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リアクション
〜 episode3 俺がドラゴンだ! 〜
―― 数日後 ―― ドラクーン・シティー
空京から少し離れた森林地帯の向こうに、小さな町があった。ドラクーン・タウンは、雰囲気で言えば西部劇で出てくるような、全体的にうらぶれた寂しい感じの町だ。
本来なら人々の話題にも上らず、さほど知られてすらいないそんな町で、かつてない大事件が発生していた。十人以上からなるグループが近辺の民家を襲い、住人を殺害して回っているという凶悪な連続殺人事件だった。あろうことか、彼らは、その死体を食べていると言う、恐ろしい猟奇的な事件だった。
地元の警官たちも行方不明な上、その調査に赴いた特務刑事課の女刑事までが、戻ってこなくなっていた。
事態を重く見た空京警察は、捜査に本腰を入れるべく、更なる人員をこのドラクーン・シティー一帯へと派遣することになった。
その一人が、特務刑事課のお荷物とも呼ばれる若き熱血刑事、ドラゴンであった。カンフー使いで腕はめっぽう立つが問題行動が多い刑事で、願わくばこの事件で華々しく殉職……もとい、手柄を立て模範的な刑事になることを、上司は期待しているようだった。
「なるほど。やつらがこの辺りを荒らしている殺人鬼どもか。この俺の正義の鉄拳を食らい、己が愚かな行為を反省するがいいぜ」
現場に急行してきたパトカーから降り立ったドラゴンこと健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は、早殺人鬼と思しき一味を発見し、近づいていく。
謎の猟奇殺人犯がうろつく町並みは、ほとんど誰も出歩いていない。家にしっかりと鍵をかけて隠れているようだった。
町の住人たちは、不安で恐ろしい思いをしていることだろう。だが、このドラゴンがやってきたからにはもう安心だ。
勇刃は、高円寺や山葉にばかりいい役を任せてはいられない、とばかりに主役を志願し、ドラゴンとして真っ先に現場にすっ飛んできたのだった。コンビを組むはずだったエリート刑事は、捜査本部の指揮がどうだとか捜査令状がこうとか、埒が明かないので署に置き去りにしてきた。ああいった連中はデスクワーク派で理論倒れなのだろう。腰の重いエリート君はせいぜいお利口ちゃんになって出世するが良いぜ。正義感にあふれるドラゴンは、一刻も早く猟奇的な事件の犯人を退治し、住人たちの平穏な生活を取り戻してあげたいのだ。
「ばっかもん! いきなりチームワークを乱しているんじゃない!」
警察無線用の携帯タブレットから、課長の怒鳴り声が聞こえてきた。署では、例によってドラゴンが単独で出動していったものだから、他の捜査員たちも呆気に取られているようだった。
「お前の任務は、敵を倒すことじゃない。警察として事件の捜査をすることだ。詳細の打ち合わせもあるからすぐに署に戻って来い!」
「もちろんだ、すぐに解決するさ。犯人どもを一斉に粉砕してな」
勇刃が見つけた連続猟奇殺人犯たちは、やけに肌の色が悪く目の焦点も定まってはいなかった。皮膚がただれ落ちていたり、傷口もふさがらぬまま血を滲み出したりさせているグロテスクな風貌だ。パラ実生のモヒカンも上手いメイクのおかげでよりいっそうの不気味さを演出できている。動きも緩慢で、街中をあてもなくうろついているだけの存在なので、退治するのは簡単だろう……。
彼の存在に気づいた気味の悪い歩行体は向きを変え、一斉にこちらに迫ってくる。その数、十数体。手が届くほどの距離まで充分にひきつけておいてから、勇刃の『ヒーローガントレット』が火を噴いた。
「うおりゃあああああっっ! 一網打尽だぜっ!」
ドドドドドドドド! と派手な打撃音が響き渡り、モヒカンをあっという間に叩きのめす。びちゃびちゃと気持ち悪い液体を撒き散らしながら、モヒカンたちは地面に倒れ伏して動かなくなった。これにて成敗は完了だ。
「どうやら、邪悪な製薬会社からゾンビが溢れ出てきているようだな。そいつらが付近の民家を襲っているというわけか」
解説口調で言ったドラゴンは、元凶を根底から解決すべく、製薬会社に乗り込むことにした。と……。
「ドラゴン、後ろ後ろ!」
どこからともなく突っ込みの声が聞こえてきた気がした。いつの間にやら、背後からさらなるゾンビたちがやってきていた。もちろん全員パラ実生のモブ。今倒したはずの敵も、ゆっくりと起き上がってきている。そいつらが……いきなり凄い勢いで走りよってきた。緩急つけた動きはジェライラの指導だ。
「ひゃあ”ぁつはぁ”ぁ”ぁ”っっ」
「上等だぜ。一気に片付けてやる」
ここが見せ場と、勇刃は派手なアクションを見せてのける。特殊撮影もスタントも使わない迫力の戦闘シーンだ。またしてもかっこよく敵を倒した。
「うおおおおっっ、燃えてきた! この調子で捜査先の製薬会社ごと一気に潰してやるぜ!!!」
テンションをあげる勇刃。だが、その正面からさらに大量のゾンビが襲い掛かってくるのが見えた。今倒したはずのゾンビたちも、すぐさま復活している。さすがは、頑丈さに定評があり乱暴な扱いに耐性のあるパラ実生だ。
そしてそれくらいで立ち止まるドラゴンではない。
「うおっりゃああああああああああああぁぁぁぁぁ〜」
勇刃は、保有スキルである歴戦の武術+怒りの煙火+勇士の剣技+歴戦の必殺術をフルに使って、パラ実生のモヒカンゾンビたちに突撃する。その攻撃は強烈で、周囲の建物の壁まで破壊した。いや、正確には勢いあまって、勇刃自身が壁に突撃したのだ。
「ぐはあああっっ」
勇刃は苦痛のうめき声を上げる。彼が突進した壁は、撮影セットのハリボテではない。本当に近所の町を撮影現場に選んでいるため、建造物も実物だ。つまり、全力でぶつかると硬くて痛い。
「むむっ、俺の攻撃をかわすとは、ゾンビどもにも少しは知性があるようだな。さすが悪役、あざとい演出をしてくれやがるぜ」
ふっ、と不敵に笑いながらもだくだくと血を流しているドラゴン。彼をここまでおいつめるとは、相手はかなりの強敵らしい。卑劣なことに人数も多く、このままでは劣勢だ。
「仕方がない。こいつを使うか……」
わらわらとよってくる大量のゾンビたちを一掃すべく、勇刃は切り札を取り出す。それは爆弾のついたチョコで、スイッチを入れて投げると爆発する。手榴弾のようなものか。
スキルの破壊工作も発動させ爆発させると、爆弾は周囲を巻き込んで盛大に破裂した。
「ゴホンゴホン……、すげー煙。だが……やったか!?」
さしものゾンビたちも吹っ飛んでいた。一瞬、勝負はついたかに見えた。だが、ドラゴンは信じがたいものを目にする。彼の大切な相棒の『吉兆の鷹』が爆発に巻き込まれて瀕死ではないか。それを抱きしめて、ドラゴンは怒りと悔しさの入り混じった涙を流す。
「おのれドクター、よくも俺の相棒をぉぉぉっっ! 覚悟しろ、滅ぼしてやる!」
「ばっかもん! 関係のない周囲の建物まで巻き込みおって! 借り物だぞ、それ!」
勇刃のあまりの暴れっぷりにメタな発言までしてしまう課長。
そこへ……、さらに凶悪な影が姿を現す。
「グルゴゲガガガッッ……。ドラゴンと言うからどんな猛者が現れるのかと思いきや、とんだヘナチョコじゃねえか、ゲッボォォッゥゥ!」
突如、不気味なうめき声とともに新たな役柄が登場した。
建物の屋根の上からドラゴンを見下ろすのは、ゾンビたちを率いていた禍々しい知的クリーチャー、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だ。製薬会社の非道な研究と人体実験により作り上げられた悲劇の怪物で、理性を失った狂人でもあった。彼は、調査にやってきたドラゴンを抹殺するために出現したのだ。メイクのおかげで見るからにアブナそうで、できれば関わりたくない風貌だった。
「殺戮マシーンとして生み出されたこの俺の殺戮をじっくりと味わうがいいぜ。殺戮ショーの始まりだぁ、ジャギュグャシャアアアアアッッ!」
暗黒比翼により背中から血に濡れた漆黒の翼が出現したアキュートは、怪人らしく雄たけびを上げながら勇刃に襲い掛かってくる。
「ぐあああああっっ!」
アキュートの身体に埋め込まれた殺戮植物が無数の殺戮の鞭となり殺戮すべく勇刃の身体を痛打した。たまらずに後退する勇刃。
「グマママヴァァァッ! 痛ぇか、痛ぇかぁ! 俺は気持ちいいぜぇぇぇぇぇっ!」
恐るべき殺戮マシーンは、勇刃に反撃する暇を与えずに、次々に殺戮攻撃を繰り出してくる。防御しながら必死に耐えるドラゴン。
「ゴロフシャォァァァァァ! 諦めな、ドラゴン。おめえは“ぶるうす”にも、“ぢゃっきー”にもなれやしねえ。部屋の隅でマスかいてるのがお似合いの、珍滓野郎なんブッウォォォォッ……」
「?」
アキュートの口の端から鮮血が漏れ出してきた。どうやら喋っている間に舌をかんだらしい。だが、この程度で倒れるアキュートではなかった。さすがは主人公の命を狙うために作られた改造モンスターだった。
「ボマグハハハッッ! 苦しそうだな、ドラゴン! この殺戮マシーンの俺が今すぐ楽に殺戮してやるぜ、オゥアアアアンンッッ!」
アキュートの全身から、殺戮有毒ガスが放たれた。邪悪な製薬会社の殺人兵器のひとつを標準装備していたのだ。
濃い紫色の霧に包まれた勇刃は、もがき苦しみながらグハァッと倒れる。
「ガガガギッギギギイギ……、これでおまえは24時間後には醜いゾンビとなって復活するのだビャギャシャァァァァァ」
屋根から屋根へと飛び移りながらドラゴンに止めを刺そうとしていたアキュートは、台詞に夢中になって屋根から踏み外し、すごいヤバい体勢で落下する。ボギィッグシャッ! と明らかに身体にダメージを受けた嫌な音を響かせて、地面に叩きつけられた。首や腕が変な方向に曲がったまま動かなくなる。
製薬会社に作られた恐怖の殺戮マシーンは死んだ。
白目をむき口から血の混ざった泡を吐いた見事な死にっぷりである。
「あ、アキュートォォォォォッッ!?」
アキュートのパートナーとして同時に出現していた魚型クリーチャー、ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)は、その非情な最期に愕然とした。なんという過酷な運命なのだろう。邪悪な製薬会社によってマンボーに改造されてしまった、ウーマ。以前は、それはそれはイケメンの好青年で心優しい若者であった。意に反して実験体にされ醜い心と姿になった上に、相棒まで失ってしまうとは……!
「おのれドラゴン! 罪のない人々をどれだけ苦しめれば気が済むのだ!」
怒りに燃えるウーマは倒れたドラゴンから返事がないことすら気にしていないようだった。
「こうなったら、それがしも、そなたの大切なものまで奪ってやる! フォアアアアッッ!」
ウーマは低いうなり声をあげながら少し離れたところにあった建物を破壊し、内部に突入した。そこは湯煙の沸き立つ、禁断のスポット。そこは……、なぜか温泉だった。
ゾンビの出現するうら寂れた町の外れにどうして温泉があるのか、などと考えてはいけない。そういう脚本なのだ。
「きゃあああっっ! なにこれぇぇっ!?」
突然現れたマンボークリーチャーに、女子湯につかっていた女の子たちが悲鳴を上げる。
ウーマは、ドラゴンの手にかかり無念に散っていった相棒、アキュートの仇をとるために、ドラゴンの幼馴染のヒロインをさらってやることにしたのだ。幸いなことに、ウーマは魚型だ。水棲クリーチャーの特色を生かして、温泉の湯の中に飛び込んでいく。彼の目の前にお子様立ち入り禁止の映像がモザイクなしで映し出されるが、決して下心があってのことではない。これは、そう復讐なのだ!
「?」と目を丸くしたのは、ヒロインの銀河 美空(ぎんが・みそら)だった。彼女は、歌って踊れるアイドルで真っ赤なビキニ姿で温泉にやってきていた。
「うん〜いいお湯だね〜」
ひとしきり堪能した美空は、身体を洗うべくお湯から上がりシャンプーを取り出す。
「あん、シャンプー、かけすぎちゃった。体ベトベト……」
美空は、いい感じに全身をぬとぬとにしながら、シャンプーの宣伝をしている。特に製品名や会社名のアピールはない。むしろ、シャンプーで演出する自分の宣伝なのだろう。
「しかもこのシャンプー、ジャスミンの香りがしてていい気持ち!」
明らかに狙い済ましたあざとさだった。
そこへ、お湯の中に潜んでいたウーマが、ヒロインをさらうべく襲い掛かってきた。
「あ、あれ……、あなたは……? ええ〜? 私はドミグラスソース派だからさらっちゃうの〜? あれええええっっ!?」
美空は美空でよくわからない悲鳴を上げる。
「い、いや〜!ドラゴン君、助けてえ〜〜!! 私のお菓子の隠し場所が冷蔵庫にあることを、誰にも教えないでぇ〜!」
「騒ぐ必要はない。そなたも、それがしの初恋の相手のオレンジマンボウのように改造されるだけであろう」
キリリと宣言するウーマに美空は、特に驚いた様子もなく意味不明な台詞を言う。
「ところで、O型って素晴らしいことだよね」
「よくわからぬが、そうなのであろうか?」
美空をさらって飛び去っていこうとするウーマ。
「あらあら、こんなところで何へばってるの、ドラゴンさん? あなたらしくないわね」
ドラゴンを救うべく魔法少女の枸橘 茨(からたち・いばら)が現れた。彼女は、殺戮有毒ガスを食らってピクリとも動かないドラゴンを、なんかすごい魔法で回復させる。
「ほら、あなたがぼんやりしているうちに、倒したはずのゾンビたちも復活してきたわよ。さあ、気を取り直して頑張るのよ、私も加勢するから」
そういう茨は、なぜかトレンチコートを身に着けていた。なぜコートなんだろう……。
だが、ようやく起き上がってきた勇刃は、色々と切なくなって黙ったままだだった。
「勝ったら、私にラーメンをおごるのよ。それくらいの対価は払わないとね!」
何故にラーメン? と思ったが、勇刃は聞かなかった。それを了承と見て取ったのか、茨が扮する魔法少女は、いきなり魔法を唱えだす。
「それじゃ、いくわよ! あっちゃっちゃマジカル! あっちゃっちゃ殺法よ!」
(なんだよ、あっちゃっちゃって……)
茨は、ウーマに向けて、スキルの奈落の鉄鎖+サンダーブラストを唱える。
ウマッ!? と悲鳴を上げて、ダメージを食らったウーマは地面に叩きつけられた。陸に上がった魚そのものに、びちびちと蠢きながらもがく。
ちなみに、美空は勇刃がキャッチだ。
「ウォ、ウォォォォォォッッ!」
ウーマは叫び声をあげた。彼の災難はそれだけではすまなかった。今の奈落の鉄鎖の効果に巻き込まれ、向こう側から巨大な丸岩が落下し勢いでこちらに向けて転がってきたのだ。ドラゴンの謎解に用意されていた岩で、失敗すると押しつぶされて死ぬ。それが、ウーマのほうへと転がってきたのだ!
「な、なんだあの巨大な丸岩は! そ、それがしをひき殺そうというのか!?」
ウーマの脳裏に走馬灯が回り始めた。
あれは……子供時代。ピンク色のマンボウに飛びつく、子ウーマ。
「おやおや、ウーマはいつまでも甘えん坊だねえ」
母親との思い出。
ゴゴゴゴゴ……! と地響きを鳴らしながら大岩は容赦なく転がってくる。
教科書を抱え? 渡り廊下を歩く、眼鏡を掛けたオレンジマンボウ。ウーマにとっての初恋の人(?)。
「オーマ殿……、それがしはそなたの事を……事を……!」
結局告白出来なかったウーマ。切なくほろ苦い思い出……。
すごい勢いで回転する大岩は誰も止めることができなかった。勢いを増しウーマの目の前にまで迫ってきて!
辺り一面に転がる死体。生き残ったウーマ。
「そなたらの無念、それがしが果してみせる」
そう誓った戦場の思い出。
それもかなうことなく、大岩はウーマをまともに押しつぶした。絶叫、そして発光。
「ギョッ!」
断末魔の悲鳴を残して、ウーマは死んだ。
全身がぐちゃぐちゃに押しつぶされ肉片が飛び散ったグロテスクな死に様……に見えるアングルの工夫された見事な死にっぷりであった。
製薬会社に改造された凶悪クリーチャーたちのあっけない最期だった。
そんなこともお構いなしに、巨大な岩は復活したゾンビまで巻き込み、転がりながら向こうへ行ってしまった。
「……いやほんと、なんだこれ?」
あまりの別展開に、勇刃は素で首をひねった。変な役が出てきたんだけど、この話なんだったっけ……?
「もちろん、本当のコロシ愛ですわ」
今度は反対側から声が聞こえてきた。
振り返った勇刃は目を丸くする。
「やはりゾンビでは相手になりませんか。それならば、私が直々に葬り去るとしましょう!」
出現したのは、魔法の国滅亡を目論む魔物達の幹部の一人次百 姫星(つぐもも・きらら)だった。製薬会社の実験に裏で関与していた彼女は、ドラゴンよりも敵国のお姫さまである魔法少女の茨を葬り去るためにやってきたのだった。
さらにはパートナーのバシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)も魔法の国滅亡を目論む魔物達の幹部の一人としてやってくる。
「どんな子達かと思ったら、ミンナ結構可愛いヨ。本当に……オモチカエリシテ、タベチャイタイクライ。フフフ」
「え、え……っ?」
と戸惑う茨。
「ちょっとは楽しませてくださいね、お姫様」
姫星は本気だった。バーストダッシュで一気に間合いを詰め、ダブルインペイルの巧みな槍捌きでドラゴンや魔法少女を翻弄してくる。
攻撃をくらいまくる勇刃と茨。美空も巻き込まれて戦闘に加わるが、ヒロインの面影はない。必死だ。
「うわあぁっぁぁっぁっぁ!?」
「きゃああああっっ!?」
死闘の準備をしていなかった勇刃と茨と美空はなすすべもなく吹っ飛ぶ。
「うふふ……、これはどうですか……?」
三人を追い詰めた姫星は容赦なく炎を吐いてくる。
「くっ……」
ようやく体勢を立て直し反撃にでる勇刃。
だが、姫星は相手の攻撃は野生の勘で察知して避けたり、龍鱗化で打撃や銃弾を受け止めて手強さをアピールしてきた。
体当たりアクションでもA級映画にも負けない化け物っぷりの演出だった。
「どうした、もうおわりカ?」
バシリスはカポエイラベースの踊るような華麗な足技で、カンフーと対峙して場面を盛り上げる。勇刃はぼこぼこに蹴りまくられた。
二人とも……本気すぎる。
「もう……だめだ……」
意識がうすれゆく勇刃。
そこへ、さらに登場したのが救世主だった。
「アカンなぁ……ドラゴン。自分、そのままやったら負けるで!」
倒れた勇刃を見下ろしながら、にやりと笑ったのはカンフーの師匠である老師の瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だった。
「思い出しや、辛い修行に耐えてきたのはなんのためやってん、自分? 基礎がおろそかになっとるせいやで」
「……老師」
師弟の再会。
だが、それを許しておくほど魔物たちの幹部は甘くはなかった。
「誰か知りませんけど、あなたも死ぬといいですよ」
「……しゃあないな。もう一回見本みせたるわ」
襲い掛かってくる姫星とバシリスに。老師の裕輝は悠然と立ち向かう。
達人老師のお手並拝見、だ……!
「そう……服を脱げ。そして、服をかけろ。服を着ろ。服を脱げ。服を置け。服を取れ……やったやろ。こんな風に……」
「……え?」
「まず、服を脱げ」
裕輝は長年磨きをかけてきた老師のエロゴッドハンドの巧みな技術で姫星の衣装を剥ぎ取る。
「きゃあああああっっ!?」
「そして服をかけろ」
「ちょっと、それをどこにかけようとして……」
「服を着ろ」
「私の衣装を身に着けないで下さい!」
「服を脱げ」
「いやああああっっ!? さらにもう一枚!?」
「服を置け」
「ぬかるんだ地面に叩き付けないで下さい!」
「服を取れ」
「ひいいいっっ、また取られました……」
「よし、では服を着ろ」
「ぐすっ……ひっく……もうお嫁にいけません……」
恐るべき老師の攻撃の前に、魔界の幹部はぺたりと地面に座り込んでしくしく泣き出してしまう。
裕輝は勇刃に向き直る。
「これはな、服を着たり脱いだりする動作は肘を張ることで横からの攻撃への防御、服を拾うときは頭部への蹴りをよける防御で、服を掛けるときは両手での掌底による攻撃を意識……や。わかったか? 基本が大事、や」
「スゲー、基本スゲー!」
「よし、やってみろ、勇刃」
「はい、老師!」
さっきまで死に体だった勇刃は、シャッキーンと起き上がる。
「うへへ……、もう一人残っていやがった……」
「な……、お前らこっちみんナ!」
先ほどまで圧倒していたバシリスは勇刃の異様な雰囲気に飲まれ、後ずさる。
「まず、服を脱げ」
いやぁっほぉぉぉっぅ! とこれまでとは見違える見事な体裁きで勇刃は動く。
「きょ、今日のところは勘弁しておいてやるヨ。その顔、覚えたヨ。それじゃ、またね……フフフ」
冷や汗をかきながら、捨てゼリフを残してバシリスは全力で退避する。
「おのれ、またしても私達の邪魔を! くっ、覚えてなさい! 次こそは、必ず……」
よろよろと立ち上がった姫星もありきたりな捨てゼリフとともに逃げていった。
「ふっ……、魔法の国を守ってしまったな」
「……」
勇刃は、茨と美空に無言で殴られた。
さっきの魔界の幹部の攻撃より痛い。ついでに、裕輝も。
「くっ、最早これまでやな……! いけ、ドラゴン。早ぅいけ!」
血をだくだくながしながら裕輝は明日へ向かって指差す。老師はその身を犠牲にドラゴンを守ったのだ……。
「ほんと、なんだったんだ、これ……?」
勇刃はポツリと呟く。
「まあいいか、面白いし」
「えええっ、いいの、それで?」
「さあ、事件も解決したし、ラーメン食べに行こ!」
勇刃は、美空と茨を連れて、悠然と彼方へと去っていく。勝利のテーマソングが流れ始める。
この町に平和が訪れた。
ありがとう、ドラゴン! みんなは君の勇姿を忘れないだろう!
そんな彼らを、雄々しい夕日が照らしていた……。
〜 episode2 making 〜
アキュートとウーマは、二日後、空京の病院で目を覚ました。
スタント無し特殊撮影無しのガチンコ撮影での死に様だったので、本当に身体を張っており、あの後すぐさま病院に運び込まれたのだ。全身が痛い。特にアキュートは首が変な方向に曲がったままで、直すのに苦労した。
シーンは、TV放映後、死に方がキモ過ぎるとクレームの電話が何本もかかってきたらしい。つまり、それくらい迫真の演技だったと言うわけだ。
「いやあ、撮っていて鳥肌もののいい演技だったよ。コンビも素晴らしかった。……それで、二人の次の死に場所なんだが……」
見舞いに来た三反田監督も想像以上の出来に大満足だったようだ。
アキュートとウーマは、この後“死に役専門”としてC級深夜番組の画面にしばしば登場し、死にキャラとして一部で人気を博すことになる……。
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