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空京でのめざめ

 
 
「何か、嫌な予感がしますぅ〜」
 突然、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が青い顔で言いだした。
「どうかしたの?」
 及川 翠(おいかわ・みどり)が、怪訝そうに訊ねた。
「えっと、ちょっと待ってくださいですぅ〜」
 スノゥ・ホワイトノートが自分の本体の魔道書を開くと、そこには彼女の筆跡で「お家でよくないことが起きる」と書いてあった。いつの間に書いたのかは、スノゥ・ホワイトノート自身覚えがない。
「お家って言っても、私たちがいるのは百合園女学院の寮だし……。もしかして、海京にある実家のことかなあ」
 ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が、及川翠と顔を見合わせて言った。
「ちょうどいい機会だから、一度戻ってみてもいいと思うの。そうだ、奏さんにお土産でも持っていこうなの」
 いい口実ができたと、及川翠が喜んだ。だが、その喜びも、地球に下りて驚きに変わる。
 お手伝いの佐藤 奏(さとう・かなで)が、二階から落ちて大怪我をしたというのだ。
 すぐに救急車を呼んで海京病院に運んだのだが、症状は思った以上に深刻のようだった。
「どうしましょう、私があんなこと言ったからぁ……」
 待合室で待ちながら、スノゥ・ホワイトノートがべそをかきながらソファーに座っていた。
「そんなことはないの。おかげで、奏さんを見つけることができたんだもん。スノゥさんのおかげなの」
 及川翠が、スノゥ・ホワイトノートを慰めた。その間に、ミリア・アンドレッティが、何やら医師と相談していた。
「翠さん、ちょっと相談があります」
 話し合いを終えたミリア・アンドレッティが、及川翠に告げた。
 怪我は深刻で、このままでは命も危険だし、運よく助かっても後遺症が残るということであった。唯一効果的な方法は、強化手術になる。だが、それすらも確実ではない。術後に耐えられる力を得るには、手術直後に及川翠と佐藤奏がパートナー契約をすることだった。
「奏さんが助かるなら、私は問題ないの。ううん、むしろ、奏さんとパートナーになれるなんて、嬉しいの」
 一つ返事で、及川翠が承諾した。
 そして、佐藤奏の強化手術が行われた。
「あれ? ここはどこおですかあ?」
 数時間後、病院のベッドで目を覚ました佐藤奏が、周りに及川翠たちが集まってるのを見て驚いた。
「あわわ、翠さんに、ミリアさん、スノゥさんまで……。みんな、おそろいですねえ」
「よかったあ」
「はわわ、あいたたたあ」
「あっ、ごめんなさいなの」
 いきなりだきつかれて小さな悲鳴をあげた佐藤奏に、及川翠があわてて謝った。
「私、どうしちゃったんですかあ」
「うん、奏さんは、パラミタに行くんだよ」
 及川翠は、そう佐藤奏に答えた。
 
    ★    ★    ★
 
「私も手伝ってもいいですか……」
 珍しくそうメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)に言われて、いつも通り庭の花木の手入れをしていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は軽く顔を見合わせた。
「もちろんだ。さあ手伝え」
 そう言うと、エース・ラグランツがさりげなく庭の隅の方へと移動した。これは、いいチャンスである。もちろん、メシエ・ヒューヴェリアルとリリア・オーランソートの距離が接近するのにだ。それは、きっちりと観察する必要がある。
「これは、決してデバガメに目覚めたわけじゃないからな」
 なんだか無理矢理自分に言い訳すると、エース・ラグランツは植え込みの陰に身を隠して二人を見守った。
「そう、それはよかったよね。えっ、あらあら、エースったら、すっかり忘れてたのね、困った人よね」
 花妖精として庭の花木と対話しながら手入れをするリリア・オーランソートの姿を見て、まだちょっと慣れきらないメシエ・ヒューヴェリアルは、ぼうっとしたように立ちすくんでいた。
「なんだか、リリアの場合は、お世話をしているというよりは、花たちと井戸端会議をしているみたいですね」
「あら、おしゃべりは、大切な情報交換なのよ。だって、女の子ですもの。ねえ」
 そう言って、リリア・オーランソートが真っ赤に咲きほこったグロリオサに話しかけた。ついでに、そばのクリスマスローズの枝に巻きついた蔓を綺麗に巻きなおしてやる。
「ああ、私も手伝うよ」
 ちょっとあわてて、メシエ・ヒューヴェリアルが言った。
「ありがとう。じゃあ、クリスマスローズに残っている咲き終わった花がらの部分を取ってくれる?」
 自らも、木に残っている花がらを摘み取りながらリリア・オーランソートが言った。
「取ってしまっていいのかい!?」
 ちょっと驚いて、メシエ・ヒューヴェリアルが聞き返した。
「あら、綺麗な花を咲かせるというのは、戦いなのよ。こうして咲き終わった花が残っていると、余分な実がついてしまうでしょ。そうすると、みんな無駄な体力を使っちゃうのよ。だから、今のうちに摘んであげるの」
「そうなんだ……」
 なんだか、複雑な思いを感じて、メシエ・ヒューヴェリアルがつぶやいた。よけいなことは減らして、本当に必要な物を残すというのは、それこそ、本当に難しい。
 その後も、リリア・オーランソートに指示されるままに、慣れない手つきでメシエ・ヒューヴェリアルが庭仕事を手伝っていった。
「今日は優しいのね」
「今日だけでもないよ」
 そんな二人の会話を、エース・ラグランツは陰でニマニマしながら生暖かく見守っていった。