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リアクション
◇
――回想として。
それはこの前の出来事だったの。
『人を待っている』って、結構長い時間だと疲れちゃったりするの。
だからもうあんまりしたくはないけれど、でもそれでも、何も悪い事だけ、ではなかった様に思うの。
伏見 さくら(ふしみ・さくら)。
彼女が貸してくれた漫画は、すっごく面白いの!
『今日はお店が忙しくって、あんまりお話出来ないから……ごめんねっ! 代わりにこれ、貸してあげるから読んでみて!』
そう言って貸してくれたこの漫画、とってもとっても、とぉっても面白いの!
だから暫くは待っていられそうなの!
うふふふ。 とっても楽しい漫画だから
ちょっと憧れちゃったりするの。
やってみたら――駄目かな。
◆
何をやるにしても、無計画、と言う事はそれだけで脅威となるし、危険になるし、危惧すべき点になる。
そしてそれは、一度のミスが命取りになる行動になればなる程に、重要な事となる。
この時で言えば、それは『間取り』と言う一点におかれる訳で。
「って言うのが、一応ワタシの調べられた間取りよ」
前日に下見を済ませているシェリエはそう区切って、自分が知り得る情報を彼等に提示した。
「成る程な。標的の家は思った以上の豪邸と言う事がわかり、標的の家から目的の物を探し出すのだけで相当な労力を使う、と言うのが、現状で分かった事だ」
邦彦は色のない言葉を放ち、隣のネルは別段何を思うでもなく、ただただ足を進めている。
「でもそうなってくると、だいたいの見当をつけて探し物をしなくてはなりませんね」
「そうよねぇ……まさか泥棒に入っておきながらのんびり悠長に構える、なんてのもやってる暇ないだろうし」
アルティツァの言葉に頷きながらレクイエムがそう相槌を入れると、更にその隣で「ぎゃぎゃぎゃ!」と言う笑い声が聞こえる。
「そんなもんはこの際気にしたってしょうがないぎゃ! やると決めたからにはとことんまでやるぎゃ」
「それじゃあ意味がないんですよ。わかってます?」
「わからないぎゃ! 敵が出てきたらぶん殴って黙らせればいいぎゃ! その方がシンプルだし、話が分かりやすくてよっぽどいいぎゃ」
さらりと、夜鷹がそんなことを涼しげに述べた、丁度その時である。
トレーネ、シェリエ、パフュームと、彼女たち三人に協力すべくして集まった彼等、彼女等の前に、突然姿を現した影。
「よう。随分と待たせんだな、泥棒ってなぁ」
「明らかに泥棒よりも悪役の発言、ありがとうございますよ。鍬次郎さん」
大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)と天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)の二名が、ラナロック邸と外との境である門の前。彼等を見据えながら声を掛ける。
鍬次郎は座っていて、その隣に葛葉が立っている、と言うのが、現在の状況。
「……いきなり見つかっちゃったよ! トレーネ姉にシェリエ姉!」
「パフューム、これから泥棒に入ろうとって言うのに、私たちの名前を明かしてどうするのよ!」
「貴女たち……どちらも目的、素性その他ひっくるめて全て公の元にさらしてますわ……困った子たち……」
トレーネが頭を抱えながらため息をついた。
「そんな事はもう知ってんだ、今更隠し立てしたところでどうこうって話でもねえんだよ、お姉ちゃん。さあ、こちとら仕事だ、とっとと終わらせて帰るとするさ。勿論、テメェ等全員この場でもって、しっかりきっちりお引き取り――願うがよ」
至極詰まらなそうに口を開いた彼はしかし、末尾の言葉を言い終る頃には邪悪な笑顔を浮かべて、三姉妹と彼女たちに協力する彼等を見ている。
それは、仕事ではないかのように。
それは、いやいやではないかのように。
嬉々とした瞳を、闇夜に輝かせながら、彼は独特の衣装を纏った状態で立ち上がる。
手にする鋭利なそれを引き抜き、一層の笑顔で顔を歪めながら。
「鍬次郎さん……ほんと、どっちが悪者なんですか……全く……」
葛葉が肩を竦めて言うと、鍬次郎はただただ、「知らねぇよ」とだけ呟き、口を閉ざす。
「……何だか強そうな門番だな。これは困った」
「あんたが言うと困ってるのかわかんないね、まああたしゃ知らんけどさ」
邦彦が半身で構えるのを見ながら、ネルが笑った。
「姉さん!」
「ええ、此処はわたくしとパフュームたちが引き受けますわ。シェリエは先に」
静かに頷いた彼女は、鍬次郎と葛葉が仁王立ちする門からではなく、門の横にある鉄格子へと足を進めた。
「おや? 彼女は追わないんですか?」
ただ動く事無くその様子を見ていた鍬次郎に向けて、アルティツァが尋ねる。と、鍬次郎は別段焦っている様子もなく、鼻で笑いながらに言い切るのだ。
「入ったところで構いやしねぇよ」
「随分余裕なのだな」
「余裕? ああ、余裕だねぇ。考えてもみろよ。俺たちだけが此処の護衛をやってるとでも? それこそちゃんちゃらおかしいやな」
笑いながら、邦彦の言葉を嘲り笑う。
「ま、最もな意見ね」
「だったらわしらも先に行けばいいぎゃ。何もこんなところで道草を食う必要はないぎゃ! ぎゃははははは!」
それもそうだ、とでも言いたげにアルティツァが頷き、目前に控える二人を警戒しながら足を進めた。無論、言いだした夜鷹、レクイエムもそれに続く。
「おうおう、意気地のねぇやつぁとっとと行きな、別に良いぜ? どっちにしても泣きを見んのはテメェ等だからよ」
何処までも響く声で、鍬次郎はげらげらと笑った。
◆
戦闘行為と言うものを取ったとして、其処には様々な意味を持っている訳であり、今この空間において繰り広げられている物は恐らく、その色々な物を寄せ集めた結果なのだろう。が、これを愉快であり、同時に驚愕すべき点とするなれば、今この時点で敵対するその双方が、それこそ一片として殺意を所持していない、と言うとこである。
手にする物は命を奪う事の出来るだけの物であり、どころか命を奪う為に作られた筈のそれだ。にもかかわらず、その場の全員が殺意を持たず、それぞれ違う目的を持って対峙している。
鋼を打ち合う音が響き、そして彼等は互いに距離を取って威嚇しあっているその状況。
「斬りかかっても動かない……! もう!」
セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)はやや顔を顰めながら、どこか苛立ちをはらみながらにそう言うと、目前に佇む二人を見つめる。
「あの二人、強いですね……」
声色の焦りの色はなく、ただただ、今対峙している敵、二人を賞賛する御凪 真人(みなぎ・まこと)は辺りを見回しながらセルファに返事を返した。
「なかなか退いてくれないんだもの……って言うかこっち相手の倍以上いるのに!」
「それは僕たちが一番している筈ですよ、防衛は人数の問題ではない、と」
セルファの言葉に反応しながら、真人は詠唱を唱えて自らの正面に氷術を展開する。
「いいですか? ただただ闇雲にツッコんだところで、そこに意味はありません。どうせ同じ様に追い返されてしまうのが関の山。だったら、違う方法で攻撃しなくてはならない」
「わかってるって。あんたが氷術を使うって事は、何かトリック、隠してるんでしょ?」
構えていたセルファはそこで、体勢を変える。否――替える。
正面を向いて敵と対峙していた彼女は、パートナーの氷術を見るや上体を起こし、半身になって武器を構えた。
「そうです。何よりもともと、お互いに正面から衝突するのは俺の戦い方じゃない。もっともっと死角を作り、その死角を有効に使わなければなりませんから」
「何々ぃ? 私等も混ぜてよ!」
氷術の数が徐々に増えて行き、真人とセルファが攻撃行動に移ろうとした時、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)の声が二人に向かってやってくる。
「透乃ちゃん、いきなりそんな声のかけ方はあんまりですよ?」
「なんだよ……だから此処通るのやめようっていったんだ。敵がいるから。なんで泥棒しに来てる筈なのに、普通に騒ぎ起こしてんだか」
透乃のパートナー、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)は涼しげな表情のまま彼女に言うと、真人の隣にならぶ。対して緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)はうんざりだ、とでも言いたげに透乃の隣に並ぶと、武器を構えて言った。
「仕方ないよ。盗みに入る前にこの状況だもん。見捨てていける筈もないし、それに……」
「それに……? なんだよ」
「門の前に立ってる警備の人が此処まで粘ると思ってなかったもん」
「おっと、そいつは嬉しい言葉だな。だがお姉ちゃん、残念だから俺たちはテメェ等が思ってる程に弱くはねぇぞ? なあ? 葛葉」
透乃の言葉に反応したのは、彼等と対峙している本人たち、鍬次郎である。
「僕に話を振らないでくださいよ。それより良いんですか? 相手方、氷術だしてますけど?」
「ん? 氷術が出たから何だ? 何かあんのか?」
「少なくとも、この状況で使う魔法やらの内、一番汎用性があるんですよ。火術でもなければ雷術でもない。氷術はある種それだけの使い道があるんです。少しは警戒してくださいよ?」
「知らねぇよ」
「はぁ……」
「二人とも、そろそろ攻撃してもいいかな?」
鍬次郎と葛葉のやりとりを、ファイティングポーズを取って待っていた透乃が遮った。
◆
例えばそこに、何かが展開されている空間があったとしよう。兎角開かれた空間が、あったとしよう。
閉ざされていなければ、それは即ち誰もが介入できる空間として、ならば彼等の様に、流れの影響を受けず、自らの動きを意図的に操作することが出来る存在がいるのもまた、不動と言えば不動なのだろう。
ドクター・ハデス(どくたー・はです)と天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)。二人は今、何故か茂みの中に入って小さな声でやり取りを交わしていた。
「して、作戦とは一体……」
「よくぞ聞いてくれた。我がオリュンポスきっての軍師、十六凪よ」
力強く拳を固めるも、その抑えられた声により、威厳は半減しているこの状況。
「これならば確実に、目的の物を手に入れる事が叶うのだ!」
「おおぉ! して、その策とは」
「チェスをする」
「……え?」
「いや、だからチェス」
「いやいや、え? は?」
大混乱だった。
「待ってくださいハデス様。貴方確か、チェスが滅法――」
「滅法、なんだ?」
「え、あ、いえ……なんでも、ないです」
ずいと顔を近づけ、十六凪の言葉を遮ったハデスは、眼鏡を押し上げて笑うのだ。不敵に笑う。悪役宜しく笑うのだ。
「そう。此処から我々は天高く飛翔する。全て私に任せていればいいのだ! この日の為に、これ! 『10分読めばメキメキ上達! チェス上達指南書! 著:藤乃 陽』を読破しておいたからな!」
「いや、その著者基本的に出鱈目書きますからねハデス様。それに10分読んだ程度ではチェスは強くなりませんし、第一10分で読める様なページ数じゃないですからそれ」
「はっはっは! これで今日、あの何ともしがたい詐欺師をこてっぱんに伸してやるのだ! 行くぞ!」
がさがさと茂みから飛び出して行くハデスを見て、十六凪は大きく一度、ため息をつく。
「絶対弱いんだよなぁ……あの人。困ったぞ、これは困った……」
肩をがくりと落とし、一先ずハデスの後を追って行く彼の背は、何処か哀愁が漂っていたとかいないとか。
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