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必ず生きて待っていろ

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必ず生きて待っていろ

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「……とんだ工場見学だわ」
 同じ作業区画の一角、ベルトコンベアーが縦横無尽に走る作業場でセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は毒づいた。こうした状況にあって、あえて毒づくことにより自らを鼓舞すると、セレンフィリティは隣に立つセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に目配せした。
 セレンフィリティからの目配せに対し、セレアナは一度頷くと、周囲を軽く見回してから静かに口を開く。
「火勢が余りに強いわね。事故によるものではなく、テロの可能性が濃厚……と思うけど、いまは可能な限り助けられる人を助けることが先決よ……そして――」
 ――『そして無論、愛しい恋人も』そう自らの胸中だけで付け加えると、セレアナは改めて周囲を見回した。先程から昏倒しそうになるほどの超高温に違わず、彼女たちの周囲には幾重にも炎の壁が重なっている。多少の火であれば、ダメージ覚悟で強行突破という最終手段もなくはないが、これだけの量ともなれば強行突破も不可能だ。
「参ったわね。どこもかしこも真っ白よ。かろうじて薄いピンク色が散発的にあるくらい……」
 気を緩めれば絶句してしまいそうになるのを必死に堪えてセレンフィリティは声を絞り出した。銃型HCの改良・発展型である次世代型の銃型HC『弐式』は災害も想定されて作られているだけあってサーモグラフィー機能も搭載されていた。先程からセレンフィリティはそれを使って周囲の炎を分析しているのだが、辺り一面を映したサーモ画像は見事に最高の温度レベルを示す白色で埋まっていた。 強いてそれ以外と言えば、白色よりも心持ちマシな程度の薄ピンク色が所々にまるで斑点のごとく散見されるだけだった。ざっと見回した時に強行突破は難しいと直感したセレンフィリティだったが、サーモ機能により図らずもその直感が裏付けられたようだ。
「仕方ないわね。いっちょ、やりますか」
 半ば予想していたその結果だけに、セレンフィリティはそれほどたじろぐことも、ましてや絶望することもなく、淡々と所持品の中から機晶爆弾を取り出した。
「いきなり実行して大丈夫?」
 セレンフィリティの意図を察したセレアナがすかさず問いかけると、セレンフィリティは事も無げに答える。
「この工場の構造は既に把握してるから大丈夫。それに、どのみち他に方法もないでしょ」
 返ってきた答えに納得したのか、セレアナはそれ以上は何も言わず、セレンフィリティが作業するのを見守っていた。
「……これでよし、っと。それじゃ、いっちょ派手にいきますか!」
 危機的状況にありながらも快活に笑うと、セレンフィリティは機晶爆弾を起爆した。次の瞬間、凄まじい爆音と爆風が辺り一面を震わせ、周囲で燃え盛っていた炎を吹き飛ばしていく。彼女の意図通り、爆破消火は成功したようだ。
「いっちょあがり! さ、行きましょ!」
 急激に炎が消えた辺り一面を見渡しながら、セレンフィリティが上機嫌で宣言して歩き出そうとした時だった。
「待って――ねぇ、セレン。この反応って……」
 念の為、セレンフィリティの銃型HCで周囲の状況をサーチしていたセレアナは怪訝な顔でセレンフィリティに語りかけると、銃型HCの画面を見せる。
 サーモグラフィーモードになっているその画面には、明らかに周囲とは温度帯が違う塊が四つ表示されていた。表示されているのは黄色と緑、そしてその二つの中間色である黄緑が入り混じった塊だ。
「まさか……あたしたち以外に誰かいるっていうの――」
 見せられた画面を覗き込みながらセレンフィリティは呟いた。呟きながら彼女が息を呑む気配が伝わってくるのを感じながら、セレアナも口を開いてそれに答える。
「その可能性は高いわ。このカラーパターンで表示される温度帯はだいたい人の体温ほどの温度だもの。それに、よく見ると先程から何度か微かに動いているのよ」
 セレアナの言葉を聞きながら、セレンフィリティは銃型HCを操作し、問題の個所への更に詳細なサーチを開始する。
「なるほど……あたしたちが炎を吹っ飛ばしたから反応が検知されたわけね。で、ここからさほど遠くない所みたいだけど、どうする?」
 セレンフィリティの問いかけに、セレアナは微笑みを浮かべると、爽やかに即答する。
「勿論。助けに行くわよ。第一、ここまで高確率で検知されてるのを見過ごしたら、寝覚めが悪いもの」
 予想通りの答えが返ってきたのに気を良くすると、セレンフィリティは元気な笑みを見せて拳を握った。
「よっし! それじゃ、さっさと行きますか!」
 セレンフィリティが言った直後に二人は互いの瞳を見合わせて頷き合うと、一目散に問題の部屋に向けて駆け出した。炎を爆破消火したおかげで特に障害に阻まれることもなく二人は問題の場所へと到着した。
 到着するなり状況を確かめたセレンフィリティは眼前にあるドアが熱で溶解しかけ、微妙に歪んでいるのを迅速に見て取ると、傍らに立つセレアナに声をかける。
「セレアナ!」
 既にセレンフィリティの意図を以心伝心に理解していたセレアナは阿吽の呼吸で愛用の槍を構えると、それをドアと壁の間にできた僅かな隙間に差し入れる。彼女が槍を少し捻ると、てこの原理で歪んだドアが動き出す。
 鈍い重低音を立てながらドアは少しずつ動き、やがて全開となる。ドアが全開となるや否や、二人は部屋へと飛び込んだ。
「大丈夫!?」
 飛び込むなり部屋の中にいた相手に声をかけたセレンフィリティは絶句した。
「おかしいな……何だか疲れたみたい。くたくたです……」
 部屋の中では倒れた白髪の若い女性が、教導団の軍服を着た男に抱きかかえられながら、うわ言のように呟いていた。それだけではない、白髪の女性の脇腹には大型の破片が突き刺さっており、そこから出血しているらしく、床には血だまりができている。
 それに加えて、二人の連れと思しき少女と、その少女のすぐ近くで、少女に頭突きしているペガサスの姿が見える。
「疲れてるわけじゃない……良くやった。今日はもう休め」
 彼女を抱きかかえている男も安心させるように言うが、心中穏やかではないのが傍目に見ているセレンフィリティにも伝わってくる。
「……はい。それじゃ、少し休みます。少し眠れば、大丈夫だから……」
 そう言う白髪の女性は今にも気絶する寸前だ。その時、その様子を片時も目を離さずに見守っていた件の少女がセレンフィリティたちに気付くと、とてとてと歩み寄って来るなり、二人を見上げながら涙ながらに言った。
「ティーが……大変ですの。助けてあげてぇ……」
 その少女――イコナを安心させるようにセレンフィリティが頭を撫でると、教導団の軍服の男――鉄心も二人に気付いたようだ。二人は鉄心と白髪の若い女性――ティーに歩み寄ると、状態を観察する。
「ひどい……」
 ティーの傷口を見たセレンフィリティは思わず漏らした。すると、鉄心も痛ましげな表情で呟く。
「先刻、工場内に潜入していたテロリストを発見し、尋問したものの……すまない、不覚を取った」
 そして、イコナに目を向けながら鉄心は再び呟く。
「テロリストは起爆装置を作動させてな。ティーはその時に起きた爆発から咄嗟にイコナを庇って重傷を負った。俺も重傷はまぬがれたものの、少しの間気絶していたらしい。おかげでここに取り残されていた所にキミたちが来てくれたというわけだ」
 そこまで語り終えると、鉄心はふと気付いたように言った。
「その軍服、キミたちも教導団のようだけど? ――申し遅れた。俺は教導団騎兵科助教の源鉄心だ」
 鉄心がそう名乗ると、セレンフィリティとセレアナは敬礼するとともに自分たちも名乗る
「歩兵科所属、セレンフィリティ・シャーレットよ」
「教導団歩兵科所属、セレアナ・ミアキス。専門は特殊戦」
 すると鉄心は何かに気付いたような顔になると、確認するようにセレンフィリティへと問いかける。
「セレンフィリティ……? もしかして、あの『壊し屋セレン』か?」
 その問いかけに一瞬苦笑すると、セレンフィリティは真面目な顔になって告げる。
「衛生兵ではないから確かなことは言えないけど……その子、これ以上そのままにしておいたら危ないわね」
 セレンフィリティの言葉に鉄心も頷く。
「なら、選択肢は一つのようなものね」
 何かを決意したように呟くと、セレンフィリティは所持していた擲弾銃を構える。
「何をするつもりだ?」
 問いかけてくる鉄心に向き直ると、セレンフィリティは手にした擲弾銃を掲げてみせながら言う。
「決まってるでしょ。まずはこの部屋の壁をブチ破るわ」
 答えるとセレンフィリティは躊躇なく壁に銃口を向け、照準を合わせる。
「な……っ! いくらなんでも無茶だ!」
 制止する鉄心。彼の言い分は尤もだ。だが、セレンフィリティはぴしゃりと言い放った。
「他に方法はないわ! あたしたちがここに来る途中にやったみたいに爆破消火をするにしても、爆薬には限りがあるし、そもそも重傷者を連れて火の海状態になってるメイン区画を抜けるよりは、爆薬を全部つぎ込んで壁をブチ破った方がいい。幸い、あたしたちがいるこの部屋は作業区画の中でも屋外に近い所にあるみたいだしね!」
 言うなりセレンフィリティは躊躇なく引き金を引いた。擲弾が壁に炸裂し、凄まじい爆発とともに壁に大穴を穿つ。
「もういっちょー!」
 まるで暴風に煽られたように反動で跳ね上がる銃身を強引に押さえつけながら、セレンフィリティは次弾をすぐさま発射する。そして、再び訪れる凄まじい爆発。
「あっつぃわね! もぅ!」
 セレンフィリティは額の汗を拭うと軍服の上着を脱ぎ捨て、下着代わりに身に付けたメタリックブルーをしたビキニの上半身を露わにする。そして、三度目の射撃でもう一枚壁をぶち破る。
「どんどん行――」
 四発目の擲弾をセレンフィリティが発射しようとした時だった。爆砕された建材がこぼれ落ちる音に混じって、なんと人の話し声が聞こえてきたのだ。
「急に爆発が……気をつけて! 誘爆している可能性があります!」
 更に、その声に混じって重厚な足音も聞こえてくる。ほんの数秒の間、セレンフィリティが様子を伺っていると、爆発の余波で壊れかかった壁を力任せに破壊して、パワードスーツの部隊が入って来る。
「生存者を発見!」
 先頭に立つパワードスーツの人物が快活そうな若い女性の声で言うと、彼女が開けた穴からぞろぞろとパワードスーツの部隊、更には学生や作業員たちの一団が大挙して現れる。
「どうやら運が向いてきたみたいね」
 そう呟いた後に安堵の微笑みを浮かべ、セレンフィリティはパワードスーツの女性に歩み寄ると、敬礼とともに礼を述べる。
「あたしは歩兵科所属のセレンフィリティ・シャーレット。助かったわ」
 するとパワードスーツの女性はパワードスーツを装着したまま器用に敬礼すると、マスク越しの声で答礼する。
「シャンバラ教導団中尉、ルカルカ・ルー。なるほど、あなたがかの有名な『壊し屋セレン』ね。お噂はかねがね」
 先程も似たようなことを聞いたセレンフィリティは再び苦笑すると、ルカルカとともにティーの救護にあたったのだった。