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リアクション
第四章
旅館に併設されている露天風呂は、アシハラビッグフットに扇動されたアシハラザルに占拠され、女湯と男湯の仕切りが壊されて、混浴状態になっていた。
「混浴……だと……? 音々ちゃんと混浴してぇ!」
混浴と聞きつけた途端、息が荒くなった鈴木 周(すずき・しゅう)が、音々に突進する。
温泉と言えば、美人女将がいないはずがない。
そう考えて、接客係のアルバイトを志望して風船屋にやってきた周だったが、音々を一目見た途端、仕事のことは頭から抜け落ちた。
美人女将どころか、美少女女将だった音々に「グッと来て」しまったのだ。
「ねっねちゃ〜〜ん! 俺と混浴しよう。全裸で」
真顔で迫る周に追いまわされた音々は、廊下を走って逃げる途中で、滑って転んでしまった。
「ひぅ……」
「あれ、微妙な反応……? 俺、なんか変なこと言ったか?」
「た……確かに、併設の露天風呂は、混浴状態やけど……ウチ……猿のいる風呂は……い、嫌や!」
「猿……? あいつらを倒せば、俺と混浴してくれるんだな!」
たじたじとなりながら、なんとか逃れようとする音々の言葉を、周は都合良く誤解した。
「け……けど、猿のボスの白い毛の大猿は、力も強いし、戦うと風船屋が壊れてしまうやろ? だから……」
「ふーん、目の前でいちゃつくねぇ。ちっと押しが弱ぇかなぁ。わーった、俺に任せろ! 上手くいったら混浴よろしくな!」
自分の意見はほとんど聞かずに走り去った周の背を見送りながら、音々は、小さくため息をついた。
「あの人……ひとりで大丈夫やろか……」
「いーやー……なんか入るどころじゃねぇなこれ」
ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は、服を脱ぐ前に見に来た浴場の惨状に、思わず、声を上げてしまった。
バタバタしている旅館でも、ゆっくり温泉に入りつつ、猿を捕まえられればいい。
そう思ってやってきたのだが、湯の中も外も猿だらけ、女湯と男湯の仕切りだけでなく、あちこちが都合のいいように壊され、目隠しのために植えられた木も倒され、猿たちが我が物顔で走り回ったり泳いだりしているその奥では、白い毛のアシハラビッグフットが、白い巨体を悠々と湯に沈めている……という状態では、どうしようもない。
「仕方ない、まずは猿を捕まえてから、本命の温泉にはいるぜ」
すばしっこいアシハラザルだが、温泉で茹だりきったせいか、軽身功と神速組み合わせで、水の上でも高速に動けるようになったラルクの敵ではなかった。
「大人しく捕まってもらうぜ!」
ラルクは、スピードを活かして、次々に猿を捕まえ、用意された檻に放り込んでいく。
「おっと! ポンシューを吹きかけられるのはゴメンだぜ!」
シューッと霧状に吹きかけられた日本酒のようなものを、素早く避けて、また一匹捕まえる。
「酔うと全裸になる癖があるから、絶対、阻止しねぇとな!」
最悪、露天風呂だからいいにしても、混浴の湯には、水着姿の女子の姿も見える。
彼女たちの前で、巨根を晒すわけにもいかない。
「やれやれ、気合い入れすぎたかな」
一通り捕まえて、すっきりとした脱衣所で、汗を含んだ服を脱ぎ捨てる。
混浴用に用意された特別製のタオルで腰を隠して、湯の中へ。
「いやー仕事の後の風呂は、やっぱ最高だなー」
癒やされた身体から、仕事や学業の疲れが、温かい湯の中へ抜けて行く。
「やっぱ、冬休みは、ちょっとでもいいから、羽根伸ばすにかぎるなー。あと、わがまま言うようなら、日本酒をきゅーってやりてぇな! この温泉だけでも、十分に満足だけどな!」
浴場で出会った周に向かって語るラルクの元に、女将の音々から差し入れの日本酒の盆が……。
「温泉好きの俺にしちゃ、本当にありがたい依頼だったわ。しかも、三食までついちまってるからな。いやー本当にありがたいな。あ゛ーきもちいいー」
音々の心遣いに感激しつつ、ラルクは、雪見の杯を傾けるのだった。
高柳 陣(たかやなぎ・じん)は、ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)とティエン・シア(てぃえん・しあ)を連れて、一年がんばったご褒美の慰安旅行にやってきた。
「普段、戦闘多いしな。たまには、息抜きもいいだろ」
秋の紅葉の時期には、予約がいっぱいで泊まれなかった風船屋だが、猿たちに占拠されてしまったおかげなのか、この冬は、かまくらを二つ予約することができた。
「当然、陣と私が同じかまくら……って、えー? 陣が、ひとりでひとつ使うの?」
「ああ、俺ひとりと、ユピリアとティエンが一緒の二室だ。俺は、ひとりがいいんだ。静かに過ごさせろ!」
「温泉に入った後の湯上り浴衣美人に、陣だってイチコロ……の予定だったのに! なのに、どうして別かまくらなのよ……ひどいわ! あんまりだわ!」
「イチコロって……死語だろ……」
わめくユピリアに背を向けた陣の袖を、ティエンのパラミタセントバーナードが引っ張った。
「……ん? なんだティエン」
「露天風呂、二つあるんでしょう? 使えないお宿の露天風呂は、お猿さんが入ってるっていうし、みんな一緒に入れるかなぁ?」
DSペンギン、パラミタセントバーナード、大型騎狼を引き連れたティエンは、キラキラと目を輝かせて、陣を見上げている。
「温泉! 猿の出る宿の温泉は、混浴状態よ、一緒に入れるのよ! 湯煙の中で男と女。きゃーっ!」
ユピリアは、すでに妄想に夢中なようだ。
「露天風呂? あぁ、宿の方と、第二露天風呂があるんだってな。猿が入ってる温泉か……親父の実家から、じいさんと良く遊びに行ったな。よし、行ってみるか。全員で入るから、水着着て行けよ」
かまくらで着替えた水着の上から、しっかりと防寒した三人は、旅館に併設された露天風呂に繰り出した。
「……って、本当に、猿も一緒なの?」
ラルクがあらかた片付けたものの、まだ、奥の岩場にはアシハラビッグフットがどっかりと鎮座しているし、その周囲を固めるように、アシハラザルたちの姿も見える。
「俺は、適当にくつろがせてもらう。だから猿ども、邪魔したら温泉に沈めるからな」
「お兄ちゃん、お猿さんと仲良くしなきゃダメー!」
陣を諭したティエンが、適者生存のスキルを使う。
「お猿さん、怖くないよ〜」
「キキ……」
「キ……」
おとなしくなったアシハラザルたちは、DSペンギン、パラミタセントバーナード、大型騎狼と、仲良く湯に浸かり始めた。
「ゆっくりゆっくり温泉に浸かって、美味しいご馳走食べて、ぐっすり寝られたら、きっと幸せだよね」
そんなのどかな風景の中で、じわじわと陣への距離を縮めるユピリア。
「ティエンが獣達と戯れてる間、私は陣に急接近よ」
転んだフリをして、ギュッ!
しかし……、
「あれ? 陣って、こんなに毛深かった? あれれ?」
湯気の中で、目を凝らすと、抱きついていたのはアシハラザルだった。
「キー!」
シューッ!
驚いた猿に、ポンシューを吹きかけられたユピリアは、酩酊状態に。
「い……いいわ……酔っ払っちゃったら、きっと……陣が、つきっきりで看病を……」
そんなうわごとを言いながら、岩場に横になって寝息を立て始めたユピリアは、酔いが覚めるまで、その場に放置されたのだった。
周は、湯に沈みながら、思案に暮れていた。
「他の奴等が、ボス猿の前でいちゃついて、大分揺らいできた時が俺の出番……って、計画だったけど」
いちゃいちゃしてくれるカップルが少なかったせいか、アシハラビッグフットの巨体は、いまだ揺らぐどころか、奥の岩場を占領したまま、どっしりと居座っている。
正直、怖い。だが……、
「ま、音々だって、ちっちゃい体で頑張ってんだ。体張らなきゃ男が廃るぜ! 俺、無事に帰ったら混浴してもらうんだ……」
死亡フラグめいたことを呟きつつ、白い大猿に対峙する。
「おーい、そこの彼女! かわいいな、ホレたぜ!」
言ってしまった。もう、引き返せない。
折れるな俺! と、自分に言い聞かせて、続ける。
「いやー、気品ある毛並みに、知性ある瞳! 俺も、種族を超えてクラっときたぜ。こんなとこより、君には森が似合うぜ、そっちで暮らさねぇか? 愛しい君への、俺からのお・ね・が・い、だぜ」
ゆらり、とアシハラビッグフットが立ち上がる。
周を大きな影が包み、視界が白く染まった次の瞬間。
ギュムギュムッ。
「うぎゃー!」
周は、アシハラビッグフットの逞しい腕に、しっかりと、骨が砕けるほど激しく抱き締められていた。
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