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わたしの中の秘密の鍵

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【二 バンホーン調査団再結成】

 ツァンダ領内の街道を、長い車列が進む。
 先頭から数台は幌付ジープで、中段辺りをキャンピングカーが三台連なり、後方は大型トラックが同じく三台続いている。
 気象研究学者であり、且つ考古学者でもあるクレイグ・バンホーン率いる、バンホーン調査団であった。
 バンホーン調査団の今回の調査目的は、ほとんど同時に目撃情報が寄せられるようになった、シャンバラ各地の伝説上の魔物同士の接点を探ることにある。
 ツァンダ領内のとある遺跡でバンホーン博士が発見した古代文献に因れば、一見無関係に思われた幾つかの魔物達が、実は何らかの関係性を結んでいる、というのである。
 それらの魔物達が一斉に姿を現し始めた為、裏に何かあると踏んだバンホーン博士は、パトロンであるクロカス家を動かして資金を提供させ、調査団の再編成に至った。
 しかし実際のところ、バンホーン博士が調査団再編成に際して動いたのは資金獲得までであり、編成に於ける実務は全て、バンホーン調査団の参謀たる叶 白竜(よう・ぱいろん)が尽力し、編成完遂に至っていた。
「いやぁ、助かった。矢張りお前さんが居ないと、我が調査団は形にすらならんな。今回も最後まで頼むぞ」
 先頭から二台目のジープの後部座席で、バンホーン博士が皺の多く刻まれた老顔に笑みを湛えて、助手席に座る白竜の肩を何度も叩いた。
 対する白竜は、手にした資料に視線を落としながら、苦笑を浮かべるばかりである。
 一方、運転席でハンドルを握る世 羅儀(せい・らぎ)は、今回の調査団にも、決して少なくない数の女性陣が参加しているということで、随分と機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。
「白竜は博士と一緒に調査出来て嬉しいみたいだけどよ、オレは綺麗なお嬢さんとご一緒出来て幸甚の極みってやつだぜ」
 そういって、ルームミラー越しに笑顔を送ったのは、後部座席に座るバンホーン博士の隣に位置を占めるグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)であった。
 お嬢様扱いされたグロリアーナ・ライザは、僅かに苦笑を漏らし、やれやれとかぶりを振った。
 確かに、その白い柔肌と端整な顔立ちだけを見れば、羅儀が好む清楚なお嬢様なのだろうが、実態は本人のみぞ知る、という具合であった。勿論、美しいと賞賛されれば女性として気分が悪かろう筈も無いのだから、殊更邪険にあしらうつもりも無かった。
「それはそうと、博士」
 グロリアーナ・ライザが妙に居住まいを正して横から覗き込んできた為、バンホーン博士は何事かと、一瞬怪訝な表情を浮かべた。しかし、グロリアーナ・ライザは相手の様子など気にした風も無く、自身の言葉を更に続ける。
「今回目撃証言が相次いでいる魔物共は、その危険性がまるで不明だ。もしかすると、とんでもなく恐ろしい連中かも知れぬ。その場合、シャンバラの民がそれらの危険な存在を知らぬまま、脅威に晒される可能性も高くなろう」
 グロリアーナ・ライザの指摘に対し、バンホーン博士のみならず、助手席の白竜も確かに、と小さく頷いた。彼女のいい分には一理ある。
「仰る通りですね。また、フレームリオーダーなる言葉の意味も、未だ何ひとつ解明されていません。念には念を入れるべきでしょう」
「そこで、だ」
 白竜の後押しに気を良くしたのか、グロリアーナ・ライザは声に力を込めつつ、その美貌でバンホーン博士にじわりと詰め寄る。
 羅儀はその様をルームミラー越しに眺め、何となく羨ましそうな表情を浮かべていた。
「目撃情報が相次いでいる一帯の立ち入り制限と、限定的で良いから、これら魔物に関する情報開示をシャンバラ政府に要請出来ぬものかな。勿論、民の不安を煽り立てぬ程度に抑える、といった情報操作は必要になるだろうが」
 君子危うきに近寄らず、の原則である。グロリアーナ・ライザの進言は、至って常識的といって良い。
 バンホーン博士は然程に考える時間を取らず、小さく頷き返した。
「それは確かに必要じゃな。良かろう。わしからクロカス家に頼んで、各六首長家の総務担当者に注意報レベルの連絡を入れて貰えるようにしよう」
 グロリアーナ・ライザの端整な面に、僅かながら安堵の色が浮かぶ。
 その一方で助手席の白竜は、流石、と内心で感嘆の息を漏らしていた。この行動力と判断の迅速性こそが、バンホーン博士の最大の魅力であり、且つ白竜が尊敬する部分でもあったのだ。

 バンホーン調査団の車列中央を走るキャンピングカーのうちの一台では、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の両名による、古代文献調査が進められている。
 そしてこのふたりの補佐役として、どういう訳か氷室 カイ(ひむろ・かい)が指名されていた。
「それにしてもあたし達ってば、ホント、メガディエーターと縁があるわねぇ」
 決して広くは無いキャビン内の、絨毯が敷き詰められた床に胡坐を掻いて座るセレンフィリティが、積み上げられた古代文献の一冊を手に取りながら、幾分笑みを交えた調子で小さく肩を竦めた。
 今回の彼女は、いつもの際どいビキニスタイルではなく、国軍の制服姿である。本来ならばこれが正装である筈なのだが、しかし何故か、この服装が奇妙な程に似合っていない。
 日頃のビキニ姿が余りにも板につき過ぎてしまっているせいか――同じく古代文献を手に取りながら、セレンフィリティの普段のいでたちをよく知っているカイが苦笑を禁じ得ない理由は、恐らくそういうところにあるのであろう。
 それはともかく、セレンフィリティにしろセレアナにしろ作業そのものは至って真面目であり、次々と古代文献を読破しては、今回目撃情報が相次いでいる魔物達に関連する項目をメモ書きに抜き出し、それをカイが順次整理してゆく、という具合に調査が進められている。
 勿論カイもただ整理役だけで終わろうという訳でも無く、手が空いた時には自ら古代文献を手に取り、自身の技能を駆使して過去の情報を読み出そうとしているのであるが、しかしこれら古代文献自体には書き手の記憶はあっても、情報提供者自身の記憶は然程に残されていないらしく、大抵が空振りに終わる始末であった。
「それにしても……本当に共通点の欠片も無いわね。バンホーン博士が発見したあの古代文献が無かったら、裏で繋がっているのかどうかって疑うどころか、そんな発想も湧いてこないぐらい、一見すると無関係同士ね」
 古代文献を一冊読み終えたセレアナが、匙を投げかけそうな様子で溜息を漏らした。
 ところがそんなセレアナに対し、セレンフィリティが妙に勝ち誇った調子で胸を反らして笑う。
「ふふーんだ。あたしは見つけちゃったもんねぇ」
「ほう……それは、どんな?」
 セレアナが反応するよりも早く、カイが興味深そうに身を乗り出してセレンフィリティの得意げな顔を覗き込む。仕方が無いので、セレアナはむっつりと黙り込んだまま、座椅子の背もたれに上体を預けてセレンフィリティの言葉を待った。
「こいつら皆、すっごくデカいのよね」
 セレンフィリティが散々勿体ぶって放ったのが、このひとことであった。
 期待していたカイはがっくりと項垂れ、逆にセレアナは、どうせそんなことだろうといわんばかりに、ふふんと小さく鼻を鳴らして笑った。
「考証が甘いわよ、セレン。大きな魔物なんて、他に幾らでもいるじゃないの。それだけで共通項といい切るのは、余りにも根拠が薄過ぎるわ」
「う……そ、そりゃそうだけど」
 セレアナの容赦無い反撃を浴びて、一瞬、言葉に詰まるセレンフィリティ。しかし、ここで引き下がっては女が廃る。半ば思いつきに近い発想ではあったが、セレンフィリティは更なる仮説を立てて、セレアナに挑みかかった。
「でもさ、例えばだよ……今回目撃されてる魔物が、実はメガディエーターと同じで、巨大生物兵器って話だったらどうする? それが本当なら、メガディエーターとこいつらが同列で扱われてるのも道理じゃない?」
 駄目元でいってみたセレンフィリティだったが、この発言に対しては、セレアナとカイは一瞬顔を見合わせた後、感心した様子で目を丸くしていた。
「あら……珍しく、良い推理するじゃない。知恵熱、出してないかしら?」
「いやしかし、それは俺も考えてはいたところだ。矢張り、メガディエーターと他の魔物が同列で扱われる理由を考えるとなると、そこに焦点を当てるべきなんだろうな」
 セレアナとカイの意外な反応に、セレンフィリティは気分を良くした。正直なところ、あの推理が通用しようなどとは、自分でも信じられなかったのである。
 と、そこへ。
「ご飯、出来たよ〜」
 同じキャンピングカーのキッチンスペースから、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが漂ってきた。トレイに出来たての長崎風皿うどんを乗せた紅 咲夜(くれない・さくや)霧生 時雨(きりゅう・しぐれ)がキッチンスペースから姿を現すと、文献調査に当たっていた三人は弾丸の様な速さでテーブルに飛びついた。
 相当に、腹が減っていたらしい。
「済まないな、雑用を押しつける格好になってしまって……しかし、こいつは美味い」
「いやいや、気にしなさんな。食は大事だからねぇ。せめてこういうところで役に立たないと、俺達の立つ瀬が無いってもんだよぉ」
 舌鼓を打つカイに、時雨がほろほろと笑顔を返す。調査活動に没頭すると、人間本来の生活が乱れがちになってしまう。そんな時こそ、咲夜や時雨のようなサポート役は大いに威力を発揮するというものであった。

 咲夜と時雨の皿うどんは他の調査団員達にも振る舞われ、これが意外な反響を呼んだ。
 そんな中、友人グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の腕に食いつこうとしていたロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)だけは例外で、皿うどんには一切目もくれず、ひたすらグラキエスだけに視線を送り、まさに虎視眈々と隙を窺っているという表現が相応しい様相を呈していた。
 一方のグラキエスはというと、自分自身がロアから垂涎の的のように見られているにも関わらず、ただひたすら、バンホーン博士から提供された古代文献の写しに心を奪われ、嬉々として解析に没頭しているという有様であった。
「やれやれ……日を追う毎に、関係が複雑化してきておるな」
 別のキャンピングカーのキャビン内で、グラキエスはテーブル上に並べられた古代文献の写しを貪るように読んでいるのだが、その隣でゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が、幾分呆れた調子でロアとそのパートナーであるレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)に、やれやれとかぶりを振った。
「いや、申し訳無い……よもや貴公らと同じ班に配置されることになるとは思っても見なかった故、すっかり油断しておった」
 レヴィシュタールが心底、申し訳無さそうに両手で拝む仕草を見せている一方で、またもやロアがグラキエスの襟元に食らいつきそうな所作を見せた為、レヴィシュタールはゴルガイスへの詫びもそこそこに、上体をよじってロアの耳を摘んで力一杯引っ張った。
「い、痛ててててっ!」
「馬鹿者! 友人は食い物ではないと、何度いえば分かる!」
 そんなふたりのやり取りを、グラキエスは不思議そうな面持ちで眺めている。
「ロアが……どうかしたのか?」
「気づいてなかったのか。逞しいというか、何というか……」
 呑気な調子のグラキエスに、ゴルガイスはこめかみの辺りを押さえて低く唸り、本当にどうしようもないといった様子で、何度もかぶりを振っていた。
「あ、それはそうとロア、名前が分かっている魔物の情報を集めてくれないか」
 グラキエスの呼びかけに、まずレヴィシュタールに耳を引っ張られているロアが応じようとしたのだが、ほぼ同時に、同じテーブルを挟んで反対側に座っている別の人物が同じく応じて顔を上げた。
 ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)である。
 ファーストネームが全く同じである為、一箇所にふたりが居ると、どちらが呼ばれたのか一瞬では判別出来ないという弊害が発生し始めていた。
「そちらの御仁は、初めてお目にかかるな」
 レヴィシュタールがロアの耳から手を離し、幾分興味深そうに身を乗り出して誰何してきた。自身のパートナーと同じ名前であるのが、どうにも引っかかるようである。
「ロア・キープセイクです。しかし、同じ呼び名ですと確かに弊害がありますね。どうしたものでしょう」
 いっている本人も、矢張りどう扱えば良いのか困惑している様子である。勿論周囲の者はもっと困っている。識別する為の明確な差分化が必要なのは、誰の目にも明らかであった。
 ふたりのロアも、お互いを呼び合う際には混乱が生じることを懸念している様子で、何か良い方法は無いかと模索を始めていた。
「ひとまず、ロア・ドゥーエは赤毛だから赤ロアで良いか。魔道書の方は、そうだな……魔ロアにしておこう。暫定措置だから、後でまた考えた方が良いかな」
 グラキエスの宣言に、赤ロア、魔ロア双方共に、複雑そうな表情を浮かべている。正直なところ、もう少しマシな命名は無かったのか――という思いが無いでも無い。
「魔ロア、ですか……まぁ別に構いませんが、何だかアロマの出来損ないみたいですね」
 いい得て妙、である。
 しかしグラキエスの発案に真っ向から異を唱えるというつもりも無く、魔ロアはそれ以上は何もいわず、指示された通りの作業に入る。
 我ながら、ちょっと拙い命名だったか――などと後悔し始めたグラキエスだったが、そこへ、空いた食器を回収する為にキャンピングカーのドアを開いた咲夜が、ひょっこり顔を出して曰く。
「お皿貰いにきたよー。ねぇロア、まとめてこっちに渡してくれる?」
 当然ながら、赤ロアと魔ロアが同時に振り向いた。