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リアクション
■ 定番中の定番……のはずなのに ■
日本における学食の定番メニューと言えばやはり、麺類とカレー。
だから……なのか、それとも己の求めるところに従ってなのか、日本からの契約者が多く通う蒼空学園の学食にも、当然のように麺類とカレーを作ろうという生徒はいた。
「私は学食というものを食べたことがありませんが、多くの子供たちが食べる物なのでしょうか?」
どういったものが良いのだろうと考えるマリアベル・アウローラ(まりあべる・あうろーら)に、神条 和麻(しんじょう・かずま)が説明する。
「学食メニューか、俺はパラミタに来る前はよく食ってたな。作るとしたらそうだな……手軽に量を作れるものがいいんじゃないかな」
「簡単に量を作れると言えば……カレーですわね! 子供に人気ですし、栄養もある程度とることが出来ますもの」
「カレーか。確かに学食では人気のメニューだな」
「ではカレーを作ることにしますわ。私はこういう料理は得意なのですよ。孤児院で多くの子供たちの分を一度に作るには、カレーのような料理しか無かったですから」
カレーは作り慣れているからと、マリアベルは材料を取りにゆく。
「秋らしい料理だというのを忘れるなよ」
「神条和麻、いちいち言われなくとも分かっていますわ」
和麻に念を押され、マリアベルはジャガイモではなくサツマイモでカレーを作り始めた。その様子を横目で監視しながら、和麻はキノコのサラダとサツマイモやカボチャを使ったドーナツを作ってゆく。
「これなら安価だし、簡単に作れるだろう」
サラダに入れるレタスやトマトを洗いつつ和麻は言った。
「ぱっとした料理じゃないかもしれないが、やっぱりこういう庶民的な季節料理もある方が馴染みやすいんじゃないかな?」
「私のカレーの引き立て役にちょうど良さそうですわね」
「そう。カレーは常にスポットライトを浴びる主役なのデース!」
マリアベルに答えたのは、和麻ではなくアーサー・レイス(あーさー・れいす)だった。
「フハハハハハハー! 食あるところに我輩とカレー有りデース。学食は全てカレー。全てカレーであるべき。材料は全てカレーのために有り、カレーは全ての食を支配するのデース。そう、カレーは何にかけても完璧なのデース」
カレーは王者の食べ物と信じて疑わないアーサーが作るのは無論、カレー以外の何物でも無い。それも一種類ではなく、いくつもの鍋でカレーを煮ている。
「このカレーはみんな違う種類のものですの?」
「あったり前デース」
アーサーは自慢げに、カレーメニューを紹介した。
「これは地祇カレー! 地祇をコトコト煮込んだ出汁入りのまさしく土地の味。出身者には懐かしい故郷の味」
「ちぎ……?」
少年少女の姿をしていることの多い地祇を煮込むと聞いて、子供に対しては愛を注ぐマリアベルが眉を寄せる。
「ハーイ、あの、ざんすかカレーにも負けぬ地祇風味のカレーなのデース」
「料理とは食べる一を笑顔にさせる物……懺悔なさい。不信者には死の制裁を……」」
「うわぁ待て待てマリア!」
光条兵器を抜き放つマリアベルを、和麻は慌てて止めにかかる。
「神条和麻、邪魔立て無用ですわ」
そう言いつつ、マリアベルはこれが好機とばかりに、止めようとする和麻を偶然を装って攻撃する。
「こんな所で光条兵器振り回すなよ。回りの奴らに迷惑がかかるだろ」
和麻はさりげなく攻撃を阻止すると、マリアベルを羽交い締めにして動きを拘束した。
「一体何事ですの?」
騒ぎに気づいて琴子がやってくる。
「いや、何でもない。ちょっとカレーに対する意見の相違って奴があっただけだ」
「カレーに対する、ですの……?」
怪訝そうな琴子に、アーサーはふつふつと煮込まれているカレー鍋を堂々と示した。
「我輩の粋を凝らしたカレーの数々、これは福神カレーデース」
「福神漬けを添えるのはよくありそうですけれど……」
「そうではありまセーン! これは福神布紅ちゃんの出汁を使った、幸運を呼ぶカレーデース」
「な……」
アーサーの答えに、琴子は口元に手を当ててわなっと震えた。
「布紅ちゃんのお風呂の残り湯……は手に入らなかったので、使用済みハンカチを借りてそれを煮込んだのデース。それが証拠にほらここに!」
アーサーがおたまを持ち上げると、中に入っていた布きれがカレーをぽたぽた垂らしながら上がってきた。見事にカレー色に染まったハンカチだ。
「これこそ、幸福の黄色いハン……」
「いけませんっ。このカレーを出すのは禁止です」
猛然と抗議するアーサーにも負けず、琴子は福神カレーを完全に処分させた。
お湯を沸かした鍋がもうもうと湯気をあげている。
「学食のメニューって言ったらやっぱりラーメンだぜ。スープも醤油、味噌、塩、とんこつとか色々あるし、具でもバリエーションつけられるし。ラーメン好きな奴は多いから、きっと大人気間違いなしだ」
屋台を持ち込んだ渋井 誠治(しぶい・せいじ)は、ゆで加減に見極めると素速く湯切りをし、丼に麺を移す。
「この湯切りも奥が深くて、地球ではエア湯切り選手権が開かれるほどなんだぜ。まあ、何はともあれ伸びないうちに食べてみてくれ」
地球の料理には疎いオタケだから、説明するより実際に味を知ってもらった方が良いだろうと誠治はラーメンをすすめた。
「へぇ、おいしいねぇ。身体も温まりそうだ」
「だろ? ここに季節ごとに手に入る地元の旬の素材を具や出汁に加えたら、季節感も出るし、緑ヶ丘キャンパスならではのラーメンになると思うんだ。旬のものなら安く大量に仕入れられそうだし、地元の食材なら輸送コストも押さえられるそうだしさ。そしたら安く提供できるだろ」
たとえば……と誠治は四季のラーメン案をオタケに示す。
「春なら『山菜ラーメン』、夏なら『さくらんぼ冷やしラーメン』、秋なら……旬の魚で出汁を撮って、秋刀魚のすり身団子を載せて秋らしくキノコでも添えた『だんごラーメン』、冬なら葱や白菜をたっぷり載せた鍋みたいな『煮込みラーメン』とか、どうかな?」
「それは良さそうだねぇ。何でも載せられるのかい?」
「大抵のもんだったらいけると思うぜ。地球の『ラーメン』という文化とシャンバラの食材を使ったコラボ、いわば地球とシャンバラの絆の証みたいなもんだな」
良い反応を見せるオタケに、誠治が気分良く言っていると、その背後にゆらりと影が立つ。
「さくらんぼ冷やし……」
「わあッ」
いきなり背後から聞こえた声に驚く誠治に、現れた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は手にしていたうどんの試作品を見せた。
「さくらんぼ冷やしと言えば、ラーメンではなく『うどん』でしょう」
優梨子の手にはさくらんぼをトッピングした涼しげなうどんがあった。
載っているのは……そう、もちろん赤いフルーツのさくらんぼだ。
「学食完成といささか時季ははずれますが、暑い季節にはぴったり。冷えて麺が締まり、いっそうコシのある美味しいうどんを楽しめます。トッピングのさくらんぼは彩りが綺麗ですし、デザートとして楽しむことも出来ますよ。それに……別のさくらんぼを連想して喜ぶお客さんもいると思うのですよっ。女子の方々など」
冷やしうどんにさくらんぼは欠かせないのだと、優梨子は力説した。
「冷や麦とかならともかく、うどんにさくらんぼはなぁ。やっぱりここは、冷やし中華の流れをくんでさくらんぼ冷やしラーメンだろう」
「世迷い言をおっしゃらないで下さいな。さくらんぼ冷やしに思い至ったのは、ラーメンながらあっぱれと言えるでしょう。ですが、うどんが通ればラーメンは引っ込む。ここはこちらにお譲りいただきましょう」
「いや、麺と言えばラーメンだ。ラーメン特集とうどん特集の数を比べても、その差は明らかだろう」
ラーメン人としてここは譲るわけにはいかないと、誠治も徹底抗戦の構えを見せる。
まあ、と優梨子は目を見開くと、聖句としているフレーズを唱えた。
「そもそも諸世界の知的生物は、高木陽子さんの使徒たるフライング・ウドン・モンスターのよって創造されたものであり、聖なるうどん触手は遍く祝福をもたらすものなのです。うどん」
このまま麺類戦争に突入かっ……というところに、湯島 茜(ゆしま・あかね)が割って入った。
「ここ最近うどん派とラーメン派の抗争が起こりそうな気配はあったけど、とうとう蒼空学園で決戦が勃発するとはね」
たが、と茜は大量に運んできていた食材をでんっと差し出す。
「うどんにとってもラーメンにとっても、必要なのは『小麦粉』! 料理を美味しくするもまずくするも、小麦粉の質次第。そう、料理に本当に必要なのは、良質の材料! だから麺にはパラミタの伝統の食材、『自称小麦粉』を使わなきゃね! ううん、麺だけじゃなくて、パンとかカレーとかほとんどの料理で小麦粉は使う食材だから、重要度は高いんだよ」
「おお……その自称小麦粉を使用すれば、新たなるカレーが誕生するかもしれまセーン」
茜の口上にのせられて、アーサーがその気になった。が、そこにたちまち、優梨子と誠治から反論があがる。
「そしてカレーは全てを凌駕する。麺類はすべてカレーうどん、カレーラーメン、ご飯類も全てカレー○○ライス、オカズもすべてカレー○○、ゲテモノだってカレーをかけれぱ普通のカレー!」
「聞き捨てなりませんね。カレーと一緒になっても、うどんはうどんとして存在し、カレーになど支配されはしません」
「カレーラーメンだって確かにあるが、主役はあくまでラーメンでカレーはただの味付けだろ。ラーメンにバリエーションをつける調味料みたいなもんだな」
「何を言うのデース!」
麺類にカレーも参戦し、どこの学食でもお馴染みメニュー開発の場は、たちまち一触即発の雰囲気漂う戦場となる。
「もめるのは構わないけど、まずはこの小麦粉使ってみてよ。試用分だけは無料にしとくから。……まあ、そのあと病みつきになって購入してもらえれば、すぐに元が取れるしね」
ぼそっと最後に一言付け加えると、茜はにらみ合いのど真ん中に自称小麦粉を押しつけるように置いていった。
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