると、中ではチョコレートアイスが出来ていた。
「買ったアイスもおいしいですけど、作ったアイスもおいしいです」
 スプーンでひと匙すくってオタケに味見させると、ノルンは残りのアイスクリームを嬉しそうに器に盛りつけた。
 
「オタケさん、これどうでしょうか?」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が見せたプレートに、オタケよりも灯世子が歓声を挙げる。
「うっわぁ、おいしそう!」
「こっちが『蒼空スイーツプレート・洋風』。パウンドケーキ、タルト、ティラミス、ワッフル、プリン、アイスクリームの豪華詰め合わせ! こっちは『蒼空スイーツプレート・和風』。わらび餅、抹茶ロールケーキ、抹茶アイス、白玉あんみつ、フルーツみつ豆、羊羹の豪華詰め合わせ!」
 プレートには何種類ものスイーツが豪華に盛りつけられている。
「どちらも、サイズは一口サイズのS、二分の一サイズのM、贅沢に1個サイズのLから選べるようにして、ドリンクをセットで頼めばちょっとお得♪ 季節によって、旬のフルーツを使ったりすれば、一年飽きが来ずにいけると思うのです♪ 授業が終わった後、友だち同士でこのメニューを食べながらお茶をしたら、楽しく盛り上がれます。それと、緑ヶ丘キャンパスのメニューとして、ケーキとアイスの形を緑の葉っぱの形にしてあるんですよ」
「いいなー、これ」
 灯世子は今にも食べたそうにしているけれど、反対にオタケさんの表情は優れない。
「ひぃふぅ……全部で12種類もあるのかい?」
「デザートはあらかじめ作っておいたものを盛りつけるだけなので、簡単ですし……1日の個数を限定すればムダもありません」
 歌菜はそう薦めてみたけれど、オタケは申し訳なさそうに言う。
「残念だけど、学食の料理を作りながらこんなに種類は作れないねぇ。もしやるとしたら、ランチが終わった後、誰かお菓子作りが得意な人を雇ってもらって、その人に作ってもらうとかかねぇ」
 自分たちには無理だとオタケは首を振ったが、興味ありげにプレートを眺める。
「今の子は、こういうもんが好きなのかねぇ……」
「好き好き大好き〜、だよっ。あたしこれ食べたいなー」
 灯世子はそう言ってから、そうだ、と手を打ち合わせる。
「お披露目会の時だけでも、こういうプレート作れないかな? 全部味見したい人のために、みんなが試作したスイーツをちょっとずつプレートに載せて、それを試食できるようにするの。きっといろいろ食べたい子は大喜びだよっ」
「そうしてもらってもいいかい? すまないねぇ、あたしが洒落たお菓子に堪能じゃないもんだから……」
 オタケはそう謝ってからプレートを受け取り、考え考え歌菜の作ったスイーツの盛り合わせを1つずつ味見するのだった。
 
 
「大地さん、お手伝いに来たよ〜♪」
「ミレイユが大地のデザート作りを手伝いたいというから、仕方なく来たぞ」
 志位 大地(しい・だいち)が学食のメニュー案でデザートを作ると話していたのを聞いて、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)を連れて手伝いにやって来た。
「ミレイユさんようこそ。手伝い期待してますよ。ロレッタさんも手伝ってくれるんですか?」
 意味ありげな目をして大地が言うと、ロレッタはふふんと笑う。
「こう見えても、シェイド兄ちゃんのおやつ作りのお手伝いをしているから、役に立つはずなんだぞ」
「そうなんですか。どんなお手伝いが出来るんですか?」
「もちろん、味見とかだぞ。どうだ、大地。味見が得意なロレッタを頼ってもいいんだぞ」
 あくまで得意げなロレッタの様子にこみ上げてくる笑みをぐっと押し殺しながら、大地はよろしくお願いしますねと答えた。
「ワタシは材料の下拵え、道具の用意、後片づけ、なんでもがんばるねっ。シーラさんも一緒なんだね、よろしく♪」
 ミレイユの方はお菓子作りも手伝う気満々で、持ってきたエプロンをしめた。
「ふふ〜、ロレッタとお揃いのエプロンにしちゃった。どうかな〜? 似合うかな〜?」
 淡いピンクのエプロンには赤のタータンチェックのリボンがポイントについている。新しくお揃いで誂えたエプロンが楽しくてたまらない様子でミレイユは尋ねた。
「女性同士のペアエプロン……い、いけません、いけませんわ〜」
 お揃いのエプロン姿のミレイユとロレッタを見比べて、シーラ・カンス(しーら・かんす)は勢いよくボールの中身をかき混ぜた。何を想像しているのか、頬が嬉しげに紅潮している。
 シーラの妄想力に突き動かされた泡立て器が、信じられないほどのスピードで玉子を泡立ててゆく。
 神業とも言えるその動きに、自分も手伝わないととミレイユは大地に聞いた。
「あ、いけないいけない。ワタシもちゃんとお手伝いしないと。大地さん、今日は何を作るのかな?」
「精霊指定都市イナテミス産の野菜や果物を使ったデザートを作ろうと思ってるんです」
 大地はイナテミス郊外にあるイナテミスファームのプロデューサー兼マネージャーのような存在だ。今日はそこからデザートの材料を運んできている。
「作る予定なのは……イナテミス乳牛の乳を使った生クリームとカスタードクリームを二層にしたシュークリーム。それと、イナテミス鶏の玉子を使った商品な甘さのバウムクーヘン。こちらの生地には裏ごししたサツマイモを練り込みます。あとはイナテミスカボチャを使ったパンプキンプリンですね。しっかりこしてなめらかな口当たりを出したいところです」
 大地の説明を聞いただけで、ロレッタの喉がごくりと鳴る。仕方なく来たと口では言っているけれど、その実、大地の作ったデザートが食べたくて、ミレイユについてきたのだから。
 そんなロレッタの内心などお見通しの大地だったけれど、全く気づいていないふりをしてデザートを作っていった。
 ふっくらと膨らんだシューの中には、たっぷりと甘さ控えめの生クリームと、とろりと甘いカスタードクリームを詰め込んで。
 薄く生地をつけ、焼き、また生地をつけ、焼き……と何度も何度も繰り返した、均一な年輪の層を見せるバウムクーヘン。
 元気の出そうなカボチャオレンジ色のプリンは、器を揺するとふるふるとなめらかに波打つ。
「おいしそうだねっ。ワタシも味見してみたいな〜、だ、だめかな〜?」
 大地の腕とシーラの趣味、ミレイユの手伝いで出来上がったデザートに、ミレイユも思わずちらちらとそちらを見てしまう。
「味見は必要ですからね。では……」
 味見役に来てくれたロレッタに、と思った大地だったけれど、あんまりロレッタがきらきらした期待の目でデザートを見ているものだから、ついいぢめ心がうずいてしまう。
「では、このバウムクーヘンを……」
 にっこりとロレッタと視線をあわせると、大地はバウムクーヘンを載せた皿を……ミレイユに差し出した。
「味見してもらえますか?」
「いいの? やったー!」
 ミレイユは飛びつくように皿を受け取ると、さっそく1口食べてみる。
「甘味もちょうど良いし、しっとり焼けてるね。食べるとサツマイモのいい匂いがするよっ♪」
「うまく焼けたようですね。ではこちらのパンプキンプリンは……」
 今度こそ、と意気込んでいるロレッタの前にプリンを差し出す……と見せかけて、大地はくるっと振り返った。
「え?」
 不意に話を振られた南天葛はきょとんとしたが、ダイアの方が早く反応する。
「なんて美味しそうなプリン。私も是非味見を……」
「ダメだよダイア。牛乳が入ってるものはわんわんには良くないんだから」
 ダイアを止めると、葛はおずおずと大地に聞いた。
「あの……ほんとに食べて……いいの?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう……」
 葛は嬉しそうにプリンを食べて、美味しい、と小さな声で呟いた。
 味見して幸せいっぱいのミレイユと葛と裏腹に、ロレッタは寂しさと切なさの入り混じったうめきをあげる。
「う〜っ……」
「おや、どうかしたんですか?」
「だ、大地め……大地めぇ……っ……」
 うるっと目がうるんでいるが、食べさせて欲しいとは言えない意地がある。
 涙のたまった赤い瞳の可愛さ、噛みしめた口唇のいたいけさに、シーラがこっそりとカメラのシャッターを切った。
 ロレッタの落胆をひとしきり味わった後、大地は一番の自信作であるシュークリームを載せたデザート皿をロレッタの前に差し出した。
「ロレッタさん、味見のお手伝いをしていただけますか?」
 その瞬間、ロレッタの顔がぱあっと嬉しそうになる。その変化がたまらなく大地のいぢめ心をくすぐるのだとは知らぬまま、ロレッタはシュークリームを受け取った。
「さ、最初から素直にそう頼めば良かったんだぞ」
 強がりながらシュークリームにかぶりつき、
「良く出来てるんだぞ」
 と顔いっぱいに笑顔を浮かべた。
「ロレッタさんがそう言ってくれるなら、出来は良さそうですね。やはりロレッタさんに味見をしてもらって良かった」
「そうなんだぞ。だから大地が甘いものを作るときには、ロレッタを呼ぶと良いんだぞ」
「それは心強いです」
 すっかり大地にのせられて、ロレッタは最高の気分でシュークリームを頬張る。なんだかんだいっても、大地の作るお菓子にロレッタは勝てないのだ。
「ここも美味しそうなものを作ってるんだねぇ」
 味見の楽しそうな雰囲気に気づいて、オタケもやってくる。
「これを作ったのかい? まるでお菓子作りのプロのようだねぇ」
 オタケはデザートを食べて感心しきりだったが、とてもじゃないけれど料理の合間に作れるものではないねと笑った。
「あたしにもこんなのが作れたら、きっと生徒のみんなも喜んでくれるだろうにねぇ」
 新しい学食が軌道に乗ったらお菓子の勉強をしてみるのも良いか知れないと言いながら、オタケは皆の作ったお菓子をじっくりと味わって食べるのだった。