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アフター・バレンタイン

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第3章 灰色人間

「あれが噂の灰色人間か」
「せっかく作ったものを不味くしてしまうなんてひどいです! うーん、でも元々は普通の人なんですよね」
「いきなり殴り倒すわけにもいかないか」
 買い物帰りに灰色人間に遭遇したエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)アドルフィーネ・ウインドリィ(あどるふぃーね・ういんどりぃ)たちは、ぐもももと湧き上がる灰色人間の集団に困惑していた。
 その数、およそ30人。
「そうだ、ミュリエルちゃん、ちょっと来て」
「何ですか?」
 アドルフィーネはミュリエルを呼ぶと、ひそひそと何事かを耳打ちした。
「えっと……ホントにそんな事でいいんですか?」
「ええ。エヴァルトみたいなのが多ければいいんだけど」
「おい、俺みたいなってのはどういう意味だ?」
 エヴァルトの質問を無視して、アドルフィーネはミュリエルに告げる。
「ミュリエルちゃん、お願い」
「はーい」
 すぅ、と大きく息を吸い込むと、ミュリエルは灰色人間たちの背中に向かって叫んだ。
「お兄ちゃん、置いてかないで、一緒に行きましょうよー!」
「!?」
 ぱぴゅぴゅんぴゅん!
 5体の灰色オーラがはじけ飛んだ。
「あ、俺は一体何を……」
「いい夢を見たような気がする」
「……エヴァルトみたいなロリコンでシスコンは、5人か」
「どこがロリコンでシスコンだ!」
「うっく…… 全員、戻りませんでした。私じゃ力不足なんでしょうか……」
 まだまだ多数の灰色人間が存在しているのを見て、涙ぐむミュリエル。
「はあっ!? ミュリエルが泣きそうだ! 妹分を泣かせる奴は許さーん!」
「ほらほら」
「ああっ、お兄ちゃん待って!」
 灰色人間の中に切り込んで行くエヴァルト。
「俺の妹分を泣かせる奴は、問答無用でぶん殴るッ!」
 赤い瞳に怒りを湛え、灰色人間に向かって行く。
 しかし、エヴァルトの拳は灰色のオーラに絡み取られてヒットすることができない。
 それでも力任せに暴れるエヴァルト。
「お兄ちゃん、灰色人間さん、止めてー! ミュリエルのために争っちゃ、ダメーっ!」
 ぱぴゅぴゅん!
 3体の灰色オーラがはじけ飛ぶ。
「くそぅ、このままじゃ埒があかない……」
 苦悩するエヴァルトに声がかけられた。
「お疲れ様です。あとは、その、私達に……任せてください」
 どこか羞恥に耐えているような声は、白雪 椿(しらゆき・つばき)
「雅羅の参加しているチョコパーティーを守るんだ」
 決意を込めた声は想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)
「ん? 何かあったの?」
 気の抜けた声はヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)
 ちなみに3人とも、女装姿……そう、男の娘だ!
「失礼な! 椿様は違う。常日頃から女性の様に美しかった椿様は今、桃幻水で本当の女性になっているのだ!」
「常日頃は余計です……」
「あぁっ、失礼しました椿様!」
 ヴィクトリア・ウルフ(う゛ぃくとりあ・うるふ)の心の底からの叫びについ訂正を求めてしまう椿。

「ヴァイス、おまえまた何て恰好してるんだ……」
「なんだよセリカ、別にいいだろ女物の服でも」
 いまいち状況が分かっていないヴァイスに、目の前の一番の問題はヴァイスの服装だとばかりにセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)が注意する。
「ほら、スカートの下はぱんつじゃないぞ」
 ヴァイスは、自分の履いているスカートをぴらり。
(!?)
 数人の灰色人間が輪になってしゃがみこみ、審議を始めた。
(おぉ……あレは)
(なんと破壊力ノ高い)
(ま、惑わさレるな! あれは男ダ!)
(むしろアリだ!)
 意見が一致したのか、灰色人間たちが頷く。
 ぱぴゅぴゅぴゅぴゅん!
 5体の灰色オーラがはじけ飛んだ。
「レギンスだし……って、ん、何の音?」
 周囲を見回すヴァイス。
 そこから少し離れた場所では「あれがミュリエルと一緒の撃退数とか、納得いかぁああん!」とエヴァルトが騒いでいたりするが、置いといて。
 ようやくヴァイスは灰色人間に気づく。
「何この変なの。チョコが欲しいの?」
 ヴァイスの手には手作りのチョコレート。
「丁度いいや。作りすぎたから、これ貰ってくれないかなあ?」
 はい、とチョコを手渡すヴァイス。
 ぱっぴゅん!
 一際大きな音を立て、灰色オーラがはじけた。

「なかなかやるわね……よし夢悠、ワタシ達も行くわよ。グレーにはグレーゾーンで対抗よ!」
 ヴァイスが灰色人間の間に大きな混乱をもたらしている間に、想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)は夢悠の準備を完了させる。
「うぅ、また女装か。雅羅のためなら仕方ない」
 溜息と共に、夢悠は瑠兎子から渡されたチョコを構える。
 灰色人間の前に立ち、上目づかいでもじもじもじ。
「あの……私のチョコ、貰ってください」
 ……ぱぴゅん!
 一瞬の沈黙の後、灰色オーラがはじける。
「やった、やったよ!」
「どんどん行きましょう。ほらあんたもチョコ食べて元気出しなさい! 来年はいい事あるってば!」
 ぱぴゅん、ぱぴゅん!
 夢悠に続き、瑠兎子も灰色人間にチョコを配っている。
 二人で6体の灰色オーラを撃破することに成功した。

「あ、すみません……今お渡ししますから……」
 気が付けば、椿の前には灰色人間の行列ができていた。
 ヴァイスと夢悠のチョコ攻撃を食らった灰色人間は、椿からもチョコが貰えるのではないかと期待していたのだ。
「お菓子は……あまり作ったことがないので、お口にあうといいのですが……」
 ぱっぴゅんぱっぴゅん。
 椿がチョコを手渡すたびに、灰色オーラがはじけていく。
 その数5体。
 一人の灰色人間が、椿に握手を求めた。
「あ、はい……」
 差し出された手を椿が握ろうとした瞬間。
「誰が椿様に触れて良いと言ったー!」
「あ」
 ウルフのヒールが灰色人間を直撃した。
 そのままぎりぎりと灰色人間を踏みつける。
「……いい気になるな」
 ぱっぴゅん!
 何故かはじける灰色オーラ。
 一部始終を目撃し、何故か期待のこもった目でウルフを見る灰色人間が数人。
「失せろ、クズが」
 ぱぴゅぱっぴゅん!
 ウルフの絶対零度の瞳と言葉に、2体の灰色オーラがはじけた。

「……なんやなんやこの流れは。もしかしてオレも女装しなくちゃあかんやったか?」
 遅れてやってきたのは瀬山 裕輝(せやま・ひろき)
 愛するチョコを守るため灰色人間の元に馳せ参じたのだが、灰色人間退治の面子を見て唖然としていた。
「妹系がひとりと、あとは男の娘って……属性、偏りすぎなんちゃう!?」
 誰もが気になっていた事をツッコむ裕輝。
「ほしたらオレも一肌脱ぐか。最低と最悪、そして最厄さえもこの身に担う否定人間ことこのオレ、瀬山 裕輝。それら全部を、自分らに届けに来たでぇ……」
 ほぉお……と気合を入れる裕輝。
 その時、灰色人間には裕輝の周りに黒いオーラを感じた(らしい)!
「所詮妬み隊隊長でもある自分も中高と男子校で同じようなもんやったんや。気持ちは分かる……」
 瀬山の脳裏に、過去のバレンタインの思い出がよぎる。
 ひとつも貰えなかった冬。
 男子校なのに、女子立ち入り禁止なのに、何故かロッカーに入っていたチョコ。
 おぉお……
 ぽむ。
 裕輝の肩を誰かが叩いた。
 灰色人間だった。
 気が付けば裕輝の周囲に灰色人間が立ち、慰めるように裕輝の肩を抱いたり叩いたり。
 一人の灰色人間が、ゆっくりと裕輝に告げた。
「……そのうチいいコトあるサ」
「うわあ可哀想な奴らに同情された!?」
「……可哀想なお兄さん。ハツネの『愛』で幸せになってね」
 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が裕輝にチョコレートを差し出す。
「いや折角やけどオレ違うねん! 可哀想な人ちゃうねん!」
 裕輝の言葉に小首をかしげるハツネ。
 しかしすぐに灰色人間に気づき、そちらに向かって耳としっぽを揺らしながら近づく。
「はい」
 上目使いで灰色人間を見ると、チョコレートを差し出した。
「ハツネのチョコを食べてね」
 手を伸ばして受け取った灰色人間に、ハツネ瞳を輝かせる。
「食べてくれるの!? ありがとう、大好き、お兄さん!」
 ぎゅうっと、抱き着いた。
 ……ぼぼぼぼぼ。
「ぼ?」
 その瞬間、灰色人間から灰色のオーラが噴出した。
「……ソダ」
「そだ?」
「嘘ダッ! 俺たちガこんなニ幸せなハズがない! こんなにチョコを渡されルはずがなイ! きっと罰ゲームだドッキリだ、何かの罠だぁアっ……!」
 いきり立った灰色人間は、その姿を倍の大きさにして走り出した。
 チョコレートパーティー会場に向かって。