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動物たちの楽園

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動物たちの楽園

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★第一章1★

 空を、黒い鳥が飛んでいた。
 ――違う。コウモリの翼を背に生やしたウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)だ。彼は常人の目にはただの鳥にしか見えないほど上空から、地上を見下ろしていた。
 そんなウォーレンの耳が、がらがらと車輪の回る音をとらえる。目を向ければ、馬車の一群が例の取引場所へと向かっていた。
「北から馬車の一群が向かってきてる。向かってる方角は取引場所。護衛の人数は……見えるだけでおよそ20……っと、南東からもやってきたな」
 すぐ仲間たちへ報告。南東からやってきた馬車群は、動きが身軽だった。
「北の方が速度が遅い。いるとしたら、動物たちはこっちだろうな」

「分かった。引き続き、頼んだぞ」
 ウォーレンからの情報を受け取ったのは、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)イリア・ヘラー(いりあ・へらー)。イリアが手に持つカメラをしっかりと持ち直す。ウォーレンから「あと5分ほどで合流」というカウントが聞こえる。
 ごくりと唾を飲む。
 今回この取引は罠である可能性が高い。密売でも何でもない可能性だってある。敵が大勢待ちかまえている可能性も……。
「大丈夫じゃ、イリア。そなたは安心して撮影に集中するのじゃ」
「ダーリン……うん!」
 静かな。しかし温かなルファンの声にイリアは元気な返事をした。
 そして目の前で馬車の一群が交差する。馬車から降りた人間たちが何事か小さな挨拶を交わす。そして売り手と思われる方の馬車から、一頭の動物が連れられて来る。
 イリアもルファンも見知らぬ動物だったが、それをカメラに収めて、他の仲間へと送信する。

「ん、来たな。ルナ!」
「分かってるですよぉ、和輝さん」
 送られてきた写真を覗きこむのは、佐野 和輝(さの・かずき)と狼の頭に乗ったルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)
 ルナは小さい体ながらも、動物や精霊の保護活動をしている。そんなルナが写真を覗き込んで、眉を吊り上げた。目に浮かべたのは怒り。
「この子は、数が少なくて猟が禁じられてるですぅ」
 彼女にとっては希少価値云々は関係なく、こういった行為自体が許せないのだが、ぐっと堪えてそれだけを言った。嫌いな行為を辞めさせるための証拠が必要だったから。
 和輝は慰めるようにルナの頭を撫でてから、最前線にいる仲間たちへと伝えた。

「密売確定、ね。分かったわ」
 草木の中に気付かれぬように身をひそめていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が、ふーっと息を吐き出した。すぐ後ろにはそんな彼女を心配げに見つめるフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の姿もある。
 罠である可能性が高い今回の作戦に彼女たちが参加したのは、

『息子さん、生きてたのね。なら、何としても助けてあげなきゃ』
『そうそう。んで、大事にしてやんな』

 イキモが懸念なく息子と対面できるように、と思ったからだ。天涯孤独の身である2人にとって、家族とは羨望の対象であると同時に、護ってあげたいものでもあった。
(でもあの時、イキモさん泣きそうな顔をしてたのは、なぜ?)
 思考に沈みかけたリネンだったが、首を横に振る。
 作戦開始だ。隠れていた木々から飛び出た。
「そこまでよ!」
 とはいってもすぐには襲いかからない。まずは降伏を促す。降伏してくれれば簡単に片がつくし、応じずに向こうから手を出してくれば正当防衛が成り立つ。
 証拠となる映像は、仲間が撮影しているはずだ。

 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は、リネンの姿を見つめながらぐっと拳を握っていた。
「動物たちを密売するなんて! 絶対に許せない!」
 怒るリアトリスの後ろでごそごそと動く者たちがいた。
「く〜く〜くく〜」
 リズミカルな音を出しているのは白クマの赤ちゃん、に見える精霊のサンティアゴ・ヤグルマギク(さんてぃあご・やぐるまぎく)
「キュウ〜キュ〜」
 これまた白いアザラシ、ことゆる族のソプラニスタ・アコーディオン(そぷらにすた・あこーでぃおん)。キュウキュウ鳴いているだけなのだが「ねぇ、遊んで〜」となぜか意味が分かる。
「キュル〜? キュイ〜? クワワ♪」
 ボールを器用に尾びれで持っているイルカ、ハーフフェアリーのサフラン・ポインセチア(さふらん・ぽいんせちあ)。知的な瞳は「悪い人達にはどうしたらのいいのかな? いたずら? ドッジボールで遊んで仲良くなろう!」と言っている気がする。
 もしも今ここが、密売現場を取り押さえる、という場ではなかったら大いに和んだであろう。
 リアトリスは心配げにパートナーたちを見つめる。
「サフランは大丈夫だけど二匹赤ちゃんだし……。どうしよう?」
 ……ほんとにどうしよう。

「作戦の開始を確認。ただいまより撮影および通信妨害を開始します」
 ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)がリネンたちの様子を撮影し、どんな些細なことも逃さない。さらには通信の妨害。これは味方にも影響してしまうが、あらかじめ他の連絡手段を講じているので問題ない。
 それでも情報に若干のタイムラグはできてしまうが、致し方ないだろう。
 音声もしっかりと拾って撮影する。カメラの中でリネンが一歩進み出て、声をあげていた。

「双方、そこまでよ。証拠は押さえたわ、何か申し開きは」
「避けろっリネン!」
 言い終わる前に何かがリネンへ飛んできた。フェイミィの声でとっさに腰をひねったリネンの頬に、赤い筋ができた。地面へと突き刺さったのは、鈍い輝きを放つ矢。
 矢を合図に荷車から降りてくる人相の悪い男たち。荷車だけでなく、自然の中に偽装していたものたちも姿を現す。
 しっかりと、相手から手を出したことが録画される。この映像があれば正当防衛は認められるだろう。

「やっぱり罠ってことね……ま。動物たちは本当にいるみたいだけど」
 リネンたちよりも後方で隠れていたヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は、ため息をつきながらイキモたちへ伝令を走らせる。
 それから部下を振り返る。緑色の瞳が、力強く輝いていた。たったそれだけで、部下たちの士気が上がる。
「ここまでは計算尽く。さぁ……まずはリネンたちを救うわよ!」
「「「うおおおおおっ」」」
 大きな声が周囲に響き、敵の注意を引きつける。その一瞬をつき、ヘイリーが放った矢が敵のに突き刺さる。

 敵の1人が、荷車へと駆けこもうとしていた。
「させねぇよ!」
 敵たちと動物たちの間に立ったフェイミィが声を張り上げると地面が割れ、溶岩が流れ出す。さらにその溶岩へ『恵みの雨』をぶつけて、水蒸気を生み出す。煙幕の代わりだ。
 最初にできた地面の割れや溶岩は、動物たちを守る盾となる。

「動物たちはこっちに回せ! まとめて世話してやる!」
「僕も手伝うよ! はあああっ」

 そんなフェイミィの傍へとやってきたリアトリスが、気合いの声と同時に愛剣であるスイートピースライサーを振るう。巨大な剣を、腕の延長のように巧みに使いこなし、敵をなぎ払って行く。
 リアトリスの右目が鋭い龍の瞳に、額には鋭い角、頭には大きな犬耳、さらには長い尻尾が生えていた。自信を強化した彼の一撃は凄まじい威力を放つ。
 だがその分大きくなってしまった隙を、フェイミィがカバーする。
「キュイっキュルキュっ」
 サフランがそんな2人の傍で怒りの歌と驚きの歌を交互に歌いながら、器用にボールを操り、敵へとぶつけていく。時には気を失った敵たちをロープで縛っていく。

「キューキュオ〜オー♪」(お腹すいたよ〜ミルク〜ミルクー♪)
 ぺちぺちとお腹をたたいて腹減りアピールをするのはソプラニスタ。動物たちを商品とみる敵たちは、ついついソプラニスタの方を見る。……本人はただお腹が減っただけなのだが。
 ソプラニスタへと近づいて行った敵たちへ、石つぶてが飛んで行く。事務員や密林の配達員とコンビニ店員と狩猟採集民たちが投げているのだ。
 飛んで行く飛んで行く。石、こん棒、ピー、きれいな石、怨念石、ピー、石。
 変なものが飛んでいる気がするが、見間違いだろう。
「く〜くく〜くぅ」
 サンティアゴはというと……敵の腕の中にいた。リアトリスがそのことに気付く。
「サンティアゴ!」
「くぁ? くく〜ぅ」
 リアトリスがなを呼ぶと、遊んでくれると思ったのか。サンティアゴが元気良く返事をしてじたばたと動く。
「こいつっ大人しくしやがれ!」
 抱えていた敵がサンティアゴを殴ろうとした。その時!
「くくぅく〜くく〜」
 サンティアゴが哀愁漂う旋律を歌いだす。意味は分からずとも、悲しみだけは伝わって来る。敵の振りかぶった手から力が抜け、その隙にサンティアゴはリアトリスの方へと駆けだした。その際、鋭い爪でひっかいてしまったらしく、敵の腕に真っ赤な線ができた。
「こんのっ」
 怒りに身を震わせる敵のもとへ、どこからともなく飛んでくる大量の……ピー。しがみ付いたそれらが、邪魔をする。
「うおっなんだこれ。くそ、はなれ。ちょ、そこはやめ……アッ」
 敵は悶絶した。一体何があったかは、ご想像にお任せする。
 
「ちっ。数ばっかそろえやがって」
 フェイミィが苛立たしげに舌打ちした。荷車の中から、はたまた草木から飛び出してくる敵たちの数は、分かっていたとはいえ多い。
 強さの質では勝っていても、数と言うのはそれだけで力となる。ヘイリーたちの包囲の弱いところから、どんどんと外へと敵は逃げていった。


***


「ふむ。もう少し北に寄った方がいいかの」
 草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が、ヘイリーたちの包囲から逃げてきた敵の流れを予測する。おおむね予定通りだが、やはり全く予定通りとはいかない。
 羽純の言葉に、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が頷いた。オリバー・ホフマン(おりばー・ほふまん)と撮影中のブリジットも頷いて移動を開始する。
 と、前方から彼らに近づく影があった。
「うげっ」
 うめくのは密売人たちだ。甚五郎が光条兵器を構える。
 なるべく生捕にした方がいいのだが、武器を持ち、必死には向かってくる者に手加減することはとても難しい。
「いや、気合いだ! 気合いがあればできる!」
 甚五郎はそう叫んで敵へと突撃して行った。気合いの叫びに一瞬ひるんだ敵たちの急所に一撃を叩きこむ。わずか数秒で3人を気絶させてしまった。
「ふ。気合いがあればこんなものだな」
 彼の中で気合い万能説がさらに強固なものへとなっていく。気合いすげー。
「気合なんてのは、ただの精神論だ」
 そんな甚五郎に対して静かに呟き返すのはオリバー。鋭い百獣の王の瞳が、敵を見据える。密売人の1人が、鳥かごを抱えていた。
「ぶっとばす!」
 猛スピードで敵へと突っ込んだオリバーは、言葉通り密売人をふっ飛ばし、かごをうばった。中には不安げに外を見ているリスに似た生き物がいた。
「もう安心しな。大丈夫だからな……っと、怪我してんのか。羽純!」
「分かっている。妾に任せておけ」
 かごにぶつけてしまったらしく、怪我をしているリスを羽純に渡す。そして再び動物たちを救うため、オリバーは戦場へと飛び込んでいく。
 羽純は戦場の様子を確認して比較的安全な場所へリスを連れていき、傷を治療する。
「……一気に片してやりたいが、そなたのようなものを巻き込むやもしれんし、単体攻撃が無難か。ストレス溜まるのじゃ」
 めんどくさそうにため息をつきつつ、近づいてきた密売人たちへと魔法を放つ。
 リスを奪おうと彼女の背後から近付いてきた敵は、
「今回は、流石に自爆の進言は出来そうにありませんね」
「当然じゃろう」
 ブジリットがなんとも不吉な言葉を言いつつ、倒す。
「だあああああっ」
 前衛では甚五郎が気合いの叫び声をあげながら敵をなぎ払って行く。だが手加減していることと、何よりも数が多いため、あちこちに傷を負っていた。オリバーもだ。
「まったく、数だけは多いようじゃな」
 やれやれと羽純が回復の呪文を唱える。その間にも何人もの密売人たちが彼らの横を突破して行く。
「ちっ。待て」
「前を向くのじゃ、甚五郎。逃げた者よりも目の前にいる者へ集中しろ……それとも、もう疲れたか?」
「いや、まだまだやれる!」
 身体は疲労を感じていただろうが、甚五郎は再び前へと向き直り、敵を吹き飛ばして行く。オリバーもまた、敵を倒しながら動物たちを保護しようと動いていた。
「なんだよくそっ。こんなに強い奴らがくるなんてきーてねーぞ」
「連絡もつかねー。どうなってんだ」
 焦り、ますます必死になる猛攻に、甚五郎たちは汗を流しつつも、負けじと対抗する。

「負けるわけにはいかない!」