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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

リアクション

「可愛い着物借りられて良かったね〜、天樹!」

 琳 鳳明(りん・ほうめい)は自分の着物を見せびらかすようにクルッと一回転して、ポーズを決める。
 貸し衣装屋で借りた着物が、すっかり気に入った様子だ。
 満面の笑みの鳳明に対し、連れの藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)は微妙な顔をしている。
 それもそのはず、天樹は男であるにもかかわらず、女の着物を着せられているのだ。
 鳳明曰く、「この方が可愛いじゃない」との事だが、そうはいっても天樹自身に女装癖などないし、何より落ち着かない。

「(いや、あの僕男なんだけど――)」
「え?ナニ天樹、なにか言った?」
「(ううん、何でもない……)」

(こういう時の鳳明に、何を言っても無駄なんだよな――)

 天樹は、うっかり鳳明に伝わる事のないように、そっと愚痴を思う。
 無口――というか、人と言葉を交わすのを極端に避ける天樹は、鳳明との意思疎通を専ら《精神感応》で行なっていた。

「何してるの、天樹。早く屋台に行こうよ。私、来る途中で幾つか目星つけておいたんだ!」
(まぁ、いいか。それで鳳明が楽しいのなら――)

 鳳明のはしゃぎっぷりに文句を言う気も失せた天樹は、大人しく鳳明に付いていく事にした。
 
 そして、鳳明が目をつけたという屋台を2、3軒も回った頃――。

「なんじゃあ、このガキィ!」
「うわっ!」
「おにぃちゃん!」

 突然2人の目の前に、悲鳴と共に5、6歳位の男の子が転がって来た。
 子供の持っていたらしい味噌田楽が、地面に転がっている。
 その男の子に、妹らしい女の子が駆け寄った。

「このガキ!ワシの着物を汚しくさって、どないしてくれんのじゃ、あぁ!」
「だ、ダイジョブですかい、兄貴ィ?」

 子供の後ろから、どこからどう見てもチンピラにしか見えない男が、子分どもを引き連れ歩いて来る。
 見れば、兄貴と呼ばれた男の着物に、味噌がベッタリとくっついていた。

「おにぃちゃん、大丈夫?」

 チンピラに吹っ飛ばされでもしたのか、男の子は倒れたままうめき声を上げている。
 
「てめぇ兄貴の服汚しといて、スイマセンの一言もねぇたぁ、いい度胸してるじゃねぇか、ええ!」
「おにいちゃんは悪くないもん!そっちがぶつかってきたんだもん!」
「なんだとこのクソチビ!大人しく詫びでも入れりゃあ許してやろうってモンを!」
「行儀の悪い子供には、少しお仕置きが必要だなぁ?」

 男の目には、嗜虐の色がアリアリと浮かんでいる。

「(鳳明、何だかマズイ雰囲気だけどどうする――って、鳳明!?)」

 鳳明が、天樹が相談を持ちかけるよりも早く、子供とチンピラの間に割って入っていた。 
 懐から手ぬぐいを出すと、跪いて着物についた味噌を拭い始める。

「まぁまぁ、お兄さんたち!そんな子供のしたコトに目くじら立て無くっても。せっかくのお祭りじゃないですか――。ほら、キレイになりましたから。今日のトコロはこれで勘弁して下さい、ね?」

 何とかその場を丸く収めようと、着物についた味噌を丁寧に拭う鳳明。

「なんだ、ネェちゃん。中々面白いコト言うじゃねぇか。何だったらこのガキの代わりに、ネェちゃんが身体で詫び入れてくれてもいいんだゼェ?」
「ちょ――、ナニすんのよ!」

 腰をまさぐろうとする手を素早く払いのけ、男にビンタをかます鳳明。

「てめぇ、このアマ!調子に乗りやがって!」
「調子に乗ってるのはどっちよ!」
「どわっ!!」

 鳳明に掴みかかる男の手を、巧みに捌き、その顎に掌底を喰らわせる鳳明。
 余りの痛みに、顎を抑えたままその場にうずくまる男。

「あ、兄貴!て、てめぇ――、このままで済むと思うなよ、オイ、オマエら!やっちまえ!」

 その言葉に、10人余りはいるチンピラの子分どもが、一斉に鳳明を取り囲む。

「(いい、天樹。私がコイツらの相手をしてる間に、その子たちをつれて逃げて!)」
「(う、ウン――)」

 咄嗟に意志のやり取りをする鳳明と天樹。

「(いい。1、2の3で行くわよ。1、2の――)」

 と、鳳明がそこまで数えたトコロだった。

「い、イタタタ!」

 鳳明たちを囲む男たちの一人が、突然悲鳴を上げる。

「オイオイ、女子供相手に大の男が寄ってたかって。恥ずかしいとは思わねぇのか。エェ!」
「全くですわぁ〜」
「て、てめぇ!は、話しやがれ!」

 見れば、いつの間に近づいたのか、ポニーテールの女性が、一人の男の手をひねり上げている。
 女性はひねり上げていた男の手を放すと、向こうに突き飛ばした。

「お困りのようでしたら、お手伝い致しますよぉ」
「断られたって、無理やり手伝うつもりだけどな」
「な、なんだテメェらは?」
「私は、徳川 光莉(とくがわ・ひかり)。越後の縮緬(ちりめん)問屋の一人娘ですわぁ」
「俺は遠山 景元(とおやま・かげもと)。ただの遊び人さ」
「ふ、ふざけやがって……」

 顎を押さえて立ち上がったチンピラ共の親分が、鳳明と光莉たちを睨みつける。

「テメェらも、痛てぇ目に遭いたい見てぇだなぁ?」
「痛い目に遭うのは、あなた方ですわよぉ?」
「この金さんの桜吹雪!散らせるもんなら、散らして見やがれぇ!!」

 おっとりした口調とは裏腹に、厳しい顔でチンピラたちに対峙する光莉と、もろ肌脱いで桜の刺青を露わにする景元。 
 
「構わねぇ、コイツらもやっちまえ!」

 親分の一喝の元、たちまち大乱闘が始まった。

「どうした、なんの騒ぎだ?」
「喧嘩だケンカだ!」
「まぁ。喧嘩ですって、静」
「喧嘩か……」

 親友の橘 柚子(たちばな・ゆず)の消息を求めて城下を歩いていた滝沢 静(たきざわ・しずか)宮本 伊織(みやもと・いおり)
 その行く手で、人混みが出来ている。

「なぁ伊織、ちょっと覗いてみようか?」
「もう。好きですね、そういうの。下手に首を突っ込んで、巻き込まれても知りませんよ」
「ダイジョブダイジョブ!ゴメン、ちょっと通して――」

 心配する伊織をその場に残し、喧嘩を遠巻きにする人混みを掻き分けていく静香。

「よっ――と。お、やってるやってる!」

 ようやく群集の端から上半身だけ覗かせた静の目の前で、ハデな立ち回りが繰り広げられている。
 チンピラと女性3人の喧嘩のようだが、人数差にもかかわらず、チンピラたちの方が形勢不利なようだ。

「どけどけどけ!」
「邪魔だ!」
「あ、アブねぇ!」
「うわぁ!」

 突然、後ろから物凄い力で押された静は、避ける間もなく倒れる見物客の波に飲み込まれた。

「大丈夫ですか、アニキ!」
「兄貴、加勢呼んで来やしたぜ!」

 その静たちを押しのけるようにして、男たちが円陣の中へと殺到していく。

「ちょっと待ちなよ!このボクをこんな目に遭わせておいて、このままで済むと思ったら大間違いだよ!」

 倒れた群集の中から必死に這い出した静が、その男たちに啖呵を切る。

「なんだこのアマ!テメェもあの女共の仲間か!」
「知るかそんなの!だけどね、ボクは売られたケンカは買う主義なんだよ!!」

 言うが早いか、鞘に収めたままの刀の柄を、目の前のチンピラの鳩尾目がけて叩き込む。

「こいつ!」
「まとめてかかれ!」

 あっという間にケンカに巻き込まれていく静。

「あ〜あ、だから言いましたのに――」

『やれやれ』という顔で静の立ち回りを見つめる伊織。
 喧嘩の渦は、広がっていくばかりであった。


「済みません、本当に有難うございました。なんとお礼を言って良いか……」
「ホラ、お前たちもお礼をいいなさい」
「おねぇちゃんたち、ありがとう!」
「イイってコトよ」
「お礼には、及ばないですぅ〜」
「気をつけてね」
「(今度は、お父さんたちとはぐれちゃダメだよ)」
「ウン!」

 結局――。

 チンピラ共は、増援も含めてコテンパンに叩きのめされ、ほうほうの体で逃げていった。
 そしてはぐれた親を探していたという子供たちは、喧嘩騒ぎを聞きつけてやって来た両親と、すぐに再会することが出来た。
 兄の怪我も幸いにして大した事はなく、子供たちは何度も頭を下げる両親に引き取られて、笑顔で帰っていったのだった。

「有難う。お陰で助かったよ、みんな」
「気にすること無いぜ、俺たちが勝手に首を突っ込んだだけだから」
「景元さんの言う通りですわぁ」
「ボクも、売られた喧嘩を買っただけだからね」
「皆さん、すっかり泥だらけですわね。一度帰って着替えた方がいいんじゃありません?その格好で出歩くのは、さすがにオススメ出来ません」
「あ!それなら、みんなで貸し衣装屋さんに行かない?いい所知ってるんだ!」
「え!?そんなトコロがあるの?」
「イイね、行こうぜ!」
「是非、お願いしますわ〜」

 たちまち意気投合する鳳明たち。

「(ねぇ鳳明。僕、着替えちゃダメかな……。女の子も増えたことだし……)」
「ダメ」
「(だよね……)」

 天樹の呟きは、虚しく葦原の夜に消えていった。