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取り憑かれしモノを救え―調査の章―

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●取り憑かれたミルファ4

 木陰に隠れながら、東朱鷺(あずま・とき)は機をうかがっていた。
 陰陽術の実験としては格好の機会だった。
 行いが非人道的な面があることは否めないが、今回は合法的に行っても構わないだろうと朱鷺は考えていた。
 被害をもたらす人間に温情をかける必要も無いだろうと。
「さて、ここら辺にしますか」
 視認できる距離にミルファはいる。遠隔呪法を用いないため、対象が見えていなければならないのだ。
「丁度、あの戦っている人も撤退し始めたことですし」
 言って、朱鷺は集中する。容姿と名前、呪符代わりに適当な札を用意して始める。
 呪い。病床に伏せる呪いだ。
 完成した【呪詛】の札をふっと、朱鷺は息を吹きかけミルファへと飛ばす。
 意思を持っているかのように、ふわふわと飛ぶと、呪符はミルファに張り付いた。
「……?」
 何かに気がついたミルファは、体中をまさぐる。札に手が触れたとき朱鷺の【呪詛】が発動した。
 よし、と心中でガッツポーズをする朱鷺だが、ミルファは意に介した様子も無く呪符をはがしていた。
(……呪いも魔術の一環だと思ったのだけど)
 心中でぼやく。【呪詛】は失敗した。
「ふむふむ。マホロバ地方の術式かー。近くに誰かいるのかな」
 わざと朱鷺に聞こえる声で、ミルファは言った。
「一つ忠告をしよう。ボクは死者の魂だ。それが剣に宿って今は彼女に取り付いている。後は分かるね。術師さん?」
 つまり、ミルファにかかっているのは呪いではなかった、ということだ。意識自体を乗っ取っている。
 それなら、剣を奪ったところで、意味は無いのではないだろうかと朱鷺は思ってしまった。
 しかし、朱鷺も熟練の域に達する人だ。そんな言葉揺さぶられるほど、愚かではない。
 息を潜めて脱する好機を狙う。他に人が来れば、その人のサポートをしよう。そう決意した。
「ふう、動かないかー。まあ、剣自体にも今までの怨嗟は取り憑いてるんだけどね」
 嘆息している様子がありありと分かる。それでも、朱鷺は動かない。
 そんな中、

「そこまでだ!」

 一際気を引く声が辺りに響き渡った。
 声の主は、風森巽(かぜもり・たつみ)だった。
「ミルファさん、何を証明する気なんだ!?」
 便宜上ミルファとの名前を呼ぶ巽だが、言葉に宿る思いは、剣の怨念に向けてだ。
 何を証明したいのか、何のために人を傷つけるのか、それが知りたかった。その上でミルファを助けると決めていた。
「……色々、かなぁ?」
 ミルファは考えた上でつまらなさそうに言う。
「人の心はどこまで負荷を与えれば壊れるのかとか、人体はどこまで傷を負っても平気なのかとか、この剣の性能とか、結界の影響とか、この依代がどこまで傷を負っても平気なのかとか。自責の念から開放されたら、やりたいことが一杯になったんだよ」
「一体、あなたは何がしたいんだ……」
 その声は剣の怨念に向けて出たものだった。
「壊す。それだけだよ――キミみたいな人の心をズタズタに壊しつくしたいの」
 言って、はじめてミルファが自発的に攻勢に出た。
 煌く白銀の剣が紫電を纏いあたり一体に【迅雷斬】の無差別斬撃を放った。
「自分なら人を助けられる、みたいな自信に満ちた顔をしちゃって。それだけの力はあるんだよね」
 冷めた視線でミルファは巽を見据える。
 それからは言葉も無い猛攻だった。剣を片手で易々と振るい、空いた手からは術式を編みこれまた無差別に攻撃をする。
 巽はそれを右に左にと避け続ける。
 そして、一度距離をとると、ミルファに向かって宣言するように巽は声を張り上げる。
「力があるからじゃない……! 助けると決めたから。村の人も、ミルファさんも。だから戦う! それだけだ!」
 そこまで言って、巽は腰に巻いている【ツァンダー変身ベルト】に手をかけ、
「変身!」
 掛け声と共に巽の姿が変わる。
 黒の上下分割型のライダースーツ。胸部には銀色のプロテクターが淡く光り、フルフェイスのマスクが巽の表情を覆い隠す。
 現れたのは、仮面ツァンダーソークー1だった。
 スーツを体になじませるように、巽――仮面ツァンダーソークー1は体を動かした。
「やっぱり、結界の影響なのかな、体が思うように動かない……」
 ミルファの攻撃を避け続けていたときからそれは思っていたことだった。
「……何か策でもあるのかと思ったら。たかが姿かたちが変わった位で!!」
 声を荒げミルファは仮面ツァンダーソークー1に斬りかかる。剣を下段に構え、距離を詰めそのまま切り上げる。
(速い……!)
 【ホークアイ】で出方を伺っていたにもかかわらず、避けるだけで精一杯だった。
 剣風でマフラーの一部が切れ落ちる。確実に仕留めに来ている一撃だった。
 冷や汗が一滴背中を伝う。それでも、引くわけには行かなかった。
 迫る斬り返しに呼吸を合わせ、【後の先】によるカウンターを見舞う。
 剣の持ち手の手首を狙って、手刀。たったそれだけで、ミルファは剣を取り落とす。
 それは剣を扱いなれていない証拠だった。
 怯んだ隙に、手刀を拳に変え顔面に打ち込む。
 ミルファは防御の姿勢を取った。あれだけ、致命傷を受けた後がありありと見えてぴんぴんしていたのに、防御の姿勢を取った。
 仮面ツァンダーソークー1の右ストレートの威力を押し殺せず、ミルファはたたらを踏み後ずさった。


 榊朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)がミルファの元にたどり着いたときには、一つの決着がついたところだった。
 宙から獲物を狙う鷹のように足元に紫電を纏わせ襲いかかる仮面ツァンダーソークー1の姿と、地から紫電を纏った白銀の剣で迎撃するミルファの姿。
 2つの【轟雷閃】が閃光と爆音を轟かせてぶつかり合った。
 光が収まり、地に伏しているのは仮面ツァンダーソークー1だった。
 スーツは形は保っているものの、あちこちぶすぶすと燻っている。
「ルシェン!」
 朝斗がパートナーの名前を呼ぶ。ルシェンはそれにうなずくだけで答えて、すぐさま【アシッドミスト】の術式を編み上げた。
 酸性のない、ただの濃霧が全てを包み込むように発生した。
 一目散に朝斗は仮面ツァンダーソークー1の元へ駆け出し、抱え起こす。
「届かなかった……」
 悔しそうに一言漏らし仮面ツァンダーソークー1は意識を失った。
 何が起こったのかわからないが、確実に分かることはあった。お互いの攻撃は確実に相打っていたはずだが、濃霧の中うっすらと見えるミルファの姿は健在だということだ。
 朝斗は気を失い変身の解けた巽を人目につかない木陰に休ませると、いまだ濃さを増す霧に入っていった。