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■霧深き霊水の山 〜清めの霊水採取〜
 ――清き霊水が湧くことから、その山は霊水山と呼ばれていた。また、その霊水が空気と混じることで飽和し、霧を形成することから霧深山とも呼ばれている。
 山頂に湧くという霊水を求め、ここへやってきた霊水採取班。当初、関谷 未憂(せきや・みゆう)が飛空挺などの飛行系の乗り物に乗って山頂まで行こうと提案するが、この日の霊水山の霧は濃度が特に濃く、飛行系乗り物を使うのは危険と判断、徒歩による登山をすることになった。
 険しい道中ではあるが、熊谷 直実(くまがや・なおざね)が『パスファインダー』を使っているおかげで苦を感じることはない。今回の依頼を聞いて僧侶時代のことを思い出したのか、顔には出さないもののその情熱はかなりのもの。率先して先導している辺り、身体には出ているようだ。
「霊水を迅速かつ速やかに届ける。それがぁ、最重要課題だ! さぁ、ガシガシ進むぞ!」
 ……『なりきり』を使い、とあるドラマの小隊長になりきっている佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、檄を飛ばす。どうやら、料理の間に見た山岳地方を舞台とした戦記物ドラマにすっかりハマっており、今回の言動もそれに倣ったものらしい。ただ、弥十郎本人は大真面目にやっているが、傍から見ると間抜けにしか見えない。さすがにこれには弟弟子のフィン・マックミラン(ふぃん・まっくみらん)も苦笑いである。
 未憂が『殺気看破』で周囲を警戒し、『トレジャーセンス』で湧き水までの最短ルートを見いだして直実に伝えながら、一行は登山を続ける。だが道中は短くなく、霊水山に棲むモンスターに襲われそうになることもあった。しかしそれを五月葉 終夏(さつきば・おりが)が『ヒュプノスの声』で眠らせ、すぐその場から離れる。とにかく早く霊水を汲むのが最優先なのだ。
「リンちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫ー。……コケトリスって、頭にコケが生えてるのかな?」
 とはいえ、登りっぱなしというのも身体に過度の負担がかかるため、要所要所で小休憩を挟んでいく。リン・リーファ(りん・りーふぁ)が『ギャザリングへクス』を飲みながら、終夏にそんなことを聞いたりしていた。
 小休憩中は、終夏が『大地の祝福』を特に疲れている人へ使ってその疲れを癒したり、パートナーであるニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が終夏から水汲み用の水筒の蓋を借りて、そこへ『恵みの雨』を使って飲み水を作り、疲れている人へ渡したりと、仲間への配慮を忘れない。
 小休憩を終わらせると、ペースを崩さずに山を登る。そしてある程度登って、疲れている人がいるようならば小休憩を取る。その繰り返しを数度行なっていき……ようやく、山頂付近まで登りつめたのであった。

 ――山頂付近まで辿り着いた一行。少しいった先に、目的の霊水の湧くポイントがあるようだ。そして同時に、そのすぐ近くにコケトリスの巣があり、コケトリスがジッと座り込んでいる。
「あれがコケトリスだな! 先手必勝っ!」
 コケトリスを見るなり、勢いよく突貫しようとするフィン。だがそれを『行動予測』で読んでいた弥十郎、フィンの首根っこを掴んでその動きを制する。
「あ、ちょ、なにすんだよー!」
「戦ったこともない生き物には、まず観察することだよぉ。 ほら、おっさんもじっくり見てるでしょ?」
 弥十郎が指差す先には、コケトリスをジッ……と見つめ観察している直実の姿があった。フィンはムッとしてしまうが、師匠が観察している以上、自分も観察するほかないようだ。
 ――と、その観察している三人へロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)の二人が話しかけてきた。
「……観察しているところ悪いですけど、攻撃をするのを中止してもらえないでしょうか?」
 ロレンツォがそう切り出し、自身の考えを伝える。事前に生態を図書館で調べたところ、コケトリスは好戦的ではないモンスターであり、こちらも急いでいる以上、一時的に巣から離してその隙に水を汲んだほうがいい、とのこと。
 そのため、威嚇などで大きな音などを立てて追い払い、餌を撒いてポイントから離してしまう方法を、ロレンツォとアリアンナが提案する。弥十郎たちとしてもコケトリスが離れてくれれば御の字であると考えていたため、その作戦に頷いていった。
「協力、感謝します。では私たちは準備してきますので」
 作戦実行の許可をもらったロレンツォたちは微笑みながら、その場を離れていく。
「――師匠。あのコケトリス、自分の身に危険が迫ると力を下げる鳴き声を発しながら巣に戻って防御を固めたような。あと、雑食かも」
 フィンの持つ知恵のヒョウタンの効果で、フィンはコケトリスについて何でも知ってるような錯覚を覚え、生態の一部を師匠である直実へ伝える。
「ふむ……」
 報告を受けた直実は一つ唸り、作戦時に情報の正否を確認することにしたようだ。
 と、ロレンツォ側のほうでも動きがあった。霧が濃いために空飛ぶ箒を使えないのでどうしたものかと考えていたところ……未憂やリン、そしてプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)がベルフラマントでうまく気配を消しながら行動を起こせる、とのことだったので、コケトリスに餌をあげたそうにしているリンが代わりに誘導役をやってもらうこととなった。他の二人は実際の水汲みを担当してもらうことになり、終夏から水筒を借りる。
 ――それぞれの準備が整うと、すぐ行動を開始する。まず弥十郎たちとロレンツォ、アリアンナがわざと大きな音や直実の『クライ・ハヴォック』を出してコケトリスを驚かす。突然の大音に何事かと慌てふためくコケトリスは、奇怪な鳴き声を発しながら巣のあるほうへ走っていった。
「うむ、よく憶えていた。えらいぞ」
「師匠、ありがとうございますっ!」
 『百戦錬磨』の経験からフィンの情報が正しいことを察知した直実は、フィンを褒める。賞賛の言葉にフィンも嬉しい返事をしていった。
 ……コケトリスが霊水の湧くポイントの近くにある巣へ戻ると、その巣から離れていくように、点々と餌や種モミ……そしてなぜかドーナツが置いてある。ベルフラマントで気配を隠したリンが先行して仕掛けたものであり、彼女なりの性格が表れている感じがする。
 巣に一度戻って、そこで奇怪な鳴き声を発し続けるが……追っ手が来ないことがわかると、チラチラと食べ物を見るコケトリス。そして――本能には勝てなかったのだろう、巣から離れて点々と続く食べ物を食べ始めていった。少しずつ湧き水ポイントから離れていく……。
「突然お騒がせしてすいません。少しだけ、水をもらいますね。――行こう、プリム」
「……うん……」
 コケトリスが離れたをの見て、同じくベルフラマントを身に纏った未憂とプリムが湧き水ポイントへ駆け寄り、清めの霊水を採取する。何本かの水筒に霊水を入れ終わると、駆け足退却。戦闘を避けて、目的の物を手に入れた一行、後はイルミンスールへ戻るだけである。
「誰も怪我がないようで、安心しました」
 ロレンツォはコケトリスを含む、誰一人として怪我などがなかったことに安堵の表情を浮かべているようだ。
「うーん、あんまり必要なかったかもねぇ――って、いたたたたっ!?」
 弥十郎は大量運搬用にチルーを連れてきていたようだが、思ってたより必要量が少なかったため、チルーの出番はなさそうだった。その腹いせかどうかはわからないが、チルーは弥十郎に噛みつき、弥十郎はそれをなだめすかしている。
 帰り道も直実が『方向感覚』を用いて帰還ルートをマッピングしていたため、特に迷うことなく、終夏やニコラの気遣いをあってか下山もペースを崩さず着実に霊水山を降りていったのであった……。