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リアクション
幕間 医務室の小さな奇跡
「そこまでええぇっ!!」
不意に、会場に泪の声とドラの音が響き渡る。
それは、この永遠に続くかと思われた料理武闘会の予選が、とうとう終わりを告げたことを意味していた。
そして、この声を無事に聞けたということは。
――勝ったのだ。
あるものは歓喜の雄叫びを上げ、あるものは安堵のあまりその場にへたり込む。
しかし、大会はまだ終わってはいなかった。
「それでは、休憩の後、いよいよ決勝ラウンドに移ります。各チームはもっとも自信のある料理を一点、八人分用意しておいてください」
そう、戦闘専門の参加者にとってはともかく、「料理人として」参加している者にとっては、むしろここからが本当の戦いなのである……。
……と、その前に、ここでいったん医務室にカメラが入る。
「あら? また新しい怪我人でも来たのかと思ったわ」
そんなことを言いながら出迎えてくれたのは、救護班のサブチーフ・橘 瑠架(たちばな・るか)。
「ご覧の通りの有様よ。まあ、勝ち抜けた四チーム以外の参加者の半数近くがここにいるから仕方ないけど」
彼女が言った通り、医務室のベッドはびっしりとダウンしたままの参加者たちで埋まっていた。
「皆さん、大丈夫でしょうかね……うなされているし、叫んでいるようですけど……」
心配そうな顔で参加者たちの様子を見て回っているのは、救護班チーフ・神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)。
まあ、あの激しい戦いと、そして悪夢のような料理による洗礼を経てここにいるのだから、新鮮なトラウマの一つや二つ増えていても何の不思議もないし、うなされているのもむしろ当然のことであるが……ゾンビのようにうめき声を上げる患者の群れは軽くホラーである。
たまらずカメラがレンズを他へ向けると……ちょうど、テーブルの上に置かれたアップル蒸しケーキが映った。
「あ、それですか? 一応手作りですけど……皆さんの料理には負けますね……」
謙遜する紫翠であるが、むしろこんな大会のコンセプト的に参加者の料理に勝ててしまう強者がこんなところに増えても困ってしまう。
「まあ、普通に美味しいからね。彼はお菓子作るの得意だし」
瑠架がそうつけ加えて……それから、ふと思いついたようにこう言った。
「そうだ、うなされてる人にこれを少し食べさせてみたらどう?」
「これを、ですか? 確かに疲れた時には甘いものでしょうが、お口直しになるかどうか……」
首を傾げる紫翠をよそに、瑠架はさっさとアップル蒸しケーキを少しちぎると、手近なうなされている参加者の口に押し込んだ。
すると、どうだろう。
たちまちうめき声が止み、苦悶の表情が薄れていき……安らかな顔で眠り始めたではないか。
「よし、思った通りね」
「ん〜……そんな大層なものではないはずなんですが……」
困惑する紫翠だったが、そうこうしている間にも彼のお菓子と瑠架の手によって、参加者たちは一人また一人と悪夢から開放されていく。
当然その様子はばっちりカメラに収められ、「あなたが神か」の声が殺到することになるのだが、まあそれはまた別のお話である。