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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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 その頃、カンナは屋敷の中を彷徨っていた。
 断じて迷った訳ではない。
 花見だというし、どこか桜の見える窓でもないかと思って探していたのだ。
(……あたしは、花より音楽だし)
 花見には興味はないけど、もしかしたら、何かいい曲ができるんじゃないか……なんとか言うぼっちゃんの誕生日だっていうし、曲ができたらプレゼントしてもいいかな、と。
 だが、どの部屋の窓も見えるのは陰気な霧の立ちこめた殺風景なものばかりで、カンナが望む風景とはかけ離れている。
 諦めて元の部屋に戻ろうとしたのだが。
 繰り返すが、断じて迷った訳ではない。
 時の流れに朽ちかけた洋館なんてものを眺めるのも、悪くないと思っただけだ。
「……ん?」
 微かに人の話声が聞こえた気がしてカンナは内心ホッとした。
 薄暗い廊下の向こうから明かりが漏れていて、そこに小さな人影を見つけて足を止める。
 レニだ。
 問題の、この館の主、レニ・オルロフスキー。
 この家に着いた時に出て来て、詫びとも礼とも憎まれ口ともつかない挨拶をしてそそくさと去って行ったきり、直接話はしていない。
 そのレニが、廊下の暗がりの中にぼんやりと立って、明かりの方を眺めていた。
「……どうしたんだ?」
 背後から声をかけると、レニは弾かれたように振り返った。
「なっ……なんだ、おまえはっ」
 なんだ、と言われても。
 軽くムッとして、カンナは言った。
「ご挨拶だな、あたしは、あんたに誘拐されたんじゃなかったのか」
 レニは答えに窮したように息を詰め、それから不機嫌そうにつぶやいた。
「……そうだったな。失礼した」
 大人ぶった口調でそう言って、踵を返す。カンナの傍らをすり抜けて行こうとするレニに、つい声をかける。
「そこに用があったんじゃないのか」
「主は厨房になぞ用はない」
「……じゃ、なんで見てたんだよ」
「う、うるさいっ……あ、主には監督責任もあるのだっ」
 暗がりでもはっきりわかるくらい真っ赤になったレニがそう叫んで、逃げるように去ろうとする。
 しかし。
 ……うふふふふふ……。
 不気味に響き渡る笑い声に、レニとカンナが振り返った。
「……ふふ……あっ」
 物陰に潜んでいた退紅 海松(あらぞめ・みる)が、二人の視線にはっと我に返った。
「あ、あら、いやですわ、私としたことが、つい興奮して声が……」
 そう言うと、及び腰になっているレニにずいと近寄ってにっこりと微笑んだ。
「レニさん……いえ、レニ様でしたわね。はじめまして、私、退紅海松と申します。「海松」と書いて「みる」ですが、今回はその松をプッシュで! 松は花! 松ぼっくりという可憐な花を咲かせる植物ですの!」
「そ、それは……丁寧な挨拶、痛み入る」
 じりじりと後ずさるレニの背が、壁に追いつめられる。
「お花見、でしたわね、お花見。もちろん、ご協力申し上げますわ。ツンデレ美少年とお花見。た、たまりません、天国ですわ……って、いえ、こちらの話ですわ。ええ、既にパートナーに連絡して、完璧な協力体制をですね、敷いておりますのでご安心なさってくださいね」
 ものすごい勢いの海松に、逃げ場をなくしたレニは、心なしか涙目に見える。
「ですから、その時は……よろしくお願い致しますわね!」
 頬を紅潮させ、目をキラキラ輝かせてレニに詰め寄る。
 一体何をよろしくされているのか……レニは微かに恐怖を覚えたが、辛うじてその矜持を保ってその場に踏みとどまった。
「わ、わかった……我が計画のために励むというなら、何なりと、褒美を遣わす」
「なんなりと!?」
 海松の声が歓びのあまり裏返るのを聞いて、レニは激しく後悔した。
「わかりました! このあたくしが、レニ様とレニ様の計画を、全力でサポート、お守りしますわっ!」

「……」
 カンナは、二人の楽しそうな(カンナにはそう見えた)やりとりを声もなく眺めた。
 ……この環境で、曲なんか作れるのだろうか。
 カンナはこっそり嘆息した。