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動物たちの裏事情

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動物たちの裏事情

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第二章「幻想は崩すべからず」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、遺跡の中をぐるりと見渡した。埃っぽい臭いが広がる遺跡内は、外から見たよりも広い。ありがちではあるが、地下の空間がかなりあるのだ。
 今まで通った道は迷路のようにかなり複雑で、崩れていた個所もあり、さらには罠だらけ。リカインは呆れた様子で、視線を前に戻した。
「ここまで罠を張りめぐらさないといけないって、一体何を研究してたのよ、ここは」
 最奥に【動物に飲ませたら人語を話せるようになる水】なるものがあるとは聞いているが、その水はそこまで隠す必要があるのか。それとも他に何か……。
「兄貴! 手を止めない。早く早く」
「はいぃっ!」
 深く考え込もうとしたリカインを遮ったのは、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)の大声と、泣きそうなアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)の返事であった。リカインは苦笑いを浮かべた。
 この依頼を聞いた時、サンドラがまず参加するだろうことが容易に想像できた。しかしサンドラもリカインも罠を解除するすべがない。そこでアレックスを連れてきて罠の解除をさせている。アレックス自身の修行にもなり、何より暴走しそうになるサンドラのストッパーになるのでは、と。
 リカインの読みは当たり、今すぐ最奥へと向かいそうなサンドラをアレックスの存在が冷静にさせているようだった。……あれでも、だ。
「サンドラ、少し落ち着け。先ほどから休みなしなんだ。少し休ませてやれ」
「キューさん」
 キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が苦笑しながらサンドラに言う。サンドラが反論する前に、キューはまた口を開く。
「焦る気持ちもわかるが、それで罠の解除と発見が中途半端になってしまうことの方が動物たちにとっても良くない」
 口を開いていたサンドラは悔しげに閉じた。
 サンドラがここまで焦るのには理由がある。
 動物たちが水を求める……つまり、何か言いたいことがある。もしも本当にイキモと信頼関係にあるのなら、言葉など要らない。
 それでも求めるのは、きっとイキモに何かがあるに違いない。
 サンドラはそう思い、他の誰よりも先に動物たちと話をして、イキモから動物達を守りたいのだ。
 ぎゅっと拳を握る彼女を見て、アレックスは笑顔を浮かべた。
「いや、キューさんこれぐらい全然大丈夫っす。姉貴、どんどんいくっすよ」
「しかしアレックス」
 キューは止めさせようとしたが、リカインに目で制されて動きを止めた。
 リカインがアレックスに課した本当の試練は『周りに流されることなくするべきことを見極め実行出来るか』だ。今回の目的はあくまでも動物の安全(帰り道含む)を確保するため罠を確実に無力化することであって先を急ぐことではないのである。
 先ほどから罠解除がいい加減になっているのをリカインは見ていた。だが再び、アレックスの目に真剣な輝きが戻った。サンドラの真剣さが伝わったのだろう。
(まだ誰かの手が必要、とはいえ……このままいけば目的を達成はできそうね)
「次はあちらに行きましょう。道が明るいし、白カラスがいるかも」
「了解っす」


「動物さんたちは、どんな子なんですか?」
 穏やかにイキモへ尋ねたのは白雪 椿(しらゆき・つばき)である。動物たちの保護をするためにも、どんな子たちなのか聞いてみるのも一つだと考えたからだ。
「とても仲間思いの優しい子たちです」
 イキモは椿の問いに、考えるそぶりを見せず言いきった。その表情はどこか誇らしげで、本当に大事にしているんだな、と椿は優しい気持ちになって自然と微笑んだ。
 そんな彼を見て、パートナーのヴィクトリア・ウルフ(う゛ぃくとりあ・うるふ)はむすっと苛立っているようである。どうやら椿の意識が動物たちに向いていることで嫉妬しているようだ。
 イキモは、しかしすぐに暗い顔になった。

「あの子たちは、私たち人間にひどい目に遭わされた被害者です。めずらしい。可愛い。高級珍味。毛皮、そんな身勝手な理由から。
 もちろん、生きていくうえで私たちは何かを殺し、生きています。肉にしても野菜にしても生きています。だから生きるために殺す。そのことに異議を唱える気はありません。
 しかし、あの子たちを同じ生命ととらえることのできない人間は大勢います。そういう人間ばかりではありませんが、あの子たちはそういう人間につかまってしまったのです。ですからかなり人への警戒心は強く、暴れる可能性があることを念頭においておいてください」

 イキモの言葉に、その場の空気が引き締まった。
 そんな一行の前に別れ道が現れたのは、5分ほど歩いた後のことだ。イキモは別れ道の周囲をよく観察し、何かを拾った。
「羽……白いということはもしかして」
「ええ、白カラスでしょう……そしてこの引きずった跡は、ミツオヘビのものと思われます。ニセツチノコと仲が良いので、一緒にいるかもしれません」
 動物保護班は、白カラスやヘビたちのあとを追いかけて行った。


 こちらは、現在一番遺跡の奥へと近づいているリネン・エルフト(りねん・えるふと)たちだ。
 突然動物たちが逃げ出した、ときいたリネンは、イキモが何か理由を隠しているのではと考えていた。問いかけた時に、イキモの目が動揺していたのを彼女は見ていた。何かを隠しているのは間違いないだろう。
 なので彼女は先に動物達を保護し、ワイルドペガサスの【ナハトグランツ】と水の力を借りて動物たちと話をしようと考えていた。イキモに問題がなければそのまま引き渡し、何かあれば……。
「でもフェイミィは以心伝心みたいだけど……グランツたちっていつもどんなこと話してるのかしら?」
 水、でふと思い出したリネンは、後ろを振り返ってヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)に声をかける。ヘイリーは苦笑いし、フェイミィは苦いものを噛んだような顔をした。
「グランツの声? な〜んとなくわかるけどね……幻想崩れても知らないわよ?」
「ナハトに話を?
 悪いことは言わねぇ、やめとけ。どうなっても知らねーぞ?」
 パートナーたちの歯切れ悪い反応に、リネンは少し考え込み、
「なに? 聞かれるとまずいことでもあるの?」
 やや半目になって2人を見る。2人はそういうわけではない、と返したが、リネンはナハトと会話する気満々であった。
 そうしてたどり着いた最奥の部屋で、リネンは早速ナハトに水を飲ませた。ナハトは少し嫌そうなそぶりをしてフェイミィを睨んだが、しぶしぶその水を飲んだ。
 ドキドキするリネンに、あ〜あという顔のヘイリー。ひきつり笑いのフェイミィ、と三者が見守る中、ナハトが口を開いた。
「何すんだテメぇ。こんなマズイ水呑ませやがって、ああ?」
 低く迫力のある声が、しんと静まった部屋の中に響き渡る。それに動きを止めたのはリネンただ一人。ヘイリーは苦笑ののち、部下の飛装兵とともに、【獣医の心得】の知識を頼りに動物達を探す準備に入る。遺跡内の地図でもあれば、と部屋を探す。
 フェイミィは
「だからやめとけって言ったんだよ」
「おいっそりゃどういう意味だよ、フェイミィ! 俺様が喋るのに文句でもあんのか?」
「誰もんなこと言ってねーだろが!」
「ちょっと2人とも落ち着きなさいよ」
 なぜか喧嘩を始めたフェイミィたちを見て、リネンが我に返る。
「ナ、ナハ……?」
「おいおい、ひでー間抜け面だなぁ。このナハトグランツ様が他にいるわけねーだろうが」
 リネンが絶句状態から完全に復活し、協力を要請するまではしばしの時間が必要だった。

◆迷子大量発生

 しゃらしゃら、と奇妙な鳴き声を上げながら遺跡を闊歩しているのは、巨大な蛇である。頭にはお腹部分がぽっこりと膨らんだトカゲがいる。
 蛇の種類はミツオヘビ。名の通り尾が三つある希少種であり、皮を狙われて密猟されている。ミツオヘビで作られた鞄は、持っているだけでステータスとなる。
 トカゲは、ニセツチノコ。お腹が膨らんでいるのは、ラクダと同じくそこに脂肪をためているからだ。もしかするとこのトカゲを見た誰かがツチノコと命名した、という学説もあるらしい。めったに人前に現れないため、詳しい生態は不明だ。
 そんな蛇とトカゲは、見事に迷子になっていた。実はこのミツオヘビ、かなりのおバカさんなのである。そして頭に乗っているトカゲはかなり高齢であり、ボケている。
 2人は自分たちが迷子とも理解せぬままに遺跡を探検していたのだが、蛇の動きが止まった。どこか機嫌よく縦に動いていた頭が一方向に固定され、大きな口が開き、シャーっという威嚇の音が遺跡内に響く。
 蛇の見ている方角から現れたのは、面倒くさそうに頭の後ろをかいている三途川 幽(みとがわ・ゆう)だ。
「まいったな。ここまで警戒されるとは」
 まいった、と呟いている幽はパートナーとはぐれた……いわゆる、迷子である。
「どうしたんだ? お前たちだけ、ということは迷子か」
 自分が迷子であるという事実を意識のかなたに放り投げ、幽は困ったな、と呟く。蛇とツチノコは喋らない。ということはまだ水を飲んでいないのだろう。
(水……一番奥に行けばいいんだよな。それまで、護衛するか。リリアも見つけないといけないしな)
 敵意がないことを示すため、幽は数歩後ろに下がった。手に何も持っていないことを示すように両手は上にあげる。すると、今まで微動だにしなかったニセツチノコが尻尾を動かして蛇の頭をぺしぺしとたたく。蛇の視線が幽からそれた。
 ニセツチノコはまた尻尾を動かす。ぺしぺし、しゃらしゃら、ぺしぺし……会話でもしているのだろうか。
 蛇が再び幽を見る。まだその眼には警戒があったが、威嚇はしてこない。背を向けて遺跡内を進みだした。どうやら多少の警戒は解けたらしいと、幽はその跡を追って行った。

 パートナーや友人たちと、動物達を探すために作戦を練って気合い十分な南天 葛(なんてん・かずら)は、パートナーの1人、ヴァルベリト・オブシディアン(う゛ぁるべりと・おびしでぃあん)とともに、絶賛迷子中だった。
 迷子大量生産の遺跡である。
 困ったなぁと顔をしかめる葛に、ヴァルベリトは袋を差し出した。ヴァルベリトはよく迷子になるため。こんなこともあろうかと食料(パン)を用意していたのだ。ふわふわで美味しいパンを頑張って持ってきたのである。
 その前に、迷子にならない対策をすべきでは、と思うが……そこにつっこめる人材はここにはいない。
 ヴァルベリトが美味しいパン、にこだわったのは葛のためなのだが、葛はパンを見て「これだよ!」と叫んだ。
「う゛ぁる! これだよ! これを千切って落としていけば迷わないよ!」
 たしかにそういう話はあるが、そもそもそれは迷子にならないための方法であって、すでに迷子になっている現在。有効とは言い難い。
「ちょ、待て! これはお前のために……!」
「はい、う゛ぁるもどんどん千切ってー」
 ニッコリ笑顔でパンを差し出す葛に、悲しいかな。ヴァルベリトは従うしかないのである。
 どんどんとちぎられて遺跡の中に置かれていくパン。パンがちぎられるたびに、ヴァルベリトの何かもちぎられている気がする。
 しかし葛はそんなヴァルベリトに気付かず、嬉々としてちぎっていく。というよりだんだん乗ってきたらしい。リズムよくちぎって行き……足元が沈んだ。罠である。
「葛!」
 ヴァルベリトが葛を引き寄せるも、2人はそのまま落下した。
 バサリバサリ、と羽ばたきの音が聞こえたのはそんな時。落とし穴の底から葛たちが見上げると、白い鳥……カラスがいた。白カラスはちらと葛たちを見てから穴を通り越して着地し、落ちていたパンをいくつか食べる。すごくおいしそうだ。
「あ、待って!」
 葛が声をかけるが、その声に驚いたようにカラスは再び飛び上がり、どこかへと行ってしまった。そして穴は深く、すぐには追いかけられない。
「ん? 人の声、どこから……なんでこんなところに穴が……」
 どうしたものかと葛たちが悩んでいると、頭上から声がした。ひょいと穴の淵から顔を出したのはリリア・ローウェ(りりあ・ろーうぇ)。幽のパートナーだ。リリアは青い大きな瞳をさらに大きくして葛たちを見下ろす。
「だ、大丈夫ですか? 待っててくださいね。今ロープを」
 リリアはロープを丈夫な柱にくくりつけ、端を穴に垂らした。葛たちはそのロープを伝って穴から脱出した。その後、リリアは幽を見かけなかったか、と特徴を説明しながら聞くが、2人は首を横に振る。しかし動物を追っていれば会えるだろう、といことで3人は白カラスの飛び去った方向へと向かった。

「まったくあの子達は……木賊様、彩里様、探すのを手伝って頂けますか?」
「もちろんだよ」
「ええ、微力ながら私も手伝わせていただきます。雷鳴号」
 少々ご立腹な様子の葛のもう一人のパートナーダイア・セレスタイト(だいあ・せれすたいと)は、木賊 練(とくさ・ねり)彩里 秘色(あやさと・ひそく)を申し訳なさそうに振り返った。
 練は気にしてないと笑い、秘色は肩に乗せた雷鳴号(吉兆の鷹)の目をじっと見つめている。言葉はなくとも、会話しているようであった。
 しばらくすると雷鳴号が「ピー」と甲高く鳴き、どこかへと飛んで行った。秘色はダイアと練を振り返り、うなづく。
「よーし。雷鳴号には上から探してもらうとして、あたしたちはあたしたちで探そう。ダイアさん、葛の気配はわかる?」
「そう、ですね……こちらから……あら?」
「どうしたの?」
 少し目をつむって意識を集中させていたダイアが困惑の声を上げる。
「いえ、今気配が急に下へと向かったものですから」
「下か……まだこの下にも階層があるんだね。どこかに階段があるのかな……チカちゃん、いける?」
 練が声をかけたチカちゃん、とはパラミタモグラのことだ。チカちゃんは立派な爪で石の床をこつんと叩き、戸惑ったように練を見上げる。
 ここは地下一階。崩れない様に壁や床はかなり頑丈にできている。
 それにチカちゃんが地下を掘る……あ、なんでもないです。
 しゅんとうなだれたように見えるチカちゃんを練は抱きあげて、そっと抱き上げる。練に気にしている様子はない。
 3人とチカちゃんはそのまま遺跡を歩いていたが、ピーという鳴き声とともに雷鳴号が姿を現すと動きを止めた。雷鳴号の隣には白カラスがいる。雷鳴号と白カラスは会話をするようにピー、カーと鳴いた後、ある方向へと飛んで行った。
 秘色が雷鳴号の意図を読み取る。
「どうやら南天殿たちを見つけたようです。行きましょう」
 追いかけていくと、葛とヴァルベリト。幽を探していたリリアと合流。ダイアは元気な葛を見て安堵の息を吐き出しつつ、
「ベリー……あとで話があります」
「う」
 しっかりとヴァルベリトにとどめを刺した。
「あのー、すみませんです。幽を、私のパートナーを見かけなかったですか? 黒髪に銀色の目をしている男の子です」
 リリアが練たちに尋ねるが、2人は首を横に振る。
「リリア様、でしたか。葛たちを助けていただいたようでありがとうございます。よければ幽様、をお探しするお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか」
「いいんですか?」
 がくっとうなだれていたリリアは、ダイアの申し出に喜んだ。そうして今度は幽を探すことになった一行だが、唐突に白カラスが方向を変えた。
「あれ、どうしたんだろ?」
「雷鳴号、白カラス殿についていってください」
 あまりの速度に、とりあえず雷鳴号へと指示を出す秘色。他の動物がいたのかもしれない。そして動物を追っていれば、同じ目的で来た幽にも会えるかもしれない。
 一行は雷鳴号の鳴き声を頼りに走りだす。まず最初に見えたのは大きな蛇。そして蛇から少し離れた所に立つ人影。
「ん? リリア?」
 敵かと思ったのか。構えたまま、幽がいぶかしげな声を発した。パートナーの姿に味方だと察した彼はすぐに構えを解く。
 仲間と合流できただけでなく、動物も見つけ出せたとあって、全員どこかほっとした様子である。

「こ、これであとは来てくれるのを待つだけですね」
 鈴木 麦子(すずき・むぎこ)は、蛇とツチノコが見える範囲に用意してきた餌を置く。モズの早贄みたいなミイラみたいな爬虫類とか、あるいはネズミ捕りにかかったネズミを箱ごと、というなぜそれをチョイスした、という中々気持ち悪いモノばかりだ。
 しかし本人はご満悦な顔をしている。手には虫取り網。どうやら蛇よりもツチノコを捕獲しようと考えているらしい。
 麦子の、この依頼に対する熱は、他の参加者とは少し違う。なぜならばこの依頼でお金をもらわないと、彼女は帰ることができない。なので、必死だ。
「大丈夫よ、僕に任せて」
 麦子を励ますように呟いたのはパートナーの鍛冶 頓知(かじ・とんち)だ。彼……女は、くねっと腰をひねり、上品に(?)手を口元に添えて、無い胸を張った。頓知が動くたびに、服についたレースが揺れる。
 つっこんではいけない。そう。これは「押すなよ? 絶対押すなよ?」というフラグではない。
 兎にも角にも、トンチは作戦通り麦子とは逆の方へと回り、網を構える。
「しゃらら?」
 蛇が餌に気付いた。麦子が狙っていたニセツチノコは頭を下げた蛇から地面に降り立ち、餌にたかっていたハエをぱくりと食べる。一方の蛇は箱に入ったネズミを舌で取り出そうと奮起している。
 予定とは違ったが、チャンスである。
「お願いしますニセツチノコさん、捕まってください。私、帰るお金ないんです」
 えいっとふり下ろされた網は見事にニセツチノコをとらえた。ツチノコは、事態を理解していなさそうな顔をしている。麦子は一瞬喜ぶが、その光景を見た蛇が暴れだしたことで顔を真っ青にする。
「しゃーーーーっ」
「きゃー、ごめんなさーい」
「麦子!」

「なんだ? 突然どうし」
 幽は突如暴れだした蛇を見て、固まった。蛇は尾の一つで何かを締め付けている。
「ぐふぅ」
 その何か、とは頓知だ。口からは泡を吹き、口紅がとれている。振り回されたのか。化粧やら髪型やら服装やらも大変なことになっており、ちょっとお化け屋敷にいそうな感じだ。幽が思わず固まってしまったのも無理はない。
「大変、助けなきゃ……ってチカちゃん?」
 一番最初に我へと帰った練が頓知を助けに行こうとしたが、モグラのチカちゃんがいないことに気付いて慌てた。
 当のチカちゃんは、ニセツチノコの元にいた。ツチノコ前には麦子が土下座しており、頓知を助けてくれと懇願していた。
 チカちゃんはそんな麦子とニセツチノコを交互に見た後、こてりと首をかしげる。ツチノコはのんびりハエを食べながら、こてりと首を傾げ返す。見つめあうニセツチノコ(トカゲ)とチカちゃん(モグラ)。
 唐突にニセツチノコがぺちりと尻尾で地面をたたいた。
 すると蛇が動きを止め、もう一度ぺちりと音がすると、蛇は頓知を解放し地面に横たえた。麦子は慌てて頓知の元へと駆け寄っていく。気を失ってはいるが、特にけがはない。……見た目はえらいことになっているが。
 そこへ白カラスがニセツチノコを足でつかんで飛び、蛇の頭に落とす。カラスは「カーカー」と鳴きながら軽く蛇の頭をくちばしでつつく。蛇はどこかしょんぼりした面持ちをしている。カラスが説教をしているように見えるが、真意は不明だ。
 兎にも角にも蛇は落ち着いたらしい。
 保護対象を傷つけずに済んだことで誰もが息を抜いた、次の瞬間、ごごごっと嫌な予感たっぷりの音がした。
 床に大きな穴が開いたのは、すぐ後のことだった。

 しかし結果を見れば行幸であった。落ちた先は、目的の場所だった。